インザドリームイタイム

伊藤卍ノ輔

小説

11,874文字

とある公募の落選作品です!よろしくお願い致します!

というのはわたしの息子はそれから5年して死んだので、でもわたしは悲しむこともできないというのはわたしは今から11年して死んだのでそれは息子がまだ2歳だったので、視線を移すと橋からは町並みが一望できるといっても奥には山と呼べない程のせりだした台地があってさえぎられてるといってもとにかく橋の終わりまで来てたというのはおかしいというのは、わたしにとっては橋の終わりでもすれ違う人にとっては始まりで、それなら本当は始まりでも終わりでもないんだけど始まりでも終わりでもあって、わたしは向きを変えて橋を引き返すので少し歩くと今度は右手に道路を挟んで上流側左手には太平洋につながる河口がくるんだけど海は見えないというのは、利根川は鹿島氵氵氵鹿島ナダに注ぐ最後の最後でギュッとひん曲がったような形をしてるので、でも低い家並みにさえぎられた向こうには海があってだから潮の匂いがするので、でもどっちにしても海まで見えるかわからないというのはまたいつの間にか霧雨で、いつもは小さく見えてる銚子タワーも風車も白くかすんでほとんど見えないと言ってもうっすら見えてるといっても見えてると言っていいのかわからなくて、河口のこっち側の岸は港になってて漁師さんが使うようなスペースが河口に面してあって道路を挟んでたくさんの建物というのはナントカ商店の黄色い倉庫、ススけたコンクリートの灰色の建物とかが瓦屋根の間に挟まれるようにあってその屋根の低くに電線が張り巡らされているのでその電線越しに白い風車がいつもなら見えるんだけど暗くてもやもやしてて全然見えなくて、電線の先っぽも見えるかどうかわからないくらい霧が濃くてそれが家と家と倉庫とかのスキ間にぎっしり詰まってるみたいでわたしは世界の終わりと言ったらこんなのを想像するというのは、霧が段々全部をむしばんでいって段々なんにもなくなっていってそれはすごく静かで誰も騒がないんだ、ただ淡々とみんなが消えてゆくのででもそれは世界の始まりでもそうなんじゃないかと思うというのは、なにもない空間を霧が満たしててその霧がゆっくり固まっていつの間にか地面ができる岩ができる海ができるので、じゃあいまわたしが見てるこの光景はどっちなんだろうと思って見てみても全部がむしばまれて消えてる途中のようにも色んなものが出来上がってる途中のようにもどっちにも見えるんだけどそうやってしばらく見てるとじきに目が慣れるというのか馴れる?霧に隠れてた建物のリンカクとか風車のぼんやりした姿とか瓦屋根の黒い色とかの細かいところが見え始めたので終わりでも始まりでもなく霧にただ包まれただけの町並みに見えてくるので、河口の水面は白と黒、細波が一面にちらちらしててわたしはこの水を舐めると嫌だったというのはしょっぱいのかしょっぱくないのかわからない味がしたんだけどそれは先入観かもしれなくて、普通の塩水かも知れないし淡水かもしれなくてでもこんなに広いところで押し合いへし合いしてるんだからしょっぱくもしょっぱくなくもショッパクナクモしょっぱくしょっぱくなくもあるんだろうというのは河口なので、フィナぁーレをーーフィナぁーレをーーこんなぁーにーーはッ、きぃりぃ予想しテーー、かぁーわはーカワーワかぁーわはーカワーワ合唱組曲はやっぱりいいというのは河口はもちろん単体でもいい曲なんだけど筑後川のみなかみから始まってダムにさえぎられたり河童の曲があったりしてそこからの河口はまさに人生だというのはわたしは歩きながら車に乗りながら何回でも筑後川を繰り返す、組曲は河口で終わってまたみなかみに戻るのを何回でも繰り返すわたしはずっとそれを聴いてるので、行く先に見える斜張橋の大きな柱は雨にぼんやり煙っててでもわたしは銚子大橋というといまでも赤いトラス橋を思い浮かべてしまうので、わたしが高校を卒業するときには古いトラスの横に並行していまの斜張橋が並んでて馴染みのある赤い橋が壊されていくのを見ながら白い大きい新しい橋をわたるのは切なくてそのときも雨が降ってたので、でもこの雨は不思議だというのはどこから来たんだろうというのは、いまわたしのつむじに降ってきた0・3ミリの雨粒に含まれてたひとつのH2O分子は遠い異国の赤ちゃんが流した一粒の汗だったというのは、そこに暮らしてたウィーリービューンのナパルチャリはある日突然肌がカラフルな虹色に染まって困ってしまったというのは、長老からはユールーウィリーの肌をとても大きなグルマリだと言ってもらえるし大人たちからボーラーの肉の焼いたのやプラムの実なんかもたくさんもらえたけどちっとも嬉しくないというのはやっぱり肌は黒いものなので虹色は落ち着かない、痒くてもなんだかかくのをタメラってしまうし嫌なのに色が落ちないように気を付けないといけない気がするから余計嫌なのででも嫌なんて思っちゃいけないというのは自分たちが虹蛇のお腹の中で暮らしてることを知ってるので、大人たちはじりじりする日差しに照らされながら忙しそうに動き回ってるというのはビッビルの根元ではその葉を三人寄り集まって束ねてる、岩に座ってお互いの体に白い模様を描いてるというのはぐるぐるしたのをお腹にも顔にも、大きなディジャリドゥを覗き込んだり振ったりしてるのはナパルチャリのお父さんで、その横ではバッベラーをけずってるというのは出来上がったバッベラーを前に渡せばそれに模様をつける、そうやってみんなが忙しそうにしてるというのはコロボリーの準備なので、座り込んでその光景をぼんやり見てたナパルチャリの前を風が吹き抜けたというのはブロルガーで、その白い羽で大きな卵を乗せるようにして持ちながら走ってくそれをディンナーワンが鋭いクチバシからぽこぽこと鳴き声を立てながら追うので、ナパルチャリは立ち上がって二羽の後を追ってかけだしたんだけどビッビルの葉でディジャリドゥをしごくお父さんの前まで来るとどこに行くんだい、お父さんわたしブロルガーを追うのよあの卵をどうするか見てみたいの、いけないよ元の場所にお戻りブロルガーとディンナーワンはこれから太陽を創るんだからと言われてブロルガーに視線を移すと大人たちの間を抜けて洞クツの近くの広場に出たところで卵をぽーんと放ってナパルチャリは思わずあっと声をだしたというのは卵は大地に砕けてすごい音を立てて火柱が上がるので、ビッビルの根っこみたいに何本もの火柱が格まるようにしながらゴウゴウと雲まで届く、辺りはいつの間にか真っ暗な夜なのでさっきまで忙しく動き回ってた大人たちが炎の周りでコロボリーを踊ってるというのは137万人も集まって踊る、足を踏み鳴らしてバッベラーやビッビルの葉を打ち鳴らすので、その全員が炎に赤く照らされて揺れてでも体の照らされてない方が真っ暗で、地面に落ちた熟しすぎて黒くなったプラムの実を砂だらけのカカトがぶじゅりゅっと踏みつぶすと胸がズクズクするような甘ったるい匂いが立ち上って汗の匂いと混じってその匂いが炎にあぶられて余計に胸がズクズクするような匂いになるので、パチパチと音を立てて炎から火の粉があがる黒い切り株に座ったナパルチャリのお父さんはボーラーの尻尾よりも長いディジャリドゥに口をつけて唇を震わせるように息を吹くとビブィヴィVi―――ヨヨヨそれをバッベラーで叩くとツカタツカタと鳴るのでケーレンしたように体を前に後ろに揺らしながら吹く叩くので、それに歌が被さるので、大地の巨大なグルマリが呼応するようにウゴめいて地鳴りと一緒に震えてみんなぐらぐらしながら必死に踊る、Vi――ヨワンツカタツカタが鳴る大地が鳴るそのうちにそばにある洞クツの炎に照らされてぬらぬら光る入り口からウォンダーの白くにごった半透明の体が⻊⻊⻊おどりだしたので踊ってた人たちの半分は叫び声をあげて逃げだすというのは、ナパルチャリの隣の男の人はクチバシと首の長い灰色のダールーンみたいなグェーと低い声を立てて飛び上がって足をつくときにくじいて倒れて腰を打って失神したところをみんなに踏まれてぱかんっと頭ガイコツが砕けて皮フが裂けて脳ミソが飛び出したので、白いピンク色の脳ミソは踏み固められて水晶みたいにピカピカ光る黒土の上をみんなの足の裏に引っ付いてどこまでも薄くのばされてくので辛うじて辛じて?残ったカケラを子供たちが拾う投げ合って遊んでキャッキャ声を立てて笑うので、炎を挟んで向かい側遠くにいる人が驚きのあまり前後不覚になったというのはウォンダーの姿を見た途端人と人の間をかき分けて走って炎に飛び込んでしまったんだけど熱さも感じないというのはそのヒマもなく肉が溶けて骨も灰になって踊る歌う騒ぐ逃げる137万人の上に降りかかるので、コロボリーの騒ぎの一番外側で力んでいた妊婦のナンガーラの鼻の奥の柔らかいところに灰が滑り込んで張り付いて思わず大きなくしゃみをしてその拍子にぽこんっと生まれたのはナパルチャリなのでその小さな濡れた体の上にも灰は降りかかるので、半分くらいの人たちはそうやって散り散りに逃げて行ったんだけど残った人たちはまだ多くてウォンダーの手を自分から引いてコロボリーに招き入れる肩を組んで一緒に踊りだすので、白くにごった体汗に光る黒い肌黒い髪ちぢれた金色の髪に降りかかる青紫の灰炎に照らされるビッビルの葉ディジャリドゥを伝う濃紺のつばが震える大地の上で入り乱れて混ざり合って勢いよく焼かれるので、そのうちウォンダーの体が虹色に光り始めたので炎の光がウォンダーを透かして七色に染まるので、周りに立つマクみたいにぬめぬめ乾いた白い大きいビッビルの樹皮とかグードゥーのぷにぷにした背中みたいに黒くてざらざらした大岩とかに虹の影が映ってちらちら揺れたので、そのうち木も岩もそれ自体がゴクサイシキの虹色に染まってそれは周りで踊っている大人たちもそうで、大人たちはみんなどんどんゴクサイシキに染まってはしゅうしゅうと煙になってしまってナパルチャリがそうだと思ったというのは、自分はここで虹色に染まってしまうのでだから自分の肌はこんなに鮮やかな色をしてたんだと思った途端ウォンダーの体を透かした炎の光がナパルチャリを照らしたんだけどナパルチャリは消えないビッビルも岩も消えないというのは、その代わり変わり替わりとろとろ溶けて虹色の液体になって甘い匂いが立ち込めるたちこめるタチコメルコメルので、炎に光る黒い固い大地にどんどん広がりながらどっくんどっくん脈打ってたけどそのうちに地面に吸い込まれていくのでナパルチャリは自分に大地のグルマリが宿ってたことをそのとき始めて知って知りながら吸い込まれていくので、暗い雲の影からじっとコロボリーを見てたボーラーはいても立ってもいられないというのはすごい炎の色みんなの踊る姿ディジャリドゥの音色歌声汗とプラムと血と土と排セツ物が焦げた匂い揺れる大地にせっつかれて踊らないといけないような焦る気持ちが胸の中でどんどん膨らんでタマらないのででも自分はボーラーなので、それでも意を決してえいっと前足を地面から離すと後ろ脚だけで跳ねるようにしながらナパルチャリの染みた黒い土を蹴って炎の周りの人並みに入り込む、そこからは前も後ろも上も下もわからないというのは夢中で跳んではねてひっくり返るのでそれを見てた周りの人たちは一層強くバッベラーを打ち鳴らして砕ける叫ぶように歌って喉が破けてせき込んで血が出るディジャリドゥはヨヨヨヨヨヨヨと高く響くので、みんなで手を叩く足を鳴らすいつの間にかウォンダーの体は透けるのをやめて真っ白な人間になってるので、ボーラーもウォンダーもみんなも歌いながら手と手と前足を取り合って熱い赤い強烈な光の周りをぐるぐる回りながらボーラー自身も大きい尻尾をバタンバタンと地面に打ち付けながら回るので、ボーラーの周りを金色のハエが茶化すようにウーーヴヴンウーーヴヴン飛び回るのでそれを下からナパルチャリが見てるいつ終わるともわからなくて見てるけどそのうち終わるだろうけど前の晩も踊るだろうと思う前の前の晩も踊るだろうと思うというのは次の晩も次の次の晩も踊ったので、そのうちに輪の内側にも輪ができてワの外側にもワができて何層ものワが炎を真ん中にして入り乱れて回る遅く早く回るので、みんな歌いながら回るそのワが炎に照らされる照らされたほうは赤くちらちら揺れて熱いくらいなんだけど照らされてないほうは夜に冷やされるので、ボーラーはくるくる回る上も下もわからなくて最初と最後もわからなくてただ回るので、そのうちに茶色い毛が焦げて毛先がちりちり灰になるのでそのスキマを抜けるように長老が歩いてくので、抱き合うイェとバールーの汗が伝って光る股を潜り抜けるウォンダーだった白い人間の飛ばすつばが長老のこめかみに当たってそれが汗と混じりあって頬を伝ってヒゲに止められて、そこにまたつばが飛ぶ汗が混じると大きくなった粒は力強くヒゲを潜り抜けて長老の真っ白な歯が覗く口の中に滑るように入って行くので息が苦しい、吸っても吸ってもすごい匂いの中に新鮮な空気は混じってなくてそれでもどんどんワをくぐり抜けて行って一番外側のワから飛び出たんだけどそこまで炎の光は届かないので、広い暗い冷たい大地から土の匂いだけが静かに湧き上がってるので長老は静かに大きく息を吸うとふとどこかでイェの泣く声がするというのは、ワの外側をなぞるようにして声の方まで歩いていくとイェが暗がりにうずくまってるので近づくと川底から取り出して来たような濡れた白い柔らかい岩のような塊を抱えながら泣いてるのでどうしたちょうろうわたしのびらーりーたすけてくださいなにがあったわたしのびらーりーよるみたいにつめたくなってしまった死んでしまうかしてみなさいふむふむだいじょうぶこのこは生きるよ死んでしまうこのこのぐるまりはこのこを生かすよと言って長老は黒い固いごつごつした手で赤ちゃんをかかげてワの中にもう一度はいっていくのでどんどん進む、したたる羊水が汗と混じる血と混じる排セツ物と混じるので、回り続けるボーラーのそばまで来ると赤ちゃんの白くなった顔が赤く照らされるうちに水晶みたいな汗の粒が小さい額に浮き出てきてころころと落ちるうちに絞り出すように泣き始めるので、それは叫び声歌声バッベラーの鳴る音ディジャリドゥの音色炎が燃える音よりもずっと大きく高く響いてあたりを満たす何層ものワを包むように鳴り響くので、水晶の汗は長老のちぢれた白い髪に落ちて頭皮を伝って頬に流れる深いシワを幾手にも分かれて伝って行ってアゴのヒゲの上でまたひとつになるのでそのままヒゲを伝う、伝ったところのヒゲは虹色に光ってしゅしゅしゅと小さな音を立てて消えてしまうと言っても長老は消えたわけではないことを知ってるというのはそれは形あるものから形の無いものへ意識されるものから無意識へのメタモルフォーゼメタモルフォーズ?なので汗の粒はそのうちナパルチャリの染みた大地に落ちて混ざり合ってすぐに炎に暖められてそのうちのひとつのH2Oは蒸発して広い空間を漂い始めるので、そのうちにコロボリーが終わるグーグアガーガーの声と共に朝が始まるディンナーワンの卵が燃えてできた太陽で始まるいつも通りの朝で、長老はウルルのほうを向いて左足だけで立って右足の裏を左のモモにくっつけて右ヒザをヌーンガーの太い枝で支えて立ちながら左手で股間を押さえつつ右手を高く上げてるというのは掌で風をすくう草と土と遠い水の匂いを嗅ぐ葉と梢がこすれる音どこかでイェが歌う高く響く声をきく赤い土と緑の葉の上に広がる朝焼けの空を見る冷たい夜が少しづつ温まってきた空気を全身で感じるその目の前をH2Oが通る、バールーたちはムアーニンの先っぽを照り始めた日差しにぎらぎらさせながら柔らかく固く筋肉の盛り上がった体を地面にこすりつけるようにしてディンナーワンを狙うのでそこの下にはナパルチャリが染みてるその上をH2Oが抜ける、子供たちは二本足で立つようになったボーラーを面白がってキャキャキャと声を立てて追いかけ回すH2Oはそのスキマをくるくる回りながら抜けていくので、そうやって少しづつ高く昇っていって雲になったというのはグルマリで、そのH2Oは雨になって海に降ってまた雲になって雨になって川になって海に流れながらそのうちわたしのつむじに降るので、つむじに溜まった水はそのH2Oと一緒にわたしの頬を伝ってアスファルトに落ちて、じきに蒸発して雲になって降って雲になって降ってそのうちにドリームタイムの大地に降ってコロボリーのワの外側で死にかけてた赤ちゃんの一粒の汗になってまたわたしのつむじに降るというのはそうやってバラバラに動く振り子みたいに全部のことは行ったり来たり行ったり来たりしてるというのは宇宙だってそうで、宇宙はボウチョウとシュウシュクを繰り返すっていうサイキック宇宙論サイプニック宇宙論サイプリックサイケ、サイ、サイクリック!宇宙論ていうのがあるので、でもそれってほんとは同じ時間を行ったり来たりっていうのとはちょっと違うというのは内側と外側を繰り返してるだけなんじゃないかというのは、わたしのお母さんは元々わたしを内側に持ってたのがわたしが生まれてわたしは外側になっておかあさんが死んだら今度はわたしがお母さんを意識として内側に持つことになるので、それは存在と非存在の往復のようなものなのでそれがズゥっとあってそのズゥっとが無限にあってその全部が丸ごと永遠に繰り返すので、わたしは息子を生んで息子は存在するけどわたしは二年して非存在になるんだけどそれはわたしの旦那さんと息子の内側にいくということでそれはグルマリで、息子はわたしを内側に抱えたままどんな想いで生きていくんだろうと思うと冷たいものが頭の芯のほうにさぁっと広がって泣きたくなるというのは、あの子はきっとわたしを恨むだろうけどそれは例えばわたしが逆の立場でもどうだろう、恨まないような気がするけどでも恨まれても仕方なくて、それだって本当は切ないんだけどあきらめるしかないからあきらめるとして、あの子がわたしがいなくて大変な想いをしたりわたしを内側に持つことで苦労したりって考えるとどうしたらいいのかわからないほどやるせないけどどうしたらいいのかなんて本当にわからなくて、わたしのつむじに降ったH2Oはわたしとドリームタイムを繰り返しながらこの橋の上に何回も降るのでそれを今のわたしの年齢になったあの子がそれを吸い込むというのはわたしと同じようにあの子もこの橋を歩くので、気が付くとまた橋の終わりで向きを変えてまた僕は歩き出す。霧雨は止まない。湿った服が重い。靴下まで濡れてきて指先が気持ち悪い。今度は右手に河口がきた。さっきよりも遠くまで見える。
僕の鼻孔から入り込んだH2Oは母から直接僕に来たわけでは無論ない。海を漂った。それにしては循環が早い。
河川から海洋に流出した水分子ひとつは平均3200年海を漂うらしい。弥生時代に流出したH2Oがまだ海洋を漂っている。そのときの分子が雲になり雨になり川になり今の都会を流れる。分子から見たらとんでもない。たったの一回巡っただけで世界がまるきり変わっている。世界が変わって?いるのか?地球が出来てから46億年経っていて、その時のH2Oは4600000000/3200=1437500 海洋を漂っていた以外の時間を考えても1000000回前後は巡っていてもおかしくない。それがあと一回、二回、三回巡ったときにはどうなっているのか。人間が滅んで弥生時代よりずっと前の地球を取り戻しつつあるのかもしれない。それでも痕跡は消えない。たったの三回。
地球が太陽に呑み込まれるまでにあと何回分子は巡るのか。太陽に近づきすぎて水が干上がるまでにあとどれくらい時間があるのか。時の流れの中で水分子はただ巡る。
一口に分子といってもより細かい素粒子から出来ている。原子核とその周りを飛ぶ電子から成るらしい。或いはその周りで出現と消滅を繰り返す電子。電子の雲。原子核はクオークとグルーオンが結びついた陽子と中性子からなる。そのふたつが核力で強く結合している。電子は元より素粒子だ。そうして出来た原子が結合して分子になる。それが母を経て僕に辿り着いたのだ。
クオークとかグルーオンとかの素粒子は元々、場から生まれたエネルギーである。本当の意味での実在なんてあるのか。そもそも素粒子はいつまで続くのか。諸行無常とはどこまでのレベルレヴェルヴェヴェヴェレヴェルを想定した思想なのか。教え?
素粒子は永遠だろうか。億も兆も那由他も不可思議も無量大数も越えて宇宙は続く。宇宙の終わりは物質とエネルギーの終わりだという。有限の時間のうちにすべての物質は崩壊する。ダークエネルギーの源は蒸発する。あとに残るのは冷たい暗い空間と飛び交う素粒子である。永遠にその不毛な世界は続く。永遠とは無限のことか。有限の対義語が無限。
永遠に続く時間の中で素粒子は世界を巡る。水は海から雲になり雨となって川となりまた海に還る。生物から排出された炭素は土になり水に溶け大気となってまた生物に取り込まれる。そうして全ての原子が巡る。原子として崩壊しても不可視なエネルギーとして存在し続ける。E=mc^2 地球は直に太陽に呑み込まれる。そうなれば宇宙を巡る。
死とはなにか。生物としての活動が終われば死なのか。それでも僕を構成していた素粒子は宇宙を巡り続ける。それは生きているとは言えないのか。母さんは死んだ。母さんは生きている。僕の中にという抽象的な意味ではなく生きて宇宙を巡っている。魂とはエネルギーとしての素粒子の事だろうか。
僕は気が付くと橋の真ん中にいる。斜張橋の濡れた柱が真上にある。黒い太いケーブルがそこから伸びて橋を支える。弱い日差しに照らされて濡れて光る。アルミの筒で組まれたようなガードレールを見る。左右に描かれた矢印の上に千葉県 茨城県と書かれた標識がついている。橋の下では海水と淡水が混じっている。そして蒸発と吸収を繰り返す。汽水域。千葉県の方に、つまり僕が来た方に赤いアクアが走っていく。濡れたアスファルトをタイヤが踏む音がする。水溜まりがないからシャシャシャという高い音ではない。めりめりとなにかを剥がすような。茨城県の方に黒いハイエースが走っていく。車体が光って灰色の空を映す。黒い固いゴムで埋められた橋の接続部をタイヤが踏んでベコベコッと音を立てる。前から少し錆びたシルバーの自転車が来る。レインコートが不正確な白さ。袖から出た手だけが赤く見えるほど鮮やかだ。女性かと思ってすれ違いざま顔を見たら初老の男性。横を抜けるときにジィーと音がする。濡れた道路をタイヤが滑る音なのか自転車の本体から出る音なのかわからない。前に視線を移すと白い鳥が遠くを横切る。ユリカモメだと思うがコアジサシかも知れない。茨城の岸は霧で見えない。橋がどこまでも続いてるような錯覚が起きそうだと思って眺めたが起こらない。橋が陸に続いてることを僕は知りすぎている。前ばかり見ていると細かい霧の粒が無数に浮いているのが見えてくる。上から下にゆっくりと落ちているが時折下から上っていくようにも見える。錯覚か本当に上っているのかわからない。でも素粒子から見たらその全てが不規則なフラクタルでしかない。無秩序に空間を満たす原子のフラクタル。
宇宙の事は僕たちには本当はわからない。グレートウォールがドーナツ型の宇宙を泡の様に満たしているという。それが膨らんでいる。僕たちは巨大なドーナツの原子でしかないのかもしれない。いまは焼かれて膨らんでいる最中で、直にもっと巨大な生物がそれを食べる。その生物を構成する素粒子たる惑星では宇宙は巨大な生物の形であるという仮説が立っている。その素粒子の惑星でも素粒子は観測されている。クオークに生物が住んでいないと科学は実証できるだろうか。クオークを構成する素粒子にもまた生物が住んでたりして。
宇宙の終わり。ドーナツの消化。ビッグバンから連綿と続く時間は果てしない。原子は崩壊して素粒子になり宇宙を飛び回る。ブラックホールは蒸発する。僕を構成していた素粒子は文字通りの無限を彷徨う。それが宇宙の終わりなら、僕は永遠に生きる。母さんも永遠に生きる。いつか僕の電子と母さんの陽電子がくっついてポジトロニウムになるかもしれない。母さんの記憶がないからなんだ。
気が付くと霧雨は止んでいる。空を覆う雲が薄くなったようだ。肌寒い。ふやけた足が冷たい。歩きすぎて足の筋が少し痛む。父さんは母さんの話をたまにする。母さんはこの橋が好きで何往復もすることがあったらしい。いまでも母さんの魂は、つまり母さんの素粒子は橋を往復し続けてるのかもしれないと思う。それこそ無限に。そうしながらラブコールを送り続ける。カオスに。マザーユニヴァースに。素敵な人だったんだと思う。
母さんのことを覚えてないと言うといつも気まずそうな顔をされる。生物的に生きている母さんが傍にいればと思うことはあった。寂しさではない。優しい人だったらしい。想像すると必ず胸が痛む。胸の痛みがなんだ。とは思えない。思えなくていいような気がする。
僕はくしゃみをする。さっき吸い込んだばかりのH2Oが唾液と一緒に口から飛び出す。河口に落ちる。汽水域の海水と淡水に揉まれながらやがて海に流出する。黒潮、北太平洋海流、カリフォルニア海流、何千年もかけて世界を巡る。それから雲になって海に降る。また雲になって世界を巡って海になって雲になって川になって遠い異国のドリームタイムに降ってそしてまたわたしに巡ってくるので、内側と外側を繰り返すというのはつまりそういうことだというのは本当は過去も現在も未来もなくて時間は大きさのない点のようにひとつに重なっているので、わたしたちは時間の流れに乗って時間の進む方向に進んでるんじゃなくてただそこにある時間の中に永遠に留まり続けるしかなくてそれは同じ時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間時間じかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんじかんジカンジカンジカンジカンジカンジカンジカンジカンジカンジカンジカンじかん?じかん?じかんじかんじかんじかんじかんじかん時間時間時間を繰り返すってことでもなくて、ただわたしたちはそこにいるというそれだけなので、でも過去も現在も未来もないということはどういうことなんだろうというのはその時間の上でわたしはナパルチャリで、ボーラーでウォンダーで長老で、それでわたしはわたしの息子だというのはつまり僕は母だ。僕はさっき前を横切ったユリカモメかコアジサシだ。しかし僕にはそれはわからない。例えばエネルギーとしての素粒子が魂と呼ばれるものだったとして、同じ魂を共有するということはある。しかし僕は母だろうか。ユリカモメだろうか。コアジサシだろうか。僕は誰だ。時間は進み続けているのにというのはわたしはそうは思えないというのはやっぱり時間は大きさのない点なので、だからわたしは世界を飛び回り続けるH2Oの分子で河口から立ち上る気水域のコロイドだというのはいつの間にか晴れて日差しが河口を照らしてるので、水面は空とか周りの景色を映しながら白黒青が細波に揺れてひとつひとつの小さな波頭があったかい日差しを反射して淡い金色にキラキラしてて綺麗

すごく綺麗で、こっち側の岸は漁師さんが使うようなコンクリートの広いスペースになってて道路を挟んでたくさんの建物というのはナントカ商店の黄色い倉庫、ススけたコンクリートの灰色の建物とかが瓦屋根の間に挟まれるようにあってその低くに電線が張り巡らされてるので、その電線越しに白い風車がゆっくり回っててその奥に見える空には薄く引き伸ばされた綿みたいな雲がかかってて薄いのに影が濃くてやけに立体的で、青い空と立体的な雲を見てると私の頭の中で地球が回るというのは大気圏の外から地球をフカンして見たときにその表面を薄い雲が伸びたり縮んだりしながら移動してる光景が見えてくるのでくものうごきいちじかんごくものうごきにじかんごさんじかんごでも時間が大きさのない点ならそもそも数えられないというのはいっかいにかいは数えられるしひとつぶふたつぶは数えられるけどいちじかんにじかんは本当はなくて、じゃあいまわたしがいちじかんにじかんと数えてるものはなんなんだろう、いちじかんにじかんをいっかいにかいにしたらいいのかなというのは、あの子はおじいちゃんになったとき病院に入って窓の外の景色といっても病院の裏庭みたいなところだからベッドから窓の外を見ると別棟の白い壁とその廊下の小さい窓くらいしか見えなくてを見ながら、自分はあと何回季節が過ぎるのを見られるだろうと感傷的に考えるというのはあと5回だった

2020年5月3日公開

© 2020 伊藤卍ノ輔

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