ペライチノ惑星

オリエ堂の倉椅

小説

10,253文字

本の中に世界を見つけたフォント好きの人の短いお話。
書籍が好きな人はビブリオフォリア。文字・フォントが好きな人はなんてゆう?
僕はチベット文字が大好きなのさ。

 まずは最大単位の話から始めよう。我らヒトが生きる上で最大の単位とは何か。僕はそれが「星」であると定義する。すなわち地球、それこそが我らの最大単位である。ここで首を傾げる者もあろう。それらの者は首を傾げたために縦型となってしまった口を動かし、地球外にはもっとずっと巨大な惑星が、あるいは想像さえ容易ではない目眩く宇宙がある事を語ると思う。しかし、それら途方も無く壮大な外世界に対して人類が差し出す極限の比較対象も、やはり「星」という馬鹿デカい球体なのだと僕は思う。要するに、世界……その言葉が果たして何を意味するのか。ぜひとも己が想像より少し先に、本当の答えがあると意識していただきたい。そして答えは想像の先にあるのだから、決して理解する事は出来ないのだと納得しておこう。

 さて、次は彼らについて話そう。我が机の上に一冊の本がある。この本の中に彼らは生きている。僕はある日、彼らを発見した。僕は物を書くのが好きだ。機械を使って文章を書くのが当たり前の時代にあって、僕はすでに実用品から淘汰されつつある紙とペンを使った執筆にこだわりを持っていた。それが関係しているのかは分からない――が、僕はある日、彼らを認識できるようになったのである。

 もちろん初めは驚いた。僕は自らが眼病である事を疑い、目を強く閉じたり、なるべく遠い場所を見つめてみたりを何度か繰り返した。それでも治らないので今度は精神の病を疑った。同じ経験をすれば誰でも僕のように驚くだろう。机に置いた何の変哲も無い本の中に宇宙があったのだから。

 時刻は昼下がりだったと記憶している。よく晴れた空は状況をむしろ狂気的な印象にして、僕は憂鬱になった。しばらく休憩を取ってから再度本を開いたが、やはり彼らはそこにいた。苛立って本を壁に投げつけてみたが、それでも世界は健在だった。頭を抱えて悩んだ末、どうやら現実なのだと決着した。僕はいつしか彼らを観察し始めた。

 彼らは書籍の中で誕生と死滅を繰り返し、歴史を繋いでいる。彼らは特定のページにいて、文字の無い紙上には存在しない。あるページにいる場合、その前後の数ページにも存在している事が多い。観察を続けるうちに僕の目は肥えて、徐々に個体を認識できるようになった。ある個体を継続的に観察した結果、彼らの平均的な一生涯は我々の時間にしておよそ二十時間。すなわち一日に等しい事が分かった。僕は我々の一時間を彼らの三年と定義した。

 彼らは文字に定着し、文字の中、あるいは文字と文字の間の空白を移動する。ページ間を移動する活動的な個体も少数ながら存在した。我々の世界観に照らし合わせると、文字が「街」、ページは「国家」、数ページのまとまりが「星」。そして一冊の本がちょうど「宇宙」に相当するようだ。観察を続けると、さらにはっきりと個体を識別できるようになった。老若男女の違い、子孫に受け継がれつつも更新されてゆく人格。あるいは宗教の違い、文化の違い。個体の優劣、それに愛……。本を眺めている時の僕は、それこそ箱庭に生きる小人達を眺めているが如く彼らの世界を理解した。僕は彼らの個体差を、個体同士の敵対や融和を、あるいは積み上げては壊される文化と歴史を読書した。

 彼らの中に僕の存在に気付く者は皆無だった。それは何故か――人類の感覚に変換して解釈してみよう。最初に述べたように「果て」や「答え」は常に想像より先にある。ゆえに理解する事は永遠に出来ない。すなわち彼らにとって僕とは宇宙の外にいる人物なのだ。今のところ宇宙の存在は予感しつつも、惑星(ページ群)の外に足を伸ばすほどの科学力は無い彼らにとって、宇宙の向こう側まで一気に理解するのは難しいのだろう。それも当然。彼らは二次元の宇宙に生きていて、僕は三次元にいるのだから。すなわち僕は彼らにとって四次元的な存在と言えるのだ。僕は彼らを最初に認識した日、驚いて本を壁に投げつけたが、彼らの世界に物理的に干渉する事は無かった。恐らくその理由も、その辺りの事情にあるのだろう。

 彼らはいつから存在する? 起源を目撃したわけでは無いので断定は出来ないが、この書籍中最も発達した文明を持つ数ページのまとまり(惑星)のうち、最も進歩した国家である九十八ページに住む人々は、それに関して一定の通説を持っていた。彼らのうち「れ」の文字に集合した学識のある連中は古文書を参照し、世界の起源を研究した。結論、彼らは世界の始まりをおよそ三十万年前(我々の時間で十年程度の昔)と考えていた。ふと思いついて僕は、この書籍が出版された日付を確認した。十二年前の秋であった。

 彼らにとって「文字」とは街に相当するから、文字の多いページには多くの個体が集まり、立派な文明社会が構築される。反対に空白の多いページには個体が少なく、原始的な環境があった。文明社会については九十八ページが最たるものだが、原始的な方の例は八十ページである。この八十ページは惑星的には九十八ページの巨大国家と同じだが、彼らより後ろには個体の存在しない数十ページがある。すなわちこの惑星(ページ群)における世界の果てといえる。さらにこのページは章の終わりに位置しているため、紙上の半分が空白に埋まっている。この八十ページにおいて空白と文字列の境目にある「つ」という文字に、ごく小さな集落が存在した。閉じた世界でのんびり暮らしている彼らだが、十年に一度は他の者の制止を振り切り、広大な空白へと踏み出す冒険心旺盛な若者が登場した。そんな冒険者の多くが空白に飲まれて消えてゆくのを僕は見た。僕は「つ」の文字の集落で若者の帰りを待つ親族と、膨大な空白の中で段々と動きが鈍くなり、いつしか停止し、やがて空白の中に消えてゆく若者とを一目に眺めた。隣の八十一ページにはそこそこ発達した文明があるのだが、今のところ両者の行き来は無い。八十ページ「つ」の字にいる個体達は、空白の向こうに死後の世界があると想像していた。

 ある時、誕生の時から僕が「おや?」と思っていた個体が空白へと旅立った。この個体は少し変わり者だが非常に大胆な判断力を持ち、また神と科学とを同時に信じるおおらかな心を持ち、何より奇妙なほど強運に恵まれていた。僕は当初よりこの個体は何かしでかすのではと思っていたが、やはり彼は成し遂げた。彼はいくつもの死線をくぐり抜けて、やがて空白の向こう側、「八十一ページ」に到達したのである。「つ」の字の集落から隣の文明国家に辿り着いた史上最初の個体であった。彼は八十一ページの国家に歓迎され、数年間(一時間程度)をその国で過ごした。この国で生涯の伴侶を得て、やがて「つ」の字に帰った。彼の帰還によって両ページの交流が開始された。行き来が盛んになり、「つ」の字には様々な文明が持ち込まれた。「つ」の字から隣のページに移住する個体が年々増え、過疎化が進んだ。「つ」の字には年老いた個体がいくつか残っているだけとなり、やがて誰もいなくなった。ここまで、我々の時間にしておよそ一日の出来事である。

 さて、このページ群の中で最大、そしてこの書籍中(宇宙全体)で見ても最も繁栄した文明を持つ九十八ページ。ここは一度の改行も無く文字で埋め尽くされ、前後のページにも文字が多い。平仮名・カタカナ・数字・英字・漢字・記号などが豊富に存在する事も巨大国家となれた理由であろう。長い歴史を持ち、繁栄と衰退、黄金時代と暗黒時代を繰り返してきた九十八ページ。歴史が長い事と反比例して、このページの個体達の意識は短期間に流動する。たとえば街(文字)や住所(文字の一部)に関する好みである。現在、若い個体達は地味で古ぼけた「ひらがな」を嫌い、前衛的で派手とされる「カタカナ」を評価していた。特に人気だったのが「モ」である。「モ」は横棒の両端を初めとしたあらゆる場所に広い空間があるので窮屈でなく、見晴らしも良い。街路も大通りが単純に交差しているだけなので街並が美しく簡潔である。「モ」を最高峰においてカタカナを羨望している若者達に対して、年長者達は「近頃の若者は……」と彼らの浅はかさを嘆いていた。しかし僕は知っている。彼らとて、かつて主流であった「句読点」の住居を狭くて田舎臭いという理由で嫌い、当時先進的であるとされた「ひらがな」に群がった若い頃がある事を。

 これらページ上の歴史を一回り大きな時間を以て観察する僕には、次の時代に何が流行るかさえ簡単に予想できた。おそらく次に流行る街並は「数字(特に3、8など曲線的なもの)」である。ちなみに権力者や富裕層は漢字に住む事が多かった。漢字は戦乱の時代には必ず勝敗の要となる地域で、流行り廃りに左右されない一定の価値を維持していた。

 僕は彼らを認識できるようになってからというもの、暇さえあれば彼らの観察に耽った。観察中の僕は傍から見れば読書をしているようにしか見えないわけなので、およそ時も場所も選ばない。僕は鞄の中に書籍を携帯し、列車の座席で、晴れた日の公園で、役場の待合室や喫茶店で、彼らの世界を読書した。その時の僕にとって本を開く事とは、正しく異世界の扉を開く事を意味した。そんな事をして仕事を放置していたので、ふとカレンダーを見て僕の心臓は跳ね上がった。任されていた雑務の期限がいつの間にか目の前にあった。僕は大慌てで仕事に取りかかり、しばらくの間は紙上世界の観察を断たなければならなかった。書き物机の上で発見した宇宙。彼らの世界を観察する事により、我が世界を見る目も変わった気がする。毎日、新鮮な感覚で自分たちの生きる世界を眺める事が出来た。それは素晴らしい感覚である一方、なにか憂鬱めいた感情も僕に与えた。この感覚は何だろう?

 さて数日の間熱心に仕事を進め、なんとか自分の時間を作り出した僕は飛びつくように紙面世界の観察を再開した。数日間、すなわち紙面世界においては一世紀に等しい時代が流れた事になる。

 零落した後リゾート地として開発されていた「つ」の字集落の八十ページ。観光地として開拓が進み、さぞ大勢の個体で溢れている事だろうと思ったが、予想は裏切られた。開発された痕跡はあるものの個体の気配はゼロである。どうやら開拓が進み、リゾートとして繁栄した後、再び消滅したらしい。

 巨大な文明のある九十八ページでは多くの若者が古臭くて色気のない「数字」を嫌い、流麗で近未来的な曲線を持つ「ひらがな」に羨望の目を向けていた。数日前「モ」の字に憧れていた若者達も、それを見て呆れていた年長者達も、すでにいない。

 この九十八ページを中心に前後ページに広がっている巨大文明において、僕が放置していた数日間の間に不思議な事が起きていた。どの個体を見ても妙に不穏な感情を抱いている。苛立ち、怒り、不安感。やがてこの感情は個体から集団へと広がり、いつしか文明全体が黒い感情で妙な熱を放ち始めている。

 これは、と思いつつ観察を続けていると、やがて予想通りの事態となった。個体が集団を形成し、他の集団とぶつかっては消滅してゆく。倍速で見ているかのように時代の流れが早い。前にも一度このような現象を見た事がある――これは戦争である。

 九十八ページの巨大国家に対し、前後のページがそれぞれ攻撃を仕掛けている。それが八十~百ページまでの一大ページ群全体を巻き込んだ壮絶な戦争へと発展しているのだ。

 戦争の中心地である九十八ページにおいて「ひらがな」が流行しているのは不幸であった。単純な形状の「つ」や「し」などの文字は即座に制圧された。街の形状に見合わぬ大勢の個体が無理に居住していたため、多くの犠牲が出た。

 九十八ページ前後のページは小競り合いの末に手を結び、共に協力して強大なる九十八ページ攻略に乗り出した。九十八ページは画数の多い漢字を多数有しており、護りに関しては絶対であった。さらにこれら画数の多い漢字が行頭や行末に多かった事も、九十八ページの強みである。行頭行末という事は一方向が空白であるから、攻め入る方角が限定されるのだ。九十八ページがこれほどまでに繁栄した事は決して偶然では無かった。戦争は僕にとっての朝食の時間から昼食の時間程度までという長い年月続いた。戦闘は入り交じり、循環し、団結と分裂を繰り返し、膨大な死滅が積み上げられ、そしてある時ふっと終わった。九十八ページ中央付近にある「回」の字の中心に周辺ページの首脳が集まり、明確な勝者なき終戦となった。「星」全体を震撼させた戦いだったが、単に世界全体を著しく混乱、疲弊させただけのものに見える。それは僕の目のみならず、彼らにも分かっている事だった。この戦争は巨大なくせ、単に蓄積した怒りが爆発しただけのものだったのだ。

 この無価値な戦争を呼んだのは民衆の怒りだった。彼らの生活はこの一世紀の間に日々悪くなっていたのだ。どうにもならぬ貧困や苦痛が民衆をゆっくりと締め付けていた。彼らはその原因を自分達以外の集団に見出した。いわば八つ当たりなのだが、それに気付く賢明な者はごく少数だった。やがてそれは国家レベルの怒りに昇華し、ある時発火点を迎えて戦争が起きた。ではそもそも彼らの生活はなぜ困窮した? 観察者としての僕はその答えを知っていた。紙面世界において全員が目を背けているが、問題はもっと無造作なものである。すなわち書籍自体が古い物である為に、彼らの「星」は、彼らの「宇宙」は、その終焉を目前にしていたのである。

 長い歴史の中で付きまとった世界規模の問題やジレンマが、今ついに結論を迎えようとしていた。彼らの困窮は他集団でも他国家のためでもない。それは彼らの世界における、最も壮大な不可逆的消滅を意味していたのである。

 僕はこの事実に気付いたところで、この九十八ページを中心としたページ群から離れ、別のページ群を観察してみる事にした。やはりどのページ群でも同じように世界の疲弊が起きていた。間違いない、世界は終わろうとしている。この時、僕は観察当初に発見した、ある特殊な個体についてを思い出した。

 僕は最初の頃、全てのページを隈無く観察した。その時、不思議な個体を見つけたのだ。それは書籍の最終ページにいる極小さな集団である。彼らは文字の全く無い空白のページにいて、ほとんど動かない。生きているようにも死んでいるようにも見えず、しかし消滅しない。その頃はまだ個体や紙面世界について理解が深くなかったので「ああ、こんな奴らもいるのか」と思う程度だった。しかし今になって思えば、彼らは大変不思議な存在である。空白の上に存在し続ける個体など他にはいない。第一僕が観察してきた期間(彼らにとって数千年)、その個体は存在し続けているのだ。

 僕は紙面世界の終末を前に、何故かその個体達が気がかりになったのである。何か呼び寄せられるようにページをたぐり、僕は最終ページを開いた。やはり彼らはそこにいた。空白のみがある最終ページの中央で小さな輪をつくり、生きているのか死んでいるのかさえ分からぬほど、ただひたすらにそこにある。

 僕は当初、全く変化を見せない彼らの観察を退屈に思い、すぐさま興味を失った。しかし今になって思う……。あるいはこの個体達は「無」という絶対を手にした特別な存在なのでは無いだろうか。この最終ページこそが最も高度な世界なのでは無いだろうか?

 僕は彼らに対して何かを試してみたくなり、ふと思いついてペンを取った。インク壷にペン先を深く沈め、この最終ページの空白に一滴のインクを垂らしてみた。

 ぽたり、と紙面の中央に落ちたインクの雫。すると今まで全く活動の気配を見せなかった謎の個体群が、目を覚ましたかのようにゆっくりと動き出したのだ。彼らは僕の垂らしたインクに対して興味を持っているようだった。僕達の世界と紙面世界は全く異次元であるのに、彼らは何故か僕の垂らしたインクを認識できるのだ。僕は垂らしたインクの上にペン先を置き、それを引き延ばして一本の線にし、文明がある領域への「矢印」とした。謎の個体達が僕の意思を理解できたのか否かは分からない……しかし個体達は僕が引いた一本の線をなぞるように、移動を始めたのである。彼らは統制を取れた動きを取り、それは僕の目には幾何学模様のように見えた。移動速度が異常に早い。書籍世界の感覚で言えば正に光のごとき早さだ。ページ間の移動など数秒である。辞書を開き、細かな文字のうち目的の一語を探す時に紙面を指でなぞるが、彼らの速度はその指くらいだと思えば良い。彼らは間もなく七十~百ページの文明に辿り着いた。我々の世界で喩えれば、それは数日の間に宇宙の果てから我が惑星にやってきたという事になる。ちょうどその頃、九十八ページ中央の「回」の字では各国の王族が顔を突き合わせ、この難しい状況をどのように乗り切るかを話し合っていた。最終ページの個体達はこの「回」の字に赴き、そして集結した各国の王に対してこう名乗った。

 自分たちは「世界の起源から出発し世界の果てに辿り着いた者」――すなわち「神」であると。

 彼ら「起源から」の者達は九十八ページの文明に対し、慈愛を持って振る舞った。しかし民衆の一部は畏怖や疑惑の目で彼らを見ていた。ある時、一人の王が彼ら「起源から」の者達の暗殺を計画した。この王は起源からの個体の前では従順に振る舞いつつも、影ではひっそりと戦争の生き残りである強力な個体達を集めていた。この計画は間もなく他の王族に知られるところとなるが、驚いたのはほとんどの王族がこの暗殺計画に賛同した事である。彼らは生まれて初めて目にした自分たちより偉い存在に激しい恐れを抱いた。やがてその恐怖が困窮のヒステリーと合わさり、あの愚かな戦争を引き起こした時と同じく「この苦境の原因はこいつらでは?」という荒唐無稽な誤解を生んだのである。神殺しの計画は当初の予定より何十倍も大規模なものになり、やがて実行に移された。起源からの者達に対して大軍勢の一斉攻撃が行われる。しかし彼ら起源からの個体は動じなかった。それこそ小規模な戦争に匹敵する恐るべき火力を前に、彼らの生命は全く揺るがなかった。

 起源からの者達は王達の愚かさを諭した。そしてそれを「許す」と言った後、罰として九十八ページの文明に対して一度だけ攻撃を行った。

 彼らはこの場所に移動してきた時と同じよう、幾何学模様の円陣を形成した。回転する円陣は徐々に巨大化し、ある一瞬で一点に収束した。それは僕の目から見るに爆発を表現したパラパラ漫画のようであった。この〝爆発〟によって、九十八ページが歪んだ。そこかしこで文字の印刷がかすれ、さらにページ全体の印刷が傾いた。知らぬ者が見れば印刷ミスに見えるような一ページが出来上がったのである。この恐るべき現象を我々の世界にどう喩えよう? 世界が捻れ、歪んだのである。いわば大地が一部裏返しになり、そこからこの世には存在しない植物が凄まじい速度で生え、瞬く間に天に到達したかと思えば空の色が反対色に変わった、というような出来事なのである。

 起源からの者達はもう一度改めて、自分たちが神である事を宣言した。九十八ページの文明は彼らが神たる事実をはっきりと認め、そして二度と疑わなかった。

 起源からの者達は民衆に宇宙の形状を説いた。世界は平面をしていて、幾重にも重なっている。その平面が膨大に折り重なって筺型となったものが宇宙であると。

 僕は驚愕した。この最終ページにいた個体達は一冊の本として存在する宇宙の形状を完全に認識、理解していたのである。

 いや、彼らが認識していたのはそれだけではない。彼らは次に〝世界の主人〟の存在を説いた。それはこの宇宙における最大の傍観者、この僕の存在を意味していたのである。

 ふと僕は、九十八ページの僅かな空白に何かが浮かび上がったのに気付いた。

 それは文字であった。知らぬ間に書かれていた落書きのように見えたが、それは印字された文字である。子供が書いたような拙い文字で、そこにはこうあった。

「聞こえますか、我が主よ」

 起源からの者達による交信だった。僕は衝撃を受けた。そしてすぐさまペンを取った。彼らの時間は早く流れると知っていたからだ。

「聞こえています」

 僕は九十八ページの空白に浮かび上がった文字の下に、そう書いた。民衆に僕の書いた文字は認識できないが、起源からの者達はしっかりと受け取ってくれた。起源からの者達は民衆に対し、僕の書いた文面を告げた。

 文明が沸き立つ。それは彼らにとって神と交信した瞬間であった。

 起源からの者達によって、新たな文字が浮かぶ。それは紙面世界の一般個体から見るに、ものすごい早さで無意味な建造物が作られてゆくように見えたであろう。

 新たな文字は、このようであった。

「私達はこの箱形の世界を認識し、随分と長い間を瞑想の中で過ごしました。私達は我が子供らに世界の運命を告げようと思います。この世界がもはや永い眠りにつこうとしている事を、愛する我が子供らに伝えようと思うのです。お許し下さいますか。主の意思は?」

 突如として恐るべき決断を迫られ、僕はひどく動揺した。主とは何だ? 確かに彼らの価値観で僕を認識すれば絶対的な神に見えるかもしれない。だが、僕は彼らをただ眺めていただけだ。愉快に、興味深く、時に愛らしく思いつつも、ただ呑気に眺めていただけなのだ。主とは誰だ。この本を出版した者か? あるいは本の筆者が適当なのか? 少なくとも僕ではあり得ない……。この紙面世界において絶対的である起源からの者達でさえ、そこまでは理解できなかった。民衆からして起源からの者達が神であるのと同じく、彼ら起源からの者達からすれば、僕こそが不明瞭ながらも確かに自分たちを見守ってくれている〝神〟なのであった。僕は混乱した。だが早く答えなければならない。彼らにはもう時間が無いのだから。

 僕はとにかく返答を急いだ。

「あなた達の好きにすれば良い」

 慌てて出した答えは逃亡に近いものだった。たとえ時間があっても、これ以外の返答ができたかどうか。

 これらのやり取りは僕にとって数秒のうちの出来事だが、彼らにとっては数日である。彼らは日々、僕からの返答を待ち望んでいた。民衆も、起源からの者達も。

「私は我が子供達に世界が終わろうとしている事を告げました。子供らは嘆き悲しみ、戸惑っています。何とか避けられないものかと考えていますが、もう無理なのだと言い聞かせました。いずれ理解してくれます」

 僕は返信のペンを走らせる。

「別の箱形世界に移る事は?」

「我々にそれほどの力はありません。このしばらくの間に子供らも世界の終焉を理解し、嘆く事をやめつつあります。悲しみに満ちつつも、どこか穏やかでもあります。不思議と優しい涙がここにあります。歌っている者があります。想い出の場所でぼんやりと肩を並べて、歌っているのです。私はそんな我が子達が愛おしいです。これで良いのです。この世界と共にあり、私達は幸せでした。あなた様のお創りになった、この世界が好きでした」

 違う……僕はただの傍観者なのだ。この世界を作ったのは君たちではないか。

 新たな言葉が浮かんだ。

「最後に聞いておきたい事があります。答えてくださいますか」

「何でも答えます」

「私達は何故生まれ、何故死んでゆくのですか。何か意味があるのですか。この世界はなぜ存在するのですか。名前はあるのですか?」

 この質問に、僕は思わず表情を悲痛に染めた。この紙面世界を生きる小さな彼らもまた、我々と変わらぬ永遠の問いを胸に生きていた。僕はそれに答える事が出来ない。僕と彼らの間には、何一つの差が無いからだ。

 僕は戸惑いながらも返答のペンを走らせた。我々より一足早く消えてゆく彼らを、せめて冒涜しないように。せいいっぱい神様のふりをして。

「その意味は私の決める所ではありません。しかし君たちは素晴らしい理由のために存在する。君たちの生きる世界の名は、」

 僕は書籍のタイトルを見た。

「〝よくわかるマインドウィルス学・ミームでつくる15の幸せ〟です」

 この返答を受けた起源からの者達は嬉しそうにしていた。彼らから返答を伝達された民衆も、終わりゆく世界の中で最後にひどく安らかな幸福に満たされた。

「ありがとう、我が偉大なる主よ」

 この返答を最後に、もう交信は無かった。

 書籍の世界は静かに衰退し、今までより少しだけ早い速度で死滅が起きた。しかし誕生はもう起きなかった。世界は豊かな色彩と幸せな音楽に満ちていた。そして彼らは愛を語り星を見て、ゆっくりと終わりに抱擁されていった。僕が一眠りしてから目覚めたとき、本の中にもはや世界は無かった。

 ――以上が僕の机の上で発見された宇宙の観察記録である。これ以上先に話す事は無いので、最後に細かな観察記録を雑記して終わる事とする。

・観察期間、約二週間。

・同じ体験をした者を探したが、今の所は見つかっていない。

・本の著者に対してこの件についての手紙を送り、返事を待っているところ。

 以上。

2018年12月25日公開

© 2018 オリエ堂の倉椅

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