探す女さなえさん

終の果ての隔離室(第4話)

瀧上ルーシー

小説

17,751文字

必要のない物は東京で処分したが、最低限の荷物を引っ越し屋さんは高校生まで使っていたわたしの部屋まで運んで行く。味気のない白いダンボールだ。引っ越し屋さんはすべてのダンボールをわたしの部屋に運ぶと帰っていった。荷物の整理もそこそこに、わたしはノートパソコンをネットに繋ぐと自分のブログを更新した。飯塚世司くんを探していると書いてもう何年も毎日ブログを更新していた。何度か荒らされることもあったが飯塚くんの情報は何も入ってきたことがない。

その日の夕食は両親が取ってくれた宅配寿司だった。だが抗鬱剤塗れのわたしは六貫も食べればもうそれ以上は食べられないで、また夕食後の抗鬱剤を飲んで、部屋に引っ込んだ。

大学を出て新卒のときに就職できたのに一年しか持たないで自主退職した。これからわたしの人生はどうなるのだろう。

鬱を患っているせいか、両親も今すぐに再就職しろとはわたしに言わなかった。毎日好きなだけ眠って好きなだけインターネットで遊んで、高校のときからやっている好きなMMORPGを好きな時間だけ遊んで、東京にいる頃、ハードディスクがパンパンになるまで録画したアニメを観て過ごした。寝ている時間の方が長いので録画したアニメは中々減らなかった。今時アニメ好きなんてどこにだっている。自分をいわゆるアニオタだとは思いたくなかった。

桜が咲く季節だった。両親と三人で近所の大型公園にお花見に行く。小中高の知り合いに会わないか心配でわたしはびくびくとしていた。ニートどころか病気療養中の自分を歳が近い知り合いに知られたくなかった。まともな人間なら鬱になど罹らないで定年まで働ける筈だ、そう思っている人間にわたしのことを見つけてほしくなかった。わたしの鬱のことを考えてか誰もお酒を飲まなかった。

桜は綺麗だった、泣けてくるくらいに。こんな綺麗な桜をわたしは見たことがないと思い目が潤んだ。小さなレジャーシートに座って両親と三人でコンビニで買ってきた昼食をとった。自分が食べたくて買った弁当は全部食べきれなくてお父さんが残りを食べてくれた。そうしてわたしたちは公園に一時間もいないで家に帰った。いくら綺麗でも桜が咲いている広場は酔っ払いや大学生がうるさくて居心地が悪かった。

たまにお母さんやお父さんに連れられて外に出るだけで、しばらくぐだぐだと過ごしていた。食べてリスカして最初の頃は病気のためを思って自重していたが酒を飲んでオナニーして精神科で薬をおねだりしてオーバードーズしてラリって匿名掲示板に罵詈雑言を書き込む。そんな毎日だった。暇さえあれば精神科病院に薬を貰いに行っていた。田舎の病院のせいか温情的で、頻繁に薬をおねだりしても拒否されなかった。

完全にソロで過ごしていたのだが、やはり一人は寂しかった。事情も告げずに地元に戻ってしまったが、東京に居る頃は友達がたくさんいた。フェイスブックで東京に居る友達や高校の頃のクラスメイトたちのページを見ていく。友達申請はしない。ここでもわたしは飯塚くんを探していると頻繁に書き込んでいた。それが主な用途だった。高校生の頃執着した飯塚くんのページはどこにもなかったが、飯塚くんの実家の住所が書いてある飯塚くんのお父さんらしい人のページはフェイスブックの中に存在していた。今までに何人かの男と付き合ってセックスもそれなりにしてきたが、やはり消えてしまった誰も覚えていない飯塚くんに執着する心は未だに存在した。

ある日曜日。いつも通り昼間からウィスキーのストレートを飲んでベッドで眠ろうとしていると、急に身体が冷たくなった。水をかけられたのだ。目を開けると鬼の形相をしたお父さんが水が滴る青いバケツを持っていた。もう六月で蒸し暑いし風邪を引くことはないと思ってその点は安心できたがお父さんは、「神経科病院のデイケアに通ってもらう。嫌なら入院させる」と言った。どうせ暇な毎日だしデイケアに通うくらいどうということはなかった。

「送り迎えしてくれるの?」

「お母さんにしてくれるように話はしてある」

「わかった。行く」

月曜日、朝早くからお母さんの車で地元では有名な精神科病院に来た。簡単な手続きを済ますとその日のうちからデイケアに参加できるようになった。昼食代の三百円だけ払えば良いらしい。デイケアとは病院に通ってリハビリをすることだ。わたしの場合人と上手く接することができるようにリハビリするのだと思う。

大きな神経科病院の建物内にある、デイケアの利用者専用のフロアに来た。仕切りがない一つの大きなホールになっていて、パソコンが並んでいる場所や、利用者が大きなテーブルの前に座って絵を描いたり、マシーンの前でカラオケをしていたり、わたしはルールを知らないが麻雀卓まであった。キッチンに冷蔵庫にオーブンまであって、スタッフさんに話を聞くと、今日の午前は自由活動の日らしかった。

白衣ではなく私服を着た職員が集まって集まってとデイケアを受けている利用者たちに呼びかけた。段々とわたしのまわりに利用者たちが集まってくる。すごく申し訳ないのだが、利用者の殆どが気持ち悪い中年のオヤジに見えた。若い女と一緒に過ごすことを求めて来ている人もやっぱりいるんだろうなあとわたしは思った。

職員に言われて自己紹介をする。「小倉さなえです。よろしくお願いします」そう言うと、覚える気はあまりないが、他の利用者達も一人ずつ名前を教えてくれた。

わたしは午前中はずっとトランプをして時間を潰した。数少ない同性と当たり障りのない会話を交わしながら遊んでいた。

正午になって銀色の配膳車がやってくる。皆で手分けしてトレイに乗った昼食を何台かの多人数で使う楕円形のテーブルに運んで行った。デイケア初日の昼食はメンチカツに千切りキャベツに味噌汁とご飯、デザートのコーヒーゼリーだった。メンチカツは小さめながらも三個も載っていて悪いけれど全部は食べられないで残した。食べ終わった人達が順々にキッチンで食器を洗って配膳車に戻していく。わたしも同じようにした。

全員が食器を片付け終わると、電気を消してカーテンをして二十分だけお昼寝の時間があった。眠れないが二十分間目を瞑っているだけで少しだけ活力が湧いてくるような気がした。

午後はボランティア活動ということで病院の敷地内と周りを皆で歩いて落ちているゴミを拾い、雑草を抜いて回った。

そうして帰る前に全員でその日の感想を言って解散になった。時刻は午後三時になっていた。お母さんの携帯に電話すると、もう病院の駐車場に来ているらしかった。車の中でお母さんにどうだった? と聞かれ、まあまあ楽しかったよ、とわたしは答えた。

家に帰ってくると、わたしはどくどくと汗をかいた。久しぶりの他人との接触でストレスが溜まったようで、ベッドに潜った。わたしはここしばらくお酒か睡眠薬がないと眠れないようになっていた。目を瞑ると思い出すのは飯塚くんの顔だった。まだ好きなのもあるが半分くらいは恨んでいた。お前が消えたりするからわたしの人生がこんなに上手くいかないんだ。

もしかしたら皆の言うとおり飯塚くんはわたしの妄想なのかもしれないが、彼は今どこで何をしているのだろう。飯塚くんはたしかに居た。わたしの近くに居たんだ。何のためわたしの前から姿を消したのだろうか。高校生の頃送った手紙は一通だけでも読んでくれたのだろうか。わからない。わからないから飯塚くんが実在しているのかどうかも確信が持てなくなっていた。

お父さんとは週三回デイケアに行けばいいと約束していたので、翌日は部屋で一人で過ごした。部屋に隠していたお酒はすべて没収された。夕食のときに350ml入りの発泡酒を一本だけ飲んでいいと約束していた。精神障害者は皆薬を服用しているので本来お酒を飲んだらいけないのだが、お父さん達は譲歩してくれた。嬉しいが、あまり厳しくして自殺されたら面倒だとでも思っているのか。

朝食ではバナナやゆで卵や納豆が出た。わたしの頭の中からセロトニンを分泌させたくて、そういうメニューになるらしい。セロトニンがあまり分泌されないと人は鬱になるらしい。ゆで卵は目玉焼きや卵焼きや生卵に変わるが、その他は毎朝一緒だった。朝食くらい毎朝同じようなものでも別にかまわない。

もう十年近くも続いているMMORPGで遊んだ。坂田くんとは絶縁だし飯塚君の行方もわからないが、ネット内には顔も知らないフレンドがたくさんいた。彼ら彼女らと一緒にモンスターを狩るのを楽しんだ。わたしは課金しない主義だから、難しいクエストしか残っていなくてストーリーを進めることはしていなかった。フレンド達とチャットしながらゆるい狩りを楽しんだ。

少し疲れたのでゲームからログアウトすると、一階のお母さんのところまで行った。

「煙草吸うようになってもいい?」

「ダメ」

それだけで会話は終わってしまった。デイケアでも喫煙室で煙草をうまそうに吸っている人がたくさんいたし、精神障害者は健常者より喫煙者が多いのは知っていたので、わたしもどんなものか吸ってみたかったのだ。だが家族に反対されてまで吸おうとは思わなかった。

ベッドに寝てとりとめもないことを考えていると鬱が襲ってきた。

どうせ自分なんかどう転んでも幸せになれない。第一あれほど好きだった飯塚くんは消えてしまって、覚えているのはわたしだけじゃないか。どうせわたしは人に愛されないのだ。両親は産んでしまったからしかたなく面倒を見てくれているだけだ。

死にたくなってわたしは泣いた。泣きながらまた手首を切った。

赤くとても黒い血を見て、自分が生きていると実感した。それは嬉しいことに思えた。

 

月水金はお母さんの車でデイケアに通うと約束している曜日だ。

車で三十分の病院へ行くと、今日は敷地内の庭でゲートボールをやる日だった。ルールを説明されて、わたしは初めてそれをやった。だが、わたし以外のデイケアの利用者は殆どが昔から通っている常連さんなので、強くて歯が立たなかった。

鬱のせいか、そんなどうでもいいことが悲しかった。女とはいえまだ二十三歳のわたしがゲートボールごときでおじさんたちに勝てないなんて悲しすぎる。

時間になって他の利用者と話しながら昼食をとる。重い人は家から出られないせいか鬱の人はあまりいなく、殆どのデイケア利用者が統合失調症で、他は境界性パーソナリティ障害や双極性障害の人達だった。

歳が比較的近い女性の利用者も三人ほどいたのだが、簡単に言って彼女らはヤリマンでビッチだった。三人とも生活保護で暮らしているのだが、お金が苦しくなると外来の待合室まで行って、寂しそうな男に「五千円でどう?」と売春を持ちかけてお金を得ているようだった。わたしはそうはなりたくなかった。援交もしたことがあるし昔複数人にレイプされたこともあるが、それ以外は多少は好きな人としかセックスはしていなかった。

この日は午後が自由時間だった。テーブルの前に座って、ビッチの三人とお話ししていた。彼女達はかなり明け透けに性の話をしていた。一人は剥けているペニスより仮性包茎の方が好きなどと言っていた。

気が緩んだわたしは、昔飯塚という好きな人がいてこの世の中から消えてしまってもまだ好きだと彼女達に話した。だが妄想扱いされて真面目に聞いてもらえなくて悲しくなってしまった。

デイケアが終わり家に帰ってくると、わたしは性懲りも無くカッターナイフで手首を切った。少なくともわたしの身体には血が流れているということが確認できた。

土曜日は雨が降っていた。気持ちが落ち着かない。アスファルトをサーっという音を立てて洗い流す雨の音は何故だかわたしにとって不快だった。そんなことに意味をつけて馬鹿みたいだが、飯塚くんを想うわたしの気持ちまで洗い流してしまうようで嫌だった。本当にそうしたのかどうかはわからないが飯塚くんが殺したと言った五人が生きていて、何故彼だけが消えてしまったのか。神様は不公平だ。真面目な人や弱い人や客観的に見て可哀想な人をぜんぜん優遇してくれない。わたしたちが天国から追放されたアダムとエバの子孫だから世の中は残酷に出来ているのだろうか。宗教なんて何も信じていないのに悲しがりのわたしはそんなことを考えた。

ただ飯塚くんに会いたかった。

できればキスしたかった。

好きだと言ってもらいたかった。

また恋人同士になりたかった。

でもどれも叶わない夢だ。自信を持って飯塚くんが存在するということも鬱病のわたしには言えなかった。

 

精神科病院のデイケアに通っている人達は夏でも長袖のシャツを着ている人が多かった。みんながみんなリストカットをしているということなのだろうか。

今日はバスを借りて遠くのショッピングモールまで遠足する日だった。いつも通りの昼食代しか払っていないのにお昼は回転寿司らしかった。性的におおらかな三人とわたしは行動した。ショッピングモール内の服屋と百円ショップの中を主に眺めていたのだが、何も欲しいものなどなかった。意欲と一緒に物欲も低下しているということだろうか。お昼の回転寿司でも三人と一緒に食べたのだが、やはりわたしは少ししか食べられないで、四皿食べただけでもう食べられなかった。これでも多めに食べた方だと言うと、三人は太らなくて羨ましいと笑いながら言った。

ある日のデイケアで自由活動の日、わたしの耳まで陰口が飛んできた。

若いってだけでチヤホヤされて勘違いも甚だしいよね。

あんな子、おばさんになったら男に相手されなくなるわ、などと中年のおばさんたちが話していた。いつどこでわたしが男にチヤホヤされたのかよくわからなかったが、怒りも湧いてこなかった。むしろここのデイケアで男にチヤホヤなんかされたくなかった。思い込みが激しい人も多いだろうし、かっこいい人なんて一人もいない。消えてしまった飯塚くんの方が百倍かわいくてかっこよかった。飯塚くんは現在どんな見た目をしているのだろう。そう想って会えない現実を受け入れられなくてまた悲しくなった。

言っている内容はどうでも良かったが、陰口を言われるということが嫌だったので、お母さんを呼んでデイケアを早退した。

もう八月になっていた。若い子が道のあちこちにいて憂鬱で同時に少し怖かった。

家から追い出されたくないので月曜日になってまたデイケアに通う。

キャミソールにシャツを羽織っただけの露出度が高い格好で行ったせいか、気持ちが悪い中年のオヤジに「パンツは何色?」なんて聞かれてしまった。いい大人が言うことに思えなかった。怒るより先に気持ちが悪かった。ここに通い続けたらいつかレイプされるのではないかとわたしは怖くなった。電話でお母さんを呼んでまたデイケアを早退した。

その日の夕食のときにわたしはお父さんに言った。

「パンツが何色か男の人に聞かれたよ。そんな気持ち悪い人がいるところに通えないよ」

「じゃあどうするんだ? ずっと家にいるのか」

「うん」

「それはだめだ」

「お父さんはわたしのことが嫌いだから家にいさせてくれないんだね」自然とわたしの目からはボロボロと涙が出てきた。

お父さんはしばらく無言で黙っていた。そして口を開いた。

「家にいていいよ。だけどこれだけは約束してくれ。自分の身体をもう傷つけないことと、絶対に自殺しないって今ここで約束するんだ」

「……わかった約束する」

鼻をすすりながらわたしはお父さんと約束した。

この状態じゃ試験会場まで行けるのか心配だったが、簿記の資格を取ろうとネット通販で参考書を取り寄せて家で勉強することにした。ちょっとわからないところがあるとわたしはすぐにベッドでふて寝をする。資格の勉強をしているはずなのに気づくとフェイスブックを見たり、偽名でやっているツイッターでつぶやいたり、酷い時は勉強の休憩のはずなのに六時間もいつものMMOをやってしまうときもあった。自分が好きで始めたことなのに、鬱病のせいだとわたしはこの世界を呪い始めた。

なんでこんなに思い通りにいかないのだろう。飯塚くんも見つからないし、もう少し上手く行ってもいいじゃないか。

わたしは勇気を出して東京にいた頃の友達とばかり繋がっているフェイスブックを更新して、地元に帰ってきていると書き込んだ。飯塚くんが見るかもしれないと思い、実家の住所もフェイスブック上に晒した。

MMORPGの中のわたしが所属するギルドの掲示板に、相変わらず探し人ということで飯塚君が使っていたアカウントのアウトマン114を探していると表示されていたが、誰からも連絡はこなかった。

2019年6月22日公開

作品集『終の果ての隔離室』最終話 (全4話)

終の果ての隔離室

終の果ての隔離室は1話まで無料で読むことができます。 続きはAmazonでご利用ください。

Amazonへ行く
© 2019 瀧上ルーシー

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

---

"探す女さなえさん"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る