またこの森の奥で

天使のコドン(第15話)

倉世朔

小説

4,241文字

絶体絶命のゾフィエルとアンジェのところへやってきたのは、闇天使の弟レイフォルエルだった。闇天使は最終決戦まで8年待ってやるとレイフォルエルと交渉を始めた。

受けた一撃が響くのか、ゾフィエルはだんだんと飛ぶスピードが遅くなっていく。こうもりもどきは手加減なくゾフィエルに追い付き、彼の翼を切り裂いた。

「ゾフィエル!」

ゾフィエルはあまりの痛みに叫んだ。どうにか耐えながら、山の中へゆっくり落ちていく。二人は地面に着地した。ゾフィエルの顔からは尋常じゃないほどの汗が流れ、立ち上がれない様子だ。アンジェは彼の元へ駆け寄る。

「大丈夫!?」

「くっ。私としたことが、こんな奴等に翼を千切られるとは……」

こうもりもどきも、地面に降りてくる。美味しい獲物だと思っているのか、涎がダラダラと出ていた。アンジェはゾフィエルを庇う。

「食べるなら私になさい!」

二人はこうもりもどきに囲まれてしまった。

 

***

 

闇天使は変わり果てたレイフォルエルをじっと見ていた。今までのサファイアのような瞳は今や黒紫色の瞳。肩までしかなかった美しい金色の髪は今や黒紫色に変わっていた。

「へぇ。よぉく似合ってるよ。私のところへ行く気になったのかな?」

レイフォルエルは皮肉たっぷりににやっと笑う。

「お前を倒さない限り、天界には戻れないことになったのさ」

闇天使はそれを聞いてぶはっと笑い出す。

「てことは何かい?お前さん、堕天もされなきゃ人間にもなれず、まして天界にも帰れないって言うのかい?かーわいそぉ!」

レイフォルエルはそれを聞いて、怒り出した。

「誰のせいだと思っている!兄弟の契りのせいだ!」闇天使はへいへいと返事をする。

「お前さん、なんでそんなにアンジェを守ろうとするのだ?お前とサラは全くの無関係だろ。それなのに、あの娘をなぜ気にかけるんだ?パートナーだからと言う理由にしては嘘っぽいなぁ」

「お前には関係ない」

「関係ある!なぜここまでして彼女を守ろうとするんだ!」

レイフォルエルの目は闇天使を捕らえていた。臆することのない、芯強い瞳。闇天使も負けじとにらみ返した。

「お前も見ていたからわかるだろう。アンジェの天使の力を。あの子は、何年か成長したら天使の権利を得る」

闇天使ははっとした。

「人間でも天使になったものはいる。だが、その例は今まで聞いたことがない!そんなのあってはならないことではないか!」

「お前もそれを狙っていたのだろう!闇天使!」

闇天使は眉間にしわを寄せ、ばつが悪い顔をする。

「アンジェとゾフィエルを解放しろ。そうすれば、今回だけは見逃してやる。」

「お前はどうするんだ?このままずっとアンジェの影の騎士にでもなるつもりなのかよ」

「あぁ。いくら火が降り注いでも、濁流に飲まれようとも守ってみせるさ。そのために生まれ変わり、使命を与えられたのだからな!」

闇天使は少しばかり考え、あることを提案した。

「よぉし、いいだろう。彼女が天使の権利を得る歳、その時まで待つとしよう。その方が張り合いがでて面白そうだ。アンジェも多少成長すれば俺のところへすがってくるさ。なんてったって師匠があの伝令の天使じゃあね」

レイフォルエルは目を細めた。

「何か企んでるのか?」

いや別にと闇天使は言い返す。

「わかった。その言葉を信じているぞ。ならば私もアンジェが天使の権利を得られるように鍛えてやらねばなるまい。私もそして、ゾフィエルも。お前を倒すその時までな。軍を集めておいたほうがいいぞ。こちらもそのつもりだ。」

闇天使はゾクゾクしているのか、にんまりと笑い返す。

「そうだなぁ。8年後、またこの森の奥で」

レイフォルエルは静かに頷いた。闇天使は、指笛を吹きこうもりもどきを撤収させようとする。そして、指を鳴らし闇の中へと消えていった。雨が降っていたはずの空はいきなり星が瞬く夜空に変わった。

 

***

 

指笛の音がした。こうもりもどきは、その知らせを守り次々と飛び去る。アンジェはほっとため息をついたが、諦められないこうもりもどきが5体ほど残っていた。こうもりもどきは、一斉にアンジェに襲いかかろうとする。ゾフィエルは叫んだ。

「アンジェ!逃げろ!」

アンジェは、ぐっと両手に力をいれた。麦の匂いが辺り一面に広がる。ゾフィエルはこの光景に驚き、息をのんだ。力をいれたその手には金色のオーラが舞っている。まるでベールのようにひらひらと舞っていた。アンジェはその金色のベールを軽く掴み、闘牛士のようにこうもりもどきたちに被せる。こうもりもどきはベールを被せられた瞬間、断末魔の叫びをあげ金色の蝶へと変えられていく。ゾフィエルはその様子に見とれていた。数々の金色の蝶が舞い、空へ空へと上がっていく。

「これが、継承者の力……!」

アンジェも無意識に動く自分の動作に驚き、両手をまじまじと見つめる。空はいつの間にか晴れ、星が顔をだしていた。アンジェはゾフィエルに駆け寄る。

「大丈夫!?ゾフィエル。」

ゾフィエルは痛みで唸っている。茂みから人の気配がした。闇天使が来たのだと思い、また身構えるアンジェ。

「闇天使!もうやめて!」

しかし、やってきた相手は闇天使ではなかった。姿形はよく似ているが、少し寂しい瞳ですぐにアンジェは誰だかわかった。ゾフィエルは息をのんだ。アンジェは戸惑いながら震えた声で言う。

「レイフォルエル……あ、あなたなの?」

レイフォルエルの手から青い光をアンジェに向かって放つ。それは波紋のように広がり、アンジェの顔に当たる。その瞬間、ぱたりとアンジェは倒れた。ゾフィエルは静かに言う。

「生きていたのか……」

レイフォルエルは、コクリと頷いた。

「さぁ、治療をしよう」

レイフォルエルはゾフィエルの手当てをした。ゾフィエルはレイフォルエルの姿があまりに痛々しく涙が出そうになるのを必死にこらえた。

「あんなに綺麗な金色の髪だったのにな……青色の瞳もどこにいったんだ」

影の天使はゾフィエルを安心させようと、大きな純白の翼を広げてみせた。

「翼はある、だから心配するなゾフィエル。ところで、お前に話しておきたいことがある。聞いてくれるか」

ゾフィエルは手当てを受けながら、返事をした。

「天使の権利か」

ゾフィエルはレイフォルエルの手当てを受けながら話を聞いていた。あばら骨が何本か折れている。あまり痛がらないように平静を装ってはいたが、ゾフィエルの汗は出ずっぱりだった。レイフォルエルは、その顔の汗を拭い、静かながらも力強く話をする。

「8年の間に彼女を強くさせねばならない。そして我々も。」

ゾフィエルは頷いた。

「アンジェはすでに己のオーラを引き出してきている。操り方は自分ではわかっていないようだが、かなり強い力だ」

「かつて戦士として活躍した天使たちに、鍛えてもらうしかあるまいな……」

「まだ彼女は9歳だ。厳しすぎる!」

レイフォルエルもわかっているのか、頷いていた。

「4年後。彼女がちょうど13歳になったときだ。その時にしよう」

ゾフィエルは自分の傍らで寝ているアンジェを見て気の毒に感じた。そして、アンジェの前髪を優しく撫でる。その手が心地よいのか、朗らかな顔になった。それを見たゾフィエルも少し微笑む。

「レイフォルエル。私はしばらく彼女を見てきた。一人でないと涙を見せない強い子だ。だが、苦しい境遇で生きたこの子がさらに辛い旅をしていくのかと思うとなんだか見ていられない。まして、学校にも行けず、普通の子として育っていけぬこの子に私はいつも何もしてやれないのだ」

レイフォルエルは、悲しい顔でアンジェを見ていた。

「私もそうだ。特に私はな。彼女の戦いだと言っておきながら、己の戦いでさへも満足に勝てていない」

「お前はこれからどうするのだ?」

「時が来たら、彼女と会おう。それまでは遠くから見守らせてもらうよ」

「一緒にいないのか?アンジェは、お前に会えることを待ち望んでいたぞ。」

レイフォルエルはアンジェに触れようとしなかった。触れたいと思う右手を左手が押さえつけている。

「もう昔のレイフォルエルはいない。パートナーでさへなれないのだから。お前がパートナーであればそれでいいんだ、ゾフィエル。私は、彼女が天使の権利を得るために鬼にならざるを得ない。それが使命として与えられたのだから。アンジェが天使の権利を得ることができれば、闇天使を倒し、天界への切符が手に入る。そして、世界も平和が訪れる。しかし、諦めれば世界は奈落の底へまっしぐらだ。そのためだけに、中途半端な生き物に成り下がった」

レイフォルエルは大きな月を見上げた。月の光で髪の色が紫色に輝いている。

「この戦い、負けは許されないんだ」

ゾフィエルはレイフォルエルに質問を投げかけた。

「今まで気になっていたのだが、なぜそんなにまでアンジェを気にかけるのだ」

「パートナーとして決められていたのだから、気にかけるのは当たり前だろう?」

いつもの明るい顔になる。ゾフィエルはそれを見て少し安心した。

「ゾフィエル。残りの4年間頼んだぞ。私も遠くからだが見守っている。4年後は共に旅に出るんだ」

ゾフィエルは強く頷いた。ゾフィエルは自分の羽根をレイフォルエルに差し出す。レイフォルエルもゾフィエルに自分の羽根を差し出した。友情の印として二人がよくする行為だ。

「では、伝令の天使よ。お大事にな!」

レイフォルエルは羽を羽ばたかせ、月に向かって飛んでいった。飛び去るのを見届けた後、ゾフィエルは杖を出して緑色のシャボン玉を作った。外敵や寒さから二人を守ってくれるミントの香りのシャボン玉だ。その後、ゾフィエルも疲れ果て、アンジェとともに眠りに落ちた。

 

月まで飛んでいこうとするレイフォルエル。真冬であるにもかかわらず、月の光は温かく感じた。レイフォルエルはさらに遠くの山まで飛ぼうとしていた。アンジェが自分を待っていたことが嬉しくて、そして会えないのがもどかしくて悲しくてその張り裂けそうな気持ちを紛らわせようとひたすら飛んでいた。それでも、アンジェの顔が頭から離れなかった。

“闇天使とは本当に兄弟なんだな……夢をみてしまった。アンジェが生まれてきたであろうその時。パートナーになるのだと告げられたその夜。アンジェはみるみる成長し、美しい天使になっていた。それがあまりにも美しくて、美しくて、共に空を飛んでいた。私の手を引いて嬉しそうに笑っている彼女。もうその時に芽生えてしまっていたんだ私は……夢の中の彼女に想い焦がれてしまったんだ”

影の天使は、拳で自分の胸をぐっと押さえつけた。そして、闇が広がる空に向かってどこまでも、どこまでも飛んでいった。

2020年1月14日公開

作品集『天使のコドン』最新話 (全15話)

© 2020 倉世朔

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