Flash Back #29

Flash Back(第29話)

菊地和俊

小説

1,338文字

混乱と同調#11

♭6
視界には見慣れた白い天井と照明
それを見ただけで、うっかり寝落ちしたのが解った
時計を確認すると18時を過ぎている
聖母の許へ行きそびれた

外の空気が吸いたくなりベランダの窓を開けると
霧雨薫る夏の夕方が起き抜けの体に舞い込んできた

表通りから一本入った道を行き交う人たちを眺め
少し前の戸惑う自分とは対極にいる落ち着きは
酒に頼らず自分を保てる希望と兆しだろう

雨は上がり、ぼやけた月を見ながら
久しぶりにベランダで煙草を吸ってみた
「情緒不安定かもな」
自分で自分を皮肉った頭上には柔い光を放つ僅かな星が見えた

翌日からは、いつもと変わらない日々が訪れ
締め切り間近の仕事を片付けると金曜日の早朝になっていた
あっという間に新しい週末になり、急ぎの仕事もなくなると
緊張感は極端に薄れ、腑抜け寸前の気の抜けようだった

ソファーやベットで寝ると深夜まで起きない可能性が濃厚なので
テレビのオンタイマーをセットしてキッチンに枕を持ち込み床の上で仮眠をした

 

短く深い眠りから覚め泥のような体を床から剥がし
散らかった部屋を掃除して、たまった洗濯物を洗い終えると
ジリジリと焼き付ける西日がベランダから射しこんでいた

今なら行けるだろう、診察券を確認して先週行きそびれた場所に向かった

 

「いないんですか一之瀬先生は?」
「すいません一之瀬先生は三ヶ月ほど前に、お辞めになりました」

たちばなクリニックの受付で馬渕は
一之瀬麻里弥がいない事実を知らされ困惑している

「一之瀬先生は今どこの病院にいるかわかりますか?」
「すいません、個人情報なのでそういうことは…..」
「そうですか、わかりました」

食い下がるわけにもいかず病院を出ることにした

力なく、たちばなクリニックの側にあるベンチに座り
一之瀬麻里弥に電話してみると無機質な録音した声が現在使われてないこと繰り返している

いつ来るかわからない地震のような心の壊れ
今は落ち着いているけど明日もなんて保証はない
ここにきて頼みの綱を失った

麻里弥に頼れないのはショックだけど
悩んでいても仕方ないのでビールを飲みに異今都へ向かった

 

席に着いて頼んだビールを速攻飲み干し
2杯目のビールを飲んでいるとドアベルが鳴り来客を告げた
いつもなら綺麗な真鍮の鐘の音は虚しく聞こえる

誰が店に来ているかなんて構いやしない
今日の俺はビールに頼りビールに癒されビールに呑まれるのみだ
金色に輝くこいつで、さっきのショックを洗い流し
これからの不安を忘れようとしている
結局酒に頼っているけど自分を憐れんじゃいない
これが最短距離の心の治療と言い聞かせ2杯目のビールを飲み干した

 

「すいませんトイレはどちらですか?」
隣に誰かいたことを視覚ではなく聴覚で知らされる
完全に周りが見えていない自分に少し呆れた

空になったグラスをコースターに置くと隣の男の携帯電話の画面に
知った名前が表示されているのが見えた
そこには一之瀬麻里弥の文字がハッキリ見える
疑いたくなる偶然は、すぐ傍にあるなんて
麻里弥を見つけるには、この携帯電話の持主に頼るしかない

トイレから戻ってきた携帯電話の持ち主の顔を見ると知っている顔だ

先週、後ろから声をかけてきた男

この男が麻里弥を見つける頼みの綱かもしれない

 

2019年7月30日公開

作品集『Flash Back』最新話 (全29話)

© 2019 菊地和俊

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