♭4
雲の切れまから射し込む光が街を照らす
切に願った天気回復、この時を待っていた
本当は強風が止めば御の字だったのに太陽が顔を出すなんて
片手を塞ぐ傘が必要なくなり気持ちも晴れやかになった
雨上がりのアスファルトを軽快に踏み鳴らして
目指すわ異様なのに心地いい空間
待ち行く人はところどころ笑顔で空を見上げいる
綺麗だとかラッキーなんて言葉が飛び交う土曜日
お店のドアを開けると真鍮のドアベルがスウィングして
煌びやかで暖かみのある高音を奏でた
店内にはスパイスの香りが漂っている
席に着いてマスターと目が合うと開口一番
「来るの早すぎだよ、まだOPENしてないから」
時計を見ると時刻は11時25分
「フライングは5分だけでしょ熱烈なファンなんだから大事にしてよ」
「次来るときはドアのプレートを確認してから入ってね」
注文していないのに瓶ビールが目の前に置かれた
これでも飲んでカレーができるまで待ってろと
マスターから無言のメッセージを受け取る
ビール飲みながら店のドアを見るとOPENの文字が見える
内からのOPENは外からのCLOSED
表裏一体は見る角度から真実を覆す
あのプレートは入店している人向けのメッセージなの
そんな冗談でも言いたいところだけどやめといた
この店のカウンターには本が数冊置いてある
ブードゥー教の真実、トマトは魔法のレシピ
キューブリックから学ぶ一点透視図法
2人で築く普通の幸せ辞典
バラエティーに富んでいてマスターの趣味なのかわからないがビール片手に気軽に読める代物ではなかった
1番右に置かれている1冊に興味を惹かれた
大航海時代~スパイスを求めて
読んでみるとシルクロードの1部分をオスマン帝国が占領し陸からの貿易が断たれたヨーロッパが海から
香辛料を求める話がドラマティックに描かれている
夢中で読んでいると淡く漂っていたスパイスの香りが鼻腔に広がってきた
「読書で食欲はCLOSEしたのか」
目の前にはカレーが出されていた
「カウンターに並んでいる本はマスターの趣味なの」
「お客さんが置いてったのばかりだよ、そいつ以外は」
これのみがマスターの本か、なら納得がいくな
仮にマスターがブードゥー教でも店の灰皿の柄を見れば此奴は此奴で納得はいくだろう
読んでいた本の表紙を見返して自分の過去に照らし合わせてみた
何かを求めて船出した俺の人生が見つけたものは
目の前にあるカレーだけだったのかもしれない
マスターが店のドアを開け外を見渡している
「セミが鳴いてるって事は梅雨明けかもな」
その一言でじっとりとべたつく日々に灼熱が追加されるように思えた
少量の水滴がついている瓶の中のビールを流し込み
待ち焦がれた好物を銀色のスプーンで口に運ぶ
ささやかな幸せを感じる夏の始まりに食べるできたてのカレー
至福の時ってやつは何気ない日常に潜んでいる
そう思える土曜の正午だった
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