居酒屋「大友」、

途中の人間(第4話)

siina megumi

小説

3,158文字

母 ナデカ
息子 デン

この親子の「シゴト」は、この世に不要で無価値になってしまった人間を、社会的に追い詰め自殺させることだった。

昼に働き学び教え、夜に遊ぶというわけではないが、とはいえ人々は呑んで回っていた。いくつも話すことがあるようで賑やかだったが、ナデカ達は、ルリエに妙に気を遣い、沈鬱で、またよろしくないことのように呑み屋街を歩いていた。予約していた店にルリエはこれ見よがしに招待する。
ナデカがどんどん注文するのがルリエは嫌なようだった。お金ではなく、何となく主導権を盗られた気がしているようだった。乾杯のときにももうぶすっとしている。
「今のままでいいっていう感覚を抜けだす必要はあるんじゃないの」
何か言っているルリエに、真摯に実直に聞いている感じをナデカは見せている。絶え間なく焼き枝豆を食べている。あれこれシタリ顔で喋るルリエを、他の社員は流すので精一杯という感じだった。ナデカとしてはまだ強く言う訳にもいかず、しかしここでキレて帰らせなければならなかった。そういうわけで、
ナデカ「あ、そういえば皆さんタイはどうでした?」
というのはルリエとナデカだけ行けていない出張のことだった。タイの話をするのも他の社員は渋っておいていたのに、その話をナデカから言うのは、明らかにルリエの自尊話から話をそらそうとする意図が透けていた。それが誰もに伝わるのが誰にも分かりもし、他の社員は居たたまれないが痛快な感じだった。だが、ルリエはといえばあからさまにむかついていて、あからさまにナデカを睨みつけた。それにはナデカはそしらぬ振りで他の社員に眼差しを向けていたが、他の社員達が、そのあからさまに不機嫌なルリエを気にしているのを見て取って、どうも、
ナデカ「わたしたちも行きたかったですよね、タイ。カニの美味しいやつ、あれが食べたかったな」
だがそう言ってやってもルリエは顔をしかめていた。ちょうど聞こえるように舌打ちをしていた。まるでそれが聞こえていなかったかのように、
ナデカ「ルリエさんは食べたことある? なんだったっけ、プーパッポンカリー? そんな名前のカニみそのカレーみたいなやつがあるんですよ。それが美味しくて」
その押しつけがましい好意に、ルリエはもう対抗するのをやめた。そのままぶすっとしておくことにして返事をしなかった。だが別の人物がやってきたせいでその感じは誰にも伝わらなかった。
その人物は、社員が呼んだコンサルタントらしいが、やけに背が低く、まるで少年のようだった。
メガネなどで隠しているようだが、その人物は余りにも美しく、別の星の花のように常軌を逸した儚さと華やかさがあり、無限に美しい人物だった。
ルリエは始めて見る人だったが、ナデカも同様であるようで、趣きを改めていた。
デン「あ、初めまして。急遽遊びに来たんだけど。ま、会社のことは見てたんで、いろいろマネジメントさせてもらうね」
途端に、ルリエが「トイレ行ってきます」と立ち上がった。逃げるように当然のように向こうへしとしとと歩いていくルリエをみんな見ている。他の社員がデンに促したが、デンは制止して、
デン「彼女が戻ってきてから」
と言って聞かない。
それでなにもしないで待っているようだった。
他の社員も、そしてデンとナデカもそこにいて彼女が戻るのだけを待つ。ナデカは肘をついたまま自分のコップを触っていた。組んだ脚をほぐすように揺らしていた。デンは本当に何もせず戻って来る方を見ている。
それは中途半端に遅い。
まだ戻らない。
他の社員はもう咳も押し殺していた。
向こうから、大したことはないとばかりにルリエが戻ってきて座る。みんな待っていたらしいことに気付き、笑って誤魔化そうとする。
店員から聞かれたので、
デン「あ、じゃあ私はコーヒーでいいです」
おしぼりで自分の手を撫でながら言った。ルリエとナデカを交互に見ているさまを隠そうともしない。
デン「ナデカさんだよね?」
言って手をナデカに向ける。
ナデカ「はい」
デンは軽く広げた書類を見下ろしながら、
デン「まぁまず、この部署のルーティンには彼女の負うところが多すぎるよね。何となくは、みなさんわかるでしょうが」
そこでナデカはちょっと、
ナデカ「え、そ、そうなんですか。それだったら、申し訳ないです・・・。一応、私なりには頑張っているつもりだったのですが・・・」
デン「ん? ・・・いやいや違う違う。あなたひとりで頑張りすぎですねってこと。あの、あなたが一人で二倍働いている分、誰かさんがサボってるんじゃないんですかってこと」
誰かさんと言ったときに、ルリエが何かを我慢したのが分かった。
デン「誰かさんがね」
ナデカ「はぁ・・・。でも、みなさんからはいろいろ教えて頂いていますし・・・。ルリエさんにも・・・」
ルリエの名前をいきなり出したのは明らかにおかしいが、その嫌味にはルリエは気づかない。流れるようにデンが、
デン「この人が? 頑張ってる? 何か? 冗談でしょ」
話にならないというふうにデンは目をそらした。
デン「これこそ言わなくても分かるよ。誰でも分かる。結論から言っちゃうと、まずこのルリエとかいう癌に早急に辞めてもらうことね。全然要らない、っていうか、まぁ、なんだ? 『向いてない』ってことを理解してもらわないといけないよね。まずそうしないと、マネジメントも何もないよ。そうでしょう? 何で誰も言わなかったの?」
急で上手く受け止めきれていなくて、意味が良く分からないというふうな顔をルリエはした。窓を閉じたかのようにナデカが返事をしないのでおかしいと思った。
デン「ねぇ?(と、ルリエ自身に同意を求めるように言う) 仕事見てたけどさ、キミが居ることによって、会社が何か得をしてるかな? それとも、キミが偉そうにコーヒーを飲んでる時間のためにこの会社はあるの?」
言いながらデンはコーヒーを飲んでいた。
「何!」
その大声はいわば、普段温厚な人がキレたという感じを志向した大声だったのだが、躊躇したことと、単純に慣れていないこともあり、情けなくスベったような感じだけを残した。デンはそのことに一切の反応はなく、何事でもないというふうにコーヒーカップを置くのだが、ナデカは、
ナデカ「ルリエさん?」
だがそれは責めているという感じではなかった。強いて言えば、あなたは本当にルリエさんですかと、確認しているというふうな感じだった。デンは、一応隠すように舌打ちをして、
デン「クズが」
それも小さい声だったがもちろん聞こえている。
ナデカ「ねぇ言い過ぎでしょあなた。コンサルタントとか関係ないよ」
だがルリエが本当に頭に来たのはナデカの言葉の方だった。『言い過ぎ』ということは、ナデカも少しはそう思っているということだ。ルリエはいきなりキレたような動きをしたあと、自分の箸を折ってもう帰ろうとしている。
デン「おお帰れ早く」
それでこの段階で言っていいかどうか一瞬迷ったが、
デン「自殺でもして来いよさっさと」
ナデカ「ルリエさん、気にしなくていいからね」
その言葉が余りにも上辺だけで、言って自分で笑いそうになった。
ルリエが店を出たら、デンは嘲笑うように大きな笑い声を出した。
ナデカ「・・・なんなんですか?」
デン「いえいえ」
楽しそうな感じを外のルリエに聞かせたかったようだ。
デン「もうお開きにしましょう。つまらないや」
ナデカはゆっくりと深い溜息をしてから、上着をとった。
他の社員らはタクシーで帰るというので、
ナデカ「じゃあ私達は近いので、歩いて帰りますね。お先に失礼します。また」
誰も気づかなかったが、『私達は』というのは少し失言だった。タクシーはいらないとは言ったが、家の話はデンはしていない。
ナデカ「失礼します」
デンとナデカは店を出る。
デンは戸をきっちり閉めてから、
デン「で?」
さっきからナデカは、悩ましいように腕時計を見下ろしている。
ナデカ「・・・まだ大丈夫だと思うんだよね。うん。まずはあっち行こっか」

2020年2月5日公開

作品集『途中の人間』第4話 (全11話)

© 2020 siina megumi

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