アスタリスク

長崎 朝

小説

19,180文字

冬の匂い。消失点へと伸びていく新幹線の残像。死んだ妻の実家で新年を迎えることになった湯川は、ひとり東京駅のプラットフォームにいた。「ただの他人」の人生の綻びを修繕していくかのような義祖母の毛糸を手がかりに、無造作に紡がれていく思弁的短篇。これを書き終えて、自分は人生の「その他のこと」を書きたいというひとつのテーマを見つけました。

大晦日の東京駅の混み合いようは、軽い小旅行気分で家を出てきた湯川を、一気に現実の慌ただしさの中へ畳み込んだ。とにかく指定券を買いそびれているので、新幹線の自由席に座ることができるかどうか、まあ並べば大丈夫だろうというくらいのことを頭の中で繰り返しながら、駅の軽食屋でカレーライスを食べ、妻の実家への土産の買い物を済ました。

本物の旅行はおろか、親の顔を見に郷里へちょっと帰るということすら思いもつかない彼にとって、肌に馴染まぬこの駅のあらゆる方位から押し寄せる人波が、それぞれの目的を持って移動を試みるひとつづつの生命体から構成されているということが異様だった。

彼もまた、こんどに限っては、それに乗りさえすれば自身を行く先へ正しく運んでくれるはずの箱をもとめてさまよう流動の構成要素と化し、うたかたの放熱の混じり合う気密空間の、見えない壁をつなぐ接合剤の役割りを果たしていることを自覚している――その最小単位であるひとりの他人として。

 

義父から手紙が届いたのは、十二月の初旬だった。

引越し先の住所を報せるという、本来あって然るべき区切りをつけるのを怠った自分を恨みながら書面を読む羽目になったのは、「あて所に尋ねあたりません」のスタンプを捺されて一度戻ってきたのだが、とまで義父が前置きを記していたからで、彼によれば湯川の両親に転居先の確認をあらためてとりはしたものの、またはじめからハガキを書き直してさらなる帰還を食らうのは御免だったので、次に同じ目にあっても封筒の中身だけを入れ替えればすむようにと、こんどは便箋にわざわざしたためたものが送られてきたのだった。それも、たった一枚、それこそハガキに書いても余白を埋め尽くすことはできないだろうほどの、簡潔な伝達事項を。

お気持ちは察するに余りありますが、とハネ・トメのしっかりした律儀な筆勢のボールペンで綴られていた。

もし、茉里のいないままの滞在が窮屈でないならば、また、ご実家への帰省を後回しにすることが許されるのなら、新年を我が家で迎えてみてはどうか、みんな会いたがっているから。

それについて真剣に考える気が起こらず、返事をしなければと思いつつも何日も意識の枠の外へ追いやっていたのが、あるひとつのダンボール箱の封を解いた拍子に、彼は深く考えることもなく反射的に行くことを決めてしまった。いつかけっきょくは箱を開けることになるのを知りながら、まるで何もかもがなかったことにしようと願うような気持ちでガムテープを直線に引いたとき、いったい自分は何を願っていたのだろう。人の願いの実態など、いま破り剥がして床の上に縮まっているこの粘着テープと変わらないのではないかと彼は思った。

妻の残した衣類は、品の良し悪しの判断のつかぬままひっくるめてリサイクルショップに持ち込んで、買い取ってもらえなかった分は古布ゴミとして処分した。だが、彼女の祖母が特別な毛糸を使って編んでくれたといって愛用していたセーターとカウチンベストだけはさすがに捨てられず、当面のあいだ置いておくほかないと考えて荷物の底に畳んでしまってあったのだ。

粘着を解かれた願いの実態を目の当たりにすることに耐えられないとどこかで感じていたかもしれない彼が、寒さの本格化していくなかで、どちらかといえば足もとにまとわりつく冷えの日に日に増していく粘度のほうにいよいよ耐えきれなくなり、冬物の室内用靴下を入れてあったはずだとダンボール箱を掻き回すことになった。

――かといってずっと持ちつづけるわけにもいかない。誰も着ることのなくなったその一点物の衣服たちに、誰にも着られぬまま存在する価値があるのかどうか、彼にはよく分からなかった。おそらく、また誰かに袖を通してもらうべきなのではないか。もう読まないかもしれぬ本にも、書棚のスペースを埋めるだけの存在価値があるような気がして、どうしても古書店に売る決意が起こらなかった彼にとってみれば、衣服はやはりひとつの用途に基づいた実用性あふれる製品であり、書籍のほうは仮に実用性を持つとすれば、まさしく書棚の隙間をきちんと収まりよく見せるという一点に絞られて、ときどきは誰かに目を通してもらわなければなどと思ってみたこともない。中でもひときわ存在感を放っていたのは、原語版の豪華な装丁の『星の王子さま』であるのだが、彼にはかつてそのページを繰ったことがあったのかどうかさえ不確かだった。

ひとつのスペースを埋めると次のスペースが顔をあらわにしはじめ、そこを塞ぐとまた隣に新たな隙間を見出してしまう。生活には必要最小限のものさえあればいいとふだん公言する彼の矛盾は、むしろ生活に必要な空間をゆっくりと、着実に書物一冊分ずつの体積を積み重ねて最小限にまで侵しつづけようとする、実に本末転倒な行程としてあらわれていた。

「それはもうマニアックな世界なの」と、かつて茉里は話していた。「それに価値があると判断すれば、いくらでも払う人がいるわけ。とくにそれが手作りの、世界に一着しかない非量産型の品である場合には。何より、首のところにメーカーやブランドを示すタグが付いてないことが重要なのよ」

山陽の都市で暮らす彼女の兄が着ていた「おばあちゃんのカウチン」に惚れたセレクトショップの店主が、店に置きたいとじきじきに願い出て、新しく編んだ一着を五万円で買い取ったという話を彼は思い出した。付けられたタグが値を左右するのは容易に想像つくけれど、タグが存在しないことが逆に価値を生み出すというのなら、人の願いと同様、ものごとの本質も、その都度の観測点を反映する「揺らぎ」の中にしか有りようを持ちえない。同じ座標のどの部分から眺めても、常に安泰を保ちつづける不動の原点は、彼自身の内においてもまた、どこを探しても見つかりそうになかった。

そう、彼が一定の自己を保ちうるのは他人の中においてであり、自己は同時に他人の内に消滅する。妻や親が他人であるように、自分自身を巡ろうとして広げる案内図に見出す唯一のしるしは、やはり彼という他人なのだった。

 

ポンプで送り出すように、次から次へと白い十六両編成が滑り出ていく。いつ動き出したのかわからぬほどのさりげなさで、N700系は、ネイビーでもターコイズでもないまさに青の中間地点にあるような色彩の一筋の直線を、白い車体の側面から置き去りにするように後へ引いていく。

――どこにもない色。たしかにそこにあるのに、どうしてもその色調を表す言葉を思いつかないのは、とどまりつづけることなく視界を横切っていく直線が、ずっと先のどこか見えなくなった場所で、その色を脱ぎ捨てているような気がしてしまうからだ。薄れる記憶の断片との接続を試みながら、一向に着火できないでいる透明な焔の先端のように。

プラットフォームの、自由席乗り場のあたりにできている行列の一員と化した彼は、手に下げた髙島屋の大きな紙袋に入れてきた手編みのセーターとカウチンベストの重さを意識していた。いったいいつ、何を髙島屋で買ったことがあったのだろう? まるで別の世界から何かの間違いで送付されてきたクリスマスカードのように、白地に赤いバラの輪が描かれたその紙袋は身に覚えのないものだったが、大きな荷物を持ち歩くための鞄を持っていない彼にはちょうどよい容れ物だった。義祖母はこの中身を見てどう思うだろうか。

十一時三十分、のぞみ二十九号、博多行。

新幹線に搭乗するという実感が湧くのは、空気力学に基づいてデザインされた流線形の、ノーズと呼ばれる先頭部分が自分の前を通過していった瞬間だ。彼は、自分が旅行者のひとりとして、この文明の利器ともいえる鉄道の「高速」と「安全」に全面的に期待しはじめているのを感じた。

列車が止まって扉が開けば、当然ながらそれを待ちわびた行列が中へ吸い込まれていく。一度の乗客数と、果てることなく到来しつづける新幹線の本数を頭の中で乗算しようとするが、具体的な数字が浮かぶはずもなく、ただ「厖大な」としか言いようのない量の何かがその場所から移動していくということしか彼には理解できない。

何かとは何か? それぞれの人生が持つ時間が、高速で移動する箱に乗って、別のどこかにある時間と触れ合いにいくのだろうか? 時間というものは所有物にはなりえないにせよ。

移動にともなう速度にもやはり実態はない。三人掛けの窓側に運良く席を確保した彼は、横に滑り出した景色を眺めながらそう考えていた。車内はすぐに満員になり、座る席がなくなって通路に立ったままの人たちもいた。身体を前方へ運んでいくのなら、自転車でもバスでもその速度を感じることができるし、高速とは言えないまでもそれは意識的な歩行にしても同じはずなのだが、新幹線の速度は格別で、その移動距離の長さや見知らぬ土地を通過することなども影響するのだろうか、過去を後ろへ置き捨てていく感覚が走るほど増幅し、自分が余計に空っぽになっていく気がした。

しかし速度が物を運んだり置き去りにしたりするわけじゃない。いや、どうだろう。ひょっとしたら、速度こそがわれわれを、ときに時間の牢獄から救い出し、解放すると見せてけっきょくはまたその内へ閉じ込める、要するに時間経過を生きている感覚として認識させるための、増幅変換装置なのかもしれないではないか。

生は速度の上に成り立っている。だとすれば……。どちらかといえばその場に踏みとどまり、ああでもないこうでもないと同じ文章を何度も読み直す癖のある彼は速度とは無縁で、とどのつまり生きている実感というものをもともとありがたがらない性質たちなのか、とにかくスピードの出る乗り物には興味がなかった。緩やかに生きているといえば聞こえはいいが、いつまで経っても前へ進まないその生を、じれったい思いでここまで眺めてきたのもまた彼自身だった。

彼は正月を迎えに行くのだ。そのために湯川に与えられた時間は、今日と元日しかない。引っ越して間もない我が家にじっとしていれば、わざわざ重たい腰を上げずとも、この年は勝手に去り行き、次の年は勝手にやってくる。ましてや、妻の生前からほとんど付き合いもしなかった彼女の親類と新年を迎えるという作業がどんなものなのか、その意味や手触りをうまく想像できぬまま、彼は電車に「揺られることなく」滑るように運ばれつづけていた。

 

二つ前の席で小さな子どもが、もう一時間以上も騒いでいる。耳障りというよりは、人の神経を蹂躙するほどのうるささで、その意味をなさない声音の威力は、ほとんど暴虐とも言うべき水準まで達している。その一点を除いて静まりかえった車内で、まるでそこだけ異世界のようで、子どもは重力の中心点となり、この車両の時空全体を歪ませていた。

仕事への行き帰りの電車でもときどき出くわすこの種のアクシデントを思い出し、彼はうんざりした気持ちになった。数分すれば次の駅に到着し、難を逃れる可能性のある都内の通勤電車と違って、ここではそう簡単に局面を回避しえない。一度座った席を立つわけにもいかず、通路にも人がいるわけだから移動するだけ迷惑だ。目的地までの長い時間を身動きとれぬまま、喚き声を煮込んだ液体を、じかに内耳に噴霧されているような不快感にとらわれながら過ごすことを考えると、思わず自分の手が耳を塞ごうとして勝手に動き出すようだった。

こういうときのためにイヤフォンは存在するのだと、音楽の消極的使用法に思い至った湯川は、ついこのあいだ、イヤフォンの耳に挿入するゴム製の部分をLのほうだけなくしていたことを悔やんだ。だからいま彼の耳を塞ぐことができそうなのは、自分の手と、自分の意識だけだった。

意識? 意識で耳を塞ぐことなどできやしないのではないか?

彼は分析することにした。騒音が遠ざかるように念じるのではなく、それを半ば受け入れたまま、それについて論理的に対処できないかどうか試してみることにした。

どうしてあの子どもがあんなに喚きつづけるのか。どこにその理由があり、それに何の意味があるのか。そして、自分の人生におけるこのような状況の苦痛の瞬間、つまりいま現在そのものに何の意味があるのか?

子どもは病気であると彼は仮定した。なぜなら、ただ気に入らないことがあって泣いているとか、赤ん坊であるとかではなく、座席に立ち上がって暴れるように喚き散らし、後ろの席に向かってひたすら身を乗り出したりしている。ほんの一秒たりともじっとしていることができず、子ども自身が、この新幹線の車両という高速で移動する密室の圧迫感に我慢できないのだ。テレビで見たのはいつのことだろう、授業中に席を立って歩き回ったり、教室を抜け出したり、秩序を乱してしまう生徒がいて、何か病気の名前がつけられていたはずだと彼は思い出していた。それと同じようなものかもしれない。だとしたら、いまのこの状況を防止するすべはなかったのか? 子どもの親にとって、この事態は想定の範囲外だったのだろうか?

少なくとも湯川自身はこの事態を想定していなかったのが当然といえば当然であるにもかかわらず、意識的な分析を行ういくらかの余裕の内に出入りすることができはじめていた。あるひとつの理解とともに。

彼の苦痛は、この子どもの叫喚が否応なしに、それを耳にする彼を彼自身の内部に連れ戻し、閉じ込めようとすることからきているのだ。苦痛とは個人的なもので、彼は自分自身であることが億劫であり、自分自身であるということが苦痛だった。なぜならそれが、生きるということの意味に連結している気がするからだ。

この場面を誰か他の人のものにしてしまえばいい。そうすることによって彼もまたひとりの他人となり、生きる苦痛から解放される。関わりを持たない。生きない……。

名古屋駅に到着する手前で、ついに声があがった。方向はわからなかったが、関西訛りの野太い男の声だった。

「うるさいよ、親はなにしとんのぼけ、日本人じゃないの、常識ですよ」

一瞬、すべてが静かになった。すべてといっても、静かになるべきなのは子どもの声を除いて他になかったわけだけれども。

男の声が、乗客のそれぞれの耳の中に染み渡っていく。窓の外を流れていく景色は何の意味も持たず、右隣の席の乗客がどんな人間かも知らない。一瞬の沈黙の中で身体の居場所だけは確実に移動し続けていた。名古屋に着く前にまた子どもは大声で喚きはじめた。

新大阪の手前と、新神戸を出たところでも、子どもの親は乗客に注意された。それは注意というよりは、もう勘弁してくれという願いでもあるし、この車両にたまたま巻き込まれてしまったことの苛立ちが声として表明されたのでもあり、このような場合によく親が周囲へ配慮して子どもをたしなめたりあやしたり迷惑を謝罪したり、それが徒労であるとしてもとにかくやってみるという態度が皆無であったということに対する、これはむしろ恐怖なのではないか。この親子はもしかしたら日本語のわかる者たちではない、まっとうな人間ではないのではないか、異世界の生き物ではないのかという。

たしかに、このような状態で席に平気で座り続けていられる、むしろ親のほうが病気なのではないかとも勘ぐってしまう。だが、彼には病気だとか日本人であるとか、人間であるとかはどうでもよかった。子どもの声が、乱暴が、乗客たちの声が、沈黙が、忍耐が、失望が、どこかたどり着く場所を目指して運ばれていく。この車両は忍耐の車両だ。乗り合わせた者たちが、一緒になってひとつの忍耐を形づくっているのだ。少しずつ強くなって。

 

「そりゃま、大変なことでしたな」と迎えてくれた義父の言葉が、新幹線での出来事を指しているのは明白なのだけど、まるで彼の人生の経験をまるごとねぎらっているように、聞こうと思えばそう聞こえてしまうようで、湯川は自分自身を自分で同情しているのではないかという気がして恥じた。そんなつもりはなかったが、彼はまだ何かにこだわれるのならこだわってもよいという顔をしているに違いなかった。

「ちょっと痩せたようやけど、元気そうでなによりよ。一晩しかおれんのんなら、かえって面倒くさくさしてしもうたんやない?」

「あまり長くいるのも、ひとりじゃ、なんだかあれですし」

義父のスバル・インプレッサに乗り込んでもまだ、さっきまでの新幹線の水平に滑るような乗り心地が身についていて、車が停車したり発進したりするたびに体にかかる負荷が重たかった。

「岡山来るのはいつぶりのことかね」

「ずいぶんになりますね」

「ばあちゃんもだいぶ弱ってきとるんよ。ひと月ばかり前に家で転びよってな、ほんで骨折やゆうて入院して、それから退院したはええけどこんどは車椅子生活や」

「それは大変でしたね」と言いかけて、さっきの義父の出迎えの言葉と重なった。

「もう、ええ歳や」と義父は言って、それきり喋らなくなった。

数年前に義兄の計らいで新築した邸宅に、たしかに覚えはあるのだが、記憶の中に建つそれとはどことなく食い違い、少し小さいようでもあり、外壁から発する温度が出来たての高温の頃からようやく住宅地の常温に戻ってきたというような感じがあった。この町の地理もわからず、自分のいる場所を地図で指し示すこともできないにもかかわらず、たった一軒だけそこに自分の知る家が存在しているということが不思議だった。

自分は今どこにいるのだろう。空には色がなく、銀紙でできたスカートを履いたみたいに寒さが腰にまとわりついてくる。目の前には大きな扉があった。自分は家の前にいるのだ。

湯川さん久しぶりやね、元気にしよんか心配しとったんよ、仕事忙しんやろ、まあよう来てくれはった、くつろいでくださいな、飲むんやろ、と畳みかけてくる義母に土産の洋菓子を手渡して、居間の大きな木製のテーブルに備えられた椅子に腰かけた。なんとなく視線を上の方へやると、天井が一部分、二階の高さまで吹き抜けていて、そこに明りとりのような窓が見えた。結露しているわけではなさそうだが、ガラスが曇っているように濁っていて、だけどそれはたんにそこから見えている空が濁っているだけかもしれなかった。

「謙介たちやけど、夜帰ってくるゆうとるから」と言って義母はテーブルにサッポロ黒ラベルを出してくれた。

「しかし、あれやのう、仕事忙しいんかね」

いつの間にか向かいの席に座った義父が言った。

仕事が忙しいという印象は、湯川があらゆる他人に対して着飾ってみせる鎧のひとつだった。それはどんなときにも、他人との距離をとる口実として機能し、同時に自分を慰めるためのささやかな小部屋にもなる。実際には彼の忙しさは限定的で、張りつめていた日常が弛む隙を狙って、次のほんとうの忙しさがやってくるまで小部屋の中で悠々と体を伸ばしもするのだが、とにかくそれでもまた忙しくなれるということが安心でもあった。

謙介? 聞き慣れぬ呼び名に一瞬怯んだが、おそらく義兄のことだろう。湯川はいま見知らぬ他人の家にいた。東京から何時間もかけてたどり着いた他人の家でビールを飲んでいるのだった。居間の真ん中で黄色い炎を抱いているコロナの白い円筒形の石油ストーブが、室内の空気を歪めてそれの透明さを損なっている。完全に同じ型ではないが、コロナの似たような石油ストーブがたしか彼自身の実家にもあったはずで、火を消すためのレバーを押し下げるのだったか、引き上げるのだったか、とにかくその鎮火の瞬間のガシャンという大きな音が恐ろしく、子どものころの彼には火を消し止める勇気がなかった。しかし火は容易に消し止められるものでもない。時間の鎧で防壁をこしらえようと、ダンボール箱の底に押し込めようと、それはまたどこからともなく命を吹き返し、気がつくと現実の彼の背後にはつねにまた火が迫っている。彼はその火に追われ、同時に火となって自身を追いかける。そもそも、消してしまう必要があるのかどうか。

むかし倉敷市の美観地区で買い求めた備前焼のタンブラーを、茉里はずっと晩酌の際に愛用していた。器に藁を巻いて窯に入れる焼き方で、藁の接触部だけが緋色に発色して美しい模様をつくるのが特徴でもあるこの焼き物には、いくつかある備前焼の手法の中で、火襷ひだすきというこれもまた模様にふさわしく美しい名前で総称されており、しかしそのうちのひとつとして同じ模様を描くことはない、まさにおばあちゃんの手編みのセーターのごとき一点物がものをいう世界にそれは存在している。

――これで飲むと、おいしい気がする。

ビールを飲むなら火襷より桟切さんぎりだよ湯川さん、と、これまたいつの間にか自分でもサッポロ黒ラベルを開けて、備前焼に注ぐでもなく直接缶に口をつけて飲みはじめていた義父が喋っていた。

灰に覆われ酸素不足のまま燃焼された黒鉄色の桟切りは、ピルスナーにとって味の決め手ともなりうる喉越しを、クリアで柔らかなものにするために欠かせない泡の細やかさを表現するのに最適である。喋っているときでもハネ・トメまでしっかりしているというのか、それも酒が入るほどハネ・トメまで手を抜かず喋っているような、定規で引いたような口調になる義父の言葉を聞きながら、あの手紙も酒を飲みながら書いたのかもしれないと彼は考えていた。

それなら、エールやスタウトは火襷でも差し支えないのではないか。喉越しや泡の出来具合をふだん気にも止めず、ビールの製法について理解を持ち合わせていない彼は心の中でそう思った。だいいち、義父の口からは備前焼の外見的特徴のみが説明されて、どうして桟切りのほうが良い泡を生み出すのか、肝心のところがいまいちあやふやだった。しかし酔うにつれ句読点すらおろそかにするような喋り方になることをなかば自覚している湯川は、ますます原稿用紙に敷き詰めるように喋りだした義父の話に太刀打ちできるはずもないと、口を挟むのを控えた。

東海道新幹線の年間の平均遅延時間は、各年数秒から数十秒以内に収まっておるちゆうての、この数字を聞いて驚愕せんような者はおらんやろう、自然災害や事故による遅延を含んどるにもかかわらず総合的にはこの精度をキープしよんてほんまわしはこれ聞いてびっくりしたんじゃが日本の技術はすごいのう、なんでも走りながら運転士が時間や速度を秒単位でコントロールしよるらしで駅のホームにおってもほんま時間に狂いなく当たり前のようにぴったしやもんな、あれはすごいことやと思うで、しかも次から次へと到着しては出て行きよるし、他の鉄道と違って流れるようやろスムーズで気づいたら発車しとんのやからおもろい乗り物よあれは。

まだインターネットのようやく普及しはじめた頃だったか、仲間たちと電子工学関係の会社を立ち上げ一時の財を成した後、本格的な電子時代の到来とともに会社は技術革新の速度に追いつけず経営が有耶無耶になり、倒産というよりは事実上の解散のような形で無責任な終末をすり抜けた義父はその後、大型コピー機などの面倒をみる別の技術者としての道を歩んだ。最先端の分野で未開地を模索するより、すでに確立した生活に不可欠な工業品の流通の網の中で、機械の設置や修理や手配を全般的に手がけるほうが肌に合うと悟った彼は根っからの職人気質で、急速な変化に心躍らすというよりも、変化しているのかしていないのかわからないほどの緩やかさの中に身を置いたときにこそ、エンジニアとしての本領が明瞭になるのだと豪語する。

兎よりは亀やな。世界でも類を見ない新幹線の緻密ダイヤを支えているのは亀の歩みなんや思うわ。

「亀といえば、ぼくも自分は亀のほうだと思います」と湯川は言った。

「はははは、言わんでも兎やないちゆうことは見てればわかる」

歩みは遅くとも、時速285kmで駆け抜けるせわしなく精密な兎たちの速さと安全と安定性を支えているという亀の話に受けた感銘を、彼はまた一口のビールで喉の奥に流し込んだ。

「わしかて子どもの頃はのろまやゆうて馬鹿にされとったんよ、なあ、ばあちゃん」

これもまたいつの間にか食卓に座り込んでいた義祖母が、車椅子に乗ってなどなく、どこの骨を折ったのかは知らないが彼の気づいたかぎりでは平然と歩いてここまで来ていたようで、備前焼ではない湯呑みのような容器で得体のしれないものを啜っていた。おそらくはお茶なのだろうが、中身がビールだったとしても驚くべきことではないように思えた。転倒を期に弱ったと言えども九十を超えてなお、毎日編み物や料理に現役の腕をふるうこの老婦人が、夕暮れ時に一口や二口のアルコールを摂取したとしても不思議はない。

「あんたが? のろま?」目を丸くして義祖母は聞き返した。

「そうよ、食べるのも歩くのも勉強ものろまやゆうて、ようひっぱたかれとったよ」

それについて何を言うでもなく、老婦人はただ椅子に座りつづけていた。体つきは丸っこいが背が小さく、そうやって座っているとテーブルにほとんど隠れてしまいそうな感じがした。毛糸でできた帽子をかぶっているために、テーブの上に載った帽子が喋ったり湯呑みに口をつけたりしているみたいだ。その帽子が、彼に髙島屋の紙袋に入っているおばあちゃんの手編みのセーターやカウチンベストのことを思い出させた。袋はいま、二階にある彼に今夜の寝室としてあてがわれた小部屋に、他の荷物と一緒に置いてあった。彼が到着してからいまだ茉里のことを誰も口にしていなかった。その袋をこの場に持ち出すことは、必然的に茉里のことを色濃く思い起こさせ、それによって義父や義祖母がもしかして気分を損ねてしまうのではないか、あるいは悲痛のどん底に深く沈んで二度と口をきかなくなってしまうのではないかという懸念が彼を捉えていた。しかし、彼の滞在中、何も茉里のことを一度も喋らないつもりというわけではないだろう。ここにいる誰もが、お互いを監視しあい、様子を見あい、牽制しあっているのだ。あらゆる話には、それが話されるべき相応のタイミングというものがあって、いまはそれの探りあいの途中であり、いずれその時が来ることを知ってそれを待っている。他人同士として酒を飲んでいる。

湯川は、今日ここへ持ってきたものがあり、いろいろな判断を迷ったあげくその決心をしたのだということを簡潔に伝え、用も足したいのも含め中座を軽く詫びて二階へ上がった。段を重ねながらゆったりと百八十度回転していく清潔な階段を上がりきり、荷物を置いてある部屋へ向かう手前のところで立ち止まった。止まった場所の右側にひとつ別の部屋がある。明かりがついていた。

一瞬、人の鼻歌のようなくぐもった声が聞こえたのを、彼はなんとなく気のせいではないかと思ったのだが、どうして自分がそれを気のせいだと思おうとしたのかわからなかった。部屋に明かりがついている以上、そこに誰かがいて鼻歌くらい歌っていたとしてもおかしくはないのに、もしそのとおりであるとしたらそれは何かの間違いであって、自分は見てはならぬものを見てしまうのではないかというような恐怖心に似たものがこみ上げてくるのを感じていた。

彼が足を止めたとき、鼻歌も一緒に止まった。扉が半分開いていて、部屋の壁の一部がそこから覗いている。彼はこんな場面を映画か小説で体験したことがあるようで、自分の感じているものが、いま起こっている現実に基づくものというよりは、記憶の片隅に貼りついたそういった映画のワンシーンの印象から来ているものであると分析した。階段を上がる。誰もいないはずの二階の部屋に誰かがいる気配がする。

ある速度をともなって直線移動をしていく「どこにもない色」が、色を脱ぎ捨てる前につかの間の憩いを求めるように部屋の壁紙を舐めている。ゆらゆらと刷毛で撫でつけるような速度で、空の色だろうか、水の色だろうか、かすれたブルーの幅広の線が壁を一周遊泳していて、部屋全体がひとつの流動の中に存在している。部屋の真ん中で地べたに座り込んだ幼い女の子が、ただ黙って湯川のほうを見ていた。

「みのりちゃんだね、こんばんは。おじさんのこと覚えてないだろうけど。大きくなったね。前に見たときはまだ赤ちゃんだった」これで窮地を脱したとでもいうような安堵に満たされて、彼は声をかけた。姪がどのくらいの大きさの赤ん坊だったのか示すために、手で見えない人形を抱いているような仕草さえしてみせた。

このくらいの子どもを安心させるためには、どのようなことを話せばいいのか、どんな顔を見せたらいいのか、彼には見当もつかぬ種類のことではあった。それでも怯まずに少女の部屋へ彼は静かに入っていった。石油ストーブの熱がすっかり家じゅうを暖めて、この部屋もまさに適温といえそうな空気を電力機器の力に頼ることなく保持しているらしいことに感心した。彼は海底火山の熱源のほとりで、小さな穴ぼこの無数に空いた、でこぼこの頑丈な黒い岩陰に護られている揺りかごを思い浮かべた。

「なんの歌うたってたの。今日はどこかお出かけしてたんだね」

さらなる問いかけにも反応することなく、女の子は手の中で紐のようなものをいじりまわしているだけだった。

――毛糸。部屋の壁模様からほぐしてきたみたいな青とも灰ともつかない曖昧な色の毛糸の紐を、でたらめに丸めたり引き伸ばしたりしている。それがあやとりの紐だと気づいたとき、彼は息を飲んだ。

彼女の幼い手ではまだ思いどおりに紐を操作することができず、何の形をとることもない毛糸のかたまりは、あまりに軽く、頼りなさげで、息を吹きかければ遠くへ飛んでいってしまいそうだった。彼はあやとりの手順を頭の中で再現することができた。さまざまなパターンの星や梯子や橋梁が、両手の指の間で次々と姿を変化させていく。ひとつの緊張状態からまたべつの緊張状態へ、一瞬の弛緩をバネに揺れ動くサーカスの空中ブランコみたいに、連続と非連続の跳躍を成し遂げながら。

その、粘着テープとはべつの形で存在している願いというよりは祈りにも似た何かを、彼は自分の手から他の人の手へ、他人の手から自身の手へと受け渡すところを想像した。想像しながら、彼は幼い子どもの手の指に、ぎこちなく毛糸の紐をかけていった。

「湯川さんやろ?」

彼の手の動きと、指を開かれた自分の手を見つめていた少女が上目遣いになって尋ねた。

「ぼくのこと知ってるの?」

「湯川さんは東京に住んどる。茉里ちゃんと一緒に住んどる」

彼女はまた視線を手と紐のほうへ落とした。その指の間で紐は交錯しながらそれぞれの線がとるべき方向性を与えられ、全体ではひとつの幾何学的なモチーフを描いていた。

「そうだね。でももう一緒に住んでないんだよ」

「知っとるよ。わたし、熱出してお葬式行かれんかったんもん。ねえこれ何?」

「蜘蛛の巣だよ」

いやっと言って彼女は手から紐を離した。湯川が笑うと、もう一回作ってとねだるので、彼はもう一度はじめから手順をなぞった。蜘蛛の巣とはつまり中心から放射状に筋の伸びた同心の図形で、毛糸の紐で作ったそれは見た目では星型ともいえるし、それこそただの蜘蛛であるともいえた。抽象化されているその図形をもう一度女の子の手の中に再現したとき、彼にはそれが、ひとつの見覚えのある形と重なって見えていた。

――アスタリスク。

言語の記述の際に用いられる約物の一種で、見た目からしても星印とほとんど同義なのだが、脚注記号として使われたり、文章と文章の間や場面転換を演出するために置かれたりする、「小さな星」という意味の名のとおり、さりげないながらも使い方を誤ると興を削ぐ結果となりかねない繊細な引力を持った案内役。それ自体に意味はないのに、その星が引き寄せる意味の連鎖は、アスタリスクが存在しなければ違った経路をたどり、有機的な結びつきを失ってもう二度と戻ってこないかもしれない。あってもなくても文意を追うだけなら問題ないのに、ちょっとばかりのお節介をやきたがる、小さな他人……。

アスタリスクが文字化けしておかしな記号になっているから、こちらで直しておきましたと編集長からメッセージが届いたとき、一応は礼を言ったものの、湯川はどうして自分の書いた記事の文中にその記号を用いたのか、はっきりと思い出せないほど疲労困憊していた。小さな引力に頼らねば、意味と意味を繋いでいることができぬくらいの散漫な文章で、取材した「マリオ・ジャコメッリ写真展」の記事を書き上げたのはもう半年以上も前のことだ。白と黒のコントラストが極端に強調され、中間色の排除されたジャコメッリの抽象的な写真が、なだらかなグラデーションの中に進行する暮らしとは無縁の、けばけばしい起伏を乱暴に転がされていくような彼の日常とどこか通じるものがあった。

白と黒しかない画面において、ふだん、中間色の生活に隠されていってしまう生と死の先端だけを抽出して提示してみせるようなイタリアの写真家はむしろ、一種の遊戯ともとれる制作の内に、人生の根源的なリズムを、それがもっとも確実に根付くはずの濃淡の豊かな色域をあえて排除することで、肯定的に再現しているのかもしれない。

失くしたものや、得なければならないものにとらわれて、生活の階調を見失っている彼の心理的状況が、コントラストを中和するつもりか、それとも逆に強調するつもりかもわからず文中にアスタリスクを散りばめて、結果的に半年経ったいまでもそれの作用が見極められないでいる。

過去と、これからの人生の狭間で、途方に暮れるというのとは違う、小休止のような連続した無音の時間の内にいる現在の彼自身もまた、小さな王子が暮らしたサン=テグジュペリのいびつな小惑星のような、自分だけのアスタリスクの上に立っているのかもしれない。振り返れば、しかし彼の人生はずっと、前進も後退も中途半端なまま停滞する物語の狭間に投げやりに置かれた空白のようなものだったともいえるのではないか。

いま、小さな星の引力は、保育園へ通いはじめてまだ間もないくらいの少女の手の間にあった。彼女は体をずらして立ち上がると、手の形を壊さないように注意しながら、部屋の扉の隙間をすり抜け、階段のほうへ歩いていった。湯川は急いで自分の寝室としてあてがわれた部屋から髙島屋の紙袋を持ち出してくると、ゆっくり体をひねるように半回転させながら階段を下っていく姪に追いついた。

滑らないかという不安と、彼女を追い越して自分が下方から支えに回るとしても、追い越す際に接触してバランスを崩しやしないかという不安のふたつを同時に計りにかけ、無理して追い越さず彼女の後ろから見守ることに決めた。彼女はいつの間にか後ろ向きになり、肘と手首をついて上体を支え、小さな星を手の中に大事に護りながら、膝とつま先で漕ぐように階段を降りていった。火を絶やさぬように決意したみたいなその愛らしい聖者のような姿に、彼は思わず笑みをこぼしたが、同時に自分でもわからない感動のようなものに包まれていた。最後の一段を降りきったとたんに均衡を失って後ろ向きにひっくり返った彼女を、あわてて背後から抱え起こしたとき、彼女の小さな手の中にまだしっかりと結ばれたままの線条を確認して、涙が出そうにさえなった。

ふたりが居間の扉を開けると、いつの間にこんなに人が集まったのだろう、茉里の兄妹や愛媛から到着したいとこ家族を迎えて談話が繰り広げられていた様子で、すでに石油ストーブの火は消し止められていたのだが、少しばかりは連れ込まれたはずの冬の外気をちっとも感じさせないほど、室温は依然として上昇しつづけているようだった。

湯川がひとしきり挨拶を交わすその横で、幼い聖者が手の中の繊細なオブジェを見せてまわっていた。

「なんやのそれ」

「蜘蛛の巣よ、本物みたいやろ」

「もうやめてや、みーちゃん、ひいばあばにほら見せてやりいな」

そう言われて彼女は、先ほどから微動だにしていないのではないかと思わせる姿勢で、テーブルの一角に隠れるようにちょこんと座りつづけている老婦人に近づいていった。顔の前に差し出された曾孫の両手の中を、目を丸くしてじっと見つめていた老婦人はおもむろに自分の手を伸ばすと、厖大な年月に渡る縫い仕事で培われた手先の器用さを発揮して、「蜘蛛の糸にはちょうちょがかかる」という謎の言葉をつぶやきながら毛糸の紐に指をかけてさっと抜き去ってしまった。次の瞬間、老婦人の手の中には蝶だと思って見れば見えなくもない新しい形が震えながら成立していた。

蜘蛛の巣に絡まった蝶を掬うかのように、違う誰かの指が老婦人の手から毛糸を抜くと、それは左右に皺が寄って開かれた鳥の嘴のような図形に変化した。糸は眼鏡になり、川になり、川を渡る橋になった。誰かの手から誰かの手へ、受け渡されるにつれその結び目を移動させながら、対称性を失わぬまま、しだいに引力を弱めて。

わしゃこんなもんとれへんのやと、不器用さを装った職人の、亀の手とは似ても似つかない手の中で、糸が指にかかったただの二本の平行線になって伸びきってしまうと、せっかく湯川さんがはるばる東京から来てくれはったんやから、盛大に年越しをしようやないかと義父が声をかけた。

平べったいタイヤのように大きな桶が二つ、その中にぎっしり並べられた寿司があっという間に平らげられると、皆は思い思いの飲料を啜りながら腹を休め、ふたたび団欒のひとときに入ったようだった。

紙袋の中身を披露する機会を失いつづけていた湯川は、いくら飲んでも尽きることなく提供されることになっているらしい缶ビールの冷たいプルタブをまた爪で引っかけてみて、少し飲みすぎているかもしれないことを気にして口をつけるのをためらった。

椅子の足もとにあった袋から手編みのセーターとカウチンベストを取り出して、そのときテーブルについていた義祖母と何人かの人たちの前に畳んだまま提示した。

「おばあちゃんが茉里に編んでくれたものです。誰かサイズが合うんじゃないかと思って」

「こりゃ大事なもんやな」義父がぽんぽんと衣類の手触りを確かめながら言った。

義祖母のほうに品を差し出そうとすると、彼女はそちらにちらっと目をやり、「ええ毛糸やつ使うとるけの」と小声で言っただけだった。

テーブルを離れ、ソファーにもたれてテレビを観ていた義妹が、あたし着るよ、大事に着る、湯川さんありがと持ってきてくれてと話に割り込んできた。そのとたん、私のほうがサイズぴったりだとか、これなら体つきに関わらず多少緩くても可愛く着られるとかいう意見が飛び交って、従姉妹どうしでちょっとした議論が巻き起こった。

ともすればこの形見のせいで、彼らに悲しみや、あるいは怒りのような感情をもたらすことになるのではないだろうかという心配のあった湯川は、いったんは彼女たちのやりとりを見て安心したものの、あまりにたわいなく品定めに没頭するその様相の裏側に、実は取り返しのつかないほどの悲しさと無念さが隠されているのではないか、それはやはり怒りのように熱い雨となって彼の上に降りそそごうとしているのではないかと考えて背筋がこわばった。

なんで死んだんかなあ、なんでやろな、あんたが殺したとまでは言わんでも、あんたんとこにいるうちに死んだんやからな、どうにかならんもんやったんやろか、いまさらこんなセーターなんか持ってきたって誰も着いひんやろ、捨ててしまったらよかったんよ……にほんじんじゃないの、じょーしきですよ……おやはなにしとんの……。

二つ前の席で子どもが泣き喚いている。彼の預かり知らぬところで恐慌が持ち上がり、彼に向けられたわけではない声がスプリンクラーのようにその恐慌を鎮めようと車両を冷やす。彼が出ていかなければならない。その声の主のもとへ、通路の人混みを掻き分けて、すみませんでしたと謝りに、子どもが騒ぐのは自分のせいではないにせよ、茉里が死んだのはぼくのせいではないにせよ、とにかく、この場に居合わせたことで、誰かのどうにもならない気持ちに気づいてしまっていることで、どんなことの当事者にもなりきれないひとりの他人として、ほんとうにすみませんでしたと。

「ほんならな、そや、湯川さんにやってもらったらええやないの」台所仕事をしていた義母がこちらに向かって何か喋っていた。

これから、義祖母が正月のために毎年拵えている海苔巻きを、足腰の安定しない彼女に代わってみんなで協力して作ろうという話になっているのだった。

「な、湯川さん聞いてください、今日な、お店に来たお客さん車椅子だったんよ」義妹がはしゃいだような声を出して話しかけてきた。「ほんだら、椅子あるやろ、髪切るときの、あれに移したりほんでまたシャンプーしにいってまた乗り移したりめっちゃ大変なんよ。だけどな、すごく上品な、ええとこで育ちましたみたいな奥様やったけん、なんや知らんけどやたら軽くて移るときもふわふわって感じで、あれやっぱ慣れとるからなんやろな、こっちが本気で手伝わんでもふわっと椅子から乗り移っとったみたいで、それがおしゃれな都会風の人やったからな、東京の人みたいですねって言ったんよわたし。軽くて、上品で。そしたらなんて答えたと思う?」

「何、なんて言ったの?」

「あなたのほうが、東京から来たみたいに奇麗じゃない、って。わたしべつに東京憧れてませんし、なんか冷たい人みたいに言われた気がして、何も言えなかった。母さんくらいの人よ、たぶんな」

呆気にとられている彼に、彼女はあわてて付け足した。

「あ、東京の人が冷たい言うてるわけやないからね、湯川さん気にせんどいてよね」

それこそ何も返す言葉が見つからなかった湯川は、気にしていないという意味のつもりで曖昧な笑顔を義妹に向けると、義祖母の指示に従って巻き簀の上に海苔を置き、米を平らに敷きつめキュウリや卵焼きを並べていった。その慣れない手つきに苛立ったのだろう、老婦人はいきなり腕まくりをしたかと思うとひょいと立ち上がり、骨折というのは嘘だったのではないかと思わせる力強さと気迫で彼を脇にどけさせると、みずからの手で具の位置を念入りに調整し、ただ見守るしかない観衆を尻目に、あとは一挙に巻き上げてしまった。

巻き寿司はやはりばあちゃんやなと言い残して、徐々にみんなは散り散りになり、寝室を得られなかった親類たちは居間に雑魚寝をはじめて、テレビも消し止められた。湯川はひとり、飲み開けた缶を台所ですすぎ、ふだん自宅でなら怠ってしまうはずの戸締まりや暖房器具の電源スイッチの確認を、なぜ部外者である自分がしているのかわからぬまま見回って、二階の部屋へと戻っていった。

消灯され、人々の寝静まったこの家は、凍える冬空の下で今日のできごとを夢から追い出していく。夢が透明になるにつれ、かえって家族の繋がりは濃度を増していく。逃れようもなく色濃く、限りない重ね塗りの果てに乾ききらない塗料痕が垂れるほどに、妻の不在を媒介として。

 

翌朝、食卓でおせちとお雑煮を食べているときのことだった。

後楽園ちゅうところでな、正月に鶴を飛ばしよんよ、湯川さんも見に行かんかねと義父が言うので、岡山駅まで送り届けてもらうついででもあるし、断る理由もないので同意した。ところが、その少し後で明らかになった話によると、鶴を見に行くのはけっきょく義父と義祖母と彼だけのようだ。義兄家族をはじめ、親類一同は駅前のショッピングモールで催される初売りに参戦するべく士気を鼓舞しあっている様子で、まだ獲得していない戦利品について早くもああだこうだと口角泡を飛ばしている。何台かの車に分かれて意気揚々と出かけていく彼らを横目に、湯川は老婦人の乗車を手助けし、自分もそのままインプレッサの後部座席に滑り込むと、窓から外を振り返り、一晩過ごした家を眺めた。別の車に乗り込んだ姪が、鶴に願いごとしに行ったらええんよと、出かける前に彼に投げかけた声が耳の奥に残っていた。鶴がな、飛ぶやろ、流れ星にするみたいに願いごとしたらええんやって、そうやってみんな鶴を見るらしよ。

江戸時代にこの地の藩主によって造られたその広い庭園では、正月になると鶴を飛ばす儀式がある。実際には正月に限らず、一年を通してときどき園内散策という名目でケージの中から鶴を出し、まさに庭を散歩する様子を一般に公開しているらしいのだが、その鳥類に割り当てられた縁起物としての宿命のゆえか、人々の想像の中でなんとなく鶴と正月がイコールで結ばれているように思う。

昨日と変わらぬ曇り空でかなり寒い。彼は体の芯が空洞になって冷たい風が通り抜け、重たい角笛のような音を響かせているみたいな感じがした。ぱっとしない一年のはじまりの日。それでも人々は鶴が飛ぶのを見ようと集まり、あたりは賑わいをみせていた。人は鶴が飛ぶのをありがたがるのだ。鶴が飛ぶところなど、これまで見たこともない彼には理解しえない異様な期待の空気があたりに満ちていた。

飼育員なのか鶴飛ばしの名人なのかよくわからない男が、二羽の鶴を背後からゆっくり追うようにして一定の範囲を歩きまわっている。人々はその周囲をめぐって、これから何が起こるのか見逃すまいとそちらのほうを見守っていた。だが、なかなか鶴は飛ばない。一日のうち、鶴を飛ばす時間は決まっているらしかったから、いまはその時間ではないのかもしれないと思った。あるいは、ウォーミングアップのようなものかもしれない。係の男はそれでも、気を張り詰め、タイミングをじっと狙ってひどく集中しているように見えた。鶴の後ろから、鶴の足取りをコントロールし、歩調を計り、鶴の飛ぶ気があるかどうかを見極めようとしている。ずいぶんと長い間、そうやって人々は鶴が飛ぶ準備段階を見せられながら、固唾をのんで待ち続けていた。

彼の横で口ごもるような声を出して義祖母が何か訴えている。鶴たちが少しづつ移動しつづけた結果、彼らの姿が人垣の陰に消え、車椅子に座る彼女の視野から外れてしまったのだ。彼はあわてて車椅子のハンドルを掴み、いまそこにいる位置からずれようと試みた。周りの人たちにすみませんと頭を下げながらその人垣を脱すると、甘酒を買いに行くと告げてすでにその場を離れていた義父の姿を求めたが、どこにも見当たらなかった。彼は車椅子を押して人垣を右方向に迂回し、左側の視野に鶴の気配を感じとりつづけながら、意識を半分に使い分け、別の地点を目指して進んだ。砂道の上で思うように前進しない車椅子に苦戦しながらも、ようやく車輪が滑らかに回転しはじめたとき、彼はこの長い註釈と寸断から抜け出そうと思った。まるで彼の人生の相似であるかのような数か月間の停滞を、彼がその中でたゆたうことに甘んじてきた空白の釈明を、振り捨てるかのようにアスタリスクをあえて打ちそびれてみる……。

その瞬間は突然やってきた。何かの動きに歓声が上がる。でっぱりに引っかけてできた毛糸の衣類のほつれ目のように、人垣が綻んだ場所から視界が開けた。制限時間いっぱいといった具合に追い立てられた二羽のタンチョウ鶴は羽ばたくと、細い脚で地面を数歩駆け、しなやかな足先で土を蹴った次の瞬間には胴体が宙に浮き、さらなる羽ばたきで速度を得ると、思いのほか低空に飛んだ。上にではなく、前へ、ふた筋の白い光が屈折も忘れて伸びていくように、空中を真っ二つに割ってどこまでも飛んだ。

2018年12月14日公開

© 2018 長崎 朝

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