ホッケ

掌編小説集(第1話)

行陽養河

小説

5,112文字

今、見えているものは、もう存在しないのかもしれない。今、聴こえてくる声の主は、もうこの世界にいないのかもしれない。

 あんたは囚われの小動物。アニマル君。いっそそんな安っぽい服、ぜんぶ脱いじゃいなさい。アニマル君らしく、従順・服従・忍従・屈従・屈服・隷従・隷属・懾服すべし。である。社会が安泰・太平になるよう、安寧無事に、規律を重んじて、綱紀粛正に取り組むべし。である。つまり、アニマル君はアニマルらしくしなさい。あんた。アニマル。動物。裸の動物。

 

 闇から声が聴こえる。いったいこの暗闇で誰がしゃべっているのであろうか。わからない。他に誰かいるのだろうか。わからない。この世界の成り立ちがわからない。この社会のメカニズムがわからない。なにもかもわからない。そもそもここはどこなのか。なんて。わかっているくせに。ここは自分の家の部屋。臭うのである。臭いのである。ホッケが。ずいぶん前から、この部屋に隣接する台所に放置されたホッケの生肉を構成するタンパク質が分解。臭うのである。こんなに臭い家は自分の家以外に他にない。この腐臭こそわが家のアイデンティティなのだ、という声がまたぞろ闇から聴こえてきた。自分の家には自分しかいない。はず。ということは、闇から聴こえる声は自分の声、ということになるのである。そうか。つまり、愚にも付かないことを闇に吐き捨てているのは、ほかならぬ自分なのである。という声が闇から聴こえた。これは自分の声。自分で話した記憶はないが、間違いなく自分の声。幻聴かもしれないが、幻聴だと断定する証拠はどこにもない。
 それにしてもなんであろうか。かんであろうか。自分の話す声、が、外部からよそよそしく聴こえるとはどういうことなのか。にもかかわらず奇妙にリアリティがあったりする。いったいどういうことなのか。自分で吹き込んだテープをかけっぱなしにしていたのかな。いや違う。この部屋にはカセットデッキは、ない。この部屋にあるのは、テレビ、固定電話、CDプレーヤー、椅子、机、ノート、ペン、本棚、植木鉢、草花の苗木、パソコン、熱転写型インクリボン、画像記録媒体、画像記録装置、印刷装置、である。という声がまた闇から聴こえてきた。これは間違いなく、自分の生声。肉声。そう、自分の声、なのである。今自分で話した声が、少し遅れてから聴こえる。のである。ホッケの肉から湧き出る臭いの微粒子と絡み合う、自分の声の波動。ゆらゆらとした酒臭い波の運動。ムーブメント。この力に煽られ、ホッケが、臭うのである。そもそもなぜ腐ったホッケが台所に放置されているのか。はっきり申し上げるが、自分はこの臭いが嫌いである。好き好んでこの異臭の微粒子に身をまかせているわけではない。あるいは、人は時として不快なもの、嫌悪感をもよおすものに自らすすんで飛び込んでいき、それを英雄的行為として自画自賛したりすることがあるが、そういう倒錯があるわけでもない。だいたいホッケに限らず魚の腐臭というものは、一般的にいって時間とともに徐々に強烈、激烈になり、人をどんどん不快にさせていくもので、そのような不快感を自らすすんで反復して味わおうなんて人はまずいない。フロイトが聞いても呆れる話なのである。という声がまた聴こえた。
 ではなぜホッケを放置しているのか。
 観堂四角を撃退するためである。
 観堂四角はこの地域を管轄する市の福祉事務所の職員である。この観堂四角が理由もなくしょっちゅうこの家を訪ねてくるのである。しかも、いつ手に入れたのか知らないが、観堂四角は、我が家の玄関の合鍵を所有しており、その合鍵を用いて、断りもなく我が家に入ってくるのである。
 観堂四角が訪問する度に、「なぜ訪ねてくるのか」「なぜ我が家の合鍵を所有しているのか」と詰問したのだが、観堂四角は、「いやぁ、ちょっと」とか「様子を見にきました」とかいうばかりで、全く要領を得ないのである。そして、「いい天気ですね」とか、「梅が見頃ですよ」とか、くだらない話を延々と喋りまくったあげく、「それでは失礼」といっていそいそと辞去するのである。はっきりいって迷惑なのである。
 正直にいってわたしは観堂四角にかまってやるほど閑ではないのである。なぜなら、わたしは身体に痛みを感じており、観堂四角どころではないからである。
 わたしは壁に激突した。という声が聴こえる。その激突のせいなのか全身に痛みが駆け巡っている。それだけではない。身体が自由に動かないのである。
 さっきから起き上がろうとするのだが、まったくもって身体はいうことをきかない。とくに腹部には力が入らない。そして全身が痛い。背骨も痛い。
 身体の異常はそれだけではない。声が遅れて聴こえてくるのである。という声が遅れて聴こえてくる。なにもかもが遅れている。世界はつねに遅れている。といった声がまたまた闇から虚ろに響いてくる。これは間違いなく自分の声、すなわち風呂敷丸雄の声色。気色悪いこと夥しい。地獄から響いてくるような気持ちの悪いトーンなのである。にもかかわらず自分の声。しょうがない。自分はさっきから独り言を闇にむかって吐き捨てているのである。認めよう。この部屋には自分しかいないのだもの。こんな臭い部屋で一日中寝ていられる気概を持った者は自分をおいて他にはいないのである。でもやっぱり認めたくない。だってあまりにおぞましい声だもの。でも否定するわけにはいかない。でも肯定したくない。ではどうすればよいのか。簡単である。この声を、自分ではなく、風呂敷丸雄の声だと規定すればよいのである。自分の名は風呂敷丸雄である。この声は自分の声である。すなわちこの声は風呂敷丸雄の声である。証明終わり。以上。この声は風呂敷丸雄の声。間違っていない。ほほほ。丸雄ってホントに呆れ果てた男である。つまり、丸雄は、ホッケの腐臭が充満する真っ暗な部屋の中で、自分の話す声が遅れて聴こえるという奇妙な体質に悩まされながら、黴臭い蒲団に丸まって寝ていたのである。という声が闇に響き渡った。そう。丸雄の話。これは丸雄の話なのである。丸雄は寝ている。いい感じだ。丸雄は大痔主である。そうだ。その調子だ。この調子で、自分は丸雄の話の聞き手になればよいのである。
 首はあいかわらず動かない。足も動かない。手も動かない。ただ全身が痛い。なぜ身体が動かないのか? という声が遅れて聴こえてくる。ところでこの声はいつ発話されたものなのか? わからない。なにもかもわからない。要するに、丸雄にわかっていることは、遅れて声が聴こえてくるということだけであって、どれだけ遅れて声が聴こえてくるのかは判然としないのである。例えば、糞をしたのは昨日のことだ、という声が丸雄に聴こえてきた場合、その糞を実際にしたのはいつなのかを決定するためには、声が発せられたのがいつなのかをまず知る必要がある。それは三秒前なのか? それとも三分前なのか? いやそれとも三日前なのか? 丸雄には決定不能である。もしも三日前の声だとすれば、糞は四日前のものだということになるのである。もしも五日前の声だとすれば六日前の糞だということになる。つまり丸雄には、いつ糞をしたのかがわからないのである。これが、あまりに巨大であるために流し損ねられたまま便器の水たまりの底に静かに横たわっている糞に向かって、この糞をしたのは昨日のことだという声がしたとすれば、話が違ってくる。その声が遅れを伴っているにしても、さすがに三日前の声だとはいいにくい。なぜならば、もし三日前の声だとすれば、丸雄は三日間ずっと便器の底の糞を見続けたことになるのであり、三日間も流し損ねた糞を前に便所の中から動かずにいるとは、さすがの丸雄でもあり得ないことだからである。まあ長くても一時間、まあ十分とかそこらへんだと考えるのが妥当であろう。つまりいくら声が遅れて聴覚を刺激し、その声が発せられた時点を正確に確定することが不可能であるのだとしても、具体的に存在する物を相手にし、視覚の助けを借りることによって、声の時点をより狭い範囲に限定することは可能である。この場合でいえば、この糞は昨日したものだと決定してよさそうだ。
 しかし、具体的な物を相手にしないで、抽象的な、例えば記憶のなかの事件を想起しながら、その事件が出来した時点を特定することは、丸雄には難しい。例えば、酒を呑みながら烏賊の塩辛を食している最中に、唐突に、糞をしたのは昨日のことだという声が聴こえてきた場合、意識は目の前の塩辛ではなく頭のなかのイメージとして存在する糞へと向けられるわけで、丸雄の頭のなかのイメージとしてある糞が実際いつの糞なのかは決定できないのだ。このことは、一般に考えられている以上に深刻な問題を引き起こす。
 例えば、昨日玄関のチャイムで目が覚めた、という声がしたとしよう。なぜこんな例を挙げるのかというと、実際その声がさっきしたからである。しかしこの声がいつ発話されたものなのかは丸雄には決定できない。つまり、丸雄には、玄関のチャイムがいつ鳴ったのか、昨日なのか二日前なのか、まったく判然としないのである。にもかかわらず、昨日玄関のチャイムで目が覚めた、という声が脳内を反復しており、その声に導かれて記憶の層の中に入り込んでいくのであったが、丸雄の意識がはっきりすると、目の前には観堂四角が立っていたのであった。「また合鍵で入ってきたのか。何しに来た」と丸雄がたずねると、観堂四角は「曖昧追放運動の用紙に署名していただきたいのです」といった。
「曖昧追放運動? 何それ。そんなものには署名しないよ。帰れ」
 すると観堂四角は、目と歯茎を剥き出して怒鳴った。
「世の中は曖昧なものが多すぎます! 世の中はもっと明確でなければなりません! つまり、曖昧さを無くさなければならないのです! とにかく今日のお話は役所のほうに持ち帰って上司に報告したうえで検討させていただきます。刑事告発の可能性も排除できないことを付け加えておきます」
 そして観堂四角は、「三日後にまた来ます」といって帰っていったのであった。
 丸雄は訳がわからず呆然としていたのであったが、それよりも深刻な問題は、その三日後という日にち指定によって指示されている日が具体的にいつなのかが丸雄にはまったくわからないということなのだ。
 丸雄はしばらくこの状況を見極めようと考え、枕元のリモコンで電灯をつけた。部屋が明るくなった。痛みを感じながら首をねじると、部屋の隅にはデスクトップパソコンがあった。炬燵の上には画像表示装置があり、その左横には印刷装置があった。
 とつぜん、画像表示装置に電源が入り、二つの文字が画面いっぱいに明滅した。
 丸雄は、その二つの文字が日本語であることはわかった。文字の大きさも十分に大きいものであった。しかし、丸雄はその文字が読めなかった。文字は何かの図像のようであった。あれは絵ではないのかと丸雄は訝った。
 すると、今度は、印刷装置が作動をはじめた。印刷装置内のモータが駆動しはじめた。駆動音が丸雄の耳に侵入した。印刷装置から紙が出てきた。紙には何も印字されていなかった。
 とつぜん、テレビに電源が入った。テレビの画面には何も表示されていなかった。CDプレーヤーに電源が入り、モーツアルト交響曲第四一番第四楽章の演奏が始まった。椅子が踊りはじめた。机がステップを踏みはじめた。ノートが宙に舞い、ペンが回転をはじめた。印刷装置がまた駆動しはじめた。いたるところで機械が作動していた……
 ……目が覚めると、朝の日光が部屋にさしこんでいた。部屋の電灯は消えていた。
 そのとき、台所のほうから音が聴こえた。丸雄は起き上がった。なぜか体の痛みは感じなかった。台所のほうを見ると、黒い煙のようなものが見えた。火事だ。丸雄は一瞬そう思ったが、違った。
 蠅であった。
 ホッケに群がる無数の蠅であった。蠅の集団は、台所を中心にして渦を巻いていた。蠅の集団はひとつの統一体をなしており、舞を踊る虚無僧のようであった。
 虚無僧は踊り舞っていた。何かを叫んでいるようであったが、何をいっているのかわからなかった。いや、あれは虚無僧の声ではない。蠅だ。蠅の羽音だ。丸雄はそう独り言ちた。
 丸雄は立ち上がった。痛みはなかった。
 モーツアルト交響曲第四一番第四楽章は終わっていた。家には蠅の羽音だけが響いていた。
 丸雄は膝を上げた。痛みはなかった。丸雄は首をねじった。痛みはなかった。丸雄は静かに踊りはじめた。蠅の羽音にあわせて丸雄は舞を踊った。
 そのとき、蠅の集団が少しずつ丸雄に接近してきた。舞を踊りながら蠅の虚無僧が近づいてきた。
 丸雄も蠅の虚無僧のほうへ、舞を踊りながら歩みはじめた。

2019年1月30日公開

作品集『掌編小説集』最新話 (全1話)

© 2019 行陽養河

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