今年の夏休みには、ひいばあちゃんの三回キというやつがあって、近所のお料理屋に親せきの人たちがおおぜい集まったんだ。
おでこにツノみたいなデキモノがあるおじさんや、ヒヤッヒヤッとようかいみたいに高い声で笑うおばさん、首にトゲトゲした首輪をはめている金髪のお兄さんなど、その日はじめて会う人たちが来ていて、その中に「なつめさん」がいた。
なつめさんは髪の毛が長くて、目が大きくて、とてもきれいな女の人だった。中学生なのか高校生なのか、よくわからなかったんだけど、学校の制服を着ていた。
「あれ、だれか知ってる?」
ぼくはとなりにいる、同い年でいとこのまさと君にきいた。
「なつめさん? あれぼくのお姉さんなんだ」
まさと君はそう言ったけれど、でも、まさと君にお姉さんがいるなんてこと、今まで一度も聞いたことがなかった。それに自分のお姉さんだっていうのに、なんかよそよそしい感じで「なつめさん」と呼んでいる。
「変なの」
ぼくがそう言うと、まさと君は、
「そうよね。ぼくもよくわかんないんだよね」
と困ったように言った。
まさと君が言うには、半年前に、まさと君のお父さんとなつめさんのお母さんが再こんしたらしい。それで今は、お父さんと、なつめさんと、なつめさんのお母さんと四人でいっしょに暮らしているんだって。
「お父さんは『お姉ちゃん』と呼びなさいって言うんだけどさ、なんか、呼べなくって。だから代わりに『なつめさん』って呼んでる」
ぼくは遠くの席にいるなつめさんを見た。あっちの席ではまさと君のお父さんが、親せきの人たちになつめさんとなつめさんのお母さんを紹介している。親せきの人たちはなつめさんのことを、口をそろえて「お人形さんみたいやねえ」と言っていた。そう言われてなつめさんはしずかに笑っていた。なつめさんのさらさらした髪が、窓からさす夏の日射しをうけて、キラキラと光っていた。
ぼくはまさと君に話しかけられるまで、ずっとなつめさんの方を見ていた。きっと見とれていたんだなあ。
三回キのいろいろが終わると、親せきの人たちはみんな帰っていった。まさと君のお父さんも、まさと君をぼくん家に泊まらせて、いったんは帰っていった。ぼくは一人っ子だから、夏休みにまさと君と遊べるのをとても楽しみにしていた。
だけど今年は、まさと君だけじゃなくて、なつめさんもいっしょにうちに泊まることになったんだ。
テーブルをはさんで、ぼくの真正面になつめさんがいる。なんかすごく変な感じだ。まるでテレビの中で活やくしているモデルさんや女優さんが、画面の外に飛びだして、いまぼくの目の前に座っているみたい。
その夜はテレビをつけずに、ごはんを食べた。ぼくのお父さんとお母さんがなつめさんのことをあれこれときいていた。なつめさんはそのどの質問に対しても、ていねいに答えていた。おっとりとしていて、とてもきれいな声だった。ぼくもなにか質問をしたかったけれど、なんとなくはずかしくて、となりにいるまさと君にボソッと、「ごはん食べたら、ぼくの部屋でゲームしよ」と言ってからは、もくもくとごはんを食べていた。
食べ終えると、さっそくぼくとまさと君は二階にあがり、まさと君が持ってきた対戦ゲームをやり始めた。ぼくはなつめさんへのきんちょうから解放されてホッとした気持ちと、なつめさんと話したかったなあと後悔する気持ちの両方が交互にやってきて、あまりゲームに集中できなかった。
何回戦目かの対戦中に、部屋のドアがガチャッと開いた。きっとお母さんだろうとふり返りもせずに、テレビゲームをつづけていると、
「あっこれ、まさ君がいつもやってるやつだ」
それが明らかにお母さんの声じゃなかったから、びっくりして、すごい勢いでふり返った。
なつめさんだった。
なつめさんは、モモと氷の入ったお皿を持って、ぼくのとなりに座った。
まさと君は、なつめさんの方をチラッと見ただけで、すぐにまた画面の方を見た。ぼくもそんなふうに、なにくわぬ顔でまたゲームをやろうとしたんだけど、なつめさんがとなりにいるだけで、胸がドキドキしてしまう。にぎるコントローラーに汗がジワッと。となりからなつめさんのかおりがファッと。あたまのなかはパニックで「ウワアアッ!」と。
「ねえこれって、小学生のあいだで、はやってるの?」
ぼくの肩をちょんちょんと指でつつきながらなつめさんが言った。
「えっ、まあ……じゃっかん」
いや、めちゃくちゃはやってるだろ、とあたまの中で自分につっこみを入れながらも、変にかっこうをつけてしまった。
「ねえ、かずき君、モモ食べる? これね、かずき君のお母さんが切ってくれたやつ」
すると、なつめさんは小さなフォークでモモをさして、ぼくの口にもっていった。
「ほら、アーンして」
そう言われて、ぼくの顔は一気に熱くなった。言われるままに口を開けて食べるのは、なんだかヒナドリになったみたいではずかしい。だけどそれでドギマギなんかしちゃったら、それこそいっそうかっこうが悪くなる。そう思って、ぼくはすました顔をよそおい、言われるままに口をあけて、モモを勢いよくかんだ。そのひょうしに歯にフォークが当たり、ズキンと痛みが走った。
「おいしい?」
「えっ、まあ……ふつう」
口ではそう言ったけれど、この時のモモは、今まで食べた中で一番おいしかった。歯の痛みもふき飛んじゃうほどに。なつめさんが食べさせてくれたモモは、これからさきに食べるどのモモよりも、きっとおいしいにちがいないと思った。
「まさ君も食べる?」
「ぼく、いい」
まさと君は食いぎみになつめさんのモモを断った。そのあと、なつめさんがもう一度ぼくにモモを食べさせようとしてくれたけれど、まさと君が断ったてまえ、二度目はぼくも断ってしまった。
なつめさんはそのあと部屋を出ることなく、モモを食べながら、ぼくたちがゲームをやっている様子を熱心に見ていた。
「あの、なつめさんも、やってみる?」
ぼくは勇気を出して言ってみた。
「えっ、いいの?」
「コントローラー、もういっこあるし。まさと君、いいよね?」
「……うん」
まさと君は下を向きながら答えた。
すると、なつめさんは今日一番の笑顔を見せた。つぼみでも充分すぎるほどきれいな花が、パアッとめいっぱい咲いたみたいにして笑ったんだ。
それからのなつめさんのはしゃぎようといったらなかった。なれない手つきで、コントローラーのボタンを、必要以上にバンバンと力強く押している。それまでのおしとやかなイメージとのギャップがありすぎて、おかしくて、思わず笑っちゃった。
その時のぼくは、なつめさんはふだんやらないゲームが楽しくてはしゃいでいるだけなんだろうと思っていたけれど、あとから考えると、きっとまさと君といっしょにゲームをしていることがうれしくてたまらなかったんだろうなあ。まさと君も、本当はなつめさんともっと仲良くなりたかったけれど、なつめさんに話しかけられたあの時のぼくみたいに、変にかっこうをつけちゃって、それまでうまく話ができなかったのかなあと思った。
そのあと、ぼくたちはテレビゲームをやめて、UNOをやることにした。
なつめさんはUNOをやりながら、外国の歌を楽しそうに口ずさんでいた。
「それ、なんていうの?」
まさと君がきくと、なつめさんは、
「花のサンフランシスコっていうの」
とほほえみながら答えた。
その歌には「サンフランシスコ」ということばがよく出てきた。どういう歌なのか、さっぱり分からなかったけれど、「サンフランシスコ」ということばだけは聞き取れたから、ぼくはその部分がきた時にいっしょに歌うことにしたんだ。まさと君も、その部分だけをいっしょに歌った。音程もリズムもよく分からずに歌うんだけど、それでもなつめさんはにっこりと笑ってくれる。それがうれしくて、だからぼくは大きな声で、UNOの進行がおろそかになるほどに、歌ったんだ。一階にいるお母さんに「かずき、あんたうるさいわよ」と注意されるまで。
いつのまにか夜の十二時をこえていた。部屋のあかりを暗くして、ぼくたち三人はふとんに入った。なつめさんを真ん中にして。
「明日は三人だけで旅に出かけない?」
なつめさんがゴロンとぼくの方に顔を向けて言った。
「三人だけで? お母さんかお父さんか、いなくていいの?」
「わたしがついて行くなら、だいじょうぶだってさ」
なつめさんは「フッフッフッ」と悪役みたいな笑い方をした。
「明日は悪いこと、いっぱいしようではないか」
なつめさんがわざと悪そうな目つきをしながら言った。
それがなんだかとてもおかしかった。そのおかしさをまさと君に伝えようと、ぼくはなつめさんと同じセリフを言い、「フッフッフッ」と笑ってみせた。
すると、まさと君もそれをまねして、
「悪いことしようぞ。フッフッフッ」
そうやって、三人で悪役になったふりをしながら、明日の計画を練ったんだ。夜もおそいからコソコソと小声で話し合うんだけど、それがなんだか本当に悪だくみをしているみたいで、おかしくて、ぼくは大声で笑いたくなるのを必死にこらえていた。
そんなやりとりを三人でずっとつづけているなかで、ふいに、まさと君がなつめさんのことを「お姉ちゃん」と呼んだ。
それをきいたなつめさんは、いっしゅん固まったかと思うと、次のしゅんかんには、まさと君の方に体をよせて、まさと君の髪の毛をワシャワシャーとさわった。「いたい、いたい」と言いつつ、まさと君は照れくさそうに笑っていた。
その夜をさかいに、まさと君はなつめさんのことを「お姉ちゃん」と呼ぶようになった。本当はぼくもそう呼びたかったけれど、そう呼べるのはまさと君のとっけんだと思ったから、ぼくはなつめさんの下の名前から、「はるちゃん」って呼ぶことにしたんだ。まさと君も、ぼくも、「なつめさん」とはもう呼ばなくなった。
「それじゃあ、明日は六時ちょうどに起きるんだよ」
そう言われて、ぼくは目覚まし時計を六時にセットした。
浅野文月 投稿者 | 2020-03-25 22:54
句読点が多いところがあり、多少読みづらさを感じたところがあります。また「あたまのなかはパニックで『ウワアアッ!』と。」は『ウワアアッ!』を単語にて表現されたほうが良かったのではと思いました。その前後のかずき君の表現は全て単語にて表現されているので。
『三回キのいろいろが終わると……』ここは上記句読点が多く読みづらかった箇所なのですが、その一段落下の『だけど今年は……』が上の文章と対比となっており、読む者を安心させるモノがあり高評価です。最後の三人が添い寝している箇所も同じですね。
ただし、最後の二行はいらなかった気がします。
大猫 投稿者 | 2020-03-28 22:06
読み心地も読後感もよい小説でした。
親戚だけど赤の他人という距離感も絶妙です。
小学生の男の子の心理もよく描かれています。
ぎこちない間柄のなつめさんとまさと君が姉弟になる瞬間も良かったです。
小学生の語りだからと習っていない(であろう)漢字をひらがなで表記して
いますが、特に必要ないのでは。
古戯都十全 投稿者 | 2020-03-28 23:25
非常にすっきりした構図で読みやすいです。台詞口調の語尾と一人称体の語尾の入れ替わりはリズムを意識されたのではないかと感じました。ジュブナイルの一瞬を捉えるに如く文体だという印象を受けます。
最後の二行は、「いつのまにか夜の十二時をこえていた」にかかっているのではないでしょうか。
Fujiki 投稿者 | 2020-03-29 10:41
初恋とも性の芽生えともつかない、甘ずっぱい感情を的確に描いている。「もくもくと」「なにくわぬ」「じゃっかん」といった大人びた文章語を用いつつ、ひらがなで表記しているのも、背伸びしたい年頃の子どもの語りとして絶妙だと思う。「ジワッと」「ファッと」「『ウワアアッ!』と」と脚韻で畳みかけてくるのも情景がリズムを通して伝わってきて素晴らしい。オマージュ感は薄め(というか、私が作品を観ていないので気づいていないだけかも)だが、今回の合評会作品の中では最も優れていると感じる。星5つ!
駿瀬天馬 投稿者 | 2020-03-29 11:52
>「えっ、まあ……じゃっかん」
>「えっ、まあ……ふつう」
のあたりが、格好をつけたがる(でもうまくつけきれない)小学生の男の子らしくてほんとうにかわいくて、思わず微笑みながら読みました。まさと君とぼくの、なつめさんへの態度の微妙な違いもとてもよかったです。おそらくぼくよりも、まさと君となつめさんの方が関係性からしてもその心情は複雑なものであると思うのですが、それをあえてぼくの視点から、ぼくに見える部分だけを描いているというのが絶妙だと思いました。
松尾模糊 投稿者 | 2020-03-29 13:29
ジュブナイルものは大人になって全く読んでいなかったので懐かしい感じがしました。字数制限があるので三人の関係に絞ったと思うのですが、冒頭で出てくる角の生えたような頭のおじさんやヒャッヒャと高い声で笑う婆さんや金髪の兄さんあたりが絡んでくると面白そうに思います。ミシェル・ゴンドリーの『恋愛睡眠のすすめ』は最高ですよね。
井上 央 投稿者 | 2020-03-29 13:59
すらすらと読めました。
文体の歩調と示し合わせたように、少年と『なつめさん』との関係性がじりじりと、もどかしさを伴って、私の元に飛び込んでくるようでした。
松下能太郎様には申し訳ないが、読み手にこれほど親しみやすくにじり寄ってくる彼女を、『なつめさん』を、ただの登場人物として放っておくわけにはいかない。私はこれから、彼女と休日のランデブーを果たすつもりだ。その際、次の様に言わずにはおれないと思う。
「はじめまして、なつめさん」
Juan.B 編集者 | 2020-03-29 19:49
他の方々が既に書いた通り、小五なりの大人になり切れぬ言葉遣い、場の空気がとてもうまく書かれていると思った。タイトルの「さよなら」で何か不穏な気配を感じたが、ナツメと言う呼び方からの卒業という爽やかな終わり方で良かった。