無職でも

世界の果て、夜明け前(第3話)

村星春海

小説

6,456文字

無職でもできることはあるんです。
就活とか。未来への投資と考えてみてもいいのでは?

 この三ヶ月ほどこの世界について調べ歩き、〈宇宙〉と〈リンデン〉の違いをいくつか見つけた。
 
 一つ目にこの世界には魔法とも呼べる〈術式〉が存在する事。しかし無から有は作り出せない。よって火を生み出したり水を生み出したりはできない。RPGのゲームで言うところの、傷を癒やしたり等の治癒系統の物が殆どで、既存のものに働きかけるのが術式の基本のようだ。
 
 二つ目に法律がない。道徳的な意味での「悪いことはやめましょう」程度のことはあるのだが、だからといって何かの処罰があるわけではない。よくそれで犯罪が横行しないものだと感心したのを覚えている。
 
 三つ目に武器がないという事。兵器がないとも言うが、物を持って戦うという概念がないということだ。戦争をしてるんじゃないのか?どうやって戦っているのか。とエテルに聞いたことがあるが、その時の回答は「素手ですよ?他にどうやって戦うのですか?」
 
 四つ目に恋愛に関して、または性に関しておおらかであること。そこかしこでカップルがいちゃいちゃしていたし、恋をすると異性同性関わらず恋愛をして何人もの恋人を作るようだ。もちろん宇宙でも国によっては一夫多妻とかLGBTに理解のある国はあるのかもしれないが、世界規模で寛容なのには驚いた。相方のいない僕にはなんとなく不愉快になる事だとエテルに伝えたときは「私で良ければ相方になりますよ」と真顔で言われ、僕はとても赤くなった。
 
 五つ目に電気はないのに、電子機器がある。これが一番不思議で不可解だった。なんの脈絡もなくエテルがスマートフォンを出したときには、そのスマートフォン自体に驚いた為に、バッテリー充電にまで意識が及ばなかった。エテルに聞いたところ、その充電も術式でなんとかなるようだ。既に内部バッテリーにある電気を治癒して増やしているようで、完全に無くなってしまうと無から有は作り出せないので破棄するしかないようだ。端末自体はとても高価で一部の人間しか持っていないという。ちなみに僕の知る限りでは、スマートフォン以外の電子機器は無かった。
 
 僕が見つけたのは今のところこれほどだった。文明レベルに関してはなんとも言えず、火を起こす技術が未熟な割に電子機器があるなど、図りきれない部分が多い。いろいろ謎の部分が多いが、混乱したときは「ここは異世界なんだ」と言い聞かせて精神安定を図った。

 三ヶ月をともに過ごしたエテルとはとても良い友達になった。敬語だったものが砕けた口調になり、お互いを名前で呼ぶようになった。
 村に対しては僕の知る限りの技術を伝えた。火の起こし方から敷布団まで、完璧に行なっている。とは言っても、彼らは彼らなりの生活基盤があり僕はそこに少し入れ知恵をしたに過ぎない。技術伝播というほどのことは事実していなかった。

 そんなある日の事だ。
 晴れ間の多いヴィクス(この村の名前だ)には珍しく、朝から重たい黒雲が空を多い、昼前には霧雨から横殴りの雨に変わっていた。雷も遠くの空を彩り、太陽光は雲に遮られていた。
 エテルの姉、テールが世界中央政府から大急ぎで戻ってきたのもちょうどそんな時だった。彼女は家に寄らず、その足でサエルスのいる村長宅へ向かった(この時サエルスが村長に代わっていた)。僕らも集まるようにとメッセージが来たので、エテルと二人で向かった。
 雨の中向かうと、テールとサエルスが席について僕らを待っていた。
「岡田さん。大変なことです」普段冷静なサエルスが珍しく慌てて早口になっていた。しかし反してゆっくりフィークを口に運ぶ動作を見ていると、音と映像のずれた不完全なyoutube動画を見ているような気分になった。
「戦争です。ついに隣国にまで、奴らが進軍してまいりました」
「ついにですか」
「奴らは世界の四割に侵攻しています。奴らの戦力は強大で多くの国が抵抗をしていますが、それに抗えずにどんどん攻め落とされています。そしてついに奴らが隣国の〈イジェ国〉にまで攻撃をかけ始めたのです。ここは我が〈ゴールス国〉の端にあります。隣国まではすぐそこなのです。故にイジェ国が落ちれば…。」
サエルスには珍しく、顔に焦燥感が浮かんでいた。原稿締め切り間近の漫画家のようだ。それはテールもエテルも同様だった。
 しかし僕はそこまで焦ってはいない。なぜなら奴らは素手だからだ。僕はこの三ヶ月奴らの話を幾度もなく聞いたが、聞くによると武器の類は持っていないようだ。そんな肉体派の連中相手には、棍棒一つさえあれば勝てるような気がしていた。
「ところで気になったのですが、みな〈奴ら〉といいますが、その、団体名などないのですか?奴らではわかりづらいのですが」僕がそう言うと、テールが気の抜けたコーラを飲んでしまったような顔をした。
「奴らは奴らです」僕はどう言っていいのかわからず、黙っていた。そしてよくよく聞いてみると、〈奴ら〉ではなく〈ヤツェラ〉という名前であるということがわかった。

 状況整理をしてみよう。
 ヤツェラは今現在、イジェ国と交戦中、もしくは交戦間近だ。そして戦闘が始まり圧倒的戦力でイジェ国の前線部隊が負けたとしたら、約三ヶ月後には全土を掌握するのではと考えた。国境線を破られまいとして前線部隊に全兵力を傾けた場合なのだが、僕の予想では八割型、前線部隊にほとんどの戦力を向けるだろう。
 つまり、イジェ国が敗戦するという最悪のシナリオを想定して、僕は三ヶ月以内に武器の量産を終える事に決めた。まずサエルスに武器の概念を植え付けることから始めた。多分に漏れずサエルスにも武器の概念がないので苦労したが、理解してもらってから村の皆々に伝わるまでは早かった。
 テールには僕の戦争までのシナリオを、ゴールス国中央まで提出してもらった。テールは紙に概要をまとめると、それを持って出かけた。約半月で行き帰りできるとの事だが、ネットワークがあるのだからそれで内容を送ればいいのでは?と思った。
 そして、エテルは──

「トオル、いい具合に進んでるよ」エテルが武器工場から戻ってきた。エテルが扉を開けると、冬間近特有の乾いた風が砂埃を上げてるのが見えた。冬間近ではあるが、南の方の地域であるヴィクスはさほど寒くはならないようだ。ほんの少し肌寒くなる。
「あぁ、ありがとう。少し休んだら?」
 そうする、とエテルは椅子に腰掛けた。そして机に向かう僕の顔をじっと見ている。
「どうしたの?そんなに見られたら穴が空きそうだな」
「なんでもないわ。…あのね、トオル」
「なんだい?」僕はペンを置いてエテルを見た。
「あの日、トオルに世界を救ってとお願いして、本当にそれで良かったのか。私の術式は本当の本当に間違っていて適切な異世界の住人が来ていないんじゃないかって、しばらく不安だったの」
 僕は黙っていたうなずいた。なんと言っていいかわからなかったからだ。
「でもやっぱり間違いじゃなかった。トオルは私達のために、元の世界に戻るのを延期してまでこうして仕事をしてくれる。ヤツェラがそこまで来てても、私はなんの不安もないわ」
 僕はエテルの為にこの世界に残ることにした。もちろんいずれは帰ることになるかもしれない。でも、僕は考えた。帰ったところで、現実に戻ったところで、僕にはなんの特技もないし社会の役に立つ訳でもない。仕事もないし妻はおろか恋人すらいない。たまに風俗へ行ってスッキリするくらいしか女の子と触れ合うこともない。しかし、それに反してこの世界では僕を必要としてくれているし、うまく行けば世界を救うことができる。
 そして今となっては、大切な存在がこの世界にできたのだ。帰れる事になっても、僕は帰るよと言えないかもしれないのだ。
「トオル?」エテルは急に黙った僕の手を握る。
「僕は今まで誰からも必要とされていなかった。使い終わったティッシュのケースみたいなものだ。分かるかい?君が僕に光をくれたんだ。必要としてくれること、僕はそれが嬉しい。君が笑顔になるのなら、僕はこの世界に残るし、世界を救う努力と助力をする」
 エテルは少し微笑んで、小さい声で、ありがとうと言った。

 外は黄昏時。冷たい風が窓を揺らし、ちり紙を静かに破るような木枯らしの声が聞こえる。
 もうすぐ冬がやってくる。そしてしばらくしたら(最悪のシナリオではあるけれど)戦争が始まるだろう。

 テールがゴールス政府からの援助を得て戻ってきた。政府は木材加工の職人を何人かと、頑丈な木材を提供してくれた。僕はその職人達に、棍棒よりも剣に近い木刀への加工をお願いした。職人たちは朝飯前だと言わんばかりに作業に取り掛かるが時間は昼前だったので、彼らは昼食を摂ってから作業を始めた。
 彼らが工場に入ってから恐ろしい速さで作業は進み、予定の日数を大幅に短縮して完了した。
 次に僕は戦争について調べた。素手で戦うという事だが、僕の知る戦争とはおそらくかけ離れたものなのだろうと想像した。故に僕の知る戦略では通用しない可能性があった。
「サエルス。この世界の戦争の方法について聞きたいのだが。どのようにして戦うんだい?」
「はい。戦場に何千と兵が集まり対峙します。あとは単純に総力戦になります。全軍でぶつかり、逃亡させるか全滅させるか。どちらかで勝敗が決まります」
「装備はどうなる?」
「素手です。あとは防具をつけています」
 防具はあるのに、武器はない。なぜ防具までたどり着いておきながら、武器にたどり着かなかったのだろう。だがある程度予測はしていたので、対して驚きはない。目の前に大きな壕でも掘っておこうか、気づかずに落ちてくれるかもしれないと思った。
 情報はとても有益だった。素手相手で武器を持てば負ける確率はとても低い。僕は確信を持って世界を救えると断言できる。

 僕はフィークが音を立てて湯気を立てるのを見ていた。エクトプラズムの様に天井まで登ると気づいたように空気中に姿を消した。そこにはヤニに煤けた喫茶店の壁のように香りだけが残っていた。
 ヤツェラはついにイジェ国を陥落させた。政府はヴィクスへ多くの兵士を送り込み、それに伴って入り込んだ商人などによって図らずも村の景気は右肩上がりとなった。
「ついに始まります。大丈夫なのでしょうか」サエルスは言った。彼にしては珍しく、少し落ち着きを失している。
「きっと、大丈夫です。その為に私達は早くから手を打ち、ここまで多くの準備をを整えてきたのです」テールが言った。
「そうですよ。私達は必ず勝ちます。そうよね、トオル」エテルが僕に同意を求めた。
 僕は無言で立ち上がり、ここに集まる僕を含めた四人での決意を思う。
「変な成り行きでここまで来てしまったけれど、僕には勝てるという自信があります」僕は座った。「最初はただこの世界に間違って飛ばされた被害者だと思っていた。でもエテルが教えてくれたエテルの術式の本当の意味。そして僕に勇気を与えてくれたエテルの為にも、この世界のために僕も少しは役に立ちたいと考えた。僕はしがない無職だ。だが、必ず救ってみせる」
「トオル」エテルが僕の手を取る。「トオルは無職なりに私達の為に頑張って種を植えてくれた。あとは私達がその種の芽を出してみせる。そうすればこの戦争にも勝てる」エテルは包み隠さず無職と言ってくれた。もう慣れた。
「世界中央政府は岡田さんの帰還の術式を見つけ出しました」
「それは本当かい?」僕はテールを見返す。
「はい。ただ、この世界の平穏までは戦ってほしいとの事ですので、その」そう言うとテールは口をつぐんだ。
「わかってるよ、テール」僕はテールを手に、僕の手を添えた。「この世界を救ってからだ。約束しよう」
 
 扉を開けて入ってきた兵士が、ヤツェラの行動開始を告げた。ヤツェラが国境を超えてヴィクスに到達するのは約3日後と予想される。僕はその兵士に臨戦態勢を取る事と、民間人の後方撤退を通達した。兵士は足早に出ていった。
「さあみんな」僕が座ったまま口を開くと皆が僕を見る。「ついに始まる、戦いの準備を始めよう」
 僕の戦いが始まる。そして世界の存亡をかけた戦いが始まる。

 その日の夜、僕は以前エテルが連れて行ってくれたあの小高い丘へ来ていた。ここは僕にとっても心休まる場所となっていた。穏やかな風が、ここに来ればいつも吹いていた。風が心地良いなんて東京にいた時に思ったことなんて一度もなかった。排気ガスや光化学スモッグのもやもやとした淀みがあの地には流れていた。
 そういえば、僕はこの世界に来るまで安息というものを感じたことはない。もちろん生まれた地で学生として過ごしていたときは別だけれど、少なくとも東京へ出てからは毎日が閉塞的でがんじがらめで、時化の海を渡るフェリーに乗っている気分だった。人混みに酔い、対人感情に激しく吐き気を催し、吐瀉物にまみれていた。この世界は僕にとっては心の安息地なのかもしれない。
 しばらく空の星を眺めていると誰かが上がってきた。振り向くとそこには長い髪を風に揺らせたテールがいた。
「あら、岡田さん。こんなところでお会いしましたね」
「テールこそ。どうしたの、こんな時間に」
「ちょっと夜風に。隣、よろしいですか?」
 断る理由もない。僕が頷くとテールはしなやかに腰を下ろして足を崩した。黒のワンピースのスリットからはエテルと違う真っ白な、触ったら溶けてしまいそうな程の脚が見えていた。僕は少し緊張した。
「ここは、私達姉妹にとって大切な場所なんです」テールは遠くを見つめ、グラスの縁からゆったり落ちるビールの泡の様に呟いた。
「何か、思い出があるの?」
「そうですね、あれは何年前でしょうか。あの子がまだ小さい頃、ここの辺りで紛争があったんです。とても小さなイザコザです。理由も忘れました。ほとんど怪我人も出ずに終わったのですが、ただ一人、母が亡くなりました。巻き込まれたんです」
 僕はなんと言っていいかわからず、黙っていた。そして風も黙って耳を傾けている。
「私は父と中央政府へ行っており不在で、それ故に母を治療する事が出来ずにあの子はただ母の手を握って祈るばかりでした。私がその知らせを聞いて父より先に帰ってきたのですが、その時には既に母は亡くなっておりました。わたしが戻る少し前だったそうです」
 風が少し震える。
「それで今まで勉強もせずにいたあの子は、巫女になる決心をしたそうです。紛争も嫌だ、人を助けられないのも嫌だ。少なくとも自分の目の前で起こる不幸には断固として立ち向かうと。そう言って母の亡骸をこの丘に納めて、あの子は立派な巫女になってみせると母に誓ったのです。今回の異世界召喚の術式もあの子が率先して参加したんですよ、必ず成功させるって。無事に術式は成功しました。世界中央政府はいまいち信用しなかったそうですが」
「そうか、ここはお母さんの言ってみればお墓なんだね」
「ええ、ちょうど岡田さんの座ってるあたりですよ」
「なんだって?」僕は驚いてすぐさま腰を上げた。
「冗談ですよ」テールはクスクスとせせらぎの様に笑った。「別のところです」
「冗談がきついよ。心臓に悪い、やめてくれ」
 すいません、とテールは微笑んだ。
 
 ところで─とテールは思い出したように呟いた。「あの子は、岡田さんを好いております。お気づきですか?」
「うん、気づいてる。しっかりと」
 テールは言葉を探すみたいに右手と左手を絡めた。そして組んだ手を口元まで上げて祈るようなポーズをとった。
「あの子をよろしくお願いします。自分のかつての決意を今ここで果たすために、岡田さんの手助けをしています。岡田さんなら、必ず成功できると私も確信しております。サエルスも同様です」
 わかっているよ、と一言テールに伝えた。エテルがどんな気持ちでその術式を組んで僕を呼んだのか。背景はともかく、それは既に感じていたことだった。

 風はしばらくの沈黙を破って、また、緩やかに吹き始めた。
 僕らもその風に歌に耳を傾け、星空の下でかつて亡き母に誓ったエテルの決意を、僕はしかと心に刻んだ。

2019年4月22日公開

作品集『世界の果て、夜明け前』第3話 (全6話)

© 2019 村星春海

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