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メラヌーチア探検譚(第5話)

犀川鉄世

小説

1,616文字

沼地を越えたときには既に陽が沈みつつあったため、我々は附近に露営場所を求めた。
夜の密林は、大型の毒蟲や肉食獣が餌を探して這いまわるこの世の地獄だ。そのような状況で歩き続けることは自殺行為以外の何者でもなかった。
露営場所探しは難航をきわめた。密林を埋め尽くす分厚い落ち葉の絨毯の内部は得体の知れない生物たちの巣窟と化しており、たとえ強靭な帆布越しでも身の安全の保証はなかった。

 

密林が完全な闇に包まれる直前、我々はようやく露営に適した場所を探し当てた。地上から一レーテルほどの高さで横に伸びたその枝の上であれば、比較的安全に夜を過ごすことができるはずだ。
我々は害獣から身を守るために枝の直下で火を焚いて、携帯していた干し肉で簡単な食事を済ませた。翌日に備えて早々に床に就くことにしたが、気味の悪い鳴き声が気になってなかなか眠ることができなかった。

 

夜中、耳を聾するような凄まじい絶叫が轟いた。周囲を見まわすと、クルーのひとりが姿を消していた。
ふたたび絶叫が響いた。聴くだけで内蔵を絞られるような恐ろしい調べだった。
悲鳴は下の地面から聴こえているようだった。目をやると、焚き火の傍らで黒い人影が激しくのたうっているのがわかった。
それは姿を消したクルーだった。彼の全身は無数の蟲で黒く埋め尽くされていた。我々はその悍ましい光景を呆然と見守っていたが、彼は間もなくぴくりとも動かなくなった。

 

我々はまんじりともしない夜を過ごした。クルーに集っていた蟲たちは日の出と共に何処へともなく姿を消し、跡に残されたのは骨ばかりになった彼の遺骸だけだった。

 

ムルーパを訪れてわずか四日で、我々はふたりのクルーを失った。残ったメンバーで相談した結果、このたびの取材を断念することが決まった。
陽が高いうちに密林を抜けるため急いで荷物をまとめて来た道をたどったが、どれだけ歩いても昨日越えた沼地に行き当たることはなかった。

 

沼地を探しているうちに陽は段々と傾き、気がついたときには夜がすぐそこに迫っていた。我々は必死になって露営場所を探したが、露営に適した場所を発見するよりも先に件の沼地へと行き当たった。
完全に陽が沈む前に露営場所が見つかる可能性と夜の沼地を進む危険性を検討し、我々は後者の道を選んだ。

 

我々は昨日と同じように巨大な浮き葉に身を預けて、カタラの葉で作った櫓を漕いで沼地を進んだ。
沼地の半ばほどまで進んだところで夜が始まった。太陽が沈んだにもかかわらず、眩しいまでの月明かりが周囲をぼんやりと照らしていた。

 

我々はここで夜を明かすことに決めた。浮き葉の上では火を焚くことが叶わなくとも、剣呑なる密林の住人たちから身を守るにはこの上ない環境であるように思えた。
沼地は依然として不気味なまでに静まり返っていた。まるでこの空間だけが宇宙から隔絶されているかのようだった。
我々は浮き葉の上で干し肉をかじった。喉の渇きをおぼえたが、沼地の水に口をつける気にはならなかった。
周囲の浮き葉には胎児の遺骸が鎮座し、辺りに芳醇な香りを撒き散らしていた。

 

空が白みはじめた頃、クルーのひとりが微かな水音に気づいて目を覚まし、我々を静かに揺さぶり起こした。
息を呑んで耳を澄ませていると、確かに鈍い水音が聞こえた。
我々は音のする方向をじっと見つめた。水音はゆっくりと、しかし着実に我々の許に近づいているようだった。
やがて、音の主が姿を現した。主は我々と同じように浮き葉を舟にして、静かに水面をすべっていた。

 

それは胎児だった。眼球のあるはずの場所には瑞々しい果実が詰まっており、眼窩から溢れる果汁とも血液ともつかない赤紫色の液体が頬を濡らしていた。
胎児はじっと息を潜める我々の傍らを通り抜け、やがて濃い霧の中に姿を消した。

 

次いで、耳を聾するほどの静寂が押し寄せた。

2019年1月10日公開

作品集『メラヌーチア探検譚』第5話 (全8話)

© 2019 犀川鉄世

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