鉄柵

短編集【キミノフォビア】(第10話)

倉椅

小説

1,682文字

屋上の鉄柵の「向こう側」で起こるちょっとした人間模様の短い小説。
主人公達が鉄柵の外という日常の外に逃避したように、二人称という少数派に逃げた。
原稿用紙5枚くらい。

 授業中。静寂では無く沈黙が埋め尽くした校内を一人、屋上に向かった。

「立入禁止」の貼り紙がされた鉄の扉を押し開く。階段最後の踊り場に渇いた春の風と太陽光が流れ込む。この日、僕は「君」と出会った。

 大げさな雲の流れる、視力の限界まで透明な空。錆び付いた屋上の鉄柵、その向こう側に君はいた。ここで見かける初めての人間が、まさか屋上を囲う柵の「向こう側」にいるとは思わなかった。僕は一瞬立ち止まり、それからすぐ「君」に歩み寄った。亜麻色に脱色した髪が、柵の向こう側ひどく自由に風で揺れているような気がした。

「なに、自殺? 初めて見たよ」

 僕は言った。無神経な言葉だったと思うか? 強がってたんだよ、あの時は。

 鉄柵の向こう側、座り込んで灰色の街並を眺めている君は、ちょっと面倒そうな目つきで僕を振り返った。正しく使用すればきっと大勢の人たちに愛玩されただろう顔に、君は果てしない憂鬱を張り付けていた。それでも僕は、君を綺麗な子だなと思ったよ。

「景色を見ているだけよ。柵、邪魔だったから」

 君の声は刺々していた。この世に自分と言葉の通じる人間なんていないと決めつけているみたいだった。

「ふーん、そうなんだ」

 僕はしばらく君を眺めていた。柵を一つ越えただけなのに、やっぱり君を撫でてゆく風は、こちら側に拭くものよりずっと自由で澄んでいるような気がした。

 だから僕も、鉄柵を越えた。隣に降り立った僕を見て、君はぎょっとしていたね。

「何してるの? あっち行ってよ」

「なるほど、こっち側は気持ち良いね。知らなかったよ」

 僕は君の隣に座った。君の冷えきった視線を横顔に感じた。

「あなた、C組に転入してきた人ね。私のこと知らないの? 私、この学校では話しかけちゃいけない人間なのよ」

「そうなんだ?」

 僕はあの時そう答えた。ウソだ。本当は知っていた。親切なクラスの女子が転入生の僕にも分かりやすく説明してくれたから。

〝あの子は話しかけちゃダメだよ。友達になると上級生に虐められるから〟。

「そうゆう君も知らないね。俺は話しかけちゃいけない子が好きなんだ」

「何それ。バカみたい」

 その日、その後どうなった? 僕たちは下校のチャイムがなるまで、じっとそこで景色を眺めていた。この日はお互い名前も語らずに終わっていった。それでも次の日から、時々この場所で僕たちは顔を合わせた。ずっとずっと時間が経って、鉄柵の向こう、つがいみたいに隣り合って座る僕たちが手を繋いで街を眺めるようになった頃。

「ねえ、本当の事教えよっか。初めて会ったあの日、私本当は――」

 飛び降りようとしてた。君がそう言うのを僕は知っていた。

「いいよ、言わなくて。どうでもいいじゃん、そんなこと」

 君の言葉を遮って、僕はそう言った。君は言葉を切ったまましばらく黙って、それからこう言った。

「……また転校するんだって?」

 君が言った。僕はしばらく迷ってから〝うん〟と答えた。

 僕たちはそのまま黙って景色を眺めていた。入道雲がもう一つの世界みたいに折り重なっている、その合間から覗く空の青。視線を下に落とせば灰色の街並。

 君のいる街、もうすぐ僕がいなくなる街。

「高いなあ。不思議だよね。どんな人も、みんなここから飛び降りれば死んじゃうんだ。強くても、優しくても、怖がられてても。たくさんの友達がいても、お金があっても、偉くても、みんなここから足を一歩前に出せば死んじゃうんだ」

 僕は言った。もうじきお別れになる君は、そんな僕を不思議そうに見ていた。

 僕はなんだか笑えてきて、ふと君を見た。

「変な感じ。自分だけは死なないんじゃないかって気がするよ。君もそう?」

 僕の質問を受けて、君はふいに俯いた。それから迷い迷い、口を開いた。

「じゃあ――」

〝じゃあ一緒に飛び降りてみる?〟。君がそう言おうとしているのが分かった。

 言ってくれ。言ってくれ。僕の答えは決まってる。

「――ううん、なんでもない」

 君は首を否定の方向に振って、それからまた街を眺め始めた。

 僕はしばらく君を見ていたけど、やがて諦めて視線を外した。

 なんだか眠たいな、と思った。

 

 

 

【鉄柵:おしまい】

2019年2月18日公開

作品集『短編集【キミノフォビア】』第10話 (全12話)

© 2019 倉椅

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