焼き鳥屋「欣二」、

途中の人間(第8話)

siina megumi

小説

3,380文字

母 ナデカ
息子 デン

この親子の「シゴト」は、この世に不要で無価値になってしまった人間を、社会的に追い詰め自殺させることだった。

デンにはどうも、帰るべき場所がある気がする
それは遠未来だ
歩いては絶対に行けない距離
なのになぜ、別の手段で行かないのか
それはこの『シゴト』のせい
それはあの『母親』のせい

 

 

 

ゴミ袋は輝いていた。裏のところに捨てに行く。こんな美しいものを捨てるとはどういうことなのか、デンは不思議だった。人類社会が、満場一致で「要らない」と考えたその集積が、そこに転がっているのだ。つまりあのバカな人類が、自殺した方がいいようなこの世の連中が、偉そうに要らないと言ったモノがこれなのだ。美しいに決まっていた。現代のゴミ袋には、もはやハエも蛆も集らない。ただ無限の星空の光をとろとろと浴びて、まったく同じように輝き続けている。流石に、デンは黙るしかなかった。黙って手を洗っていた。
風通しが良い。
向こうの方から女将の怒鳴り声が――どうでもいいが女将の名は佐茄という――佐茄の怒鳴り声がした。新人のルリエという女が、全く使えなくてキレているらしい。佐茄自身は大雑把なので、それで相手がどれくらい傷つくのか考えている感じはなかった。だがルリエはもう、何でもない言葉でさえ恐ろしかった。お皿を洗っていて、カチャッと音をたててしまっただけで、自殺したくなる。
外のところからデンは大きな声で、
デン「この魚まだ身が残ってるじゃん!! ルリエだろ捨てたの!!」
そんな魚などないのだが、デンは言ってみた。そしたら二つ返事でルリエは謝ってくる。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「手止めんな」
言いながら、佐茄が手でルリエのお尻を叩いた。叩いただけでビクッと飛び上がった。ルリエはどうすることも出来なくて泣きそうになりながらお皿を洗っていた。子供用のお皿でアンパンマンのマークだった。
佐茄が舌打ちしてから、
「なんかお前見てたらアイツ思い出すわ」
誰にも聞こえないように佐茄は一人で言った。何か言ってるのはルリエは分かったが、怖くて聞き返せなかった。
デンが、ため息しながらルリエの後ろを通る。
ルリエは今すぐ走って逃げたかった。お店の制服を着ている自分さえももう嫌だった。時計を見たが、まだ一時間しか経っていない。吐き気がした。(そろそろだ)とデンは思った。こうして見ていても、病的なほど震えている。今日はナデカが来ることになっている。面白いものが見られるはずだ。デンは串を焼きながら、どうもニヤケていた。デンは軽く辺りを見渡す。飛んでる虫も一匹もいない。

 

客が来た途端、
「いらっしゃいませッー!」
それはルリエが言ったのだが、その声がデンには最高だった。大声を出さなければならないので絞り出しているのだが、ネズミが殺されたような惨めな声だった。
座ったのはナデカ含めて三人。ルリエは急に安堵の感じで、ナデカに頼ろうとしていた。よほど手なずけたらしいことがデンにも分かった。どういう話をしたんだろうか。
ナデカ「ナマみっつね」
言ったのだが、デンは聞こえていないことにした。ルリエが受けなければならないのだが、ナデカは妙に知らないフリをしていた。
「ナデカさん、」
ルリエは忠犬のように話しかけるが、ナデカからは特に何もない。
ナデカ「ナマみっつ」
ルリエの顔を見ながら平気で言うのだった。余りにも平気で言うのでデンも驚いた。客と店員だからというだけではない、ルリエにとっては謎の冷たさがあった。
ナデカ「はやくしてよ。どうしたの?」
おしぼりで自分の手を優しく撫でながら言う。ルリエにはその様が何かの姿と重なった。
座敷で脚を上げて座っている。同僚との適当な会話もなしに、ただ待っている。
ルリエは、まるで普通に歩いているかのように、厨房へ戻ってくる。
デン「お前お冷出した?」
何も言わずに、何かよろよろしながら、水を注ぐ。何も考えていなかったのか、二つしか持っていかなかった。ナデカは笑いながら、ルリエにも聞こえるように、
ナデカ「わたしは客じゃないらしい」
通路のところになにもしないでぼぉっと立っているルリエを、デンは身体で押しのけて、水を注いで行って、
デン「申し訳ありません」
ナデカ達はまた笑っていた。その笑いは、使えない人間に対する、社会的で抽象的な笑いだった。ナデカはもう、『ルリエさん』としては見ていない、何か『その他』としてしか見ていない、その感じが分かる笑いだった。
デン「ご注文はお決まりでしょうか?」
ナデカ「ねぇねぇ、店員さん。あの子全然ダメみたいね」
デン「あぁ・・・(笑)。まぁ今日が最後ですから」
言うと厨房の佐茄も笑っていた。ナデカもちょっと面白かった。
ナデカ「やる気もあんまりないかな?」
何もしていないルリエを、動物を眺めるように眺めている。少しナデカは納得いってない感じ。
デン「ご注文決まったらお呼びくださいね」
ナデカ「うん」
ルリエは空のジョッキを両手にあたふたしている。デンはそれを奪い取って、
デン「皿洗って」
言っても妙にゆったりなので、
デン「早くッ!!」
すると間髪入れずに、
「わかりましたッ!!!」
とルリエはとんでもない声量で言い放った。店の雰囲気が変な感じになった。それでルリエは表情のない顔で皿を洗っている。
デン「はい、ナマみっつですねー」
ナデカ「ありがとー」
言ってナデカは指先で音のない拍手をする。
デン「すいません、どうしようもない奴で」
ナデカ「あはは・・・。いちおう、昔は知りあいだったんだけど」
デン「昔は知りあい?(笑) そんなことが・・・ああ、まぁでも何となく分かるかも」
ナデカ「あんなんでしょう? これ見よがしに叫んだりして。関わりたくないよね?」
デン「全く何もないヤツなんですよ。どうしても、俺には救いようがあるようには見えない」
ナデカ「紹介したことさえ申し訳なくなってくる・・・」
デン「何であんなのと知り合いだったんですか? お客さんは意外としっかりしてそうなのに」
ナデカは微笑みながら、
ナデカ「意外と?」
デン「はい。意外とです。もし普段から一緒に居たりしたら、なんていうか、極端にぼーっとしただけの人に感じられると思います。でも、実は妙なところに信念があるんじゃないですか?」
ナデカ「うーん信念はない・・・」
デン「信念か、もしくは、なんなら諦めとか」
ナデカは何も喋らず、諦めという言葉を考えている。
ナデカ「――わたしには息子が居るんだけどね」
デン「へー。お子さんがいらっしゃるんですね」
ナデカ「うん。『あの子』は、凄い多くのものを諦めた子だと思ってるよ」
デン「へぇ。それはどういうことですか?」
ナデカはそれに答えるのが難しいようで、
ナデカ「なんていうか・・・難しいんだけど・・・」
デン「自分の人生にあまり関心がなかったり?」
ナデカ「うんそう。そんな感じ」
デン「っていうことは、何か、当人だけの理想があるんだな。僕には立派に思えますね。仮に行動に移せないのだとしてもね」
ナデカ「いや、それがなぜか行動的なんだよね。だから分からないの」
デン「ええ!! それは凄い! かっこいい人だ。むしろかっこよすぎる人だと言ったほうがいい」
それにはナデカは答えなかった。
ナデカ「だからわたしも手伝ってあげてるんだけど」
デン「・・・。手伝ってる? あなたが息子さんのしごとを手伝っているんですか?」
ナデカは面白そうだった。
ナデカ「実はそのつもりもちょっとあるんだ。あ、秘密だよ?」
デン「・・・」
デンはよく分からないようだった。
デン「もちろんです」
・・・
・・・すると皿を割る音が向こうからした。あんな感じでは必ず割るだろうとデンは思っていたから、さっそく虐めようと思ったが、立て続けにもう一回割れる音が聞こえた。今度は人為的に割った感じだった。
「もう自殺するッ!」
ルリエはわめいているのだが、
「勝手にしろやもう」
佐茄ももうめんどくさいようだった。
このまま放っておけば自殺するだろう。今は止めてくれる人を探しているのだ。ナデカがどうするのかが楽しみだったので、デンはあえて知らないフリをしてみた。デンはフラフラッと離れて行って、ナデカの方を眺めている。ナデカはおおらかにそして優しく語り掛けた。
ナデカ「ねぇルリエさん」
ルリエは「なんですか」と冷徹な雰囲気で、私の自殺を止めるなら最後のチャンスだぞと言わんばかりにナデカの方をゆっくりと向く。すると、
ナデカ「箸がまだ来てないんだけど」

2020年2月12日公開

作品集『途中の人間』第8話 (全11話)

© 2020 siina megumi

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