前置き

ソポ・チエ・テイネ(第1話)

アシリ・ユク

小説

1,479文字

「この国には『ススキノ』という歓楽街(気持ちのよい町、の意訳)がある。いまはなくともどこかの時間に必ず存在する。俺はそこに向かっている。ずっと歩いて来た。俺は性的な意味でのマッサージ(揉む、叩くの意訳)を求めている。女が必要だ。年老いた千人の女」

エメーリャエンコ・モロゾフがアイヌの町で毎晩語ったといわれている物語の現代日本語訳。モロゾフが語った数多の物語を後世に残していきます。

やや長い前置き

 

最初に断っておくが、これは私の創作ではない。私の祖母の祖母――名前は明かさないがアイヌ語を喋っていた、らしい――の村で起こったことを、私の祖母がアイヌ語で日記として記し、それを私が日本語に翻訳したものが以下の文章だ。ページによっては汚れや破けにより一部内容が損なわれているが、可能な限り補完したつもりだ。ところどころ読みにくい部分もあると思うが容赦してほしい。

 

 

彼がここに来たとき、村は騒然となった。彼は、明らかにここの人間でない者の体格で、ここの人間でない者の言葉を発したからだ(その言葉が何だったのかは最後までわからない。普通の日本語だったのかもしれないし、知らない言語だったのかもしれない)。

村人たちは親方(ニシパ、と書いてあったがたぶん村長に近い意味合いだろう)を呼んだ。彼はジェスチャに長けていて、長い時間をかけ親方と話し合った。それは神聖な儀式のようで、わたしたちはそれを黙って見ていた。

親方は、やがて村の全員を集めると、彼がここに辿り着いた経緯を話しはじめた。

「この国には『ススキノ』という歓楽街(気持ちのよい町、の意訳)がある。いまはなくともどこかの時間に必ず存在する。俺はそこに向かっている。ずっと歩いて来た。俺は性的な意味でのマッサージ(揉む、叩くの意訳)を求めている。女が必要だ。年老いた千人の女」

村人たちはざわついた。彼は神だと考えられていた。フレシサム(ロシア人)とも違う、冥界の神(ポクナモシリ・カムイ)と村人たちは密かに呼んだ。親方は、大きなため息を吐き、これから毎晩、村の女たちを彼の元に寄越し、性的な意味でのマッサージを行うよう約束したという。

長い話し合いの末、私が最初の相手に選ばれた。それはとても大事な役割だった。いくら村一番の美女とはいえ、もうとうに還暦を過ぎているがよいのか。私は親方に訴えたが、それは彼からの要求だという。私は川に行き、できる限り体を洗い、夜を待った。

夜がきた。モロゾフは村はずれの小屋で待っており、私はヨモギを染み込ませた服(恐らく、そういった儀式に使われる風習だと思われる)を身に纏い彼の小屋に向かった。夜はいつもの夜だった。小屋の前で「来ました」と言ったが、彼に伝わっている様子はなかった。

小屋の中で彼がなにか言っていた。仕方なく中に入ると、彼は既に裸で、敷いた○○(汚れ:草だとか、藁といったものだと思う)の上に寝ていた。顔だけこちらにあげ、私を手招きした。私は生娘でこそなかったが、彼のような大男の裸を見るのは初めてだった。油入れ(ピセ、とあるが専用のものではなく便宜的に使ったもの?)を足元に置いた。油を両手に馴染ませ、彼の分厚い肌に乗せる。雄たけびのような声をあげ、彼は果てた(意訳)。

それからの時間、彼はなにかを悟ったような顔つきで、私に物語を語った。彼はその時間を賢者の時間(カムイノミ・レタル=神に祈る白、の意訳)と呼んでいた。そのとき彼がかたったのはこんな物語だ。

 

 

ここまでが前置きであり、つまりこの日記の内容というのは、エメーリャエンコ・モロゾフという男が村の女性たちに毎晩語った内容であり、それを女たちが(当時まだ幼かった)祖母に語った内容でもある。お分かりかと思うが、この最初の夜のことを語ったのは私の祖母の祖母だ。私は残りの人生をかけて、この途方もない数の物語をここに記していくだろう。もちろん、この物語はフィクションであり、実在の人物とは何の関係もないという可能性を私は否定できないわけだが。

2019年1月29日公開

作品集『ソポ・チエ・テイネ』第1話 (全3話)

© 2019 アシリ・ユク

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