マーベリックなら何て言う?(第3話)

マーベリックなら何て言う?(第3話)

駿瀬天馬

小説

4,354文字

全3話
『トップガン』の続編が楽しみで書きました。

マユミと初めてデートをした次の週、「えーうそマジでそれで付き合うことにしたの」と言ったのは当時バイトしていたレンタルビデオショップの同僚で、背が低くて童顔のいかにも男が切れることのなさそうな雰囲気のその子は事あるごとに俺にモーションをかけてきていた(と少なくともこちらが勘違いするようなそぶりを頻繁に見せていたのだが、そういう勘違いさせてくる感じも含めていかにも男が切れることがなさそうな子だなと思っていた)のだけれど、一度その子の彼氏が来店したときにレジを担当して以来俺は極力距離を置いていた。来店した彼氏は両腕が真っ黒になるくらいのタトゥーに眉毛と鼻には金のピアス、ブルゾンの上からでも分かるガタイの良さ、なぜか素足に革靴を履いていて、「ん」だか「む」だかみたいな言葉を低音で発語し、ふんぞり返りながら返却遅延のDVDをレジ台の上に置いた。俺は内心ビビり倒しながら、というのも俺はそれまでの人生でカツアゲにあったことが二回あり、干支二周前のその時点で二回もカツアゲにあうのは何か自分がそういう”引き “みたいなものを持っているからとしか思えなくて、だからそういう” いかにも”なやつを見ると無駄に縮こまってしまうのだが、とにかくできるだけ目を合わせないようにして延滞料1240円をなぜかこっちが「すんません、どうも」みたいな顔をして受け取った。ちなみにレンタル延滞していたのは『ノッティングヒルの恋人』で、まあ人の好みなんてそれぞれだから何を借りたっていいのだと思いつつ、そこは『サイレントヒル』にしとけよと思った。余計なお世話である。そんな邂逅もあったので、あんまり滅多なことに巻き込まれてはたまらないとその子とは距離を置いていたんだけれど、こっちに彼女もできたことだしこれはその報告をしておけば滅多なことなんて起こらないだろうと早速報告したのだった。もちろん滅多なことは滅多矢鱈に怒らないから滅多なことなのであって、これらは全部俺の杞憂、傲慢、自意識過剰のナルシシズムであることも否めない。

「かわいいのー?」とその子に訊かれ、「うーん」と俺は返却済みDVDをクリーナーにかけながら唸った。

「かわいくないの?」

「でも俺のことは好きみたい」

「うわっ亮介くん、さいてー」

さいてー。俺もそう思った。俺はその時マユミに惹かれてはいたけど好きではなかった。俺の好きなタイプはそれこそチャーリーじゃないけどたとえば日本の女優で言えば原節子とかちょっと古風な顔立ちのわりと骨格も顔立ちもしっかりした長身の年上タイプで、マユミは同じような女優で例えるならかなり肉付きの良い杉村春子という感じだったけれど杉村春子のように切れ者めいた雰囲気があるわけでもなく、じゃあ誰に似てるのと言われると非常に困ってしまうのだが、しいて言うならアンパンマンに出てくるカバオくんに似ている。という旨のことを言ったら、「さいてー」とその子はもう一度言った。「てかでもさ、亮介くんてかわいいって思ってもかわいいって言ってくれなさそうだよね」

彼氏は言ってくれるの、と訊いたら「当たり前じゃん」と驚いたように言った。「当たり前じゃん、だって彼氏はわたしのことかわいいって思ってるもん」

あの後俺は何と言ったんだったけ。確か、へえへえごちそう様ですのようなあまり意味のない相槌を打ち、「いいんだよ」「俺もむこうが言ってくれるから」「好きとか最高とかさ」みたいなことを言ったのだ。そしたらその子が言ったんだ。「でもそんな都合良いことばっかり言ってくれる女の子なんて本当にいるの?騙されてない?」それからにやりと笑って、「ぜーんぶ亮介くんの妄想だったりして」と言った。

結果的に騙されていなかったと今は思うけれど、言われたそのときもマユミに美人局がつとまるような周到さがある風にはとても思えなかったので「無いっしょ」と俺は答えた。例えばそう、今目の前にいるチャーリーのような女性ならいざ知らず。しかしチャーリーも美人局そっちではないだろう。

 

壁に手をついてのキッスは難しかった。そもそも俺はチャーリーより背が低かったので、はじめは壁に手をついてキッスするつもりだったのが、最終的には肩に手を置いてヨイショッ!と唇を重ねなくてはならなかった。その上このシーンでヨイショッ!はまずい。ヨイショッ!チュッ!、ってなシーンじゃないのである。ゆっくりゆっくり、カタツムリが交尾するときに出すツノのように舌を突き出しあうシーンなのである。

ともあれヨイショヨイショではあれど、何とかキッスのシーンを終えてBGMが進みだす。ほとんどチャーリーに導かれるようにして、しかし一応体裁としては俺が押し倒すような形でベッドに上がる。

マユミはベッドの中で目が合うといつも楽しそうに笑った。チャーリーの眉間を見つめながらそんなことを思い出す。贔屓目に見ても色っぽさとは無縁の笑い方だった。公園の砂場から聞こえてくる小さい子どもの笑い声みたいだった。「おかしい?」と訊くとマユミは「おかしい」と言った。たしかにおかしな行為だと俺も思った。大の大人が裸で何をしているんだか。やわらかい脂肪のついた胸や腹に顔をうずめると気持ちが良かった。俺の後頭部、そして耳の後ろを撫でながらマユミは言った。「おかしいね」

はっとして我に返り、俺はBGMがまた同じ箇所のループに入っていることに気がつく。いかんいかん。集中せねば。押し倒されたチャーリーが俺を見上げている。瞳の虹彩までよく見える。太い鼻梁は傾斜がきつく、両の瞼は眉下に深く彫り込まれている。もしも神が創造するときデザインを外注したのなら、俺やマユミとは全然違う料金で納品されたであろう顔である。

あなたのとった行動は正解よ」チャーリーが言った。

行動ってどれ?と思ったが「知ってるよ」と俺は言った。どれのことだろう?胸のまさぐり方かな?

何を考えてこういう動きを?」チャーリーが言う。

マジでどれのこと?と思った。「何も考えてない」何も考えてないっていうのは嘘だ。でも奴ならこう言うはずだ。

チャーリーはすこし笑って、それから乳房に置かれた俺の手をどけた。俺はおずおずと上体を起こす。

下手な慰めはしないわ」チャーリーは寝返りを打ち、ベッドサイドテーブルからマールボロと灰皿を引き寄せた。煙草吸うんだ。何だか別のシーンが混じってきている。どうやら俺はチャーリーのご機嫌をすっかり損ねたようだった。無理もない。全然集中できていなかったし、諸々緊張してテンパっていたとは言え他の女の子のことで頭がいっぱいだったんだから。

自分で判断するのがパイロットよ

ねえチャーリー、それはたしか君のセリフじゃない。

「俺はパイロットじゃない」

つぶやくように返して、チャーリーに背を向けるようにしてベッドに腰かける。ダセェよ、と言った高村さんの声が頭の中でリフレインする。

「パイロットにはなれないよ。俺の判断には価値がないんだ。だからいつも誰かの判断をなぞってる」

BGMはいつの間にか消えている。外からは変わらず青白い光がさしている。チャーリーがそっと俺の手を握る。君にはわからない、と俺は思う。「俺はマーベリックじゃない」

マユミに会いたかった。

あの箒のような金髪が、禿げかけたネイルが、骨盤をぐるりと包む皮下脂肪が、額に生えた産毛が、まるくて厚い赤ん坊のような手のひらが、たまらなく恋しかった。興奮すると語尾が裏返る声色、不機嫌になると増えるまばたき、目じりに涙をためるほどの笑い上戸。

できるはず」チャーリーは言った。なんだか声質も変わっている。

あなたの道を決めるのはあなたよ

騙されてない?とレンタルビデオショップの女の子の声がする。そんな都合良いことばっかり言ってくれる女の子なんて本当にいる?

いないよ、と俺は心の中で答える。いないよ。

筋書きどおりにやるんであれば、朝になってチャーリーが起きる前に、紙飛行機型に折った手紙をサイドテーブルに置いておかなければならなかった。だけど朝になるまでこの部屋にいることはおそらくもう無理だった。まだ青白い光に包まれた部屋のドアを出るとき、背中からチャーリーの声が聞こえた。「ありがとう。楽しかった

 

アパートの階段を下りて駐輪場へ行くと、マユミが自転車の横に立っていた。

「お帰り」と言うので「ただいま」と言った。「早かったね」「うん」「帰る?」「うん」

もう酔いはとっくに醒めていたけれど、マユミは俺を後ろに乗せて家まで自転車を漕いでくれた。空はすこしずつ白み始めていた。猛烈に眠かった。帰ったら風呂に入らず寝てしまおうと思った。とても疲れていた。どこからどこまでが夢だったのか今の頭ではわからなかった。とにかく早く家へ帰りたい。いずれにしてもそれはもう終わったんだ

マユミの腰に回した腕、その下にチャーリーのときには感じなかったやわらかさを感じる。わらび餅みたいでかわいい。「ねえ、」と俺はマユミに呼びかける。マユミはぐんぐんペダルを漕いでいる。

「俺はマユミがかわいいよ。マユミのことが大好きだ」

言えたじゃん、と思った。好きなものを好きだと、俺にもちゃんと言えたじゃん。

束ねられた金色の毛先が風に揺れて頬にちくちくと当たる。子どものころ、自分より背の高い草木が茂る野原を歩いた感触を思い出す。風のにおいは夜のそれから朝のそれへと変わっている。新しい日だ。

「マユミがいてよかった」一度言えるようになるとするする言葉が出てくる。心の中でF14トムキャットに乗ったもう一人の俺がサムズアップするのがわかった。

「ねえ亮ちゃん、」マユミは足の動きを止めないまま言った。

「何?」俺は寛容な笑みを浮かべながら訊く。

「でもわたしだって、ほんとうにはいない女かもよ」

え?と俺が言うのと、俺たちが住む本物の方のアパートにについたのはほとんど同時だった。「着いた」とマユミがサドルから降りる。

「変なこと言うなよ」

自転車を停める。階段をのぼる。今日はごみの日だった。たまった空き缶を出さなくてはいけない。ふいに、昨晩のシーンが脳裏をよぎる。チャーリーとのことではない。俺にだけ供されたおしぼり、1杯目なのに「飲むねぇ」と嬉しそうだった高村さん、頑なにマユミの名前を呼ぼうとしなかった高村さんの彼女。

階段の途中でマユミが振り返る。ブルーグレーの瞳と目が合う。夢は醒めなければ夢じゃない。マユミは金色の髪を朝日に輝かせながら言った。

Maverick, you big stud…Take me to bed or lose me forever.色男さん、私をベッドへ連れてって

 

 

※本文太字部分はすべて映画『トップガン』の字幕及び台詞より引用

 

 

2020年2月22日公開

作品集『マーベリックなら何て言う?』最新話 (全3話)

© 2020 駿瀬天馬

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