篝火と少女の願い

世界の果て、夜明け前(第2話)

村星春海

小説

6,809文字

エテル、書いててこの子はいまいち会話の噛み合わない子にしてみた。

 朝がまぶた越しに見える。
 朝の代名詞とも言える雀の鳴き声は聞こえなかった。代わりに「ギイィィィィィ」というネジかゼンマイを極限まで巻き上げているような苦しそうな鳥の鳴き声しか聞こえなかった。
 カーテンの隙間からは朝日がしっとりと侵入して、僕の足元でわだかまっていた。気持ちのいい朝ではあるが敷布団がわりに掛け布団だけでは薄く、ベッドの板は僕の肩と腰を軋ませた。その証拠にしっかり寝不足になっている。

 もぞりと体に絡み付くような掛け布団を抜け出し部屋を出ると、サエルスが部屋の掃除をしていた。時計、戸棚の中の食器類、写真立て、ありとあらゆる棚の上のオブジェクトに、はたきをかけていく。僕に気づいたサエルスは席に座るように促した。
「岡田さん。よく眠れましたか?」
満面の笑みでサエルスは聞いてきたが、まともに眠れるわけがない。ただでさえ肩こり性なのが昨晩寝ただけで悪化したように思えた。まるで石を詰め込まれたように、肩がゴリゴリという音を鳴らした。
「えぇ、よく眠れました。ありがとうごさいます」
「それならばよかったです。今、朝食を用意しておりますのでしばらくお待ちください。あ、その前にエテルがこれからの話をしたいそうで。おそらくそろそろ来ると思うのですが」
 エテル。僕をこの世界に呼んだ(間違ってではあるが)張本人が、一体何の話をするというのだろう。これからの話、という部分に重大な含意を読み取れる。あくまで僕は被害者なのだ。火の起こし方も敷布団の文化も無い様なところへ呼んだのだから、少なくとも元の世界に帰るまでは世話を見てもらいたいところだ。ハンフリー・ボガートのようにワインで唇を濡らしながらキザに振る舞えるほど、今の僕にそんな余裕はなかった。

 それからまもなくエテルがやって来た。エテルは昨日より少し露出の高めの服を着ていた。赤茶色を基調としたペイズリー柄のワンピースの裾は膝上ほどまでスリットが空いて、そこから健康的な薄い褐色の肌が顔を覗かせていた。
 彼女は僕に気づくと薄く微笑み会釈をした。同じ雰囲気でサエルスにも挨拶をして、僕のとなりの椅子に腰かけた。
「どうですか、よく眠れましたでしょうか?」分かって聞いているのかもしれない、そして僕の反応を楽しんでいるのかもしれない。僕は「よく眠れたよ」と無難に答えると、エテルは無邪気な曇りの無いガラスのような笑顔を見せた。僕は少し胸がチクリと痛んだ。
 僕のもとに朝食が運ばれ、サエルスと僕は食事の時間となる。朝食もやたら豪華だった。まるで村上春樹作品に出てくるような絵に書いたような献立だった。スパムとレタスを挟んだサンドイッチにサーモン(の様な物、実際は不明)の入った乳白色のスープ。
 僕がエテルに、君は食べないのかと聞くと、彼女は、もう食べましたと、簡潔に答えた。

「ところで岡田さん、あなたのこれからを模索してみようと思います」
サンドイッチを一囓りした。小麦の香ばしい香りが鼻から抜けた。「模索?どのように過ごすかって、事かな?」
「はい」
 僕はスープを一口飲んだ。柔らかで滑らかなトロリとした舌触りで、優しい魚介の味がした。しかしふと思い付いたのだが、僕が昨日エテルと歩いた4時間の道中、海はおろか川すらなかった。なのに、魚介の味がこのテーブルに広げられているというのはどういうことなのだろう。
「僕はこの世界に居てもさほど役に立つとは思えない。なにせしがない求職者だからね。しかも僕が居ることによって、他の人間を呼ぶこともできないだろう?こうなると穀潰し以外の何者でもない」
「そうですね」
 エテルはまたもやあっさりと僕が無能であると肯定した。この子はかわいい顔をしているが、内面は黒いのかもしれない。それかもしくはデリカシーがないのか。
「でも岡田さんは無能ではないです。昨日、簡単に火を起こしましたから。誰も気づかなかったんですよ、あんな方法があるなんて」
 無能だとは思っていないようだ。だがどうにも釈然としない。しかしここでつっこめば、僕はさらに追い詰められるだろう。なにせここでは僕の常識が通用しないのだから。
「そこでなんですが、この村の発展に一役買ってはいただけないでしょうか?」
「僕が?」青天の霹靂だ。僕は何の資格も持ってはいない。僕が昨日して見せたのは、だれでも本来は思いつく事であって、特別の事ではない。子供の前で車を運転して尊敬されるのと一緒なのだ。

 取りあえず話を聞いてみた。
 エテルは僕にまずの火の起こしからもう一度最初から教えてほしいとの事。昨日も聞いたが、火はどこでもあるが発火するまでが難儀なのだ。故に貴重となってしまっており、世界を闇に落とさんとする者に対抗するのもその火の量産が必要だと考えているようだ。サエルスも予々同意といった風に、張り子の虎のように首を小さく縦に振っていた。
 僕としてはそんなことより早く元の世界に帰れるように、知恵なりなんなり出しあって欲しいと思った。ここで火の起こしかたなど伝えたところで早期帰還への道のりになるとも思えないし、常識が無いようなところで一体いつまで過ごせばいいのだろう。しかもここへきたのは不可抗力ではない、人為的ミスなのだ。その人為的ミスを起こした張本人が、のんびり構えているように見えて、次第に僕は腹が立ってきた。
「構わないよ。でも、僕が元の世界に戻れるように、早く何とかしてもらえるとありがたいのだけれど」
「それはもちろんです」サエルスが答えた。「通路は必ずあります。その通路の扉をこじ開けるしかないのですが、その方法を異世界転移の術を施した巫女や術師が再び世界政府へ集い、術式を組み直しております。世界政府中央へ出掛けているエテルの姉もその一人なのです。世界政府中央としても、岡田さんの早期帰還を最優先として扱うとの事と、報告を受けております」
 それならいいのだけれど、と僕は残りのサンドイッチとスープを飲み干した。

 朝食が終わると、エテルは僕に村の案内をしてくれるということで、二人で外に出た。外は暖かな空気が緩やかに流れており、雲の切れ目から太陽が顔を覗かせて人々の生活を見守っている。
エテルの家は木造の二階建ての大きな家だったが父も母も世界政府中央で術師として働いており、普段は姉との二人暮らしとの事。
 エテルがよく行く青果店には、僕の世界と少し似た野菜や果実が並んでいた。僕はそれらの光景を見て、朝食べた献立に入っていた魚のことを思い出した。
「エテル、朝食べたスープの中に、魚が入っていたけど、あれはどこから仕入れているんだろう。昨日君と歩いた道中で、海はおろか、沼すらなかった」
「確かに私達の住む国や村では海がないので、一切の魚介類は手に入りません。ここから西へ行くと〈イジェ国〉があり、その国の国土は砂漠ですが、西側が海に面しています。我々はそこから輸入したり、商人等から買い付けているのです」
 なるほど、と僕は納得した。「逆にこの国の特産や輸出に特化したものは何かあるのかい?」
 エテルは僕をある店に連れて行った。
「我々の国の特産は水です」
 その店には、ウリ科の植物の中をくり抜いた蓋のついたタンブラーのような筒に水が入れて売られていた。「基本ここら一帯は砂漠や草木の生えにくい荒野が続いています。ですが、我が国はオアシスが豊富にあり、全体のオアシスの約7割は飲料水に利用できるほど完璧にろ過されています。ちなみにイジェ国にもオアシスはありますが、全体の数が少ない上に海水が混ざっていたり不純物が多かったりするので、結局は水に関しては我が国に依存しています」
 その後もいろいろと食料品店をいくつか案内されたが、それらも並んでいるもののほとんどは僕の世界の物と似ているものだった。
「岡田さんの世界とこのリンデンは隣り合わせなのです」とエテルは言った。それで世界観が似かよっているのかもしれない。

 一通り回ったあと、姉がもうすぐ帰ってくるとエテルから伝え聞いた。その時、僕の頭の中で寝ぼけ眼で急に蛍光灯を点灯されたような閃きが起こった。

 伝書鳩か?それとも世界政府中央を出立する前に、手紙でも出したのだろうか。
「エテル、どうやってその事を知ったのかな?」
 そういうとエテルは、さも当然のようにポケットからスマートフォンを取り出した。
「メッセージがきたんです。今日の夕方には着くそうなので、買い物して料理でもしましょう」
 すんなり流されたが、僕は橋桁に引っ掛かった木の枝のように立ちすくんで頭が空っぽになった。

「ちょ、ちょっと待って、それは何て言う道具なの?」
「これですか?これはスマートフォンです。岡田さんの世界には無いんですか?」
「いや、ある。でも、火の起こしかたが原始的なのに、なぜスマートフォンが有るのかが気になって仕方ないんだ」
 僕がそういうとエテルは不思議そうな顔をした。
「何故と言われても、有るものは有るんですから仕方ないです」
 彼女の素晴らしい論破に、僕は白旗をあげた。
 そう、有るから有るのだ。それで結構。

 夕方になる前にエテルの家に戻り、僕は彼女を手伝って料理をした。
 サーモンとワカメとマッシュルームのピラフ、セロリと牛肉の煮物、ストラスブルグソーセージのトマトソース煮込み。もちろん食材は似てるだけだが、独り暮らしの長い僕はそれなりに料理は得意な方だ。この料理は村上春樹氏のいくつかの小説に記載されている。
「岡田さん凄いです。お料理もされるんですね」エテルはとても驚いてくれた。
「独り暮らしが長いからね。自炊位しないと、お金がいくらあっても足りないんだ」
 エテルは感心しながら料理をダイニングへ運んでくれた。僕も飲み物やスプーン、フォークを並べる。並べている途中、誰かが玄関から誰かが顔を見せた。
「姉さん」エテルが気づいて駆け寄った。彼女がエテルのお姉さんのようだ。背が高く、まるでモデルだ。長い髪は悠久の時を流れる滝のように荘厳で、漆黒の闇が流れている様な黒だった。目は切れ味のいい剣で切れ目を入れたようなスラッとした、少しつり目だ。奥に深い黒の瞳が見える。
「ただいま、エテル。やっと帰れたわ」彼女はそう言いながら肩からかけたジーンズ地のカバンを下ろしながら家の中に入り、ダイニングの椅子にかけた。僕と目が合うと、にこやかに語りかけてきた。
「はじめまして、あなたが岡田さんですね。私はエテルの姉のテールです」
「こちらこそはじめまして、岡田亨です」僕が手を差し出すと、絹のような柔らかな手で握り返しくれた。
 テールは椅子を引いて、僕に座るように促してくれた。お礼を言って座ると、テールもエテルも椅子に座った。
「この度は申し訳ありません、妹がご迷惑をおかけしました。いま世界中央政府では岡田さんの早期帰還を最優先事項として調査中です。私達の両親からも岡田さんによろしくお伝えくださいと言付かっております」テールはそう言うと、スマートフォンの画面を見せてくれた。おそらく両親だろう。口髭をはやした四十代後半と思しき男性と、ロングヘアーが印象的な同世代の女性が写っていた。
 ただそれだけだ。僕が見たことを確認するとすっとスマートフォンをしまった。今の行為になにか意味があったのだろうか。
「姉さん。岡田さんが火の起こし方から、いろいろ教えてくれるって」エテルが僕の知らない約束事を口から発した。僕は驚いた。
「そうなんですか?お聞きしているかもしれないのですが、この世界において火は貴重です。火そのものはそうではないのですが、起こし方が─」テールは昨日聞いた内容を繰り返した。こうなってはもはや彼女らの言うとおりにするしかない。火の起こし方からなにから、僕の知っている事を伝授するしかなくなった。やれやれ、帰れるその時までがんばるしかなさそうだ。

 我々三人は食事を終えるとコーヒーの様な飲み物フィークを飲みながら談笑した。
「岡田さん」テールがカップを置いて僕に向き直る。「サエルスから聞きましたが、岡田さんの世界には法律なるものがあると。それは具体的にどういったものなのでしょうか」
「法律は、言ってみれば道徳の延長だと考えます。〈人を怪我させてはいけない〉〈人のものを盗ってはいけない〉〈人権を侵害してはいけない〉。こういったものに、罰則をつけたものが、大雑把に言って法律です。僕は実際に法律関係を生業としているというより〈法律を生業とする人の助手〉だったので、どんな法律があるのかを伝えることはできません」
 テールは一口フィークを飲んだ。「道徳としてはこの世界にも、もちろんあります。ですが、それらを侵害したときの罰則はありません。考えたこともありませんでした」
「逆に聞くけれど、この世界では人殺しとか、そういったものは横行してないのかい?」
テールは考え込んだ。「そういえば、人を怪我させて、さらに不可抗力で人を殺めてしまったというのは耳にしますが、何かの目的を持って人を殺めるというのは聞いたことがありません」
「前提としている悪意のある殺人はないということ?」
「そうですね。そういうことになると思います」

 僕らはフィークを飲みながら、法律談話に花を咲かせた。テールは法律に強く関心を示し、世界中央政府に考えを伝えたいと言った。

 フィークを3杯飲んだあとで話を切り上げ、テールはすることがあると言って、部屋へ入った。
 二人きりになったあと、エテルは僕を外へ連れ出した。太陽は傾き、時間としては夕方の十七時頃。少しお連れしたいと言って、エテルは歩き出した。彼女の「少し」は少しではないので不安だったが、二十分ほどで目的地である小高い丘に着いた。着いた頃には太陽は地平線に消えかけていた。
「ここ、私のお気に入りのところなんです」そう言うとエテルは、その場に腰を下ろした。村が見下ろすとミニチュアのように見える場所だ。見渡す限りの荒野だが、とにかく見晴らしがいい。赤茶けた荒野のところどころに、誰かがペンキをこぼしたように木々の集まったオアシスが見える。乾いた風が体を撫ぜる様に吹き、少し汗ばんだ僕の体を乾かし、同時に足を崩して座るエテルのスリットの端を揺らした。
 風の音と(運動不足で)息の上がった僕の呼吸音と動悸だけが空間を支配して、ここが世界の果ての様に思えた。
「今日はいい天気です。すごいものが見れますよ」
「すごいもの?」
「はい、とても。あ、私にとっては、ですよ」

 何時間くらい待っただろうか、太陽はしっかり沈んで空には星空が広がっていた。これの事です、とエテルは言った。
 僕の知る星空とは全く違うものだった。誰かが誤って宝石箱をひっくり返してしまったような、ありきたりな表現しかできないが、それが一番しっくりくる表現だった。
「どうですか?」
「これはすごいね。僕はこんな星空を見たことがないよ」僕は空を見上げながらエテルの横に座った。地面はひんやりしていた。
「夜がない世界なのですか?」
「いや、そうじゃない。僕のいた世界にも夜があったけど、それはあくまでも時間帯としての夜だった。実際は昼だったよ。多くの人は夜だから眠るけど、一部の人は仕事をしたり遊んだり昼と夜の境は多くの電気の明かりでとても曖昧だった」足元の石を一つ投げた。カラカラと転がっていった。
「電気とはなんですか?」
「火よりも発展した光だよ。光を発する装置だ」
 エテルはため息をついた。

 僕はしばらく音もない空を見上げて、目の前に広がる星空を見ていた。
「岡田さん」
「なんだい?」
「謝っておきたくて」
 エテルはそっと僕の手に自分の手を重ねた。テールと同じ、でも少し冷たい手だった。
「本当に岡田さんには申し訳なく思っています。私も姉と同じように、岡田さんの早期帰還を模索しています。でも─」
 エテルはそこで言葉を切った。ラックから気になるCDを探すように、彼女は言葉を探している。僕は彼女の言葉を待った。
「─でも、私は、召喚の術式を間違えてはいないのです」
「どういうこと?」僕は驚いて聞き返した。
「そもそも中央政府が岡田さんを間違って呼んだとする根拠は、本来呼ぶべき人物は〈宇宙〉からではなく別の異世界の人間のはずだったからです。しかし、私が組んだ術式は〈リンデンに最もふさわしい人物の召喚術式〉だったんです。それは中央政府のもくろみと外れたものだった。故に、中央政府は私の術式が間違いで、岡田さんはそれに巻き込まれたと判断したのです」
「つまりエテルの術式は正常で、僕は呼ばれるべくして呼ばれたということ?」
「そういうことです」
 僕は呼ばれるべくしてここへ来た。しかし僕がなんの役に立つのだろう。眼下に見える村の小さく揺れる篝火を見ながらそう思った。
 エテルは僕の手を強く握った。
「お願いします。この世界を、救ってください」
 エテルは僕の肩に頭を乗せつぶやいた。吐息の暖かさが、僕の頬に伝わった。

2019年4月22日公開

作品集『世界の果て、夜明け前』第2話 (全6話)

© 2019 村星春海

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