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メラヌーチア探検譚(第3話)

犀川鉄世

小説

1,752文字

ムズに向かう道中、我々はあるトラブルに直面した。エメク川の支流であるアリグス川にかかる木橋が山賊たちによって占拠されたのだ。
山賊たちが対岸でキャンプを張っているため船で渡ることも叶わず、我々は桟橋まで川沿いを歩くことを余儀なくされた。

 

四時間ほどの道のりを歩いて桟橋にたどり着いたときには既に陽が落ち、船頭たちは帰り支度をはじめていた。
当日中の到着を諦めた我々は、桟橋の周辺に宿を求めることにした。船頭のひとりに心当たりを尋ねると、彼の住居に我々を宿泊させてくれるという。
我々は彼の申し出をありがたく受け入れた。
訊くと彼は名をワンナといい、年の離れた兄と妻と三人で暮らしているらしい。
ワンナの言葉を聞いて、我々は俄かに緊張をおぼえた。
ムルーパの先住民であるトラン族は徹底した父性一夫多妻制を敷いていることで知られているが、子宝に恵まれない夫婦に限り、多民族の種を宿すことが認められている。

 

ワンナの自宅はトルナイ科の一種と思われる木材を樹泥で塗り固めて作られた、典型的なトラン族の住居だった。扉や窓はなく、スナの葉で作った簾で申し訳程度の目隠しをしている。
住居に足を踏み入れると、ワンナの妻・セトマが我々を迎えてくれた。セトマはワンナよりも二回り以上は年上であるように見えた。
ワンナが彼女に経緯を説明している間、セトマは熱っぽい瞳で我々をじっと見つめていた。
我々がトラン族の慣習に従ってセトマの額にある瞳に口づけをすると、彼女は妖しい笑みを浮かべて夕食の準備にとりかかった。
夕食の完成と時を同じくして、ワンナの兄・アイナが帰宅した。アイナは我々の姿を目にして顔をしかめたが、ワンナが何やら耳打ちをすると一転して満面の笑みを浮かべた。

 

我々はワンナとセトマ、そしてアイナと共に食卓を囲んだ。献立はペンドゥーの内蔵の煮込みと、ペンドゥーの外鰓の刺身だ。セトマによるとペンドゥーの外鰓は特に美味であり、外鰓をもつ若い個体は高値で取引されるのだという。
さまざまなスパイスが調和した内蔵の煮込みも美味だが、外鰓の刺身はたしかに絶品だった。

 

それらの料理をたいらげると、次いでアイナ手製のチャンタが振舞われた。聞くと、彼はチャンタ作りの名手として一帯で広く名が知られているらしい。
チャンタは、アリグス川沿岸にのみ自生するハシクを原料にした霊薬だ。心地よい酩酊感と強烈な幻覚作用に加え、性行為における快感が何十倍にも増加するという。
我々は覚悟を決めて、曜蛇石の器に注がれた乳緑色の液体を一息に飲み干した。

 

その夜、我々はワンナ、アイナと共にセトマの肉体に溺れた。言語に絶する極度の快感と底なしに湧き上がる劣情が、チャンタの効力の凄まじさを物語っていた。

 

昼も夜もなくセトマの体内に精を吐き出し、気がつくとワンナの家を訪れてから既に二日が経過していた。
身の危険を感じた我々は、本社に定期連絡を入れると言い訳をして、性行為に没頭する彼らを置いて住居を抜け出した。

 

ふらつく体に鞭を打ち、おぼろげな記憶を頼りに桟橋を目指して歩き続けると、間もなく見覚えのある桟橋に到着した。
暇を持て余している様子の船頭に料金を支払い、我々は急いで渡し舟に乗りこんだ。

 

脱走に勘づいたワンナたちが追ってきてはいないかと道途を見つめていると、不意に船頭が下卑た笑い声を漏らした。我々はそのとき初めて、体じゅうから噎せ返るような濃密な雌の匂いを発散させていることに気づいた。
激しい嘔吐感におそわれて胃の内容物をアリグス川に吐き戻すと、手のひらほどの大きさの多触類が群がった。ざっと数えて二百匹はくだらない大群だ。
船頭に尋ねると、これはホウィラルと呼ばれる生き物で、多触類ではなくレパイルの一種だという。多触類に擬態することで天敵である大型のレパイルやアンフィスから身を守っているようだ。
ホウィラルは瞬く間に吐瀉物をたいらげると、散り散りとなって何処へともなく姿を消した。

 

間もなく、渡し舟が対岸の桟橋に到着した。船頭にチップを渡してムズへの道程を尋ねると、彼は大きな身振りを交えて応えた。

 

我々は船頭の言葉を頼りに、渺茫たる密林に足を踏み入れた。

2019年1月2日公開

作品集『メラヌーチア探検譚』第3話 (全8話)

© 2019 犀川鉄世

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