束の間

応募作品

松下能太郎

小説

3,124文字

合評会2020年1月応募作品。ある女子高校生たちの情景。

「おまえこんなとこで食べてんの?」特別教棟西側の屋上前の階段に座っている神田を見つけて杉崎はいった。神田は柿ピーの柿の種だけを食べながら杉崎の足元を見つめていた。杉崎は売店で買ったメロンパンとコーヒー牛乳を手に持って、「おまえってほんと地でいく暗さだよな」といいながら神田のとなりに腰を下ろす。杉崎の髪から水々しい桃の香りがした。「うわっ!ここめっちゃ虫死んでんじゃん!」おまえこれで平気なの、うわっ、ここにもいんじゃん、うわうわうわうわやばいやばいやばい、と騒ぎ立てている。神田は柿ピーの柿の種だけを食べている。「ねえこんなとこでひとりで食べてて空しくならない?」虫めっちゃ死んでるし、と杉崎がきく。神田は垂れ下がった前髪のすき間から杉崎の顔を覗いてすぐに俯いた。「いや……あんまり」「クラスに仲いい子いないでしょ」「……う、うん」「つーかそれ」と杉崎は神田の髪の毛を指さす。「ハリポタのハグリッドじゃん!」アハハッ、怒った?ごめんごめん、と大して悪びれる様子もなくメロンパンをかじる。どうして杉崎がここに来たのか神田にはまったく分からなかった。杉崎と神田は二年・三年と同じクラスになっていたが、二人が話したことはこれまで一度もなかった。「ねえこれって屋上に行けんの?」杉崎がきく。「い、行けないと思う。か、鍵、かかってるから」「ふーん、そ。てかシャンプーなに使ってんの?」「えっ」「シャンプー」「え……せ、石けん」「は?石けん?」杉崎がコーヒー牛乳を吹きこぼした。「おまえ、石けんであたま洗ってんの?」「う、うん……」「ヤバッ!」杉崎は膝を叩いて爆笑した。神田は柿ピーの柿の種だけを食べている。「それちょうだい」杉崎は神田の食べない柿ピーのピーナッツを指でつまんだ。………

 

わたしはJKだが決してJKではない、と神田は常々思っている。JKとは若さのブランドのことをさすのだ。従ってその若さに価値を見出された者だけがJKと呼ばれる。そうでない者はたとえ女子高校生であってもJKとは呼ばれない。教室では今日も至るところで若さが弾けていることだろう。わたしの若さは今日も一日、音もなく死んでいく。ふいに神田はその若さと道づれに自分も死んでしまいたいという衝動に駆られる。静かに――軽く――一瞬で――澄んだ水色のようなその思いにしばし魅了される。が、足元に視線を下ろすと小さな虫が物体となっていくつも死んでいる。死は夢物語ではないとあっけなく現実に引き戻される。誰かの足音が近づく。………

 

世界史の授業中、杉崎は教科書に載っているビスマルクの肖像画に落書きをしている。ウサギの耳を生やし、目の上につけまつ毛を書き込んでニヤリとするも、すぐにため息をつく。窓際の席の夏目は机に突っ伏して寝ている。杉崎は教室の窓からみえる青い空を見た。あの空は大昔、恐竜やクレオパトラがいた時代でもあんな青をしていたのかなあ。あの空はわたしが大人になっても今と同じ色をしているのかなあ。杉崎はビスマルクのヒゲの中に花を咲かせながら考える。大人かあ。未来の自分の姿を想像してみる。どこで何をしているのか。誰と一緒にいるのか。何に笑って、何を悲しいと思っているのか。少しのあいだ考えてみたが、杉崎にはまったく見当がつかなかった。そりゃそうでしょ。このあとの昼休みにどこで何を食べるのかも決めてないんだから、未来なんて分かってたまるかっての。そう思いながらまた窓際の方に視線を向けた。………

 

「いいかげん前髪あげな?」杉崎がサンドイッチをほおばりながらいう。「いや、いい……」そういって神田はハッピーターンを食べている。杉崎は最後のひと切れを口にいれると、おもむろに立ち上がった。そして神田の後ろにまわり、その傷んだ髪をクシでとかし始めた。「え、え……?」「ほら動くなって」マジ、ギシギシじゃん、と笑いながら神田の髪をとかしていく。神田が戸惑っていることにもお構いなしに、杉崎はひたすらクシを上から下へと流していった。あらかたとかし終えると、仕上げに神田の前髪をヘアピンで留めた。「こっちの方が絶対いいって、ほら」とポケットから取り出した手鏡で神田を映す。「それあげるからつけとけよ」「う、うん……」その金色のヘアピンは杉崎がいつも愛用しているものだった。神田は手鏡に映る、自分より遥かに存在感のあるそれを見つめていた。………

 

地学実験室に向かう渡り廊下で神田は夏目に声をかけられた。「どうしたの?」そう言われたが神田には何のことだか分からなかった。「それ」夏目は神田のヘアピンを指さした。「え、あ……も、もらった」「だれから?」神田は黙る。「もしかして花怜から?」「え?」「杉崎花怜」「え、あ……うん」「そう」夏目はそれで話を切り上げようとしたが、思い直してまた神田に話しかけた。「花怜と仲いいの?」「あ、いや……昼ご飯、食べてるだけで……」「ふうん」夏目は周囲を見渡した。後ろの方で数名の生徒がこちらに向かって歩いてきている。「花怜、わたしのことで何か言ってた?」「え……いや、特には……」「そう」夏目はそういって足早に神田から離れていった。………

 

「職員室からパクってきた」そういいながら杉崎が「特教西 屋上」とシールの貼られた鍵を神田の顔の前に突き出した。神田はベビースターラーメンを食べる手を止めて、その鍵のギザギザを見つめていた。「前から行ってみたかったんだよねえ」杉崎は意味もなく鍵を天井に投げ、キャッチし、そして弾むように屋上のドアに向かった。「ほら、神田も来いよ」杉崎が片手で手招きしながらドアの鍵を開けた。神田はベビースターラーメンの袋を持ったまま、杉崎のあとを追って屋上に足を踏み入れる。「さっむっ」杉崎が肩をすぼめながら前を行く。冷たい風が吹きすさぶ。神田は杉崎のあとについていく。杉崎の髪から水々しい桃の香りがする。杉崎はフェンスの上に腰かけると、そこから学校のグラウンドを見下ろした。神田はフェンスには腰かけず、杉崎のそばに立った。「あーあ、メガホン持ってくればよかったなあ」ふいに杉崎がつぶやく。「え、メガホン……?」「岡崎京子の漫画にあるんだよ、屋上からメガホンで夢を叫ぶっていうシーンが」「……あっ、あの、イルカの背中に、のりたいっていう?」「そうそうそう!それ」よくない?と杉崎がいう。「杉崎さんは、ど、どんな夢を叫ぶの?」「わたし?なんだろね。なんだろ」それから杉崎は黙った。風が吹く。誰もいないグラウンド。飛行機のゴオンという鈍い音。校舎の中のざわめき。かさなる二人の影。「うちらって誰と結婚すんだろうね」「えっ」「ま別に結婚しなくてもいいんだけどさ、この先どうなるんだろうって思うわけよ」「う、うん」「人生、ていうの?たまに考えるんだよね」このまま大人になっていいのかなー、と杉崎は天を仰ぎながらいう。「今着てる制服だって一年後にはコスプレになってるって絶対。ああやだやだ」腰かけたフェンスに何度も足をぶつける。「てか神田おまえ、岡崎京子知ってんだ」「え、あ、うん……」「へえ、意外」良いよね、そういってフェンスからおりた。「わたし寒いからもう戻るわ」杉崎は小走りでドアの方に駆けていく。神田は遠ざかる杉崎の背中をぼんやりと見つめていた。………

 

その翌日から屋上前の階段に杉崎が現れることはなかった。杉崎は以前のように夏目らと教室で昼食をとるようになった。神田は杉崎にもらったヘアピンを外して以前のように前髪を垂らし目元を隠すようになった。二人が話すことは二度となかった。………

2019年12月22日公開

© 2019 松下能太郎

これはの応募作品です。
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"束の間"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-01-21 11:40

    訥々とうつろう視点で語られるどこかにいるかも知れないJKモドキの百合でもなくなんでもない邂逅の切り取り。私は男子校出身なので女子高生は架空の生物だと思っていました。現代女子高生でせっけんで頭を洗うのは香料系のアトピーだからでしょうか。無香料のせっけんシャンプーというのがあるので続編でお薦めしておいてください。

  • 投稿者 | 2020-01-21 16:18

    面白かった。よく書けてると思う。

  • 投稿者 | 2020-01-24 13:59

    今時JKっていう言葉使うのかな?と思ったし、いくつか会話文の不自然さに首をかしげたが、過去の淡い記憶という意味では面白かった。「普通」が成立するのには「異様」がないとと思うのだが、その部分においては、読み取ることができなかった。

  • 投稿者 | 2020-01-25 11:04

    二人の友情が深まりつつあると思いながら読み進めていたので、最後の段落を読んで「えええっっ!!!???」となった。女子高生同士の関係ってこんなもん!? 私には女子高生の気持ちは永遠にわからないのかもしれない。お題との関連も含めて解説が欲しい。

    作中で繰り返される文は映像の切り返しのように良いリズム感を生んでいると思う。あと若いからといって紫外線や塩分の摂りすぎをまったく気にしないのは、後年ツケが回ってくるので少し心配になった。

  • 投稿者 | 2020-01-25 13:07

    夏目が杉崎に「神田にヘアピンあげたの?」「ああ、そうだよ」「なんで? あんな奴と関わるなよ」「あ、うん」的なことがあって距離を置いてしまったのかしら。
    陰キャであっても陽キャであっても将来に対して不安を感じるのは一緒ですよね。

  • 投稿者 | 2020-01-25 15:50

    ハリポタや岡崎京子あたりの話題から90年代のJKかと推測しましたが、その当時JKという言葉は使用されてなかったように記憶しています。最初の会話での「」の使い方がどういう基準で使われているのか分からずに少し読みづらさを感じました。どちらかに統一すると、もう少しリズム感が出て読みやすくなるのかなと思いました。最後は衝撃ですが、気ままなのがあの世代なのかもしれません。

    • 投稿者 | 2020-01-25 15:53

      失礼しました。ハリポタは2000年代ですね。岡崎京子の後追いという感じでしょうか。そのあたりが判然とせずにイメージできなかったという感じです。

  • 投稿者 | 2020-01-26 10:48

    僕もはやすぎるまわりの子達の変化にただ圧倒されていただけの青春だったのでとてもおもしろかったです!

  • 投稿者 | 2020-01-26 23:17

    単純に好きです。こういう普通な日常を切り取ったモノ。彼女らの行動の普通、範疇広いね。

  • 編集者 | 2020-01-27 14:14

    俺は15歳から18歳までの三年間ほど、女子高生の集団と生活したことがあるが、その内面に迫ろうと思った事はあんまりなかった。青春のクソッタレ。しかしこの様な人間関係の弾力はやはりあちこちで起きてたのだろうなとも思う。

  • 投稿者 | 2020-01-28 14:27

    読んで頂きありがとうございます。
    https://twitter.com/no_no_taro/status/1221286820098367488?s=20
    ↑Twitter の方で自作解題を書いていますので、
    伝わりにくいとは思いますが、
    ご興味がありましたら、クリックしてください。

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