マーベリックなら何て言う?(第2話)

マーベリックなら何て言う?(第2話)

駿瀬天馬

小説

3,842文字

全3話
『トップガン』の続編が楽しみで書きました。
第1話はこちら

歌手では食べていけないわね

こちらを振り向き、ケリー・マクギリスが言った。意志の強そうな眉。見覚えのあるブルーグレーの瞳。しっかりライン取りされた知的な唇が微笑みを模る。

信号が変わる。ペダルを漕ぎ始める。「ケリー?」自分より大きな背中にしがみつき、子パンダ状態で俺は言う。ケリー・マクギリスは首を振り、その反動でたっぷりとしたブロンドのウエーブヘアが左右に揺れる。「チャーリー?」俺はおそるおそる重ねて訊く。ケリー・マクギリス、もといチャーリーは前を向いたまま答える。「何か問題が?

MA-1を着たチャーリーの背中は想像よりも広く、しかし腕を回した腰の部分は想像よりも細かった。「ちょっと止まって」チャーリーは止まらない。腰に回していた手を肩の方へ上げて、「止まって」とその肩をかるく揺する。

チャーリーは漕ぐのを止める。「強引ね

「俺が漕ぎます」

思わず敬語になってしまった。「俺が漕ぐ」言い直して、ハンドルをにぎる。「ありがとう」と言ってチャーリーはサドルから降りる。

「座っても?

「もちろん」と俺は言い、チャーリーが後ろの荷台をまたぐ。足が長い。背も俺より高かった。

ペダルを踏みこむ。後ろにはチャーリー。夢みたいだった。いや夢か?節ばった大きな手が腰に回される。「マユミは?」胸の高鳴りを取り繕うように言う。

「マユミはどこへいったんだろう?」

どこへ?

「さっきまでいたでしょ。金髪の、東洋人。へらへらしてて、歌を歌ってた……」

チャーリーは黙っている。俺も黙る。長い五本の指の感触をわき腹に感じる。

 

正直言って、俺は最初マユミに対して全然興味がなかったのだ。何となく流れでデートをすることにはなったけれど、合コンの記憶もあやふやで、胸が大きい子だったなくらいの印象しかなくて、顔もぼんやりとしか覚えていなかった。というか、実際池袋駅で待ち合わせてみたら覚えていた顔立ちとはずいぶん違った。あれ?こんな顔だったっけ?化粧か?まあいいか、ってな感じ。マユミは俺を見てすぐに「あっ」と駆け寄ってきたから俺を俺だとわかっていたんだろうと思うけど、俺はその「あっ」の時点で、映画が終わったらすぐ帰ろうくらいに思っていたのだ。

でもいざさあ上映となってから開始15分でマユミの株は大暴騰した。

寝ていた。開始わずか15分で、マユミは船を漕いでいた。開始15分といえばイモータンジョーが妻たちの失踪に気がついたあたりで、まあとにかく物語が動き出す結構重要な場面で、おいおいここで寝ちゃうのかよ、寝てもいいけどせめてもう少し頑張れよと俺は気が気じゃなかった。心の声が奇跡的に届いたのか、マユミは何度か首を揺らしたのちにハッと顔をあげ、ふたたび画面を注視した。映画は前評判通り、観客の交感神経をビンビンに刺激してくる演出の連続だった。派手な映像と派手な音楽。興奮して思わず歓声をあげたくなる。ふと横を見た。マユミは首をがくんと完全に落とし、寝ていた。ピーピー鼻笛まで鳴らしながら。

俺は再度、興奮して思わず歓声をあげたくなった。はっきり言ってここ数年見た映画の中でかなり騒々しい部類に入るこの映画、それもWIMAX上映中に、しかも初めてデートをしている男の隣で、こんなに安らかに人は眠ることができるのか。ただちょっと胸が大きいだけの女の子かと思っていたけれど、マユミはもしかしたらその辺の子とは全然違うんじゃないか。映画の後で「どうだった」と訊いた俺への返答。「好き!」マユミは言った。「は?」俺は言った。「好き!彼女になりたい!」は?

『マッドマックス怒りのデスロード』は当時俺の周りではかなり評価が高くって、諸手を上げてじゃないけれどとにかく見たやつはみんな大絶賛、空前絶後全米震撼一同総立ちアドレナリンの大洪水、見ないと人生半分損してるってな勢いで、だから俺も期待に胸を膨らませて鑑賞したわけだけれども確かにかなり面白く、兎角派手でわかりやすい映画が好きな俺の性にも合っていた。派手でわかりやすいものが好き。俺の感性はかなり凡庸で没個性、圧倒的マジョリティー、ありきたりで退屈みたいな感じにおそらく仲間内の誰もが思っている。というか俺も思っている。「なんかね、普通。つまんないんだよね。」これはマユミとのデートの前月に出したコンペで俺の書いたシナリオに対して言われた言葉。俺に足りないのはエキセントリック。しかしエキセントリックさというのはどちらかといえば天賦の才みたいなものであり、ましてや一朝一夕で身に付くものではない。たとえば高村さんは学生時代の課題提出で延々無音で様々なブリーフパンツを履いた様々な年齢の男性の下半身だけを映していくという、ただそれだけの作品を撮った。いや厳密にはそれだけじゃなくて、最後のカットでビーカーに入った鼠が十秒間、ちょろちょろちょろちょろビーカーの中を動き回っていた。あれはいったい何だったんだ。『卒業白書』のパロディでワイシャツにブリーフで音楽に合わせてダンスするとかならわかる。いやわからないしたいして面白くない映像になりそうだけど、それにしたって特に動きのない映像で更に無音の4分半というのはあまりにも長い。課題提出のテーマは「お留守番」。なぜトランクスではなかったのか、なぜ男性だけだったのか、最後のあの鼠は何だったのか。俺には全然わからなかったし今でも全然わからない。俺はわからない側の人間だから。でもだからこそ憧れた。そして俺は日々エキセントリックについて考えた。考えれば考えるほど、それは到達できないものであることがわかってきた。なぜなら俺にはわからないものを、俺はエキセントリックとジャッジするからだ。俺がわかってしまうとそれはもう、俺の憧れるエキセントリックじゃないのである。そしてもうひとつわかったことは、エキセントリックであることに過激さはさして重要じゃないということだ。俺は憧れた。たとえばみんなが良いというような騒がしい映画でスヤスヤ眠りこけられるようなその神経に。

 

自転車は知らない道を走っていた。構わず俺はまっすぐ走り続けた。車は一台も通らなかった。信号はずっと青だった。チャーリーは黙っていた。「たぶんマユミは、」と俺は言った。「俺のつまらなさにいいかげん飽き飽きしたのかも」

別れも言わずに?

「たぶん」

気を落とさないで」優しい声だった。

「落としてない」

チャーリーが笑う。「むずかしい人ね

「むずかしくないですよ」俺は言う。

むずかしいことなんてなかった。かんたんなことだった。高村さんの言う通り、俺はダセェやつなのだ。

むずかしいわ」チャーリーはもう一度言った。

車が通らないから、ほとんど車道の真ん中を走った。静かだった。信号機と俺とチャーリーだけが呼吸していた。道の先で灯っていた信号が黄色に変わり、赤に変わる。ふいにチャーリーの指がわき腹をトントン、と叩いた。振り向くと、首と目線で左折の指示を出してくる。指示に従い左折する。すこし走るとまたチャーリーが同じようにして、今度は右折の指示を出してくる。そんな風にして、いくつかの道をくねくねと走り、やがて一棟のアパートの前にくるとチャーリーは自転車を止めるように言った。

アパート脇の駐輪場に自転車を止めると、チャーリーは階段を上り始めた。何となくついて行く。普通に考えればチャーリーの家なんだろうけど、チャーリーが住んでいるのはサンディエゴの明るい日射しが降り注ぐ真っ白な家のはずである。今目の前にある建物はたしかに外壁は白いけれどところどころひび割れて、立地的に日当たりもずいぶん悪そうだった。手すりも階段も錆びているし、さっきちらりと見えた集合ポストのいくつかは郵便物が入りきらずに飛び出し溢れていた。ざっと見た印象だけなら、俺の住むアパートといい勝負だ。というか、俺の住むアパートにここはとてもよく似ていた。

チャーリーがポケットから取り出した鍵で開けた部屋の場所は、俺の部屋と同じ位置にあった。ドアを開け、視線で中へ入るように促す。

後ろ手でドアを閉める。チャーリーは玄関からまっすぐ見える壁に背中をついて、こちらを熱く見つめている。部屋の間取りは俺の部屋とよく似ていたけれど、部屋には白いカーテンがなぜか天蓋のように部屋中に巡らされていた。薄暗い部屋に、窓から青白い光が差し込んでいる。聞き覚えのある音楽が、静かに流れ始める。空から降ってくるように鳴るBGM。周りを見回すがどこにもそれらしき機器や音源となりそうなものはない。チャーリーは相変わらずこちらを見つめている。俺は息をのむ。

どうするのかは知っていた。

まずは壁際のチャーリーのところまで歩き、右手を壁につく。するとチャーリーが俺の左手をとり、二人はスローで口づけをする。しばらくその応酬をした後に、チャーリーをベッドにやさしく倒す。頭を撫でながらふたたびキッス。ここまでのキッスは全て、より効果的なシルエットにするために、口をひらいたまま、舌を絡ませていることがわかるようにしなくてはいけない。それからBGMに合わせてゆっくりゆっくり腰を振る……。

流れは完璧に把握していた。曲のどこでどの動きに入ればいいのかも頭に入っている。幸か不幸か故意か故障か、BGMはさっきから俺が動き出すのを待つかのように同じ部分をループしている。よし、いってみよう。いくしかない。俺は心のカチンコを盛大に鳴らした。

2020年2月20日公開

作品集『マーベリックなら何て言う?』第2話 (全3話)

© 2020 駿瀬天馬

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