たやすい仕事3

十佐間つくお

小説

13,462文字

じゃくじゃくじゃく。
じゃくじゃくじゃく。
なんだって?
いや、何も聞こえない。
誰も何も言ってない――。

手配師に与えられた仕事をこなすべく、
二人の男がのらくらと山奥へ車を走らせる。

それはたやすい仕事のはずだった――。

暗黒滑稽小説。

 まもなく、雨がぽつぽつと降り出した。明日まで長引くようだったら困ると思っていると、ちょうどラジオで天気予報がはじまった。
 気象予報士は雨が降っているなんて一言も言わなかった。山の天気は変わりやすいという、それだけのことなのかもしれない。予報では明日は晴れだという。それでも、念のため雨合羽も買っておけばよかった。
 こうやって先延ばしにして、健気に論理的であろうとしてさらに脱線し、本来の目的からさらに離れていく。いずれにしろ戻ってこなければならないが、すぐまた明日、万全の体勢で。
 番組が変わって古い曲が流れた。

Must you dance every dance with the same fortunate man
You have danced with him since the music began

 知ってる曲だった。おれは何気に教養があるから。何しろ、ほら、小説家の息子だから。
 もちろん歌詞の意味だって分かる。「きみはすべてのダンスをその同じ幸運な男と踊らないといけないの? 音楽がはじまってからずっとそいつと踊ってるじゃないか」

Won`t you change partners and dance with me

「パートナーを替えて、ぼくと踊ってくれないか?」
 いい曲だ。
「かったるいな」フランキーは言う。

Must you dance quite so close with your lips touching his face
Can`t you see I`m longing to be in his place

 フランキーが別の番組に変えたくてじりじりしているのが分かる。おれはそれに気づきながらも無言でプレッシャーをかける。おれが聴いてるんだから変えるんじゃないと。「相手の頬に唇が触れそうなほど近づいて踊らなきゃいけないの? ぼくが替わりたがってるって気づいてるんだろ?」

Won`t you change partners and dance with me

「パートナーを替えて、ぼくと踊ってくれないか?」
 男二人で浸るような曲じゃないことは確かだったが、もし、おれはこの曲を知っていて、歌詞の意味も分かっていて、作曲者もこのバージョンの歌い手も知っていると言ったら――作曲者はアーヴィング・バーリン、歌い手は五〇歳を超えたフレッド・アステアだ――おまけにおれはこの曲が好きだと言ったら、フランキーはどんな顔をするだろう。
「さっきラブホがあったろ」フランキーが音楽をさえぎって言う。
 おれは答えなかった。そんなものがあったかどうか覚えてなかった。自分の話に夢中になりすぎていたのかもしれない。
「ちょっと戻ったところに」
 そこに泊まることにしようという提案だった。
 ラブホね、このメンバーで。そんなところに入るのは久しぶりだというのに。まぁ、ヘタに車中泊なんかするより安全かもしれないが。いや、だがこのメンバーだぞ。
「おれたちだけだ」
 フランキーはおれの言いたいことが理解できないようだった。おれは、男だけでそんなところに入ったら怪しまれるんじゃないかと言いたいのだった。
「男だけで行く奴だっているだろ」フランキーはあっさりと言ってのけた。
 どういうことだ。
 つまり。そうか。考えてみればそうだ。そういうケースはありえる。目から鱗が落ちる思いだった。
「あそこで晩飯買おう」
 フランキーが前方に現われたコンビニを指した。
 おれは駐車場に車を入れた。広い駐車場だった。ラジオの音楽はすでに終わっていた。食い物がからむと常に先手を取るフランキーが、「行ってくる」とさっさと表に出た。
 おれは車の中で待機した。エンジンは切らないでおいた。
 ラジオでは眠たげな声の男性パーソナリティがもそもそ喋っていた。やがてゲストの若い女性歌手が紹介され、そいつの普段の生活だとか、新曲ができるまでの経緯だとか、つまらない話題になった。結局、エンジンを切ることにした。
 フランキーは弁当二つにサンドイッチ二つ、ペットボトルのお茶二つ、それから百円のスナック菓子を二種類と、プリンとゼリーを一つずつ買ってきた。
「おれ、プリンな」フランキーはおれが何を言うよりも先に主張した。
「好きにしろ」
 清算はまたしても大雑把な計算で千円。早くも経費が半分を切った。
「ホテル代、足りるか?」おれは少し心配になった。
「平日の宿泊が七千円」
 そんなところまでチェック済みとは目ざとい奴だな、お前は。
「あそこだ」
 少し行ったところで、フランキーが反対車線の路肩を指した。
 小さな看板が出ており、脇道があった。看板はあまりにも目立たないので、言われなければ気づかないほどだった。さっき一度通った道だったが、おれなど脇道があることにさえ気がつかなかった。
 他に車はなかったが、おれは律儀にウィンカーを出して脇道に入った。舗装されてない小道を少し奥へ行くと、すぐに幅が広くなった。真ん中が樹木で分離され、片方が入り口専用、もう片方が出口専用の一方通行になっていた。真っすぐホテルに入る以外、どこに行くこともできない道だった。
 ちょうど入れ違いに一台の車が出てきた。少し警戒したが、分離帯となっている木のおかげでお互いに相手に見られずに済んだ。おれもフランキーも、男二人でホテルに入るところをわざわざ見られたくはなかった。仕事の性質上からいっても、その方が都合がよかった。
 まもなく、開かれた空間に出た。
 森の中に突如小さな集落が現れた。コテージがいくつも点在していて、車のままぐるりと周回することができた。それがホテルだった。敷地内には小川が流れていて、水車まであり、植物も豊富だった。コテージ自体も花やら蔓やらで彩られていた。小さな看板からはとても予想できない規模で、そこは道を抜ければ別世界という体のテーマパークじみたホテルだった。
 各コテージには車庫がついていて、分厚いカーテンを締めれば車ごと隠れることができた。おれたちには最も助かる形式だった。カーテンには植物が描かれていて、全体のトーンを崩さないようになっていた。
 おれたちは奥まったところにある一室に決め、前向きで車を入れた。その方が、出るときにも入るときにも顔を見られにくいからだ。せっかちなフランキーがまたしてもおれがエンジンを切るより前に車を降り、カーテンを締めに行った。おれはキーを抜いて上着のポケットに入れた。早く一息つきたかった。
 コテージに上がりこんで弁当を食べてしまうと、もうやることはなかった。部屋の中も表に合わせていくらか凝った作りになっていたが、所詮ラブホテルだ。ここでやることがある連中は飽きるも何もないかもしれないが、おれとフランキーには何もないのだ。
 あとはテレビを垂れ流しておくしかなかった。おれはソファに埋もれて、フランキーはベッドに横になって。
 リモコンはフランキーが持っていた。チャンネルを何巡しても面白い番組は見つからなかった。せめてゲームがあればと思った。対戦型ゲームは仲間割れのもとだが、RPGをやって夜を明かしたっていい。何なら恋愛シミュレーションでもかまわない。
 だが、ここには何もなかった。テレビを垂れ流したまま、おれたちはただぼけっとするしかできなかった。チャンネルはなぜかアダルト番組に合っていた。ただし音量は抑えてあって、女のあえぎ声が高まったときだけ聞き取れるような具合だ。
 おれは、あえぎ声につられるようにして、ときどき画面に目をやった。出演している黒ギャルにまったく魅力を感じなかった。こんな女でも十分だと思うときもあるが、これでも仕事中だという意識があるせいか、おれの中のもう一人のおれはこれといった反応を示さなかった。
 こいつは発見だ。そんな節度があったとはな、おれの中のもう一人のおれに。
「なぁ」
 アダルト番組を見ていたフランキーが、姿勢を正してこちらを見る。
「どうだ?」とおれに言う。
 どうだとは、つまり、そういうことだ。誘いかけているんだ。
 おれは、最初から気づいていたようにも思うフランキーの企みを、このときになってようやくはっきりと知った。
「よせよ」おれは眉間にしわを寄せ、嫌悪感を露わにする。
 論外だった。
 まったく、全然、そんなつもりはなかった。ありえないことだった。
 くそっ、よしてくれ。
「だよな。いいんだ」
 フランキーはあっさりと引き下がって、またベッドに寝転がった。
 まったく、お前はいけない奴だな、フランキー。そんな欲望を隠し持っていたなんて。どうりで、野郎だけでこういうところを利用することもあるなんて知ってるはずだ。奴自身、利用したことがあるんだ。
 言われてみれば、確かにフランキーって名前は男にも女にも使うな。あんたがそういうときにどんな役回りを演じるのか知らないが。まぁ、ここはおれに先見の明があったとしておこう。
 とはいえ、えらくあっさり引き下がったもんだな、フランキー。明日の仕事に差し障りがないように、体力を温存しておくために、ってわけでもないだろうに。
 おれはうまいこと連れ込まれたのかもしれない。口車に乗せられて。こいつは、そんなことばっかり考えてたから、あの小さな看板も見逃さなかったんじゃないか?
 おれは警戒する。奴は引き下がったふりをしてるだけかもしれない。寝込みを襲われるなんてこともありえる。おれのあしらい方が邪険すぎて、フランキーの哀れな、さ迷える魂に火がついて、何が何でもやってやるって暴挙に出ないとも限らない。
 そんなことになったら、おれがブタのケツ野郎になっちまう。おっかねえ。
 おれはフランキーの様子を盗み見る。フランキーは頭の後ろで手を組んで、あらぬ方を見ている。わざとらしくはないか。よく見ろ。そうでもないか。どうだろうな。
 まぁ大丈夫そうか。
 やれやれ、冗談じゃない。
 奴がまた変な気を起こさないように、チャンネルも変えておくか、何気ないふりで。
 幸い、リモコンはベッドの隅に投げ出されている。
 他で面白い番組がはじまってないか確かめるふりをして、ニュース番組か何かに合わせよう。おれは社会情勢とかそういったものに興味があるんだから。それに天気予報。あの、何回見てもわくわくするやつ。
 おれはうまいことリモコンを手にして、チャンネルをあちこち変えた。
 そのとき不意に。
「みつやすくんはどうかな」フランキーが言った。
 おれはフランキーを見た。
 フランキーはおれを見てなかったが、おれが奴を見たので、それに合わせて奴もこっちを見た。おれはフランキーの言ってる意味が分からなかったが、奴がおれを見るその目を見て、言った意味が分かったような気がした。
「どう思う?」
 どうもこうもあるか。
 みつやすくんとどうするって?
 お前は、あのお荷物と、アレをしたいと言ってるのか?
 おれは理解した。分かったぞ。そうか、そっちがお前の本当の狙いだな、フランキー。だからさっきはあっさり引き下がったのか、フランキー。一度でいいから死体とやってみたかったってことか、フランキー。
 おいおい、フランキー。
 フランキー、フランキー、フランキー。おれは頭の中で歌うように言った。
 なんていけない子なんだ、お前は。
 見境がないんだな。
 おれの鼻から、気の抜けたような笑い混じりの息がふっと洩れた。おれはこう言った。
「いいんじゃないか」
 フランキーはすかさず身を乗り出して言った。
「みみ、見ててくれるかっ!」
 おれは思わず後ずさった。
 待てよ。落ち着けって。見ててくれるかとは、なんだ。おれに見てろっていうのか? お前とみつやすくんがいたしてるのを?
 おいおい、勝手にしてくれという形で許可が下りたからって、何を調子に乗ってるんだ、フランキー。そんなに息せき切るみたいにして。言葉をつっかえさせて。ウケる奴だなお前は。
 おれの鼻から、気の抜けたような笑い混じりの息がふっと洩れた。おれはこう言った。
「まぁいいんじゃないか」
 それでおれは、フランキーとみつやすくんがするのを、いや、フランキーがみつやすくんにするのを、もしくは、みつやすくんがフランキーにされるのを、見ていることになった。見られてると分かるのは二人のうち一人だけ、という状況の中で。
 だが、分かってる方の奴は、見られてると興奮するんだ。
 きっとそうだ。
 フランキーはいそいそと表に出ると、まもなく戻ってきておれに手伝ってほしいと言った。みつやすくんに触るのは気が進まなかったが、いいんじゃないかなどと言ってしまった手前、断るわけにもいかなかった。
 これからケツの穴を犯されることになる奴を、これから犯そうとしている奴と一緒に運ぶときの気持ちを説明するのは、何とも難しい。こいつは変な状況だぜ。これから犯される奴が、もう何が起きたところで何も分からない状態になってしまっているということを加味すると、さらにだ。
 表に出ると、みつやすくんはトランクから出されて地べたに仰向けに転がっていた。フランキー一人でそこまではやったらしい。
 フランキーが頭の方から両脇に手を差し込み、おれは言われるままに両足を持った。そのとき「あっ」と気がついた。おれは手を放し、上をきょろきょろ見た。
「何?」フランキーが声を潜めて言う。
 教えてやるまでもなく奴もすぐに気づいた。カメラだ。フランキーも慌てて上方の隅を見回す。厚いカーテンで仕切られた車庫の内側には、カメラは設置されていなかった。コテージの玄関口にも。どこにも。
 おれは安堵する。正直、ちょっとひやっとした。
 カメラは、あるとすればこの仕切りの外だろう。
「そうか」
 フランキーは胸を撫で下ろしたように言う。自分のうかつさを認めたかどうか、微妙なところだ。お前の忌むべき、後ろ暗い楽しみのために、ゲームオーバーになるところだったんだぞ。おれは黙って咎める。
 みつやすくんは完全に裸だった。だいぶ冷たくなっていたが、まだ柔らかさが残っていた。おれが両足を持つと、股の間に縮こまった粗チンが垂れ下がっているのが見えた。でかいわけでもない、小さいわけでもない、普通サイズの代物だ。
 見た目には、死んでいるのか、寝ているだけなのか、いまいち区別がつかなかった。よっぽどうまい殺され方をしたんだろうか。毒か何かで。
 おれは人間の死体のことなんてほとんど何も知らなかった。死ねば、やがて冷たくなり、硬くなる。もっと長い目で見れば、肉が朽ち、やがて骨と化す。焼かれるのでなければ、そういう風になるらしい。それ以上、おれに死体のことなんか分かるはずがなかった。フランキーにだってだ。
 分からない、だからやってみたい。そういうことなのか、奴にしてみれば。
 まったく、筋が通ってるんだか通ってないんだか分からないが、とにかくフランキーには気持ちだけはあるんだ。哀れな、さ迷える魂に宿った、暗黒の欲望。
 さぁ、クレイジー・フランキー、当たって砕けるお前を見せてくれ。
 おれとフランキーはみつやすくんをベッドに寝かせた。単に、置いた、と言うべきか。まぁどっちでもいいさ。
 フランキーはあっという間に裸になった。部屋が少し暗くなったと思ったら、裸になった奴が壁面のパネルで明度を調節していた。腰にタオルも巻かず、こちらにケツを向けて。
 フランキーの裸については、あまりいいコメントはできそうにない。待望されているかもしれないが、妙な興味を持った連中に。だが、ジャンクフードとスナック菓子ばかり食べて、炭酸飲料をがばがば飲んでる奴の裸をいったいどう美化できる? たるんだ中年の肉体がそこにあるだけだ。
 それでもフランキーの準備はすっかり整っている。おれの言ってる意味、分かるよな。メイクラブの準備ができているということが、奴がこちらを向いた途端目に入ったってことだ。へそよりもう少し下のところのやつが。
「こういうの、あれだろ、ネクロなんとか」おれは奴の一物を視界から外して言った。
「ネクロフィリア」フランキーはすばやく反応した。
「知ってるねぇ」おれは感心して言った。
 お喋りもそこそこに、フランキーは取りかかった。
 おれはベッドの端に遠慮がちに腰を下ろし、成り行きを見守った。まぁやることはだいたい同じだよ。生きていて、性別が女のやつを相手にするときと。
 フランキーは時間をかけて楽しむ。またとないチャンスをゲットしたんだからな。問題なのは、それをどこに突っ込むかだ。奴の獰猛なアナコンダを。
 まぁ、答えは一つなんだろう、フランキーがとうとうみつやすくんをうつ伏せにひっくり返したところをみると。
 みつやすくんの背中には痣のようなものがいくつかあった。殴られてできたものじゃない。死斑ってやつだ。死んでるから、できるんだ。フランキーにとってはそれも問題にならないようだった。奴は相手が死んでることを歓迎してるんだから。
 突っ込むべきか、突っ込まないべきか、それが問題だ。
 コーモン様に。
 開けゴマッ、開けゴマッ、開けゴマッ。
 クレイジー・フランキーはあれこれ手を尽くしてがんばるが、コーモン様は関所を十分に開いてくれない。
 おれはフランキーを見る。
 焦ってはいないようだ。
 というのも、奴はまだ奥の手を隠していたからだ。
 どこで、いつの間に手に入れたのか、フランキーはローションを取り出した。奴の必殺の印籠。関所を通してもらうには、これがなきゃね。
 そんなものが用意されていたとは、ちっとも気がつかなかった。全然目に入ってなかった、その印籠が。夢中になってたからじゃないのかなんて勘繰らないでくれ。もともと、おれはちょっとぼけっとしたところのある奴なんだから。
 フランキーは印籠を使った。
 奴のアナコンダが押し入ろうとしている米印に、そのねっとりした蜜液を垂らした。
 大匙一杯。
 もっと要るんじゃないかと思っていると、フランキーはローションの入ったボトルをおれにずいと突きつけた。
「頼む」フランキーは米印から目を逸らさないまま言う。
 おれは、その印籠が目に入ってしまったので、頼まれるままに引き受けてしまった。どうすればいいのか、教えてくれなくても分かった。手を貸してやるよ。
 おれは口を米印の真上辺りに持っていって、ボトルの腹をゆっくり押した。ローションがぬもっと溢れ出た。
 それが目標地点に垂れ落ちるまでの、スローモーション。
 蜜液は、米印とフランキーのアナコンダの両方をたっぷり濡らした。フランキーは自分の暴れん棒将軍に手を添えて、腰を回すようにしながら、ローションを米印の周辺に塗りたくる。
「ぉう」
 フランキーが気分たっぷりにうめく。
 どうだ、地獄門は開いたか? 地獄門はお前を迎え入れたか?
 どれどれ。見てみよう。
 まだのようだ。
「全体に」フランキーが手の平でみつやすくんの背中全体を撫でるようにして言う。
 おれはみつやすくんの尻に、背中に、ローションを垂らしていく。おいしいハチミツをたっぷりかけて、さぁ召し上がれ。
 おれが垂らしたそばから、フランキーが手で伸ばしていく。フランキーはみつやすくんの背中に覆いかぶさるようにして、ぬめった肌に密着する。ねぷっ、にちゃ。他所じゃなかなか聞けない音がする。奴は手を差し入れて、胸や腹も撫でまわす。
 ねぷっ、にちゃ。ねぷっ、にちゃ。
 ねぷっ、にちゃ。ねぷっ、にちゃ。
 今、実現不可能に思えたフランキーの夢が、かなっている。さっきからずっと、みつやすくんはされるがままだ。
 見てみよう。
 間違いない、ただの屍のようだ。
なんだよ、けっこう楽しいじゃないか。
 気がついたんだが、これは参加者が三人いるという、例のパターンじゃないのか。そのうちの一人は死んでて、一人は基本見てるだけという、ちょっとイレギュラーな形ではあるが。そして、三人とも性別は男だが。
 こりゃ相当キテる状況だな。
 まったく、おれたちときたら、なんて罰当たりで悲惨な連中なんだ。救いようがなくて、泣けてくる。思わず同情を誘わずにはいられないはずだ。
 だからって、こんなところを見つかったら一生の恥だけどな。
 だが、一つ問題を出してやろう。
 難しいぞ。
 問題。この中で、おっ立っているのは何人でしょう?
 さぁ考えて。
 ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ。
 ここで時間切れ。
 正解は、二人です。
 どの二人かって? それはおれには言えないな。嫌われたくないから。おれはみんなから「あんたはOKだ」って言われたいから。「あんたの番組はいつも見てる、面白い奴だよな、あんたって」って言われたいから。おれは番組なんかやっちゃいないが。
 おれに言えるのは、こんな経験をして心に傷を負ってしまいそうだということくらいだ。
 悪夢だよ、けっこう楽しいが。
「ひゃっ」
 突然、フランキーが竦みあがったみたいにして言うと、みつやすくんから離れた。
 おれもびっくりして思わず身を引いた。
「動いた」とフランキー。
 おれは眉間にしわを寄せた。動いた? そんなわけがないだろう。みつやすくんが動く? フランキー、お前はそれほどバカテクか? 気持ちよすぎて、死者も思わず地獄の淵から蘇るって?
 だが、フランキーは本気だ。奴のビッグガンは、純情無垢な白ウサギさえ仕留められないほど軟弱なぶよぶよ肉に変化していった。それを見て、おれはやつがウソを言ってるわけではないと感じた。パーティーはお開きなのか?
「動いたぞ」
 フランキーは、さっきまで身体を擦りつけていた相手のことを、手で曖昧に示した。まるで、動いたことが罪であるみたいに。
 フランキーはこう言ってるが、どうなんだ、みつやすくん。おれは黙って見下ろした。みつやすくんは、ローションで背中と尻をぬるぬるにして、じっとうつ伏せになっていた。
 返事がない、ただの屍のようだ。
「ひっくり返してみろ」
 フランキーは自説を曲げようとしなかった。その上、その証明をおれに手伝わせようというのだった。
 まぁいいさ。
 おれはみつやすくんを仰向けにひっくり返す。
 みつやすくんはされるがままだ。
 死んでるからだ。
 これで満足か、フランキー?
「何だこれは!」フランキーが岡本太郎のように言った。
 おれはフランキーの視線を追った。
 何だこれは!
 おれは見た。みつやすくんが、おっ立っていた。
 威風堂々、凛々と屹立している。
 ウケてしまうが、さっき言った正解を訂正しないと。正解は、三人だ。いや、だが、今やフランキーはおっ立っていない。おれの方はといえば、何とも言えない、としておこう。どちらとも言えない、と。そうすると、現状ではおっ立ってるのは一人とも言える。細かいことにこだわらないで、時間のズレなんか気にしないで、みんなで仲良くおっ立ったってことにしていいだろうか。
 それは大雑把すぎるかもしれない。都合よくまとめすぎかもしれない。惜しかったな、みんなで仲良く同時におっ立ってれば、ハッピーエンドになったのに。
 おや? 何か聞こえないか? 何かくぐもったような音がする、どこか、すぐ近くから。
おれはフランキーを見る。奴にも聞こえたらしい。
 おれたちは耳を澄ます。
 空気が張り詰める。
 確かに何か聞こえた。
 ……んごごごごごご。
 おれとフランキーはみつやすくんを見た。音の出所は、みつやすくんの鼻だ。あるいは喉の奥。一種の、鼾のような音。
 おれとフランキーは互いを見合わせる。これは、呼吸音なんじゃないのか。こいつ、呼吸をしてるんじゃないのか。するか? 死んでる奴が、呼吸を。
「何もしてないぞ」
 フランキーがあわてて否認する。浮気の現場を見つかった奴は、みんなそう言うらしいな、この期に及んで。
 お前は何かはしたさ、フランキー。そのせいで白雪姫がお目覚めだ。
「どこ刺激したんだよ」おれは面白くなって言う。
「ど、どこも」
 フランキーは言い訳がましい。地獄門の奥の、秘密のスイッチをつついたんじゃないのか、お前の赤紫亀で。
 ……んごごごごごご。
 まただ。
 おれとフランキーは、まるで生まれたての赤ん坊を見守る両親のように、みつやすくんの顔を覗き込んだ。しかし、素っ裸で、背中はぬるぬる、尻の穴はむずむずっていうんじゃ、とてもいい目覚めとは言えないだろう。しかも、目を開けてみたら、そこにいるのはおれとフランキーだ。ショックでまた死んでもおかしくない。
「みつやすくん」フランキーが声をかける。
 何が、みつやすくん、だ。お前、ノリやすい奴だな。
 じっと様子を伺っていると、また、……んごごごごごご、とくぐもったような小さな音がみつやすくんの喉の奥で鳴った。
 こいつ、本当に蘇生したとでもいうのか。だが、それでどうなる? おれとフランキーはどうしたらいい?
「おい」
 おれはフランキーに促されてみつやすくんの下半身を見る。屹立した一物が、萎んでいく。おれは、何となく、切ない気持ちになる。多分、フランキーも。
 束の間の夢よ、さらば。
 それは完璧に縮こまる。もう二度と起き上がることはなさそうに見える。
 それでも例の呼吸音は収まらない。
 おれとフランキーは気を揉んだ。単に、何らかの自然現象で、こういう音がしてるだけかもしれない。そう思って、みつやすくんの胸に耳を当てて心音を確かめる。心臓は動いていない。まぶたを押し開いて、瞳孔も確かめてみる。もはや何も映さなくなったガラス玉としか思えない。
「脳死とかってのもあるからな」とフランキー。
 だからって肝心の心臓が停まってたら、他のどの器官も活動することなど不可能だ。
 死んでいるのか?
 生きているのか?
 死んでいたのに、生き返ったのか?
 大部分は死んで、一部分だけ生きているのか?
「ま、死んでるようなもんだな」
 そうとも、フランキー。だが、死んでるようなもんってのと、本当に完全に死んでるのとじゃ、えらい違いだぞ。
「さっきは絶対死んでた」
 おれはとやかく言うつもりはなかった。ただ、この状況をどう理解したらいいか分からなかった。しばらく放っておけばこの音もやむだろうと思って、おれたちはみつやすくんから離れて様子を見ることにした。もちろん、フランキーは服を着て。
 やまない。
 やみそうにない。
 何十秒も無音状態が続いて、いよいよ止まったかな、と思うと。
 ……んごごごごごご。
 くそっ、中途半端な奴。
 このままいつまでとも知れず待ってるわけにはいかなかった。時間は有限だ。おれたちに与えられた時間はそう多くない。むしろ少ないと言っていい。おれたちは決断しなければならなかった。
「やるか」ついにフランキーが口を開く。
「それしかないと思う」おれが同意する。
 詳しく言わなくても何をやるかは分かっていた、おれたちは相棒だから。
 みつやすくんの、止めを刺す。
 文字通り、息の根を止める。
 それが今やるべきことだ。このまま朝まで放っておいて、もし本格的に生き返りでもしたら、今よりずっと厄介になる。今ここで止めを刺すしかない。これはおれとフランキーが引き受けた仕事なんだから。
 おれとフランキーは立ち上がる。みつやすくんのそばに集まる。目を見て、お互いの覚悟のほどを読み取る。
「これは人殺しか?」
 おれはちょっとばかり気になっていたことを口に出す。
「こいつは死んでた」フランキーが真面目な顔で解説する。「おれたちは息の根を止めてやるだけだ」
 おれはあいまいにうなずく。その理屈は「一物は挿入する、だけどこれはセックスじゃない」って言ってるみたいなもんじゃないかと思いながら。
 フランキーは、さっきの肉弾戦でベッドの隅に押しやられていた枕を手に取る。奴が自ら手を下してくれるらしい。おれとしても、そうしてくれると助かった。こうなったのもフランキーのせいみたいなもんなんだから。
 みつやすくんは、ベッドの上で仰向けになって、忘れた頃に、……んごごごごごご、とかすかな音を立てている、寝息のような。
 フランキーは、ベッドの上に乗りあがって、みつやすくんの脇に膝立ちになる。それから、思い直してみつやすくんの胸の上をまたぐ体勢になる。
 張り詰めた空気の中で行われる、一連の動作。
 おれはじっと成り行きを見守る。
 フランキーは、みつやすくんの口と鼻を塞ぐように枕を押し当てると、体重を乗せてぐっと押さえつける。
 フランキーがぐーっといくと、おれの全身の毛が逆立つ。否応なく。
 手足をだらりと投げ出してまったく抵抗しないみつやすくんに、フランキーが馬乗りになって顔に枕を押し当てている。
 おれはその非情な光景を見ている。
 指先が震える。
 身体に力が入らない。
 いきなり、フランキーが涙ぐむ。片手を離して目を覆うようにしたかと思うと、もう片方の手も離してしまう。そして、よろけるようにして、みつやすくんの上からどく。枕がみつやすくんの顔の上に残される。
 フランキーはみつやすくんに背を向けて、ベッドの端にうずくまるようにして座る。
「なんだよ」おれは不服を申し立てる。
 フランキーはベソをかく。
 泣いてちゃ分からないぞ、フランキー。
 しかし、奴はみつやすくんをまともに見ることもできないらしい。指の間からみつやすくんをちらっと振り返り、顔に枕が乗ったままになってるのを見てまた泣く。確かに、今のみつやすくんは、哀れみをもよおす格好になっているが。
「大丈夫か」おれはちょっとだけ優しいトーンになる。
 フランキーは泣きながら首を振る。
 こいつ。
 フランキーが何か言おうとする。もう一度みつやすくんを振り返る。
「さっき、おれたちは……」
 そこから先は言葉にならないらしい。
 だが、おれには言いたいことは分かった。「おれたち」というのは、フランキーとみつやすくんのことだ。その二人がさっきどうしたか。一発やってたのさ。「一度は寝た相手だからできない、そんなことができるもんか、おれはそんなひどい男じゃない、みつやすくんがかわいそうだ」そう言いたいんだな、フランキー。
 くそっ、張り倒すぞ。
 ……んごごごごごご。
 枕の下で、みつやすくんがまた音を立てる。まだ呼吸をしている、何か呼吸のようなものを。おれは、自分の中で何かが冷たく張り詰めるのを感じる。
「おれがやる」
 フランキーが涙を滲ませた目でおれを見る。それからみつやすくんを見る。みつやすくんから目を逸らす。もう一度おれを見る。おれからも目を逸らす。そうするより仕方ないと了解したのだ。
 一思いにやってやる。言ってみれば、これは手助けみたいなもんなんだから。やるんだという声がおれには聞こえるから。どうせ生きていたっていいことなんか何もないんだから。
 おれはベッドに乗る。
 仰向けのみつやすくんをまたいで、膝をつく。
「待ってくれ」フランキーがかすれた声で言う。
「何だよ」おれは中断されてやや機嫌を損ねる。
 フランキーはおれをいったんみつやすくんの上からどかせる。それから顔に乗った枕をどける。そしてみつやすくんを覗き込む、真顔で。
「何か、言い残すことはないか」
 おれは黙って突っ立っていた。
 返事がない、ただの屍のようだ。
 フランキーは気が済んだらしく、おれに枕を渡す。おれは改めてみつやすくんをまたぎ、顔に枕を当てて、鼻と口を塞ぐようにして押さえる。それからぐーっと体重をかける。
 息の根を止めてやる。
 今度こそ完全に。
 おれは、たっぷり二十秒もそのままの姿勢でいる。
 そこからさらに一分。一分半。二分にも達して。
「おい」
 フランキーが声をかけるのが聞こえる。まだだ。おれは濃密な時間の中でゆっくり十秒数える。
「もういいだろ」
 フランキーが耐え切れなくなったように言う。
 おれはもう十分だという声を聞いたように思う。おれはみつやすくんから離れ、ベッドを降りる。そしてソファに座り込む。
 おれとフランキーはしばらく待つ。
 例の音は、もう聞こえない。
 みつやすくんは沈黙の世界に帰っていった。
 おれとフランキーはしばらくじっとしている。本来の仕事の前に、もう一つ余計な仕事を済ませたみたいな気分で。疲労困憊で。
「戻した方がいい」おれが口を開く。
 おれとフランキーは今夜ここで眠る。同じ部屋にみつやすくんがいるのは、いい考えとは思えない。完全に死んだみつやすくんがいるのは。
「そうだな」フランキーが同意する。
 さらにもうひと仕事だ。おれとフランキーはみつやすくんを担いで表に出る。冷えた空気が心地いい。おれは深く息を吸い込む。見上げると、空はすっかり晴れ渡り、星が出ている。
 部屋に戻ると、おれもフランキーも本当に疲れきってしまう。
 長い一日だった。
 色々あった。本当に大変だった。
 おれはベッドに身を投げ出す。フランキーもゆっくりとベッドに倒れかかる。空いている部分に。ベッドはデカいから、二人寝るスペースは十分ある。真ん中に寝転がったおれは、少し動いてスペースを空けてやる。
 おれとフランキーは、互いに背を向けるようにして横になる。部屋は薄暗いまま、テレビは無音で映像を垂れ流している。まぶたがどうしようもなく重くなってきて、おれは目を閉じる。
 すぐあとに、うっすらと目を開く。何かに起こされたような気がして。
「ん?」おれは少し身をよじる。
「眠れない」とフランキー。
「ん」おれは不快げに言う。
「怖いんだ」
「あぁ」おれはもう眠くて奴の言うことがよく分からない。
「つないでもいいか」
「ん」
「手」
「んん」おれはよく分からないまま何かうめく。
「怖いんだ」
 おれは再び目を閉じる。まぶたがどうしようもなく重い。フランキーが手をつないできたらしい。おれの頭はぼうっとしている。何かがおれに寄り添ってきて、背中に温かさを感じる。その温もりが眠気を倍増させる。おれは少し気分がよくなったようになって、半分眠ったまま「んん」とうめく。温かさが、おれの身体を包む。
 少しずつ、気分がよくなっていく。
 少しずつ、少しずつ、気持ちがよくなっていく。
 とても気持ちがよくなっていく。
 そして、いつの間にか、眠りに落ちる。

2019年12月2日公開

© 2019 十佐間つくお

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