ハンター

伊藤卍ノ輔

小説

1,557文字

ブンゲイファイトクラブ落選作品です。自信満々でしたがダメだったので読んでいただけるととっても嬉しいです。

 男が閉店間際の店内を睥睨する目つきは、まさに狩人のそれであった。客の少ない商業施設に出店するDCブランドでは、一日の売り上げがゼロということが稀に発生する。その場合、店員が自腹を切って無理やりレジを開けることになる。しかし男は給料日前だった。そんなことになれば電車賃がなくなる。そうなれば池袋から千葉駅まで歩かざるを得なくなる。しかしそれは不可能に近い。なんとしてでも閉店までのあと三十分の間に、靴下一足でも売らねばならない。
 客が来た。恐らく本日最後の客である。あたかも、日暮れ間際、その日最初で最後の獲物を見つけた狩人の様に、男の目は爛と輝いた。手練れの狩人は己の足音を消すことさえできるという。男も後ろから足音を殺して忍び寄る。
 客はあまりにもダサかった。あまりにもダサい客というのは、服に金をかけるという観念が欠如しているので高いものはなかなか買わない。しかし店員にお洒落だと言われた商品はなんでもお洒落に見える習性があるので、安いものは比較的よく買う。狩りで言えば、傷ついた兎の様なものである。食うところは少ないが、仕留めるに容易い。なんでもいいから売らねばならない男にとって、願ってもない客である。
 客が射程に入った。この場合、最初の声かけで運命は決まる。あまりにもダサい客というのは第一声で逃げ出すことがある。そうなれば止める術はない。逆に言うと、そこで愛想よく返してくれるのであれば、安いものなら買ってくれるだろう。良い声かけができたときは、ズドンッとくる感触があるものだ。男はその感覚を頭の中で数回反芻する。ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ。
 昔の狩人にとって、狩りをするとは生きることだった。獲物が何日も獲れなければ、それはそのまま死に直結する。男もその心境である。胸が痛い程脈うつのを感じながらライフルに弾を込め、撃鉄を起こし、兎に標準を合わせる。男は静かに息を吸い込んだ。そして
 「よろしければサイズも」
 ズドンッ。狩人が引き金を引いた。日暮れ時の静かな山間に乾いた銃声がこだました。兎は変わらぬ姿勢のまま動かない。やったのだろうか?
 冷たい山颪が抜けた。梢を揺らし、さらさらと微かな音を立てる。狩人はそのままそこで一服することにした。兎が生きているのであれば、近付くのは拙速というものである。しかし仕留めたのであれば、無論近付いて獲物を家に持ち帰らなければならない。それを一服の間に見極める。
 煙草が尽きた。兎はぴくりともしない。仕留めたのだ。辺りを満たす闇は刻々とその濃さを増し、白い小さい兎の体だけがくっきりと浮かび上がる。梢の音は止み、物音ひとつない。狩人は足を踏み出した。一歩、二歩、三歩……。
 突然、狩人は穴に落ちた。もがく足が宙を蹴る。落ち葉に覆われ闇に眩まされて、穴に気が付くことができなかったのだ。
 驚くほどに広く、深く、暗い。どんどん落ちていく。これほどの距離を落ちればよもや助かるまい。狩人の意識は遠のいていった。

 目覚めると、不思議な場所にいた。石造りの建物の内部のようである。この立派な造りは城だろうか。しかしこんな城見たことも聞いたこともない。狩人は立ち上がり、歩き出した。
 ふと殺気を感じて、そちらを見る。一人の男が、狭い部屋のようになっているところの奥で周囲を睥睨している。狩人は直観的に同業者だと悟った。まさに狩りの最中の目つきである。しかし、こんな建物の中でなにを?
 そっと部屋の中に入る。男が殺気を漲らせて背後から近づいてくるのがわかる。これはまさか、いや絶対、獲物は自分だ。狩人は確信した。
 背筋を冷たい汗が伝う。男から見えないようにしながら、狩人はライフルに弾を込め撃鉄を起こす。来るなら来い。一言でもモノを言ったその瞬間、頭を打ち抜いてくれる。
 「よろしければサイズも」
 ズドンッ。

2019年9月27日公開

© 2019 伊藤卍ノ輔

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"ハンター"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2019-09-27 23:19

    後半、凝り過ぎましたかね。出だしから中ほどまではすごく面白かったのですけど。
    比喩としてのハンターが現実に入り込んで行くのはよいアイディアだけど、紙数が尽きた感じがします。

    • 投稿者 | 2019-09-27 23:51

      後半凝りすぎ、というのにすごく納得してしまったのが、結局物語の構成に頼りすぎて、物語を広げる方向にではなく、閉じる方向に筆を進めて行ってしまったのかなと思ったからです。
      六枚以内で書くならその中で綺麗に完結したものを、という意識で書いてしまったのですが寧ろ逆で、六枚の中でどれだけ世界を広げられるかということをもっと考えるべきだったかなと改めて思いました。
      すごく参考になりましたありがとうございます。

      著者
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