流星ピストル

駿瀬天馬

小説

8,820文字

Twinkle twinkle little star, How I wonder what you are.

今夜のできごとを思い出しながら皿を洗っていたら玄関のチャイムが鳴ったので、泡を半分だけ流したフライパンをシンクに置いて、オリヴィエは濡れた手を拭いた。時計の針はじき真夜中に届くころ。ラジオからは天気予報。こんな時間に誰だろう?

覗き穴から外を見ると、そこには誰もいなかった。いたずらかな、と思って台所へ戻ろうとしたときに、ふたたびチャイムが部屋にひびいた。

オリヴィエはもう一度、穴を覗きこんだ。やっぱり誰もいなかった。おかしいな、と思っていたらドア越しに声がした。「ごめんください」

オリヴィエはちょっと驚いて、警戒しながらこう言った。「何かご用でしょうか?」

ドア向こうの声は「あのですね、」としゃべり出す。「実はですね、のっぴきならない事情がございまして、のっぴきならないだけになかなか一口に説明するのが難しくてですね、よろしければ一度お部屋へ入れてもらえませんでしょうか。それでもし、あのう、もしご迷惑でなければあたたかい紅茶か何かを一杯いただければこれ幸いなんですが。なにしろ外は大変寒いので……」

しどろもどろのおどついた声に苛立って、オリヴィエは向こうに聞こえるように、わざと大きくため息を吐いた。

「こんな真夜中に突然来て、家へ上げてくれだなんてずいぶん無理を言いますね」

それからこう付け加えた。「不愉快ですよ」

実際のところ、オリヴィエはチャイムが鳴るより前からずっと機嫌が悪かった。その夜は、今夜初めて部屋に招いた女の子―ミートソースには自信があるんだ。そうなの? まあね。食べてみたいな。いいよ、作ってあげる。—が帰ってしまった夜だった。部屋にやってきた彼女はおいしいおいしいと満足そうにミートソースがたっぷりかかったパスタをたいらげたのだが、食後にお茶でもどうと訊いたところ、いいえ、明日も早いしもう帰るねと言い、そのままコートを羽織ってまたねと帰ってしまったのだった。彼女の帰宅はオリヴィエにとっては想定外で、不本意だった。不可解でもあった。彼女は玄関で靴を履きながら、ミートソースすごくおいしかったと言った。今度は私が何か作るね、とも言った。彼女の唇のまわりにはミートソースの色がほんのりにじんだままだった。

不可解さに頭をひねり不本意に胸をざわめかせ苛立ちに踵を鳴らしながら、オリヴィエは黙々と二人分の汚れた皿とミートソースがこびりついた鍋、前菜(エリンギ茸とインゲンのソテー、もちろん彼女はよろこんでたいらげた)を作った時に使ったフライパン、空いたワインボトルと割れやすいからめったに出さないグラスを洗った。あまつさえ皿洗いはオリヴィエが最も嫌悪する家事だった。排水溝では湯切りのときにこぼれ落ちたパスタがぶよぶよになっていた。オリヴィエには何が悪かったのかはわからなかった。けれど今が最悪であることだけはわかっていた。

そんなタイミングで鳴ったチャイムである。

「悪いんだけど、他をあたってくれませんかね」と、オリヴィエは言った。

「もちろん無理を承知でお願いしております。ほんとうに、とにかく寒いので、このままではわたくし、ここでシャーベットになってしまいそうで、そうしますと、さらにご迷惑がと思いまして、ですのでどうか、何とぞ」

オリヴィエはいよいよ頭にきて、一言直接文句を言って追い返してやろうと思った。チェーンをがちんとかけてからカギを開錠し、ちょうど顔の半分が廊下にのぞくようにして、勢いよくドアを開けた。「だから、」と低い声で凄む。しかしその先は継げずに目を丸くした。

ドアを開けた瞬間、廊下にはやっぱり誰もいなかった、ように見えた。5.7フィートのオリヴィエの、ちょうど膝くらいの高さの場所に、ミドリ色に光る星が立っていた。

「どうも」と、星は言った。「わたくし、ティーミドと申します」

ティーミドは、オリヴィエに向かってていねいにお辞儀した。「ありがとうございます。ご厚意、大変感謝申し上げます」

お辞儀している間もティーミドの体はぴかぴかと光っていて、そのミドリの光のまわりを二匹の蛾がバタバタバタと飛んでいた。いつも廊下の蛍光灯にたかっているやつだった。目の前の光景に怒りの気持ちはみるみる萎み、「はあ」と今度はため息ではなくて、ただの気の抜けた相槌がオリヴィエの口からこぼれ落ちた。ぽかんと口を開けたまんまのオリヴィエの足もとで、お辞儀したまま明滅する星の後頭部に、何度も何度も二匹の蛾が体当たりしていた。

 

 

熱くて濃い紅茶、砂糖はスプーンに三杯、ミルクは入れないでくださいと言われた通りのものをマグカップに入れて出した。ティーミドはそれを受け取り一口飲むと、ほうっと息を吐いてから、「命拾いいたしました」と言った。

「わたくしは、まあ見ての通りの星でございまして、職種は流星になります。アポロ群ファエトンに所属しております。ところで、ええっと、あなた様は、ええっと、」ティーミドはオリヴィエの方を見た。「オリヴィエ」とオリヴィエは言った。

「あ、オリヴィエ様。素敵なお名前です。同じ名前の昆虫学者を知っています。ご存知ですか。ご存じない。左様ですか。いずれにしてもいいお名前ですね。Eで終わる名前は縁起が良い。5番目のアルファベット。5は素敵な数字です。五芒星pentagramの5、五芒星pentagramはもっとも美しい形のひとつです」
オリヴィエOlivierの終わりの文字はEじゃなくてRだ」

ティーミドは口をすぼめて、一瞬きまりの悪そうな顔をした。しかしすぐまた愛想よく笑って「でもEが入ってらっしゃいますから。素敵なお名前です」と言った。「それに小文字のrの造形は何とも愛らしい。流星の尻尾に似ています」

「ねえ」オリヴィエはテーブルを指で叩きながら言った。

「君の言うのっぴきならない事情っていうのは僕の名前についての話なの?」

ティーミドは「いえいえいえ」と言い、それから「オリヴィエ様はずいぶんとご機嫌が悪いようでございますね」と言った。オリヴィエは「そうだね」と言った。「洗い物がたまってるんだよ。僕は洗い物が嫌いだから」「なるほど」とティーミドは言った。「そうだと思いました」

それから紅茶をさらに啜り、ティーミドはやっとのっぴきならない事情とやらを話し始めた。

「オリヴィエ様は、流星群の仕事というものをご存知でしょうか。こちらの方々にはあまり馴染みのない仕事かも知れません。給料も安いですし、その割に肉体労働ですので結構きつい。ぶら下がってぴかぴかしてるだけの仕事とちがって危険も多い。しかしひじょうに誇り高い仕事です。

わたくしたちは、厳密なスケジュールのもとで働いております。どこのグループの誰がどこからいつ流れるか。年月日はもちろんのこと、何時何分何秒のコンマの先の先までの厳密なスケジューリングがされています。それらを全部把握する記憶力も必須です。流れる、と便宜上申し上げましたが、どちらかというと駆け抜ける、というほうが正確です。空のある一点から、ある一点まで、全速力で走るのです。タイミングとスピードが命の業務なのです。一人ではないので、協調性も必要ですし、責任もともないます」

「やりがいのある仕事なんだね」オリヴィエは言った。

「まさしく」ティーミドは言って、胸を張った。そらせた胸が強く光った。しかしすぐに光は弱まり、声を落としてこう続けた。

「そのような仕事に就いているわたくしが、本日、なぜオリヴィエ様に助けを求めるに至ったかといいますとですね、実はわたくしは、今朝ほど、流星群の業務中に、いいえ正確には業務前なのですが、みんなで本日の動きを確認するリハーサル中に、うっかり落っこちてしまったのです。地面に落ちてしばらく気を失っておりまして、目が覚めた頃には夜だったわけです。無論、何とか戻ろうと努力はしてみたのですが、何しろわたくしたちのようなものは、ご存知のように落ちるのは得意ですが登るのは苦手なものでして。空まで戻るためにはとても時間がかかってしまうのです。しかしこうした不慮の事態に備えて、わたくしたちは常に緊急帰還装置を所持しているのです。いわゆる流星ピストルと呼ばれるやつです」

「流星ピストル?」

「はい、流星ピストルでございます。これは、不慮の事態が起きた際、たとえば今回のような時にですね、自力では即座に帰還できないわたくしたちのために作られた装置でございます。まさしく救済措置でございますね」言いながら、ティーミドはふふっと笑った。オリヴィエは笑わなかった。

「現物は、ええっと、たしか、この辺に、」

ティーミドは胸元に手を突っ込んだ。身体の輝く光に飲まれ、彼の手先は見えなくなった。何やらごそごそやってから、「あったあった」と言った。「こちらです」

テーブルに置かれたのは、たしかにピストルの形をしたものだった。半透明のミドリ色をしたボディ、引き金。リヴォルバーはないようだった。むかし遊んだプラスチック製の水鉄砲に似ているとオリヴィエは思った。

「これが?」

「左様でございます。この中に、わたくしを丸めて丸めて小さくして入れていただいて、空に向かって打っていただければ完了です。使い方自体はとてもシンプルなのです。あとはタイミングだけうまく見計らっていただければ、」

「いや、ちょっと待ってよ」オリヴィエは言った。「それを僕がやるってこと?」

ティーミドは驚いたような顔をした。それから笑って「もちろんです。わたくしは丸まって入ってしまうので、引き金をひくことができませんゆえ」

オリヴィエは「いやいやいやいや」と言った。「ピストルなんて使ったことがないし、だいたいこんな得体のしれないチャチなピストルを撃つのはごめんだよ。暴発でもしたらどうするの」

「大丈夫です。これはきちんと安全性のテストも行っているピストルです。それにご安心ください。万一、億一、暴発しても、わたくしレベルの星ではせいぜい吹き飛ばせるのは町ひとつくらいです」ティーミドはそこで自虐的に笑ったが、オリヴィエはこれにも全然笑えなかった。

「断るよ。時間をかけてもいいから、自力でゆっくり登ればいいじゃないか。他にも流星はいるんだろう。無理して君が流れる必要なんてあるのかな」

「皆、そういう風に言うのです」ティーミドは、一転して真剣な声で言った。しかしすぐはっとした顔になり、「申し上げたように、責任がともなっているのです。わたくしがいないと、あのう、業務成功とはいえないのです」

「だめだ」オリヴィエは言い、ティーミドのマグカップを見た。紅茶はもう半分より少なくなっている。「悪いけど、それを飲んだら帰ってくれないかな」

ティーミドは「そんな」と言って、がっくりと肩を落とした。ミドリの光が弱くなる。ちょっときつく言い過ぎたかな、とオリヴィエは思った。でも仕方がないのだ。

ティーミドはしばらく黙った後に、ぽろぽろぽろぽろ泣き出した。オリヴィエは動揺した。「おいおい、泣かないでくれよ」そう言って、ティッシュの箱をティーミドに差しだした。

「わたくしは、ただピストルを空へ向けていただくことだけが望みです。他には何も望みません。オリヴィエ様、もしもわたくしの、このたったひとつの願いを叶えてくれたあかつきには、あなたのいちばん欲しいものをひとつ差し上げます」そう言って、ティーミドはティッシュを三枚むしり取ると思いきり鼻をかんだ。オリヴィエは「わかったよ」と観念した。「とにかく撃てばいいんだろ?」

 

 

ティーミドの言う通り、手順はたしかにシンプルだった。しかし決して容易ではなかった。

「それではわたくしを丸めてください」と言って床にうずくまったティーミドを、オリヴィエは床の上でころころと転がした。転がるごとティーミドは、不思議なことに小さく小さくなっていった。小さく小さく、丸く丸くなっていった。オリヴィエは途中で着ていたセーターを脱いだ。部屋の暖房を切った。ようやく手のひらにおさまるようになったとき、時計は1時を過ぎていた。

「ちょっと急ぎましょう!」ティーミドは言った。もう野球ボールくらいの大きさになったティーミドの光量は、サイズが小さくなるほど増していくようだった。オリヴィエは手のひらでさらにティーミドを丸めた。指のすきまから光がもれた。皮膚の輪郭がミドリの光で透けて、その部分が熱かった。

ようやくミニトマトくらいの大きさに丸めてから、少しずつ形を成形し、ワインのコルクのようにした。それから言われたとおり、慎重にピストルに装填した。ティーミドによれば、流星群の予定時刻は1時45分だった。その時刻に、ちょうどオリヴィエの部屋のベランダから見える、南西の空で業務が決行、、、、、される予定だった。

「わたくしが合図をしましたら、オリオン座よりも北西に見える二つ並んだ青い星と黄色い星の、ちょうど間に向けて撃ってください。」

1時40分、オリヴィエは外に出て、ピストルをかまえた。ティーミドがカウントをはじめる。「30秒前……29……28……」オリヴィエの耳にはティーミドのカウントする声と一緒に、速くなった自分の鼓動が聞こえていた。「オリヴィエ様」24まで数えたところで、ティーミドが言った。オリヴィエは「何」と早口に答える。

「ほんとうにありがとうございます」

「うん」とオリヴィエは言った。緊張してそれどころではなかった。

ティーミドがふたたびカウントを始める。「9……8……7……」オリヴィエは引き金に置いている指に神経を集中させる。「3……2……1……」

パキューーーーーーーーーーーーン

奇妙な発砲音と同時に、ミドリの光弾がものすごいスピードでまっすぐ南西の空へ向かって飛び出した。それと同じタイミングで、南西の空にいくつかの星が流れ始めるのをオリヴィエは見た。オリヴィエは、ほの白い煙のあがるピストルを持ったままよろめき倒れて、コンクリートの地面に尻もちをついた。弾丸となったティーミドはあっという間に見えなくなった。ティーミドの飛んで行った先では、たくさんの星が次々と流れていた。まるで見えない大きな手が夜空を引っ掻いているみたいだった。流星群が始まって数分後、その中をミドリ色の流星が走り抜けていくのをオリヴィエは見た。ミドリ色の流星は、他の星よりもすこし遅く、しかしそのぶん他のどの星よりも長い筋を夜空に描き、ゆっくりと滲んで見えなくなった。

 

 

翌朝、二人の男がオリヴィエのもとを訪ねてきた。

男は二人とも同じグレイのスーツを着て、同じ帽子をかぶっていた。顔立ちもよく似ていた。目の色だけが違っていた。青い目の方の男が言った。

「昨晩、こちらに誰か訪ねてきませんでしたか?」

「誰か?」オリヴィエはチェーンをかけたままのドアから半分だけ顔を出して言った。

「単刀直入に申しましょう」黄色い目の男が言った。「ここへティーミドと名乗る星がきませんでしたか?」

「ティーミド?」来たと答えていいのかわからず、とりあえずオリヴィエは復唱した。

「正直にお話いただきたい」黄色い目の男が牽制するような調子で言う。青い目の男がそんな黄色い目の男を制するようにして「まあいいですよ」と言った。そして、「やつがここへ来たことはわかっているんです。ティーミドからどのような話を聞いているかは知りませんが、あの星は正式な流星群メンバーじゃないのですよ。やつはミドリの星だ。ミドリの星は群には入れない。それがうちのルールなんでね。それなのに何度も何度も懲りずに入群試験を受けにきましてね。私どもだって鬼じゃない。ダメだよ、無理だよって言うわけです。するとやつは何で!って言うんですよ。だから言ってやるんです。ミドリ色だからだよ、ってね。でも聞かない。何度でも試験会場にやってくる。走って見せる。なるほどたしかにちょっと遅いけど、合格レベルには達していた。発光量も申し分ない。けどダメだ。それがうちの決まりだから。最後に試験を受けにきたとき、あんまりしつこいからついにこいつが頭にきちゃってね」青い目の男は黄色い目の男の肩を小突いた。黄色い男は眉を上げて、両手を広げて言った。「落っことしちゃったのさ、地上へ。まあ落ち方から言って大きなケガはしてないだろうし、そのうち自力で上がってくるだろうと思ったんだ」

「ところがだ」青い目の男が続ける。「あいつは諦めてなかった。それどころか思いもかけないやり方で流星群に加わろうとしてきたってわけさ。あんたの協力のもとでね。あんたの部屋はちょうどうちの群がよく見える位置だから。それに、」

「……流星ピストル」オリヴィエは言った。

「流星ピストル?」二人の男の声がユニゾンした。「何だい、それは?」

「え?だから僕はたしかにティーミドに協力して、その、流星ピストルで彼を空に撃ち上げました」そう言い、オリヴィエはリビングからピストルをとってきた。「これでしょう?」

二人の男はピストルをまじまじと見た。長い二十本の指先がミドリ色の半透明のピストルを弄る。そして二人は顔を見合わせ、まったく同時に額に手を当てると、大きな声で笑いだした。オリヴィエはわけがわからなかった。

「オリヴィエさん、これはただの玩具のピストルだよ。偽物のピストルPlastic Pistolだ」

「でも、彼はたしかにこれで空へ戻ったのでは?」

二人の男はまた顔を見合わせた。あんまり大きく笑ったものだから目じりには涙まで浮かんでいる。先ほどまでとは打って変わって、すっかり人のいい笑顔になった黄色い目の男が「まあそれはそうなんだが、」と言って目じりの涙をぬぐい、オリヴィエにピストルを渡した。「あいつはさ、願い事をしたのさ。聞いたことあるだろ、流れ星が消えるまでに三回願い事を唱えれば叶うって。あれをしたってわけさ」

青い目の男が続ける。「あいつの願いは『流星群に加わりたい』ってことだったわけなんだけど、それを流星群に叶えてもらったってことだね」

未だクエスチョンマークを浮かべた表情のままのオリヴィエに、黄色い目の男が更に言う。

「普通、流れ星が消えるまでに願い事を三回唱えるのは無理なんだよ。たとえ心の中でもね。けどね、流れる前から願いはじめれば間に合うだろう。あんた方は知らないかも知れないけど、うちの業務はさ、位置についた時点からスタートしているわけ。だからね、誰がいつ、どこで待機して、どこに向かって流れだすかが正確にわかっていれば、位置についた時点で願い事をすれば、流れ星が消えるまでに願い事をしたことになるんだよ」

「でもじゃあ、僕は必要なかったってことですよね?」オリヴィエは訊いた。「わざわざ僕のところにやってきて、こんなピストルで撃ってもらう必要なんてなかったのでは?」

黄色い目の男が首を振った。

「いや、必要だった。流星群を見るのに最適のベランダ、それから角度や、方向をきちんと固定してもらわなきゃならんからね」

「その通り」青い目の男が頷く。「それに煩雑な願い事は叶いにくい。『何月何日何時何分、空のどこからどこまでを走りたい』とかね。唱えづらいし、タイムオーバーだ。願いはいつでもシンプルであればあるほど叶いやすい」

「例えば、そう『あの場所に行きたい』とかね」

「シンプルに『流星群に加わりたい』ではだめなんです?」オリヴィエは言った。

「それは違うね。それだと叶わない。なぜなら叶えてるのは流星俺たちなんだから、そんな願いがきたらお断りだよ。もしきたら、とりあえずまずは入群試験を受けてもらわなくちゃ」「それがルールだからね」「その通り」「『あの場所に行きたい』だったら、どの場所かは明文化されてないからね。俺たちにはわからないってわけ」

「それで、ティーミドは、今どこにいるんです?」オリヴィエは訊いた。

「昨晩の業務の後、我々も方々探したんだがね。どうやらそのまま走ってどこかへ行ってしまったらしい。我々としても群の規律を乱されたわけだから、何のお咎めもなしにこのまま野放しにしておくわけにもいかないからね。足取りを追うという意味で、とりあえず君のところへ来てみたってわけさ」と青い目の男が言った。

「昨晩ティーミドの隣を走った者の話によれば、そのままずっと遠くの方まで走っていったらしい」

「ガッツポーズしながらね」

オリヴィエは、その姿を思い浮かべて思わず吹き出した。ガッツポーズをしながら、どこまでもどこまでものろのろ走っていくミドリ色の星。そして二人の男が怪訝な顔をしていることに気がついて、緩んだ頬をあわててぐっとひきしめた。

「でも一体なんでティーミドはそんなにまでしてあなたたちの群に入りたかったんでしょうか?」

二人の男は顔を見合わせ、肩をすくめた。「さあね」

「叶えられる願いはいつだって手段であって目的じゃない」

「その通り」

でもティーミドは泣いていましたよ、と言おうとしてオリヴィエは口をつぐんだ。

青い目の男は帽子をかぶり直し、それを見て黄色い目の男も同じ仕草をした。

「ひとまず我々は帰るけど、また何かあったらいつでも連絡してくれ」そう言って二人の男はオリヴィエにそれぞれ名刺を渡した。名刺は男が着ているスーツとよく似たグレイのケント紙で、そこには見慣れないくねくねした字体で次のようなことが書かれていた。

          [βポルックス RA, α 07h 34m 35.87319s / Dec, δ +31°53′17.8160″]

         [αカストル  RA, α 07h 45m 18.94987s / Dec, δ +28°01′34.3160″]

オリヴィエが、「これに書いてあるのは一体……」と言って手元から顔を上げた時には、二人の男は煙のように消えていた。

 

 

三日後、オリヴィエのもとに差出人不明のたいそう大きな荷物が届いた。厳重に梱包された箱の中には、最新型の食洗器が入っていた。

2020年1月3日公開

© 2020 駿瀬天馬

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