エスカレーター、

途中の人間(第1話)

siina megumi

小説

3,242文字

母 ナデカ
息子 デン

この親子の「シゴト」は、この世に不要で無価値になってしまった人間を、社会的に追い詰め自殺させることだった。

ナデカが部屋に着いたとき、まず抵抗を覚えたのは部屋の汚さだが、それは同時に人間が生きているという比べようもない証でもあって、生活というものが剥き出しにあるその部屋に、ナデカは不思議な感動さえ覚えもしたのだった。
家庭訪問という体らしい。
ナデカ「こんにちは。担任のナデカです」
まともとしか言いようのない趣きを見せつける。
そこにいる母親らしき人物のタバコが縦横無尽にくゆる。
ナデカ「りかちゃんこんにちは」
ナデカは少女の前にあからさまに座るが、少女は怯えるのみ。
ナデカ「いじめられてるんなら言わないとダメだよ」
言葉に滲む計り知れない無責任さを、少女は感じ取る。
少女の無言の告発にも気づかないフリをしといて、ナデカは部屋を後にした。

 

そこは中学校なのだが。
他には見られていないそこ、その少女はポケットから出した何枚かの万札をデンに渡した。デンは見せつけるように枚数を数える。
デンは少女の頭を優しく撫で、抱き寄せた。
デン「本当にりかちゃんのおかげだから。僕はキミに支えられて生きてる」
直ぐに続けて、
デン「いつもより多いんだけど、何で?」
りかは適当にキレて帰るつもりだった。しかしデンの余りにも美少年な微笑みに怖気づく。
「もう・・・これでやめたくて・・・」
当然のようにデンは笑顔を消した。それで少女は耐えられない。
「ごめん・・・うそ・・・うそだから・・・」
デン「嘘じゃないよね。そっか、嫌いになったか」
「嫌いじゃない! 嫌いじゃないからねデンちゃん!」
そしたらデンはいかにも儚いとでもいうようなうつろ気な笑顔で、
デン「りかちゃんの立場に立てば気持ちもわかるしね。俺のせいで、知らない男と寝てさ。もういいよ、じゃあね」
「ごめん!! ごめん!!」
なぜ自分が謝っているのかと、激しい疑問を感じるのだった。

 

相談する相手は無論教師しかいない。だがナデカは詰問するのだ。
少女の前にナデカは、苛立たしげに威圧的に座っている。
ナデカ「じゃあ何? 援助交際してたってことでいいの?」
全て少女の責任であるのは当然といわんばかりだった。
「でも、それはデンちゃんが・・・」
ナデカ「いや、人はいいから。間違いないのね?」
「でも・・・」
ナデカ「何考えてるわけ?」
ナデカは手元のボールペンをいじったりしている。
「どうしたらいいですか」
ナデカ「どうしたらいいですかって?」
ナデカは失笑の吐息を漏らす。
ナデカ「あなたが勝手に始めたんじゃないの。知りません」
「わたしが働かないと、お母さんは仕事ないし・・・」
少女は勇気を持ってそう言ったのだが、
ナデカ「知りません」
少女は顔を赤くして涙目で震えている。ナデカは文字を読むように少女の顔を見ている。
ナデカ「自分で考えて何かするっていう気もないし・・・」
それを言いながら、ナデカは、あなたにはもう関心はないんですよというのをみせつけるためかのように、書類を片付けたりしながら立ち上がり去る。その様の当然じみた感じ。少女にとって、ナデカは一番憧れの先生だった。もう何も頼れない。

 

少女は、鞄の中に教科書を入れる自分の惨めさに驚愕した。これは何のために何をしているのだろう。意味不明に暑い帰り道もずっと、ナデカ先生のことを考えていた。

 

マンションに戻っても母親は何もしていない。スマホで遊んでいるだけ。少女には学校が終わってすぐ『仕事』があったのだが、
「遅い! あんた、早くご飯をつくりなさい!」
母親は怒る。
「もう、やってよそれくらい! 自分で!」
少女は自分でも考えられないくらいキレた。
「なんて? あんた何て言った親に向かって」
だが、それで言い返す力がなぜか少女にはない。母親はまだ、ヒステリーのようではなく、威厳があるというふうに少女に何か言っていた。「お金を稼いでいるから偉いのではない、精神面で、まだまだ学ばなければならない」とそういう感じのことを少女に言っていた。例えば母を殺したところで、何も解決しなかった。わかった、よし自殺しよう。

 

玄関を鳴らしたのはデン。
デン「ごめんなさい、携帯忘れてたみたいで」
ああ、と母親は部屋に入れた。少女の部屋に入って行くが、少女はいない。
クローゼットの中も見たがいない。
デンはそれを聞きはしない。
母親も関心を示さない。
デンは自分の証拠となる、充電器を急いで懐に隠す。置いてあったネックレスをつける。ポケットから取り出した携帯をみせびらかしながら、
デン「ありました。お邪魔しました」
などといいつつ、軽く雑談を広げている。
デン「暑くなりましたよねー」
「うーん」
デン「りかさん、ホントに学校でも優等生で」
「そうだろうねー」
ほとんど話を聞いていない。
デン「ねー」
音のないように慎重に風呂場を開けた。
浴槽に浸された手。つま先にかけて痙攣する少女。
そして月のようなカミソリ。
母親も気づいていないようだから、デンは近づいた。浴槽はもうかなり血で滲んでいて、デンはそれには触らないように近づいた。
デン「ねぇ。ねぇ」
頬に何回か触りながら、デンは静かに囁いた。
デン「何が一番嫌だった?」
だが少女はなにも答えらえず、代わりに笑顔をつくった。まるで、デンのことは恨んではいないのであなただけでも生きて欲しい、とでも言いたげな、勘違いも甚だしい笑顔だった。あまりにむかついてデンは少女を蹴り飛ばした。それでそのまま部屋を出た。外の空気は動いている。そこをデンは普段より遅く歩いている。

 

自殺者を出した教室の担任だが、日を同じくして失踪した。その苗字も偽名で、居場所も何も分からない。

 

ゆっくりとエスカレーターにいたナデカに、歩いてきたデンが、
デン「死んだよ」
デンはエスカレーターに乗る時に自分の服の裾をつまんだ。
ナデカ「だめだよね。あんなにバカ真面目じゃ・・・」
ナデカは逆の手で自分の腕時計を触る。
デン「ったく・・・」
デンの不機嫌さを、ナデカはなんとなく察しつつ、
ナデカ「あの子、名前何だっけ」
わざとらしく、
デン「知らん。忘れた」
ナデカ「・・・」
見ている。
ナデカ「あの子はもう居ないっていうの。凄いね」
デン「自殺する人間は始めっから居ないんだよ。この世に」
デンはちょうど窓から、薄汚れてはいるが健康な、街を見渡した。
デン「始めっから居なかったことにするわけね、自分を。自殺することによって。こんな傲慢な話があるか?」
ナデカ「うん」
ナデカは頷いたがそれは同意したのではなくデンの感情に頷いたというだけだった。
ナデカ「あの子らは、なんでこの世に来たのかな、とは思うけどね。どう?」
突然何を言いだすのかとばかりに、デンは向きかえる。
デン「あのさぁ、お母さんよぉ。相手は自殺してんの。のっけから自分の不在を唱えてくるような連中に、何をどうすれば慈悲を向けられんの? とっかかりというものがないんだよ。人を殺す人間は俺は常に尊敬するけどな、自殺する奴はマジでどうでもいい」
デンはそんな感じのことをざっくばらんにベラベラ喋った。
ナデカ「そうかなー」
デン「そうかなー、じゃないって。何の考える余地があるの?」
ナデカ「んー」
ナデカは黙るのだが、それは考えているというよりも、デンに答えることはない、という意志表示だった。
デン「なんなんだこいつは」
それでデンは拗ねるのだが、ほったらかされた沈黙感を違反するのもまたデンで、
デン「別にさ、俺とあんたは人殺しやってんじゃないんだよ? なんでさ、いっつもそんな意味深長なわけ?」
ナデカは女性用の下着売り場のとこで止まってぼんやりと眺めている。デンはこれ見よがしに極限までつまらなさそうにしている。
ナデカ「対象は、生きる気のない連中だけ」
それは鉄則を読み上げているというふうな感じで、デンに言っているのではないとデンは分かる。なんなら陳列しているブラジャーに向けて言ったんだろうとデンは思った。だがナデカは続けて、
ナデカ「生きることを勧めもしない?」
それは明確に、ナデカがナデカ自身に問うていた。

2020年1月30日公開

作品集『途中の人間』第1話 (全11話)

© 2020 siina megumi

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

"エスカレーター、"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る