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メラヌーチア探検譚(第6話)

犀川鉄世

小説

3,688文字

朝が訪れた。沼地は依然として静まり返っていた。我々は濃い霧のなか無言で櫓を漕いだ。

 

しばらくして陸地にたどり着いたが、周囲の風景に見覚えはなかった。
道を誤ったことは明らかだったが、沼地を引き返そうと提案する者はいなかった。

 

沼地のほど近くを歩いていたとき、我々の四レーテルほど前方の茂みから小さな影が飛び出した。
それは沼地で目にした胎児に酷似していた。
胎児は黒目しかない瞳で我々をちらりと見やると、慌てた様子で反対側の茂みに姿を消した。
我々は無言で顔を見合わせた。先ほどの人影が見間違いではないことを、互いの顔に浮かんだ驚愕の表情が物語っていた。 沼地の浮き葉に祀られた遺骸は胎児ではなく、胎児のように小柄な種族のものだと推測された。
沼地ですれ違った人物は、自力で浮き葉を漕いで死地に向かっていた。我々が目にした四十を超える遺骸は、どれも同じように自らの意思で死地に趣いたのだろうか。
もしかすると、中には生きたままじっと浮き葉に横たわっていた者も紛れていたかもしれなかった。

 

知らぬ間に彼らの領域に足を踏み入れていたことを悟った途端、激しい恐怖が身を貫いた。我々は一刻も早く彼らの縄張りから抜け出すべく、帰途を急いだ。

 

最後尾を歩いていたクルーが、不意に鋭い声をあげた。見ると、彼はうつ伏せで地面に横たわっていた。
介抱するために駆け寄ろうとしたとき、胎児のような種族に包囲されていることに気づいた。彼らの手には吹き矢と、我々の背丈ほどもある長い槍が握られていた。
我々は咄嗟に両手を挙げた。彼らはそれを降伏の合図と看做したらしく、リーダーらしき人物の手振りにあわせて一斉に武器を下ろした。
我々は包囲されたまま、彼らのあとについて密林を進んだ。背後では、昏倒したクルーが数人がかりで引き摺るように運ばれていた。

 

彼らの集落は地中に形成されていた。
集落への入口は、カタラの葉で編んだ筵で蓋をしてその上に落ち葉を敷き詰めることで巧妙に隠蔽されていた。
集落内部の天井には眩い蛍光を放つシスナの一種が密生しており、十レーテル先まで容易に見通せるほどの明るさが保たれていた。

 

直径一レーテルにも届かない狭い通路を四つん這いで抜けた先には、宏大な空間が広がっていた。天井までの高さは五レーテルに満たない程度だったが、その奥行は無辺であるかのようにさえ感じられた。
リーダー格の人物が鋭い指笛を鳴らすと、広間に点在する高さ一レーテルほどの小ぢんまりとした住居から住人たちがぞろぞろと姿を現した。
彼らは顔をくしゃくしゃにして、我々には理解のできない言語を並び立てた。言葉が理解できなくとも、彼らが歓喜に沸いていることは容易に察しがついた。

 

我々は彼らに追い立てられるようにして、空間の隅にある檻の中に閉じこめられた。およそ三レーテル四方のその檻が彼ら以外の種族を監禁するために設えられたことは明らかだった。

 

檻の傍らにある大きな木の板に、意識を失ったクルーの体が横たえられた。手際よく衣服を脱がされて、クルーはあっという間に全裸となった。いつか見た胎児の遺骸のように萎びて黒ずんだ陰茎が妙に印象的だった。

 

彼らはクルーの両足を縄で縛ると、その縄を檻の天辺を構成する丸太に架けて数人がかりでクルーの体を持ち上げた。
ひとりが長い槍の柄から槍頭を外し、半ば宙吊りになったクルーの喉笛を切り裂いた。
その瞬間、意識を失っていたはずのクルーがかっと目を見開いて、言葉にならない悲鳴を大量の血液と共に傷口から吐き出した。
迸る血液が顔じゅうを濡らしているにも構わず、彼はじっと我々を見つめていた。その表情は、苦しんでいるようにも笑っているようにも思える奇妙なものだった。

 

間もなく、彼の表情から生気が消え失せた。リーダー格の小人がクルーに近づいて死亡したことを確認すると、槍頭を手にした小人が手際よく頭部を切断して檻の中に投げ入れた。
足元に転がったクルーの生首は我々に凄まじい吐き気を催させたが、それを上回る強い恐怖心が喉元までせり上がった吐瀉物を押しとどめた。
小人はクルーの腹部を切開すると慣れた手つきで内蔵を取り除いた。次いでクルーの死体を木の棒に括りつけてその直下で火を焚くと、辺りに肉の焼ける匂いがたちこめた。

 

香ばしい匂いにつられて、小人たちが肉の近くに集まりはじめた。その中にひとり、我々と同じ人種であると思われる女性が混じっていることに気づいた。
彼女は我々の存在を認めると、顔を激しく歪めてリーダー格の人物を怒鳴りつけた。彼は怯えた様子で我々の檻に駆けつけ、扉にかけた閂を外した。
我々は戸惑いながら、促されるままに檻を出た。クルーの肉に殺到する小人たちをかきわけるようにして女性の許へ向かった。

 

女性は我々の手を取って甲に口づけをすると、ふたたび顔を激しく歪めた。どうやらそれは彼女なりの笑顔のようだった。
彼女が広間の奥を指さした。目を凝らすと、我々や彼女が居住するのに適した大きさの小屋が建っているのが見えた。我々は彼女のあとについて小屋へと向かった。

 

小屋に近づくにつれて、強烈な臭いが鼻をついた。今にも嘔吐しそうなほどの悪臭であるにもかかわらず、女性は眉ひとつ動かさずに扉を開いた。
小屋の中には小人たちの死体が散乱していた。死体はどれも激しく損傷しており、手足の断片から辛うじてそれが人間であると判別できた。
先に屋内に入った女性が我々を手招いたが、恐怖で全身が凍りついてしまい、その場から動くことができなかった。
すると女性は傍らにあった小人の臓物を体に塗りたくり、例のぞっとするような笑みを浮かべてふたたび手招きをした。
ふと辺りを見渡すと、小人たちがいつの間にか我々の周りに群がっていた。彼らはみな手に槍を握り、女性の合図を待っているようだった。

 

我々は意を決して小屋の中に足を踏み入れた。呼吸をするたびに、立ちこめる屍臭が肺を腐らせていくようだった。
女性が脚を大きく開いた。裂け目はしとどに潤い、赤く充血した粘膜がひくひくと蠕動していた。彼女の陰部を目にしても、我々の陰茎は萎びたままだった。
彼女は我々の眼前に跪くと、陰茎をやおら口に含んだ。その卓越した口戯は我々の陰茎を見る間に怒張させた。
我々は順に女性を抱き、彼女の中に精を放出した。凄まじい屍臭をものともせずに、何度も繰り返し交わった。

 

性交を終えてひと息ついたとき、女性が鋭く指笛を吹いた。しばらくして三人の小人がやってきた。みな一様にひどく怯えた様子だった。女性は少し考えた後にひとりを指さすと、残りのふたりを下がらせた。
間もなくその片割れが戻り、彼女に槍頭を手渡した。
女性は槍頭を受け取ると、指名した小人の喉笛を躊躇いなく切り裂いた。我々は酩酊感にも似た恐怖に苛まれながら、どす黒い血の飛沫を浴びて哄笑する女性をじっと見つめていた。女性は小人の首を切断し終えると、頭部をこちらに投げてよこした。
彼女の意図を汲み取れずに女性と小人の頭部を交互に見やっていると、身振りで小人の眼球を刳り貫くように示した。度重なるトラブルでクルーを失いふたりきりになっていた我々は、順に眼窩に指をすべりこませて片目ずつ刳り貫いた。
眼球を女性に手渡すと、彼女は身振りで次なる行動を示した。我々は女性の指示に従って、萎えかけた陰茎を眼窩に挿入した。眼窩は滾るように熱く、陰茎を抽挿するたびに苦痛じみた快感をおぼえた。

 

ふたりで片方ずつの眼窩に射精を終えると、わずかばかりの精液が涙のようにこぼれ落ちた。
女性は満足そうに顔を歪めながら、生首を差し出すようにと我々に手を差し伸べた。
我々は従順に生首を手渡すふりをして、女性めがけて生首を思いきり投げつけた。
生首は女性の顔面に直撃した。我々は扉に向かって全力で走った。
小屋を包囲していた小人たちは姿を消していた。我々は脇目をふらずに出口に向かった。地上へと続く道は四つん這いでやっと通れるほど狭いのに加えて、小人たちは吹き矢を所持していた。
無事に逃げられる公算が螻蟻の穴ほどもないことは承知だった。今にも吹き矢が飛んでくるのではないかと怯えながら、狭苦しい竪穴を這い進んだ。
警戒するべきは背後だけではなかった。何らかの用事で外出していた住人が帰還する可能性もあった。

 

間もなく、我々は無事に地上へとたどり着くことができた。
陽光の眩しさに目を細めながら、休む間もなく密林を駆けた。彼らの縄張りから抜け出すまでは一刻たりとも油断はできなかった。

 

空が暗くなりはじめた頃、我々は息を切らしながら落ち葉の絨毯の上にへたりこんだ。心臓は早鐘を打ち、全身の血管が陰茎のごとく勃起しているような錯覚をおぼえた。
このまま気を失ってしまいたかったが、陽が沈むまでに寝床を確保する必要があった。我々はしばしの休憩の後、露営場所を求めて薄明の密林を進んだ。

2019年2月13日公開

作品集『メラヌーチア探検譚』第6話 (全8話)

© 2019 犀川鉄世

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