十四年

古戯都十全

小説

21,525文字

妻とセックスレスに陥り既に長い年月を経ている私は、その状態の解消を図るため密かに準備を進める。同時にそれは自分の過去を顧み、新たな目的と懐かしき再会をも伴うささやかな思考の旅であった。

昨日妻にセックスをしようと提案した。セックスをしたいという欲求ではなく、セックスをしないか?という疑問形でもなく、直球である。妻の答えは簡単だった。馬鹿じゃないの。これが日本だ、と言うつもりはないが、傾向としてはかなりの夫婦に当てはまろう。と思う。妻とのセックスレスはかれこれ十四年になる。正確には十三年と十一か月、肌の擦れ合いはない。触れ合いが無いのではない。擦れ合いが無いのである。肌の触れ合いなどと言うものはセックスには当てはまらない。そんなものは小学生が休み時間に互いの体を乳繰り合う行為であり、セックスとは文字通り肌をこすり合うことである。セックスとは摩擦なのだ。

十四年前のその日、性行為は唐突に終わりを告げた。それは徐々にしなくなるという一般にありがちなものではなかった。そもそも徐々にしなくなるという言い方もおかしなことではある。最後にした日からかなりの日数が立っていればそれはその最後の日を境に突然終わったというしかないのではないか。まして十三年と十一か月も経っていればもはや動かしがたい証拠となる。とにかくその日は二人の子どもは小学校の宿泊学習で、それを朝から知っていた私はその日は妻とお泊りする気でいた。その日自体、前回の行為からすでに一か月以上たっていたはずなので、もしかしたら私はそわそわしていたかもしれない。妻はと言えば、彼女はいつも沈着冷静でいるタイプで、あまり感情を表に出す方ではない。そもそも私とのセックスも好きではないのかもしれないし、私のことも愛していないのかもしれない。だが今はともかく十三年前のその日、私は妻とお泊りできると信じて疑わなかった。

妻が子供たちを家の近くの横断歩道の前まで送っていく間、私はコーヒーを飲みながら新聞を読んで過ごした。妻が戻って来てどういう会話があってどういう成り行きでそうなったかは覚えていないが私たちは昼前にセックスを始めていた。覚えていないというのは恥ずかしい話だが、当時の私はあまり接する相手の細かい所作や何気ない会話などを気に欠けない自分中心の性格であった。今がそうではないと言い切れるわけではないが、後から考えればこの時のことがきっかけで私の考え方が変わったと言えると感じている。だが今はどうあれ当時の性格については懺悔しておかなければならない。もちろん懺悔すればセックスできる、もしくはセックスしていいということではないが、私が昨日セックスをすることを妻に提案したことと私の考え方が変わったこととの間には密接な関係がある。それだけは強調しておきたい。では十三年前のその日何が起きたのか。それを説明するにはまだいくつか先に話しておくことがある。

実は昨日妻に提案をする前に私は彼女の理解を得るため最低限必要であろうと私が判断した幾つかの準備を進めてきた。まず、ツイッターのアカウントを削除した。私がツイッターを始めたのは三年ほど前で、当初はアカウントを登録しただけであまり触ることはなかったが、一年ほど前の正月休みに「公務員による公務員のための政治」と言うアカウントを見つけてから隙を見てはツイッターを開くようになった。個人のアカウントであるらしきそのアカウントは、社会の公僕たる公務員は政治活動及び特定の政党への支援は法律で禁じられているが、その事実を嘲笑うかのように現在の政府批判だけでなくその人物が務めているらしき都市の役所内の非効率さやいい加減さを暴き、社会の公僕である公務員こそ政治に目覚めるべきことを高らかに謳い上げている。私はそれを見て政治に目覚めたというわけではない。もともと左派的リベラル的思考回路に近いものを持っていた私は逆にそのアカウントのあまりのひどさに中道的思考を模索するようになった。しかし社会の分断があちこちで進む現代において、中立を決め込むことは現状肯定に加担することになる。程なくそのことに気付いた私は、そのアカウントに限らず浴びるようにツイッター上で展開される政府批判や革命的言説に触れる一か月を過ごした後、ある日通勤中の電車内でツイッターから顔を上げた時、同じ年代の男たちが新しいおもちゃを与えられた乳幼児のように画面と睨めあっている姿を見て吐き気を催し、アカウントを停止するに至る。次にフェイスブック。フェイスブックは始めてから三日半ですでに飽きていた。私は特に自己顕示欲が強い方ではないので進んで自己を開示する気にはならず、ただ眺めていただけだったが、オンライン上で展開される各人の自画像、虚像も含めてだが、それらのあまりの夥しさとそれらが虚像であった場合のあまりに煌びやかな虚飾に、吐き気ではなく寒気がしてきて、それ以来フェイスブックを開くことはあまりなかった。よってこのアカウントを削除することにはいささかも抵抗が無かった。ただ私はこの二つのSNSには情報収集の意味合いも持たせていたのでそれに代わる情報入手のためのメディアの確保が新たに必要となる。

私の情報ツールとしては、一に新聞、二に書籍、三にテレビのニュース、そして必要に応じて、というか興味のあるトピックだけを拾い読むネットニュースの四種である。ただ現代においてはどのメディアを選択したとしても情報は一方向に偏る。つまり自分に都合のいい情報しか見ようとしなくなり、必要とも感じなくなる。これはメディアの特性というよりも人間の本性によるものともいえるが、メディアにも責任を押しつけるとしたら、その姿勢の傲慢さにあると言えるだろうか。真実を伝えようとするジャーナリストは数多く存在するであろうが、一企業であるメディアが組織として構成されている限り、そして資本がその企業を動かしている限り必ずしも真実が常に表に出るという状況は望みえない。組織は権力に制御され、企業は資本家に制御される。つまりメディア自身が外部の力に制御されていることに開き直っている傲慢さに対しては、その責任を細々と訴えても害は無かろう。ただし声高に訴えてはそのメディアを利用している自分自身に非難が跳ね返ってくるかもしれないので注意が必要である。だがこれら四種のメディアも使い過ぎてはSNSと大差ないことになる。極めてほどほどに、特にスマホを使用するネットニュースは電車通勤の際の一駅間と大便の時に開くだけにとどめることとした。それぞれものの二分強だ。

それはさておき、情報入手のためのメディアとしてはあまりに偏り過ぎている感のあるSNSを停止したことで何故その代替物が必要であるかと言えば、それはSNSの特性である双方向性を失うことにある。だが先に私はあまり自己を開示しないと言った。それではなぜ双方向性にこだわるのか。自己を開示しない私にとっての双方向性は、自己と他者ではなく他者と他者の間にその重心が移る。つまり他人と他人とのやり取りを盗み見ることによって、ある一定の属性に当たる人々が何を考えているか知ることができるのである。自己と他者の間にSNSを介在させるだけではなく、他者と他者の間に介在させてそれを自己の情報源とするわけである。と言ってもその手段で得られる情報には限りがある。しかし情報として得るべきものは知識だけではない。現代に生きる人間はあらゆることを知る必要がある。知ることそのものが生きることと言い換えても遜色は無かろう。だが双方向性の代替物はそうやすやすと見つかるわけではない。一つ考えられることとして、私は生の人間との情報交換ということに思い当たった。要するに人間関係、生のSNSである。しかし、はっきり言おう。私には友人が少ない。と言うのも誇張で、ほぼいないと言ってよかろう。家族以外で最も近いのは職場の人間関係である。大体、生のSNSを模索せざるを得ないこと自体人間関係が無いことの証である。よって私は職場で適当な人間を一人捕まえることにした。元々職場での人間関係を積極的に作ろうという意志は無かった。それは私に友人がいないということとも関係しているが、そもそも私の勤める庁舎では異動が多く、ある部署で親しくなった人間とも二年や三年で離れると言ったことが日常茶飯事だという環境要因もある。だが環境要因だけでは私が人間関係に積極的にならない理由とはならない。要は人間嫌いなのであろう。

ともあれ、私は適当な人間を選ぶにあたりある一定の条件を設けた。まず私よりも若年、男性、既婚者、極めて官僚的な性質、と同時に垣間見える俗物的性質、痩身、ある程度の教養、等々。庁舎においては官僚的でない人間を探す方が難しい。これは庁舎の環境がそうさせる。そのうえ官僚的な人間はたいてい俗物性を身に着けているので候補はそこここに目がついたが、難しいのは教養である。これは私の求めている教養の種類と程度の問題であるにはあった。もちろん公務員になるには一定程度の教養が必要であり、公務員試験ではそれら及び各人が学んできた専門知識が問われることになる。だが厄介なのはこの試験そのものである。これは試験が難題だとか言いたいわけではなく、試験がただの通過儀礼になっていると指摘したいわけである。おそらく試験で問われるものの中味は教養の名にふさわしいものであろう。しかしそれらは本来住民の公僕として行政サービスを成さんがために必要なのであり、ただ庁舎に入庁するための通過儀礼であるわけではないはずだ。でなければ身に着けた教養は時間とともにただの知識へと堕してしまう。教養とは字の通り養うべきものではないか。つまり庁舎には専門性を含めた知識を持っている人間は多数いるが、教養を持つ人間はそうそういない、私の言いたいことはそこにある。

話が逸れた。私はそれらのいい加減な条件のもとに五人の候補をリストアップした。そして彼らの中から選ぶ楽しみを享受しようと考えていた矢先、その中の一人が唐突に名乗りを上げた。

須永司郎は私が三年前まで所属していた環境政策課に四年前に異動してきた既婚者の男である。私とは一年ほど同課で共に過ごしたが、当時同課の係長であった私は彼とはあまり深い接触はなかった。と言うのもいわゆる典型的なジャーニーマンである私とは違い、彼は同課の若手女性が発案したあるプロジェクトの売り込みを担うべく異動してきた期待の人物だったからである。庁舎にいったいどんな類の売り込むものがあるというのか、と言う疑問は愚問である。庁舎は常にその存在自体を売り込まねばならない。住民の税金で運営されている以上、庁舎はただ公共サービスを垂れ流していればいいというものではなく、常にその税金に値する存在価値を明示すべく自己変革に取り組まなければならない。そういった極めて公僕的、官僚的性質のもと、須永はそのプロジェクト、「プラスチックごみ削減率二十パーセント目標達成記念のプレミアム付き商品券抽選・配布」という事業の営業に務めることとなった。もちろん庁舎自体を売り込むにはこのプレミアム商品券というプロジェクト自体は他の様々な自治体ですでに使い古された感のあるネタではあったが、我が庁舎の環境目標達成と言う理由付けで住民との一体感を醸成できるという件の若手女性のアイディアを盲目的に信じたうえでそれを総力で広めるべく、須永は県の経済団体のトップ及び県の第一地銀の頭取の二人に何の伝手もなしにアプローチし、彼らに対し三か月間で計三十二枚の名刺をばらまくという極めて合法的行為で協力を取り付けた。私自身はその事業の成功の果実を味わうことなく三年前に異動となったが、事業が片付いてからもまだ環境政策課に居座り続ける須永を先日久しぶりに庁舎内の喫茶店で目にし、以前より痩せた風貌で一人でパスタをすする彼の姿にいたく興味を引かれたので、しばらく話し込むと次第に彼の俗物性が露わになり、私は生のSNSを発見するに至った。

しかしSNSを標榜する割には私と須永との会話は機能しているとは言い難かった。なぜなら彼の発話量の方が私よりも断然多く、私が彼の話に割って入る余地があまりなかったからだ。だがそれはそれでよかった。目的は会話よりも情報収集にある。私は別の日に改めて彼を昼食に誘い、商品券事業のその後の経緯と、彼の人生について聞きだした。須永は結婚して四年になるが、子どもはいない。大学を出て二年間民間企業に勤めていたが、その後この庁舎に転職してきた。須永には私の眼鏡にかなう教養があった。プレミアム商品券の事業を成功させ得たのも、彼が自身の教養を単に保持していたからではなく、それを援用できる力があったからである。須永はケインジアンであったが、ケインズに傾倒しているというわけではなかった。大学の経済学部でケインズを読み込んだ彼は、自然と考え方がケインズ経済学の思想に近くなった、と私に言った。以前勤めていたビルメンテナンスの会社では彼が身につけたケインズ・モデルによる有効需要の創出を援用できる余地が無かった。

「需要を創出する必要が無かったんです。需要は常にただそこにありました。営業と言っても何もする必要が無かったんです。僕にはそれが耐えられませんでした。自分が選んだところが間違っていたというよりも、需要を喚起することばかりに目が向いていたことが問題でした」そこで彼は人々にあらゆるサービスを供給できる公的機関に自身の居場所を見定めることになる。

ひとまずこの新たな情報ツールを握った私は、もう一つの準備段階として体のメンテナンスということについて思い当たった。メンテナンスと言えば何やら物々しい気がするが、要は体を清潔に保つことである。保つと言うにも語弊がある。言ってしまえば私は人ほどには身だしなみに気を遣ってこなかった。朝は顔を洗い、髭を剃るだけ、髪の毛は寝癖を直す程度、それ以外の毛は伸ばし放題、たまに鼻毛を抜くのみ。それがいいか悪いかの判断はひとまず置いておくとしても、誰か他人に裸を晒すには最低限の身だしなみの必要性があるのではないか。いや、裸まで行かずとも、人が人と相対するとき、そこには他者への配慮が求められる。他者への配慮とはすなわち、見られる側である自己への配慮へと通じる。例えばよく「見られる性」と定義されることがある女性は、その大方が外出の際に化粧をする。その行為の裏に見て取れるのは、見られることに対しての見る側への配慮と言うよりも、見られることを意識せざるを得ない自己への配慮が幅を利かしている現象である。そしてそれは女性に限ったことではない。現代においては女性だけでなく男性やそれ以外の性でも常に人は他者から「見られ」ている。それは我々人間が原始において裸だった時に比べてはるかに多くのもの、または価値観を身に纏っているからである。そしてそれらは目に見える、見えないに関わらず、相対する他者の目に膨大な情報を提供する。すなわち「見られ」ることによって。

このような論理から私は常にお互いを晒し続ける必要性に迫られる家庭内においても、特に配慮が慎重になされるべきであるという考えに至った。先程も述べたが、私はこれまでそういった配慮に欠ける生活を送ってきたことは否めない。妻はと言えば、結婚する前から外見において「見られ」ていることを意識していないような所作は無かったように思う。常に彼女は「見られ」る対象でいたはずだ。はず、という口ぶりは無責任だが、先にも述べたように、私は妻と相対する際にその何気ない、細かい所作や会話に気を遣ってこなかった。過去を悔いても仕方がないが、妻とのそもそもの始まりは割と記憶として定着しているので参考までに思い出してみよう。出会いは大学で、学部は違ったが同じ授業を受講していた時期があり会話をする機会があった。当時私は彼女に興味を持ったが、彼女は私に関心があったかどうかはわからない。その後、私が今いる庁舎に入庁してから三年目の頃、庁舎内での課をまたいだ懇親会があったがその席で再び入庁したばかりの彼女に出会った。余談だが当時庁舎では課別に仕事終わりで飲み始める時間を競う風習があった。税務課にいた私はよく上司に付き合わされて、五時になった瞬間に庁舎を出て十五分後には歩いて十分ほどの距離にある飲み屋街で飲み始めていたなんてことはざらであった。だが上には上がいて、私たちが五時十五分に飲み屋についてみると既に広報課の人間ができあがっていたなんてこともあった。当時はモラルなど無かったに等しい。そもそもそういった行為がもし外部に露見した場合にモラルの欠如になるという概念的なものすら無かったのだろう。もちろんモラルが無いと言っても何ら違法的な行為であるわけではない。意識の問題である。つまり今と違ってあまり「見られ」ていることを意識していない男たちのなせる業だったのかもしれない。

余談は置いておいて、その日の飲み会ではおそらく妻も私を「見てい」たのだろう、帰りに彼女の車で私は送ってもらうことになり、どういった経緯でかは忘れたがその車内の後部座席でセックスをすることになった。そうすることが自然であるかのように、私たちはセックスをした。少なくともその時私はそう感じた。もちろん何の防御策もない性行為である。今考えれば無謀な行為である。時間は既に真夜中を過ぎていたはずだが、なぜか私は外が明るかったように記憶している。もしかしたら他の場面と混同しているのかもしれないが、私ははっきりと妻の顔を認識しながら行為に耽った。妻は目を開けて私の顔を凝視していた。快感を得ているという表情ではなく、無表情に近かった。それらを確認できるくらいの明るさの中で性行為は行われた。はずである。それは日常の中の非日常と言うよりも、非日常の中における日常であるかのように行われた。その後どうなったかは記憶にない。彼女の私を見つめる無表情が私のその時のことで覚えている最後のイメージである。しかしその時の行為の効用であるかいざ知らず、私は今彼女と一緒に暮らしている。

話が逸れたが、人がいついかなる時でも常に「見られ」る状態に置かれている現代において体のメンテナンスとは他者への配慮を通しての自己への配慮、そして配慮に満ちた自己をもって他者と相対し、「見られ」るなりセックスをするなり何なり、目的を遂げる。そういった意味合いにおいてセックスの提案の前の準備の一つとして私はアンダーヘアの無駄な部分を処理し、散髪の間隔を以前より一週間短くし、こっそりと古い下着を少しずつ処分して新しいものと入れ替えてきた。ただし、これらメンテナンスとそれに関連する処理はやりすぎてはいけない。体毛を大幅に剃ったり、無駄に香水をつけて変化をことさら強調すべきではない。変化の強調は自己への配慮を通り越して他者への配慮も欠くこととなる。常に自分以外の存在が隣にいる家庭内においてはなおさら言うまでもない。メンズエステのコマーシャルに出てくるような男になれるわけではないのである。そういった殊更に効果ばかりを強調し、配慮に欠ける宣伝に抗してこそ自己への配慮が確実に為される。よって私は最低限必要であると考えられることに絞って体のメンテナンスを行ってきた。つもりである。それが良いかどうか判断するのは私ではない。妻である。

以上、若干の下準備を私は昨日の妻への提案に至るまで、あまり焦燥感を持ち過ぎずに進めてきた。人間がセックスできる時間は年齢の関係上限られているので、多少の焦燥感が無いと言ったら嘘になる。ただそういった焦りよりも、私は不謹慎にも何か物事を根底から覆すような楽しみを覚えながら準備を進めてきた。結果、彼女の言葉は冷たいものだったが私の提案はまだ終わったわけではない。そもそも私がこれらの準備を通して、セックス以外の別の目論見をも果たそうとしていることにお気づきだろうか。妻とのセックスは大前提にあるのだが、そもそも私にはセックスをするという目的を遂げるプロセスを通して別の目的の成就も企んでいた。答えはそれほど難しいことではないのだが、今ここでは触れない。

 

先に私には友人がいないということを述べたが、実はそういった当てがないわけではなかった。ただ今は生のSNSがいるのでさほど困らないが、人的交流の無さは二年か三年で簡単に異動させられ且つ昇進の遅い私の庁舎内での扱われ方に露悪的に現れていた。ただ私は昇進には別段興味は無かった。それは仕事にも人間関係にも特に興味がないからでもある。何かトートロジーのようだが、要は私を評価する人間がなかなかよく私のことをわかっているということであろう。

友人について話す前に私たち夫婦の二人の子どもについて話す必要がある。上の息子は大学の経済学部を出て現在は全国に支店がある大手の証券会社に勤めている。下の息子は大学の文学部を二年留年して中退し、現在は無職である。私は子供たちについてどちらが優秀であるとか、どんな人生を送っているから正しいとか間違っているなどという判断をするつもりはない。結果的に一人は社会に順応し、一人は社会に順応できていない、ただそれだけのこととして彼らを見ている。しかし、常に他者との競争を強いられる新自由主義的資本主義を現代の「社会」という語に代入する場合、人はその競争に打ち勝つために常に成長することを余儀なくされ、個人が成長することそれ自体が「社会」に順応することと同義となる。

「一体、社会に順応しなければならないなんてことは誰が決めたんだ?我々が順応すべきは社会じゃなくて自分自身だろ。なぜって?社会をつくって運営してるのは我々人間だからだよ」

夕食の席でそろそろ仕事を探したらどうかと次男に口をすぼめて言う妻に対し、彼はそう吐き捨てたことがあった。その時私は、私たち人間が自分自身に順応していないとはどういう状態かと、ふと疑問に思った。自分自身に順応するという状態がもしあるとすれば、それは自分をよく知り得ているということだろうか。あるいは、自分で自分を理解しているわけではないが無意識下で自分にとって何が有益かを判断して自分にとって適切な道を選び自分にとって適切な人生を歩んでいる、と言うようなことだろうか。自分、じぶん、ジブン。自己中心主義も甚だしい気がするが、所詮我々人間は主観からは逃げ出せない。各人の主観から構成される社会に順応したところで、自分自身にたどり着くことなどできない。次男はそういうことを言いたかったのだろうか。

そんな彼は口をすぼめ続ける妻に屈服したのか知らないが、半年ほど前ハローワークに通い始めた。求職は選り好みしなければ割とあるようだった。始めのうちはハローワークで印刷してきた企業の情報の入った用紙を矯めつ眇めつしていただけだったが、その内に面接へも行き出した。そして一社受けて落ちては、また何枚も印刷してきて眺めてからまた面接に行く、ということを二、三か月ほど続けていた。そういった姿勢に対して私は特に口を挟むことはしなかったし、したくもなかった。彼にとって何が有益か、どういった仕事が適しているのか、そもそも「社会」に順応する必要があるのか、そういったことは彼自身が判断することであり、決めることである。ただ、食卓で眺めていた次男が忘れて行った用紙をこっそり覗くことは時々あったが。

私は常々、人の成長あるいは変化は周囲の環境に左右されるものであると考えてきた。それは庁舎内での経験と日本の社会を規定する上下関係に依っているが、ここでは詳しく言及しない。だが成長とは「社会」への順応と同義であった。つまり「社会」に順応するためには社会の規定に従う必要があるわけだが、果たしてそれは本当に成長の主体であるその人自身が要求していることなのか。ただ「社会」がそのシステムを維持するために人間に成長することを要求しているだけではないのか。そして、そのような周囲の環境は我らが夫婦間のセックスにも影響を及ぼしてきた。それまで肯定的な態度であれ否定的な態度であれ、セックスに応じてきた二人の人間のどちらか一方がセックスに応じなくなる変化は二人の周りの環境が変化したことによるものと言える。妻にどういった心境の変化があったのかはわからないが、たとえ十三年前のあのきっかけがあったとしても無かったとしても、いずれその心境の変化は「社会」が暗に要求することで訪れるべき時が来るはずだったと言えないだろうか。なぜなら周囲の環境が変わるのはとりもなおさず「社会」がシステムを維持するため人間に成長あるいは変化を強いた結果であり、さらに次男の言葉を借りればその「社会」自体、我々人間が運営しているものだからだ。

干渉はしないながらも次男の行く末を案じつつ、このようなことをとりとめもなく考えていた三か月前のある日、次男は県内の飲料メーカーの面接に行った折、採用担当者に私のことを聞かれたと告げた。

「深野という人だった。知り合いかなんか?」

それこそ当てがないわけではないがさほど強いつながりでもない、且つ知り合いと言ってしまう程遠かったわけではない関係性の復活を告げる合図だった。深野由富は私の大学の同窓生で、学生時代にともに草ソフトボールを嗜んだ仲である。嗜むというのも変な言い方だが、当時私と深野を含むソフトボールを楽しむ十数人の緩やかなつながりのグループがあり、授業が終わってプレーに足る人数が集まればソフトボールをし、集まらなければ酒を飲むかマージャンをするというようなことをしていた。そのグループの面々に何か特別な共通項があるわけではなく、別のサークルに属する者もいれば司法試験を控えた者や全く授業に出ない者、そしてすでに子供がいる者もいた。共通項があるとすれば全員男で、各人がばらばらだったということになるだろう。当時はバブルがはじける少し前で、おおらかで浮かれた陽気が学内にも社会にも蔓延しており、誰も彼もが楽観的だった。いつでも人とつながれるわけではないが、そのつながりは緩くて広かった。いつでもどこでもつながれる半面、対立があれば排除し合うような今の社会とは一味違っていた。深野とは学部が同じで話せば気の合う仲だったが、そんな緩い人間関係でさえ嫌いな私は当時から深野だけでなくグループの面々とも深く関わることは避けていた。そんな事情から、深野については件の飲料メーカーに就職したことは知っていたが、大学卒業後は全く交流が無かった。しかしその深野から私の職場に電話がかかってきたのは次男が面接を終えてから三日後のことだった。

「最初は気づかなかったんだが、親御さんの職業は、と聞いたら庁舎の話が出たから、もしかしてと思って名前を出したら当たりだったというわけさ」

軽くよそよそしい挨拶を済ませてから深野は饒舌に面接のことを語り出した。「いや、俺は一次は別に通過させてもいいかと思ったんだが、他の二人が首を縦に振らなかったもんでな。一応俺に権限はあるんだけど、そもそも縁故採用とかそういうしがらみ的なことは確かお前が嫌いだったような気がして、あまり強くは言わなかったんだ。悪かったな」

私は深野の言い訳なのか悔いなのか判別のつきにくい圧しの効いた低音の声を聴きながら、当時の記憶を引っ張り出した。私の記憶では深野は私と正反対で人間そのものが好きであるというような男だった。よって人事部で採用担当をしているというのも頷ける話だった。

「あまり人生において不幸な出来事は背負ってきませんでした、というような感じで、でも自信に満ちたというよりは謙虚で、肌は少し色黒、背は低く、眼鏡は分厚くて視力は相当悪い、あと娘がいそうかな。謙虚さは年ごろの娘がまだ近くにいることの現れかもな」

面接で顔を合わせた次男が分析した深野と記憶の中の深野を照らし合わせて私は電話の主の現在の姿を頭の中で構成していった。だが想像は想像でしかない。不足している部分を想像で補おうとしても、その不足だらけの対象自体が遠い過去の素材でできているため、まったく意味が無かった。ところがその想像の必要が無いことを電話の主は加えて告げた。
「実は本当に偶然なんだが、お前も含めて同窓生に連絡する予定だったんだよ。近々同窓会をする旨の手紙が届くはずなんだけどな」

それを聞いて私は訝った。ソフトボールをやっていた連中は同窓も何も、学部や学年はてんでばらばらで、数人単位で仲のいい者同士の連絡網はあったかもしれないが、そもそも組織の体を成していなかったはずだ。
「いや違うんだよ。俺らのアブラゼミの同窓会だよ。覚えてるかどうかわからんけど、此花いただろ、あいつが今度あいつの地元の市の副市長に就任することになってな、その祝いも兼ねての同窓会なんだよ」

経済学科の通称アブラゼミは、担当教授が脂ぎった顔をしているがためについた名称ではなく、一説によると既に高齢で髪と髭が真っ白な教授の姿態を、羽化した時に全身が白くなるアブラゼミに例えたものであるらしいが、本当の所は定かではない。私がゼミを受講した時は既にその名称が通っていた。そのアブラゼミに、アダム・スミスが読めるからと言ってわざわざ文学部から受講しに来ていたのが此花である。アダム・スミスなら別に死ぬまでの間にいつでも読めそうなものだが、他人のそういった疑問に対して彼は、自分には今必要だが読む時間が無いからと言って、授業中に他の学生や教授の話を聞かずに『国富論』を読んでその場でレジュメをつくっていた。その様子はまるで生き急いでいるような感じだったが、それが後年の政治的な野心のためだったのかどうか、会って話をする機会があれば聞いてみても面白いかもしれないとその時私は思ったのを覚えている。

 

今日で同窓会を終えて既に三週間がたつが、いつの間にか沸騰した旧交を逆に冷ますために、その日以来私は度々須永を呼び出すこととなった。私は自分のことは棚に置いておいて同窓会で話題になったある性の逸話について話し、須永に意見を求めた。初めて振った性の話題に須永はすぐには警戒心を解かなかった。

「あまり人のそういったことには興味ありません。それに僕の妻もあまり僕に興味が無いみたいですけどね。僕らは至って淡白ですよ」

須永夫妻のセックスはどのように淡白なのだろうか。そんなことを考える私に対して、俗物的なのはお前の方だろうと言いたい人がいるのは百も承知である。だが先にも言ったとおり私には目的がある、これはそのための手段でしかない。よって批判はとりあえず待ってもらいたい。三度目に話題を振った時に須永は渋々なのか本性なのか、彼の家庭内における需給関係について語り出した。

「まずどこに需要があるかを見定めなくてはいけません。例えば僕がセックスをしたい時、あるいは妻がセックスをしたい時、またどちらかが子どもを欲しいと思った時、一番理想的なのは僕と妻の双方がセックスをしたい時か、子どもを欲しいと思った時ですが、厄介なのはもしそれらの条件が満たされたとしても供給する側の体調、あるいは時間の都合等の問題により供給が果たされない場合があることです。よって供給の妨げとなる問題を管理しようと、自分の性的欲求のサイクルと妻の生理のサイクルを合わせようとする試みをしましたが、これは失敗に終わりました。生理現象はあくまで生理現象です。それを管理しようとすれば逆に需要の喚起が妨げられる恐れがあることに気づきました。そこで僕が考えたのが需給バランスの安定に関する合意です」

須永の話はこうだ。彼がいうところの需給バランス、つまり需要に対する供給を安定させるため、拒否権の付与ということについて合意に達した。なぜ拒否権なのか疑問を持たれるかもしれないが、私は須永の意図にすぐに気がついた。要するに需要、いわばセックスをしたいという要求を発することを極めて自然なこととするためなのだ。そして夫婦間で一方がセックスをしたい時に他方が応じる時と応じない時があるが、彼らはそのどちらにもバイアスがかかり過ぎないようにするため、一度相手の要求に応じるとそれに対して二回の拒否権が与えられると定めた。ただし、体調不良、生理の場合は拒否権が無くとも無条件に拒否ができ、その理由としての証拠の開示も不要とした。

「二回というのがミソです。人間の欲求というものには際限がありません。別に僕の欲求に際限が無いと言いたいわけではありませんが、一般に需要が大きくなりすぎると供給が追い付かなくなるのは当たり前のことです。経済でもそうです。生産のスピードよりも消費のスピードの方がはるかに速い。ですから有効需要の創出ということはセックスに関してはあまり意味がありません。それよりも逆に供給側に自由にブレーキを踏む権利を与えることで、需要のスピードを冷まし、需給を安定化させるわけです。そしてブレーキは一度よりも二度踏める方が確実に止まれます」

私は黙しながらも深く頷き、須永に賛意を与えたことはここに記しておきたい。私の理想に近いセックス観がそこにはあった。だが当然のことながら疑問を持たれる方も多いだろう。というよりも、彼ら夫婦の話を聞いた人の大方が賛意よりもこのような疑義を抱くだろう。その合意、そしてその合意のうえでのセックスに愛はあるのかと。セックスにおける愛、愛によるセックスについてはあまり深入りはしたくないが、私の目的があくまでも妻との合意の上でのセックスの再開であることを念押ししたうえで、一応述べておかなければならないことは幾つかある。

「一体どういう行為や状態が愛に値するんでしょうか?セックスはセックスですよ、それ以上でもそれ以下でもありません」

もちろん彼にとっては愚問であることを承知の上で、大方の人にとっては疑念である彼ら夫婦の合意に関して私が聞いた問いに対する須永の答えはこのようなものであった。

「僕たち夫婦が達した合意に愛が抜け落ちていると言われても別に弁明をしようとは思いません。現に抜け落ちているんでしょう。ですが僕は妻のことが好きで結婚しました。彼女の僕に対する好意もそのとき確認しました。それでいいじゃないですか。彼女が生理だと嘘をついて僕の欲求をはねつけていることもたまにあるかもしれません。それでも別にいいじゃないですか」

その日入った庁舎近くの喫茶店で注文したイカスミのパスタが運ばれてくると、須永はスマホを取り出しイカスミというよりも墨汁を念入りに絡めたような私にはとても正視に耐えないパスタを写真に収めた。この珍品でこの店のパスタはコンプリートするらしい。「IN PASTA」という彼のインスタグラムを見せてもらったので間違いない。

「はっきり言って僕は毎日忙しいです。朝から晩まで仕事をして、家では家事もそこそこします。一方、妻は仕事をしていませんが、ほぼ毎日外出しているようです。彼女が日中何をしているのか僕は知りません。家事は割と適当です。僕は別にそれがいいとも悪いとも思いません。おそらく彼女の日常は僕と対照的で穏やかものなのでしょうが、外出する理由がありそれなりに忙しくなり得る要素はあるのでしょう。けど僕は正真正銘忙しいのです。仕事は好きですし、家事も嫌いではありません。読みたい本もあります。運動不足解消のためにランニングもします。常にやることがあります。その中で性欲も起きます。妻の体に触れたい時があります。つまり需要が起きます。そんなとき供給がなされないでは結婚生活に何の意味があるんでしょうか?もちろん色んな結婚の形があることは否定しません。ただ僕にとっては需要に対して供給が確実になされること、これにつきます」

彼らがたどり着いた合意は愛のためというよりも、欲求の解消のためであると言える。言ってみれば欲求の解消こそが愛だ、とでも言いたげな須永の主張に対して、肯定する事例と相反する事例をそれぞれ挙げてみよう。前者は私と私の妻の場合。実は私と妻には激しく互いを求めあう時期があった。あまり妻とのやり取りを覚えていない私でもこの頃の記憶は割と残っている。先述したように、同じ庁舎内で再会はしたが、私たちはすぐに懇ろの仲になったわけではなく、しばらくはたまに会ってデートをする、そして時折セックスをする、という関係が続いた。それが一変したきっかけがある。ある夏場の仕事終わりに私はその日の飲み会の席取りをしようと庁舎を出がけに、財布の中がほぼすっからかんになっていることに気づいた。金をおろしに行くのも面倒だしどうしようかと思っていた時に、妻が当時庁舎一階の管財課にいたことを思い出して、すぐに行ってみた。しかし妻は課内におらず、諦めて店に向かおうとする矢先、トイレの前で彼女とばったり会った。どっちが先に催したのかははっきりと覚えていないのだが、私たちは男子トイレに入ると貪るように相手の口を自分の口で塞ぎ合った。始めは妻も私も勢いに任せたとはいえキスだけのつもりだったのだろうが、次第に燃えてきたのか、目の前に個室があったからか、口を塞ぎ合ったまま和式便座が鎮座する個室に入ると突っ立ったまま性器を摩擦し合うことになった。なお、私はあまりに夢中で便器の中に片足を突っ込んでいたことに気づかず、妻のふくらはぎがレバーに引っ掛かって水が流れ、革靴を水浸しにした。まったく描写するには忍びないほどにはしたない話だが、その後私は慌てて金を借りずに妻と別れ、その日は靴を水浸しにしたまま上司の奢りに与ったことは言うまでもない。

しかしこの時のことで味をしめたのか、その後私たちは頻繁に会うようになり、いわゆる付き合い始めの絶頂期を迎える。ある意味、私たちはセックスで結ばれたと言ってもいいかもしれない。だが繰り返して言うが、当時の私は相手の言動をほとんど気に欠けない不愛想な人間であった。そして先にも言ったとおり妻が私のことを愛しているかどうか定かではない、彼女が何を考えているのか知らない、結婚はした、子どももできた。しかしそれらはただ欲求を解消するための消尽行為だったと言いえてしまうことを今のところ否定できない。

事例二。ここからは少しばかり同窓会の描写に付き合ってもらいたい。同窓会で性の話題を振ったのは他でもない私だった。もちろん妻とのことを念頭においてである。SNSや須永相手に自己を頑なに閉ざした私はなぜかそこでは自己を開示した。此花の副市長就任祝いで我々アブラゼミ一行は海沿いの町にある民宿に一泊旅行に出かけた。温泉と夜の宴。民宿の古びた畳敷きの大部屋で話題の中心となったのは主に各人の家庭の「問題」であった。私が性の話題を振るまで彼らはそこには触れず、彼らが「問題」と考える事象を口に出しては大方が嘆いてみせた。

「俺の息子二人は三十過ぎてもまだ結婚しない。結婚する気が無いのかもしれないが、そんな話すらできる雰囲気じゃない。一体何を考えてるのかわからないんだ。一人は一緒に暮らしてるんだが、休みの日は一日中家にいるよ。自室で何をしているのかもわからない。こんなんでいいんだろうか、って最近は悩みっ放しだよ」とは、メッキ加工会社で製造部長を務める柏倉の言。柏倉がどういう男であったかはあまり覚えていないが、あまり酒は飲めないと言って、前頭部から登頂部までだいぶ禿げあがった頭を掻きながら既に諸手を畳の上に放り出している柏倉はこれからもしばらくは「問題」と無益な格闘を続けることになるだろう。

一方私の次男が、娘がいそう、と観察した深野。ここでは次男の観察眼に敬意を表するとともに、深野の憂いに哀意を示そう。深野の「問題」もなかなか深刻である。

「娘なんだけどな…。結婚して一年で離婚してな…」

ため息をついて俯く深野に対し、正面に座る此花が大きく頷いている。

「離婚して今はフランス人の男と付き合ってるよ。けどそのフランス人も既婚者らしくてな…。もうよくわからない」

彼らが言いたいことはわかる。だが私に言わせれば、彼らはただ気づいていないだけなのだ。「問題」の遠因はすべて彼ら自身にあるということを。つまり彼ら自身のことをこそ「問題」にしなければならないのだ。彼らはそれを家族の成員の事象にすり替えている。

彼らに降りかかっていると彼ら自身が考える家族の「問題」は実は彼ら自身の内に元々あった「問題」でしかない。それらの「問題」が現在において突然顕在化したように見えても実はそれらは顕在化するずっと以前から彼らの周囲に既に潜在的に存在していたわけである。私が会えてこう断定口調で言うわけは、もうお分かりいただけるだろう。それは私自身が自分の身の回りに起きたであろうと思われる「問題」が私自身の「問題」でしかなかったことに幸いにも気づいていたからである。

あまりにも場に氾濫しすぎた「問題」の数々を脇にやろうとして私の口が自然に開いたのは既に真夜中を過ぎた頃だった。私はここまで述べてきたような妻との関係を淡々と赤裸々に彼らに話した。既に大方のものが酔いに興じてしまっている中、反応を得るには遅きに失したことは否めないが、それでも反応というよりも丁寧に反論を試みてくれたのは此花だった。彼がぬるくなった日本酒を濃い藍色の徳利から直接長く滑らかな口髭に隠れそうになっている口元へちびちびと流し込みながら語ったこの愛に関する挿話が須永の主張に対するささやかな反論となろう。

「財務課の主任だった時の部下の話なんだが、その男は妻と適度にセックスをしていたらしいが既に彼女への愛は醒めかかっていたんだ。同時に男は結婚後間もない時期から隠れて不倫を嗜んでいた。それは恋だの愛だのと言うよりは性欲の捌け口として機能していたらしいが、現状既に何年も続いていたということだ。だが妻への愛が醒めかかる頃、次第に情のバイアスは不倫相手の方へ傾きだしたが、それが絶頂のさなか、彼は妻と終生忘れられないセックスをすることとなった。ある冬の日、彼はホテルで不倫相手と待ち合わせをしていたが相手が来れなくなった。そこへ妻から電話がかかってきた。今日は外食か、という確認の連絡だったらしいが、男は何の気なしに妻に外で食べようと言って彼女をホテルに呼び出しそのホテルの一階にあるやや値の張るレストランで食事をした。その帰り際、男は出口に行くはずがあろうことかエレベータの前へ行って十二階のボタンを押してしまったらしい。しかし男は一瞬焦っただけですぐに妻をエレベーターの中に伴った。そのエレベーターの中で妻に言われた一言が男の妻への愛を呼び戻したという。今日は私でよかったの?というその一言が」

そこまで此花の話を聞いていたのは私だけであとのものは管をまくか畳に直に雑魚寝するかしていた。これが愛によるセックスと言えるかどうかはわからないが、欲求の解消と言ってしまうには忍びないほどの感情の流れがそこにはあるといえよう。この挿話が此花の部下のことかあるいは此花自身のことか邪推することには露ほどの意味もない。だがこの話を聞いて自分たちのセックスには愛が抜け落ちていると言った須永夫妻の場合に関しても、どこかに感情の流れを見出す余地があるのではないか。そう思って私はインスタを更新し終えた須永に対し最後に意地悪な質問をしてみた。すなわち、君たち夫婦は激しく欲求をぶつけ合うということはないのか、と。

「激しい欲求というのは欲求の内には入らないと思います。そんなに激しくなるまで欲求を放置しておくことは健全とは言えないと思いますよ。つまるところそれは供給が正しくなされていないということを表しているにすぎませんからね」

あくまでも欲求の解消としての需給関係に重きを置く須永は、ケインズ的な総需要管理政策ならぬ性需要管理政策を作り上げた。そこにおいては愛があるかどうかは「問題」にならない。彼らは既にそのような些細な「問題」を通り過ぎてしまっている。そこに愛があるかどうか判断するのは彼らではなくその事実を突きつけられた私たちの方なのだ。私が腹の中で須永に拍手を送ると、須永は最後にその賛辞すら受け付けないとでも言うように愛に関する持論を吐き捨てた。

「この忙しなく煩雑な毎日の中で一体夫婦はいつ愛し合う暇があるんでしょう?僕たちは常に何かに追われてますよ、愛以外の何かにね。そんな人間に愛を愛たらしめる暇も手段もありませんよ」

 

さて、最後に同窓会後、つまり今から三週間ほど前から昨日までの私の変化とセックスの下準備の仕上げについて話しておこう。まず私の変化としては通勤電車内での新聞の交換が挙げられる。私は家で地方紙を一つとっているだけで、あとは職場でたまに贔屓の全国紙を開く程度で、あまり手広く新聞に目を通しているというわけでもなかった。その状況が変わったのはある朝の電車内で斜め前に座る私と同年代と思わしき灰色の混じった短い頭髪を持つ痩せ型の男が読んでいた新聞の記事を目にした時である。その男は通勤電車では珍しい、チェックのネルシャツに紺色のジーンズというラフな服装で、私が交換を申し出ると、毎朝キオスクで最も売れ行の悪い新聞を買うのだとヤニだらけの歯をむき出して言って、快く私の持つ地方紙との交換に応じてくれた。

男が読んでいた新聞はある地方紙で、私の目が釘付けになったのはさる都市の市長が汚職で辞任し、後任に副市長が市長に就任するという記事であった。その新市長は会見でこう述べたと書いてある。

「すべての市民に政治参加の資格がある。それは公務員も例外ではない。市長の汚職を手伝い市政に恥を塗るよりも、談合ではしたない金をせびるよりも、役所の内側から声を上げたらいい。それで社会がいい方向へ変わるなら市民も納得する」

この記事を見て私が咄嗟にツイッターのアカウントを作り直したことは言うまでもない。「公務員による公務員のための政治」なるアカウントはいまだ存在はしていたが、一か月ほど前から投稿は途絶えていた。このアカウントが新市長、此花頼平のものであるかは定かではない。私が同窓会で再開し観察した此花という人物、そしてこのアカウントが発する公務員を愚弄しつつも彼らに発起を促す言説から察せられる人物像、そして新市長としての此花の発言を比較検討してみたところでそれは推測の域を出ない。だがおそらくそれらすべての情報を得ることができているような人間、例えば私は、推測したうえで「判断」を加えることができる。私に次男ほどの観察力があるかどうかはわからないが、此花はもしかしたらこの「判断」できるという可能性に賭けているのではないか。

全く甲斐性の無い話だが、私は特に此花にお祝いの連絡をすることもしなかった。彼が忙しいのは誰が見ても明らかであろうし、これからしばらくは会うことも無いだろうと思っていたからである。だが今から約十日前、何の前触れもなく彼から突然電話がかかってきた。しかもその内容は突拍子もないものだった。

「同窓会で会った柏倉いるだろ?俺はあいつのショートストップが好きだったんだ。あまりにも上手いんでてっきり野球部から冷やかしに来ているんだとばっかり思ってたくらいだ。身のこなしだけじゃなくて頭も切れる奴だと思っていたが、今となっては過去の面影はないな」

私はその意図不明の電話の後、柏倉のプレーを思い出した。そしてついでにもう一つ思い出したことがある。此花はアブラゼミで、他人の発表は聞かないくせに授業の終わりごろやけに他の学生から自分のレジュメに対する意見を聞き出そうとする習性があった。そして自分に対して批判的な意見が出ようとも黙って聞いて構わずそれを続けていた。今思えばそれは自分の野心のための策謀の一環だったのかもしれない。それを立証するような言説は、今から四日前に深野から私の元へ、柏倉を含めた三人で定期的な会を持たないか、という提案の電話があった際に露見する。さほど強くもなくかといって遠くもない関係の再開とはこのことに当たる。そこで此花からの電話の内容を何気なく話した私は驚くべき事実を知ることになった。
「おいちょっと待てよ。あいつはアブラゼミはとっていたがソフトボールのメンバーじゃないぞ。お前ごっちゃになってるんじゃないのか?」

今朝方、私が朝食をとっていると珍しく早起きしていた次男が、昨日私が電車内の男と交換して持って帰ってきた新聞を見て呟いた。
「彼は分離主義者なんだろう」

手癖の悪い次男がすでにくしゃくしゃになっている新聞紙の端を折ったり音を立てて開いたりしながらさらに原形をとどめなくして読んでいるページには、此花の市政における政策と彼が考える市の問題点が細かに書かれてあった。一体此花がどういう人物なのか、もはや我々アブラゼミの面々には知る由も無い。本人に会ったところで何も得るところは無いだろう。つまり「判断」するしかないわけだ。現に次男は彼の政策を読んで早くも「判断」に及んでいる。

そしてもう一つの私の変化としてのセックスの下準備の仕上げについて。ここまで述べてきたように私は家庭であまり家族の些細な言動に気を遣ってこなかったと述べたが、意外と覚えていることはあった。もちろんそれをもって私のこれまでが断罪されるわけではないし恒常的なセックスの再開が告げられるわけではない。だが一つ言えることがあるとすれば記憶というものは線でなくても点でだけでも残っていればいいということだ。さすれば十三年前のあの日から昨日までの私のように過去を振り返り点を収集し線にすることでことで他者の配慮のための自己の配慮がなされうる。つまり配慮の可能性としての点の記憶をとどめておくこと、そして配慮が欠けた状態においてそれらの記憶を引っ張り出して省みること、そしてそれら記憶が纏う雑物を一つ一つ丁寧に剥いでいくこと。

今日、仕事が終わってから私は電車に乗る前に庁舎から歩いて二十分ほど離れたシャッター商店街に赴き、その一角にある金物屋で鳥籠を調達した。十三年前のあの日、徐にセックスを始めた私たち夫婦の寝室へ闖入してきたのは一羽の雀であった。私はパニックになった。そもそも窓が開いていることにすら気づいていなかった。そう、十三年前のあの日、セックスを中断したのは私なのだ。トラウマを抱えてしまったのは妻ではなく私なのだ。その事実をこれまで私は雀に責任をなすりつけることで回避していたのだ。つまり雀とは妻の、あるいは子供たちの言動に思いを致さない、彼らに配慮をしない、そして彼らへの配慮を通して自己への配慮を怠る私そのものであった。

今、私は鳥籠に雀を入れてセックスレスになったと思しき瞬間を再現したいわけではない。トラウマをトラウマの原因たる要素の反復によって克服するつもりではない。荒療治をするつもりは毛頭ない。ただ、あの忌まわしい記憶を再び纏う代わりに私はこの十三年間で自分の体に纏わりついた様々な雑物を剥いできた。その剥いだ雑物を、忘れてしまうのではなく悪しき記憶として留めておくための象徴として鳥籠を寝室に吊るすのである。これに対して妻への配慮が無いと言いたい人がいるのはわかる。だがこれは他者への配慮の前に自己への配慮を成すべきであるという私の「判断」である。決して一度セックスを拒否されたことに対する当てつけではない。まだ批判したい人がいれば、それは私が先に述べた、これまでのセックスの下準備における別の目的が有効な反論となろう。

セックス以外の目的について、これはある意味でタブーの破壊を促した此花の影響がないとは言い切れない。私たち夫婦が、いや、そもそも人間がセックスを行う前提には無数のタブーや固定観念が存在する。つまり人間は他者の体にアクセスするまでにいくつもの雑物を剥ぎ取るかそれらと妥協して手を取り合うかしなければならない。まして、既に長期間のセックスレス状態である場合、それ自体がセックスをすることに対してのタブーとなってしまっている。

そういったセックスの前提にあるもの、セックスと言う行為を縛る呪縛そのものの破壊を、セックスレス状態という一種のタブー下においてセックスを提案するプロセスによって目論むこと。セックスはただ無目的に、愛を伴おうが伴わなかろうが欲求の解消として行うものへとその価値を変転させること。それが私のセックスの提案に伴うセックス以外の目的であり、鳥籠を吊るすことを批判する御仁への拙い反論である。

 

今となってはあの雀が窓から入ってきたこと、つまりトラウマとして記憶が残っていたことはいつか私が「判断」することができる可能性として残されてきたものであると信じたい。そしてその可能性は昨日の妻による拒否で潰えたとは信じたくない。願わくば、次は妻にその体に纏っているものを剥いで裸になり、私との摩擦に身を委ねてほしい。
そういった意味では私も妻の「判断」に賭けている。だが誤解しないでもらいたい、あくまで「判断」するのは妻だ。

時計の針は零時を回った。だがまだ足を踏み入れたばかりだ。今日で私と妻のセックスレスは十四年になる。

2020年1月4日公開

© 2020 古戯都十全

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