Realization に耐えられる Fiction:テーマは時間反転である

kurosejun

小説

42,519文字

フリーランスのコピーライター(自称詩人と似た境遇を持て余している男)が書きました。
キャッチコピーは「読む睡眠導入剤」です。

時間の誘導反転回路を「メヘンディ・サーキット」と呼ぶ。それは、時間の進行方向に例外を認めることの代償として、思考にめまいのするような混乱をもたらす。よってまずは要点を掻い摘み、回路全体の<見取り図>またはあらましを記して、序開きとする。

 

2019年、レーザービームの微かな瞬き「トゥインカー」が観測される。観測者は、それが、地球から発せられた信号(の消え残り)であることに気付く。

2033年、それと奇しくも符合するトゥインカーを、研究者らが捕らえる。トゥインカーの配列は、レーザービームに刻まれた信号が宇宙空間で自然劣化した結果なので、この符合を偶然の産物と考えるのは難しい。

レーザービームの照射実験は、2026年に、宇宙探査を目的として行われる。太陽系近傍で、ブラックホール候補にあがった「ヴィオラ」が、そのターゲットである。ヴィオラまでの距離は、およそ3・5光年と見積もられる。

この照射実験では、シングルのレーザーを等分割した「ツインレーザー」が用いられる。ヴィオラ周縁の「湾曲時空」に到達したツインレーザーのうち、左回りでUターンをした片方の消え残りが19年の地球に、右回りでUターンをしたもう片方の消え残りが33年の地球に帰着する。

 

メヘンディ・サーキットは、過去への時間進行を顕在化させる。過去への時間進行は、未来への時間進行が伴わなければ発見されない。19年と33年、時を隔てて観測されるトゥインカーの「不可測配列」が裏付けとなり、時間が反転可能なことを我々は認知する。

 

宇宙という実験場で、何が時間を過去へと向かわせるのか。そもそも時間の摩訶不思議な反転劇を、事実として認めるに足る理由とは、何なのだろうか。メヘンディ・サーキットは、研究者らのチャレンジングな云為(うんい)によって、宇宙に描き出される。よって彼らの道行きに、その謎を解く鍵がある。ゴディオ浪漫、パドマ・メヘンディ、およびトレイ・コールトンの三氏が、人跡未踏の領域で、主な役回りを演じる。

 

 

①事の発端は銀河系の片隅で起きる二度の爆発

 

新星とは、夜空に突如現れる、見慣れぬ星の輝きのことを言う。その正体は、暗くて目立たなかった一部の「連星系」が引き起こす大爆発だ。連星系では、複数(主に2個から3個)の星が共通重心のまわりを回っている。大爆発は、恒星(輝いている星一般)と、白色矮星(恒星が一生を終えた後に残る高密度な星の一種)が、近接して回っている場合に起きる。恒星の重力圏から流れ出した大量のガスが、白色矮星の表面に降り積もると、熱核融合反応が短期集中型(暴走型)で一挙に引き起こされる。新星とは、肉眼でも見えるほど激しくなったこの反応のことであって、新たに生まれた星なのではない。

 

新星は、爆発だから、持続性がない。爆発が始まって3日以内にピーク(元の明るさの数万倍から数十万倍の明るさ)を大体は記録して、その輝きの9割を急速に(数十日といった短期間で)失ってしまう。ところが、度外れのふるまいをする新星が現れる。2018年2月、蟹座と獅子座の間で見つかった新星は、ピークを終えた3週間後に、再びピークを記録する。その天体は、新星として衰えて然るべき時期に、どういうわけか息を吹き返したのだ。3週間では、熱核融合反応の大暴走を再び起こせるだけのガスが、白色矮星上に降り積もらない。新星爆発の起こる周期は、一般に数千年から数万年、最短でも数十年と見積もられているのである。はたしてその天体は、よくある(一年につき数個は見つかる)新星の類なのであろうか。

 

分類しづらい(変則的な)現象が、新発見をもたらすことは間々ある。この二度の爆発は、天文学の常識を覆す発見に繋がるものなのだろうか。連星系で、誰も知らないダイナミズムが働いたかもしれない、いや、カタログにないような新種の天体かもしれないと、一部で囁かれる。当代屈指の大型望遠鏡が用いられるなど、観測体制が急遽強化される。天文学者は、熱いまなざしをその謎めいた天体に注ぐ。

 

真相は、日ならずして明らかになる。天文学者は、ピークが二度記録された理由を知って、呆気に取られる。単純な話なのだが、互いに無関係な二個の新星が、地球からは重なり合って見える位置で、あにはからんや輝いていたのだ。天文学者は次のように種明かしをする。地球から90光年離れた連星系が大爆発を起こした。それとは別に、地球から110光年離れた連星系が大爆発を起こした。その両者に由来する輝きを、偶然ながら天球上の一カ所と言って良い位置で、我々は前後して目撃した。これを、一個の連星系が二度爆発したものと見誤ることは、昔なら有り得た・・・・と。天文学の常識を覆したりはしなかったが、観測史上珍しいマジックショーを演じた二個の新星は、目撃された順に「エルダー/姉」および「ヤンガー/妹」の名で呼ばれることになる。

 

重なり合って見えた二個の新星、エルダーとヤンガーを判別可能にしたものは、望遠鏡の優れた分解能(天体を精細に映し出す能力)だ。地球およびエルダーとヤンガーは、両新星が重なり合って見えたのだから、直線上に並んでいることになる。もっとも、地球から見たエルダーとヤンガーの位置には、角度にして0・1秒角弱のズレがあった。1秒角とは3600分の1度を表わす単位だが、その10分の1を下回るズレであっても、今では捕らえることが可能なのだ。とは言うものの、フィールドワーク(ここでは天体観測)においては、悪条件が小憎らしくも重なって、ターゲットが見えづらくなることも多い。望遠鏡の余りある分解能も、現場によっては残さず使い切らないと、成果を上げられずに終わる。

 

エルダーとヤンガーは、星空の客人らしく飄然と姿を消す。連星系は、一年あまりで原状回復(新星としての活動が終息したと見られる状態)を果たす。天球のマジックショーは幕切れとなるのだが、天文学者を一時眩惑しただけあって、あとには豊富な観測データが残される。エルダーとヤンガーは、このデータの中に、とんでもない置き土産を忍ばせている。太陽系外惑星が専門だった研究者、トレイ・コールトン博士が、ふとそれに目を留める。

 

 

②新星の奇妙な増光現象と「ヴィオラ」仮説

 

米国の天文学者、トレイ・コールトン博士は、系外惑星(太陽系から遠く離れた恒星などのまわりを回る惑星)の探査を専門としている。コールトンは、系外惑星をターゲットにした研究プロジェクトが発足すると、招きに応じて当地へ赴くフリーランサー(特定の大学や研究機関に所属しない者)だ。また彼は自らも、学術振興のための基金「フロンティア会議」から助成金を得て、プロジェクトを率いた。フロンティア会議は、革新的で夢のある学術研究や芸術活動を賛助する、民間主導の組織である。系外惑星の探査は、地球外生命体の存在や「人類の移住先」を連想させる、評判の良いテーマだった。

 

系外惑星は、光を放たず、恒星よりもはるかに小さな天体だ。よって、その惑星を観測して得られるデータの内容は限られたものとなる。恒星の前を惑星が横切る(つまり恒星と惑星が地球から見て重なり合う)と、恒星から届く光が惑星の面積分だけ暗くなるから、惑星が存在していることは分かる。わずかに暗くなったその光を精密に捕らえることができれば、スペクトル(光を波長ごとに分解したもの)によって、惑星大気の成分が分かるなどする。しかしながら、ターゲットとなる系外惑星が木星型の巨大なガス惑星ではない場合、話は違ってくる。地球タイプの小さな岩石惑星ともなると、大気などの成分を知るのは格段に難しくなる。

 

コールトンは、エルダーとヤンガーの観測データに興味を抱く。重なり合った天体からは、時として見えないものが見えてくるからだ。コールトンの目的は、系外惑星の観測内容を増やすことにある。重なり合って見えた新星を識別したデータから、系外惑星の観測に何か役立ちそうなヒントが得られるかもしれないと、彼は考える。当初は彼のまなざしが、二個の新星そのものよりも観測手法に向けられていたということだ。

 

コールトンは、エルダーとヤンガーの観測に携わった研究者から、詳細なデータの写しを入手する。観測データは思いのほか大量で、手を焼かされること請け合いだ。コールトンは、新星の一生(出現から消滅に到るまでの光度変化)を眺めることから始めてみる。

 

コンピュータ・ディスプレイの上半分にエルダーの、下半分にヤンガーの、光度の推移を表すグラフが映し出される。グラフは、両者が3週間差で最大光度を記録すると、ほどなく共に減光へ転じたことを右肩下がりのギザギザ線で示している。コールトンは、その後の推移をゆっくりと目で追いかけるが、ちょっとしたデジャブをふと覚えて、ヤンガーが記録した小さなピークの一つに目を留める。小さなピークは、新星がつかのま増光したことを示すもので、自然のゆらぎから来るありふれた(グラフのそこら中に記録された)現象なのだが、意識して見直すと、ヤンガーのその小さなピークがどことなく唐突なものであることに気付く。コールトンは首を捻って、漫ろにグラフを遡って見返してみる。すると今度は、エルダーのグラフの中から、その唐突な小さなピークと不思議によく似た(デジャブを覚えさせたらしい)別の小さなピークが見つかる。コールトンは、空似や目の錯覚にも思えたのだが、これを無視して良いという気がしなかったので、試しに両新星の小さなピークを計って相違点を確かめてみる。と・・・・果たせるかな、直観は正しかった。彼は、両ピークの増光時間の長さが、グラフから読み取ることの可能な最小の位まで、ぴたりと一致することを知って驚く。

 

≫≫≫≫≫エルダーのグラフが示す口開け5日ほどの光度は推算である。新星は突如として出現するので観測が追いつかない。

 

コールトンは、当のグラフや他のデータから類似の小さなピークを片っ端から抜き出して、増光時間をひたすら割り出して比べる。偶然の仕業である可能性が大いにあると思えたからだが、どんなにやっても、同様に一致すると言える例を見つけることができない。際限のない確認作業に嫌気がさしたコールトンは、ひょいと方針を180度転換して、次のように自問する。エルダーとヤンガーのつかのまの増光時間を〈必然的に〉一致させるメカニズムがあるとすれば、どのようなものになるのだろうか、と。その解答が得られるまでに、あまり時間はかからない。こんな奇妙な増光は、両新星を地球から見ていなければ起こらなかったと考えるのが、解答への近道となった。ただし、勘違いや計算違いがどこかに潜んでいないかどうか、観測データをにらみながらの自己点検には、専門の系外惑星そっちのけで、遠回りをして取り組まなければならなかったが。2019年7月、トレイ・コールトン博士は、ぎょっとする論文を発表する。

 

コールトンは、エルダーおよびヤンガーと地球との間に、ブラックホールが存在する可能性を指摘する。両新星の奇妙な増光時間の一致は、ブラックホール候補「ヴィオラ」が関与した現象として解釈できると、彼は論文に記したのだ。ヴィオラ(VIORA)とは、論文中に散見された語(vision/object/radiation)から、本人が文字を見繕って名付けたものだ。新星の特異な増光現象から予見された存在、との謂(いい)になろうか。

 

ブラックホールとは、ある一線を越えてしまった強烈な重力場のことであり、光の通り道となる時空間は、その周縁でも極端に湾曲している。輝く星と地球との間をブラックホールが横切ると、本来なら地球には届かなかったその星の光までもが、進路を曲げられて地球へと集められる。ブラックホールは、星の輝きが増したかのように感じさせる、一種の集光レンズなのだ。これを「重力レンズ効果」と言い、つくねんと宇宙の闇に沈むブラックホールを探しだそうという場合、この効果が役立つ。

 

コールトンは、ブラックホールの重力レンズ効果がまさに示されたものとして、両新星から特定した二個のピーク(増光)を取り上げた。次のような構図を描くと、両新星の増光時間をぴたりと一致させた仕組みが説明できたからだ。まずは、ヤンガーおよびエルダーと、ブラックホールとしてのヴィオラ、そして我々の太陽が、上から順に整列している図を思い描く。これらの天体は、タイムスケールを限定すると、位置関係を変えないものと見做せる。太陽の右側に地球を置いて、エルダーと地球を線Aで、ヤンガーと地球を線Bで結ぶ。地球から見た両新星の位置には、わずかなズレ(ヤンガーが右)があるので、二本の線を引くことができるのである。地球は、公転運動(太陽のまわりを回ること)によって位置を変える。右から左へ地球が動くと、線Aがヴィオラに触れる。さらに動くと、線Bがヴィオラに触れる。これは、両新星と地球との間をヴィオラが横切ることと同義なので、両新星が相次いでピーク(増光)を記録することになる。ブラックホールとしてのヴィオラの重力レンズ効果が、かくある構図に基づいて働くと、増光時間の一致が起こるのだ。

 

両新星の光度の推移を記録したグラフで計ると、特定した二個のピークのインターバルは、一週間あまりであった。コールトンは、ヴィオラに関わる両新星の観測データから割り出した数値と、地球の公転速度(秒速で約30キロメートル)などの既に知られた数値から、上記の構図を解析する。その結果、地球からヴィオラまでの距離は、3・54光年と算出された。これは、太陽に最も近い恒星(ケンタウルス座α星)よりも、0・8光年ほど近い距離だ。また、ブラックホールの直径にあたるイベントホライズン(中の様子を原理的に窺えなくなる境界)の差し渡しを見積もると、ヴィオラのそれは900キロメートルに達した。一般的なブラックホール(太陽の5倍から15倍の質量をもつ恒星質量型)の直径は、最大でも90キロメートルである。コールトンの論文は、発表されるや果然物議を醸す。

 

ヴィオラ仮説をめぐっては、天体の〈奇跡的な〉配置が槍玉に挙げられる。ブラックホールは、我々がイメージするより一般的な天体と言って良いので、太陽系近傍にそれが存在すること自体を、評者の多くは否定していない。問題は、エルダーおよびヤンガーと、ヴィオラ、そして地球の公転面が、ほぼ同一平面上に存在してこそ、この仮説が成り立つという点だ。これをありそうにもない不自然な配置だと、怪しむ評者が中にはいたのだった。コールトンは反論する。

「どんなに奇怪な事であっても、禁じられていなければ起こる。量子論の先生がそう仰しゃるのを聞いて、すぐにぴんと来なかったわたくしは、鈍感な学生でした。何が起こって何が起こらないかを、決められる権限など、我々にはありません」

天体の奇跡的な配置を禁ずるような法則は、なるほど無い。

 

エルダーとヤンガーは、新星としての活動を終え、宇宙の闇へと消え去ってしまった。新星爆発は周期的に起こると述べたが、エルダーやヤンガーらしき星のあえない輝きが過去に目撃されたといった記述(数百年周期であれば古文書などにそれが残されている可能性はある)は見つかっていないので、次にいつ現れるのかを予測するのも難しい。よって、奇妙な増光時間の一致を再度観測することは事実上出来そうにない。ヴィオラ仮説は差し当たり、真否のほどを確かめられない珍聞奇聞の類として扱われる。

 

 

③時間の向きの交換弁はからみ合った光が開く

 

天文学者らは、ヴィオラ仮説を検証するための手立てがまだあることに気付いている。パーセク規模(1パーセクは3・26光年)の宇宙を対象にした「パーセカル・レーザー探査」がそれだが、玄人が敢えて口の端に掛けるほどの妙案ではなかった。パーセカル・レーザーは、異星人を地球へと誘導する接近遭遇ツールとして主に構想されたもので、未だ夢物語の範疇に属するものと思われている。それでも、未来を夢見てやまない学者や学生らが、怖めず臆せず次のように言及する。ある特別な場所を狙って、パーセカル・レーザーを照射すれば、宇宙の彼方に浮かぶヴィオラを捕らえる(その存在を確認する)ことが出来る・・・・と。日本国の大学院生、ゴディオ浪漫も、当初はもっぱら若者らしい探究心に駆られて、それに思い至った一人である。

 

彼の姓氏、ゴディオは、仏国・コルシカ島から南太平洋島しょ国のバヌアツ共和国に移住し、帰化した祖父に由来する。祖母と父はバヌアツ人だったが、貨物船のオイラー(機関士補佐)を勤めていた父は、寄港地だった広島県呉市で、彼の母となる日本人女性と結ばれ、日本国に帰化することとなった。

 

ゴディオ浪漫は、山口理科大学と九州工科大学院で、理工学一般の基礎を器用にも修得した。航空機の整備士やトラベルライターに憧れていた少年の好奇心は、いつしか、夜空に浮かぶ星々の知られざる活動や宇宙の成り立ちを探る分野へと向かっていたのだった。天文学者の卵として、これまで接した研究に欲求不満を漠然と抱いていたゴディオは、発表直後のヴィオラ仮説と出くわして「これだ!」と心がにわかに浮き立つ。

 

『ブラックホール・ヴィオラが浮かぶ湾曲した時空間で、照射したパーセカル・レーザーをUターンさせて、地球へと回帰させれば良いのではないか・・・・』。ゴディオは、博士課程3年目にして、欲求不満の原因が何だったのかを悟る。そして、自身が何になりたがっているのかをはっきりと感じ取る。探査可能なターゲットとして、ヴィオラに思いを馳せているうち、子供のような目をした自分がそこに現れたのだ。夜空を見上げて、宇宙の秘密が暴かれるのを待ち設けるのとは違い、ターゲットにこちらから働きかけて、未知の回答を引き出す「能動的観測」が、彼を興奮させたのである。ヴィオラ仮説という名の悪魔は、実験物理学者としての資質があって、気負いもあった一人の若者に取り憑く。

 

無理難題への挑戦は、恐れを知らぬビギナーにこそ与えられた特権だ。ゴディオはまず、月面上に設置されたごく小さな反射板(アポロ計画の遺産)を狙って、地球からレーザービームが照射された例(月までの距離の精密な測定が目的)を参照する。それと、ヴィオラ探査に求められるレーザービームの到達距離とは、桁が違い過ぎたが、能動的な天体観測のエッセンスを学ぶには良い教材だった。到達距離の極端な延長も、現有の技術力を最大限に活用すれば可能であると、ゴディオには思われる。パーセカル・レーザーの発振母体となり得るような実験施設(亜光速の電子ビームを放出する線形加速器)は、すでに稼働している。パーセカル・レーザーの的中率に関して言えば、照射精度をできうる限り高めるにせよ、詰まるところ「数打ちゃ当たる」確率論的戦術に移行するしかないのである。3・5光年も離れた「点」が相手なのだから、パーセカル・レーザーの「狙って当たる」精度論に耽っても甲斐がない。

 

≫≫≫≫≫ゴディオは、ブラックホールが彼方に浮かんだ宇宙空間そのものを実験場にしたような、パーセカル・レーザー探査像に心惹かれたのだった。能動的観測(天体をターゲットにした実験)は、惑星探査機等を用いて主に行われてきたが、天体までの距離が光年単位に及んでしまうと、探査機投入型の過去の偉業に頼ることはできない。

 

ゴディオは、ヴィオラ探査計画の下絵を頭の中に描く。計画のモチーフとして、照射したレーザービームをいかにしてUターンさせ、地球へと舞い戻らせれば良いのかが問題である。レーザービームが行ったきりで、音信不通となれば当然、ヴィオラ仮説を検証できない。ブラックホールは、光をも引きずり込んで逃がさない漆黒の天体だが、ここでその周縁にも湾曲した時空間が存在することを思い出そう。ブラックホールに接近した光が、どのような経路をたどれば、問題をクリアできるのだろうか。一般相対性理論によると、光がブラックホールのまわりをくるくる回り続けるという、おかしな現象を起こしている場所(ブラックホールの中心から、その半径の1・5倍にあたる時空間)があって、そこに立って望遠鏡をある方向に据えて覗くと、自分自身の後ろ姿を見ることができるらしい。光が引きずり込まれるのは、その場所よりもブラックホールに接近した場合なのだ。このいわば光の「環状線」の少し外側を通過できれば、レーザービームはちょうどUターンするに留まり、地球へと回帰する可能性がある。回帰した微弱なレーザービームが観測されて、地球から照射されたものであると確かめられたら、ヴィオラをブラックホールとして認めて良いことになる。レーザービームをUターンさせて地球へと舞い戻らせることが可能なのは、強烈な重力場の「主」だけだからである。

 

≫≫≫≫≫実際には、ブラックホールそのものが回転するなどしているから、光の経路をそう単純化して語れないが。

 

2019年9月、ゴディオ浪漫は、論文作成に向けて模擬実験を開始する。模擬実験は、レーザービームがブラックホール(周縁の湾曲した時空間)に数打ちゃ当たるのかどうか、またそれがUターンして地球へと「数打ちゃ戻る」のかどうかを、客観的に窺える重要なプロセスである。パーセカル・レーザー探査であれば、ヴィオラ仮説が検証可能になることを、これによってアピールしなければならない。ゴディオは、仮想空間(コンピュータ)でのシミュレーションを入念に行うが、それだけでは不十分に思えて、実世界でのシミュレーションに手を延ばす。航空機の開発初期に、数分の一スケールの模型を作り、それを風洞実験などに用いてデータを取るのと似たことくらいやっておかないと、さまにならない(ヴィオラ探査計画が実世界に耐えられるという感触を得られない)からだ。実世界では、量子論が支配する変わり種の物理現象「フォトン・ケージ/光のかご」をシミュレータとして用いることにする。フォトン・ケージには、接近した光を曲げたり吸い込んだりする性質があるらしい。ブラックホールのいわば卓上模型として(理論上は)働くという触れ出しで、かつて論文発表されたそれを、ゴディオは当てにしたのだった。彼は、九州工科大学院の広大な阿蘇キャンパスに併設された「ダイナモ研究所」へ通って、実世界でのシミュレーションに取り組み始める。ダイナモ研究所は当初、地球の磁場(地球の深部で運動する核が発電機〈ダイナモ〉となって形成される磁場)の研究を目的として設立されたが、ゴディオが大学院生として通う頃には、理化学を筆頭に、地学、天文学、古生物学、航空宇宙工学などの研究を支援する態勢が整っていた。

 

ゴディオは、真空容器の内部を極低温(絶対零度に近い温度、摂氏でマイナス約270度)にまで冷却して、フォトン・ケージの生成を試みる。容易な事ではないのだが、持ち前の器用さと充実した実験設備のおかげで、彼は二週間足らずでそれに成功する。真空容器の中に浮かんだフォトン・ケージは、球状をなした薄墨色の物体で、輪郭は雲のようにぼんやりとしている。あまたの原子(ナトリウムなど)が、極低温下で一斉に足並み(波動関数)を揃えた結果、融合したようになって、目に見えるほど大きな一個のかたまりとなる現象の一種だ。これにレーザービームが接近すると、弧を描きながら芯へと吸い込まれていくという。ブラックホールのように光の通り道となる時空間をひん曲げているからではないが、レーザービームを段々と引き寄せていく様が、光の曲線として目に映るのだ。

 

ところが、いざ本題の模擬実験を行うと、期待外れの結果しか得られないことが分かる。フォトン・ケージの脇を狙って照射したレーザービームは、何度やっても、3パターンの退屈なラインしか描き出さないのである。レーザービームは、放つといきなり芯へと吸い込まれるか、まっすぐ行ったきりになるか、時折わずかに弧を描いてあらぬ方へと向かうかだ。ゴディオは、フォトン・ケージに残存する不純物(波動関数の不一致のこと)を取り除いて、なるたけ純化した状態に工夫して近付けるのだが、3パターンに大別されるラインしかやはり観察できない。ゴディオは合点がいかない。

 

フォトン・ケージの状態は、見本としてテキストに載せても良いほど安定しており、レーザービームが次々と、ブラックホールの卓上模型にふさわしい曲線を描き出してもおかしくない。にもかかわらず、なぜこれほどに触れ出しと食い違った結果しか得られないのか、ゴディオには理解できない。世の物理学者らは、ヴィオラ探査のためにといった異な目的意識を持ってフォトン・ケージと向き合っていなかったので、この理想と現実のギャップをあまり問題にしなくても良かった。ゴディオは、ヴィオラ探査のシミュレーションが完了しないことに苛立つ。

 

フォトン・ケージとの格闘は、3ヵ月間にも及ぶ。ゴディオは、レーザービームの照射位置や入射角度、強度、波長などを小刻みに調節して、然るべき設定を探し求めるが、大した変化は見られない。ならばこれだと当て推量で、様々な波形でオンオフを繰り返すパルスレーザーを使ってはみるものの、結果はおっつかっつだ。方策を見失い、力抜けしたゴディオは、他の研究室から手ついでに借り受けていた「ツインレーザー」の小型発振器を一瞥する。何かを意図してそうしたのではない。最早、窮余の一策としか思えなかったが、観念のほぞが固まるまでの時間を稼ぐことには使えたからだ。どんな事でもやってやるぞと意地尽くだった彼も、いよいよ無駄骨だったことを認めて、コンピュータ・シミュレーションの結果のみで合目的的だと納得しかかっている・・・。

 

≫≫≫≫≫ツインレーザーの小型発振器は、ペンタゴンが注目したとあるアイデア(量子ライティングと呼ばれ、被写体=ターゲットの情報が載った光のみを抽出して画像の鮮明度を驚異的に向上させる撮影方法)の可能性を探る実験に学院内で用いられたものだった。ゴディオは、レーザービームを同時に複数照射できることから、実世界でのシミュレーションを効率的に行えると当て込んで、それを手元に置いていた。使いそびれてしまったのは、セッティングが意外と面倒だったからに過ぎない。小型発振器は、事の成り行きからすると、3パターンの退屈なラインを複数倍描いて終わる代物と言えた。

 

ところが、この思い切りの悪い態度が、端無くも効を奏することになる。5日後、小型発振器のセッティングを終え、しおしおと模擬実験を再開したゴディオは腰を抜かす。ツインレーザーを用いた途端に、願ったり叶ったりの結果があっさりと得られてしまったのだ。フォトン・ケージの左右の脇を狙ったツインレーザーは、それぞれにくるりとUターンして、ゴディオの手前に戻ってくる。真空冷却容器の中に描き出されたその曲線は、相対論が期待(予測)するUターン曲線と、見事に呼応している。しばし呆然として様子を見ていたゴディオは、我に返ると大慌てで、ヴィオラ探査のシミュレーションに取り掛かる。3ヵ月間有効なデータを一切採らせなかったフォトン・ケージが、一転、サービス過剰な釣り堀と化している。ゴディオは怪我勝ち、いや粘り勝ちする。

 

いったい何が起きたのだろうか。フォトン・ケージは、なぜツインレーザーのみを特別扱いするのだろうか。ゴディオが小型発振器を借り受けた目的は、模擬実験の効率化にあったのだが、実のところ、レーザービームを単純に複数化するものとして、それを論じるのは短見に過ぎるのである。ツインレーザーは、シングル(一筋)のレーザーを高効率に等分割する結晶体から発振される。ツインレーザーの片方ともう片方は、シングルのレーザーから正確に二分の一ずつのエネルギー(或いは周波数)を受け継いでいて、位相(波の山と谷)がぴたりと揃っている。原理的に区別のできないこの双子のレーザーは、量子論に従ったもやいの関係(二つにして一つの状態)を保っている。何かの拍子に位相が乱れてしまわない限り、空間的にどれだけ遠く隔てられても、両者は互いの分身としてふるまう。これを量子の「からみ合い」とか「もつれ」と言う。

 

ゴディオは、実世界でのシミュレーションを3日間でやり終える。ものの弾みで一気呵成に望みを叶えたのだが、頭上に浮かんだ大きなクエスチョンマークのせいで、少しも気が晴れない。模擬実験を成功させたレーザーにしか見られない特徴は、一対であること(からみ合った状態にあること)くらいだ。それが結果を左右するという、不思議な出来事に遭遇したのである。期待したUターン曲線は、からみ合った光であれば描き出される(少なくともそう見て取れた)のだが、なぜそのような状態の光でなければならないのか、全くもって説明できない。誰も介意しなかった、厄介な謎を抱え込んだゴディオ浪漫は、このときすでに発想のジャンプ台を滑走している。

 

フォトン・ケージは、飽くまでもブラックホールの模型である。時空間を実際にひん曲げてはいないから、本来ならば天体物理学的な見地からのアプローチはさておき、触れ出しと異なるふるまいをしたフォトン・ケージそのものの物性と向き合うべきだったのかもしれない。ところが、ゴディオはひたすらに、フォトン・ケージとブラックホールを同一視して、ツインレーザーのみが特別扱いされる理由を考える。この模擬実験が、ヴィオラ探査計画の根幹に係わるものを示唆したとしか、彼には思えなかったのだ。

 

≫≫≫≫≫『曲がった時空のエネルギーが、光を曲げたと解釈できる。ならば、曲がった光のエネルギーで、時空を曲げられるだろう・・・・』。このようなアイデアを許容する物の見方(エネルギー保存の法則など)もあるのだが、光が曲がって見えたからといって、フォトン・ケージが時空間を(ブラックホールと同様に)曲げているとは少なくとも言えないだろう。もっとも、時空間と物質が及ぼし合う影響について、語れることが未だ少ないのも事実だ。光が曲がるのと似た(効果としてそう見える)現象を起こすのなら、時空間が曲がるのと似た現象を何かしら起こしている可能性はある。

 

ユリイカ(わかった!これだ)は、半月ほどが経ったある日、不意にもたらされる。何がなしにシャワーを浴びて、バスルームから脱衣室に足を踏み出した瞬間のこと。ゴディオは、脳裏でちらちらと瞬いたアイデアにハッとする。絵空事にも正直思えたアイデアでありながら、それは救いの手となって、一二分もかからずに心持ちを変化させる。にわかに吹き始めた風が、濃霧をみるみる掻き消して、眼界がぱっと開けた感じだった。『いや、これが答えなのだ』。ゴディオは、レーザービームと時空間との「融和性」といった自らの物の見方に、裸で立ちつくしたまま何度も頷く。飛躍したその発想は、時間の向きが結果変わり得ることに解決策を見出しており、まっとうな理学者(の卵)であれば、着地で大怪我することを懸念して然るべき内容だった。ここでは、そんなゴディオの思考の転換または展開を、次のような叙述によって表す。

 

ブラックホール周縁の湾曲した時空間で、光がUターンすることと、鏡などの物質と相互に作用して、光が方向転換することとの、際立った相違点にまず着目する。前者は、光の通り道にあたる時空間の湾曲だから、後者と違い、光そのものは直進していることになる。空間的に順行していたはずの光が、一度も向きを変えないまま、逆行させられているということだ。ここで、時間と空間が「相即不離」であることを文字通りに受け取ると、空間的な順行と逆行が併存するこの不思議な幾何学は、時間的な向きにおいても、同様の併存を要求すると言わねばならない。ブラックホールで折り返すに伴って、光は過去へと遡る(時間的に逆行する)必要に迫られるのである。時空間が、物質(ここでは光)からなる事象の単なる入れ物だとは、もはや考えられないのであり、時空間と、中でもレーザービームを代表とする位相の揃った物理現象との結び付きは、我々が意識している以上に強いものと考えられる。そもそも、レーザービームが時空間座標上の小さな的を精確無比に射抜ける(指向性が高い)のは、なぜなのだろうか。時空間とは無関係なレーザービームの性質だと思うのが普通だが、見方を変えると、レーザービームはそうすることを時空間から特に認められた存在なのだと、解釈することが可能だ。ゴディオは、ブラックホール周縁で時間的な順・逆を併存させねばならなくなると、このような時空間との融和性が、レーザービームにとってむしろ難物と化すのだと想像した。後段※の「時間反転波」以外で、折り返す場合は齟齬を来して、時間的な併存の要求にとても応じられないからである。結果、両者に亀裂が生じて、レーザービームは時空間から与えられていた特権(指向性)を失う。そのため、整然としたお馴染みの軌道を描けなくなったり、非ビーム化して拡散してしまい、軌道と呼べないようなものを描く羽目に陥ったりするのだ。シングルのレーザービームを襲うこの異変は、時空間の極端な湾曲が順行と逆行を併存させるに至らなければ、顕在化することがない。空からやって来るレーザーと同様の天然の電磁波(宇宙メーザーと呼ぶ)を巧みに観測することで、異変が起きた状況証拠を受動的に(能動的観測を仕掛けなくても)見つけられるかもしれない。もっとも、よほど好条件に恵まれた場合との但し書きはつくだろう。

 

≫≫≫≫≫折り返し地点から時間を過去へと遡ると、スタートした地点および時点へと、当たり前だが逐次戻っていくことになる。厳密な条件の下にあるそれを「時間反転波」と言い、現に存在する(と言える)のだが、名前ほどには奇怪なところが何一つない。折り返し地点までプラス5秒の道のりだとすると、復路でのマイナス1秒地点は往路でのプラス4秒地点と同義、復路でのマイナス2秒地点は往路でのプラス3秒地点と同義、飛んで復路でのマイナス5秒地点は往路での0秒地点つまりスタート地点と同義である。時間反転波は、往路と復路が合致した単線軌道に光を乗せているからこそ成立する(時間的な向きにおける順行と逆行を併存させる)のだが、スタート時点よりも前の過去へは遡らない。ブラックホールで折り返す場合には、往路と復路が合致しないので、これは成立しない。

 

では、ツインレーザーを用いた途端に、相対論と呼応する美しいUターン曲線が、なぜ描かれたのだろうか。ゴディオは、湾曲した時空間でUターンするツインレーザーの片方ともう片方を、時間反転波に準えて漫ろに思い浮かべた。すると、景色が変わったのだ。単純かつ大胆ではあるが、その双方に割り当てられる時間の向き(折り返し地点までは順行、それ以後は逆行)を試しに交換してみたら、湾曲時空の法外な要求に結果応じられる図が現れたのだ。単線軌道に光を乗せておらずとも、からみ合った光(ツインレーザー)であれば、先に述べた特権を維持することが可能である。からみ合った光においては、片方ともう片方が互いに分身なのであり、区別して扱うことが原理的にできない。その双方に何が割り当てられようと、総和が同じであれば一向に構わないので、時間の向きを交換して、レーザービームが復原力(それらしくあろうとすること)を発揮しても、おかしくはないのだ。抜け道があるのなら、自然はそこをためらわずに通る。ゴディオは「潜在する量子バルブ」といった言葉を捻り出して、その抜け道を概念化する。時間の向きの交換が、量子バルブを介して次のように起こると、レーザービームは不確かな軌道を描かずに済む。

 

地球から照射されるツインレーザーの片方をAビーム、もう片方をBビームとする。Aビームは右回りで、Bビームは左回りで、折り返し地点となるブラックホールを通過するとする。時間的な向きにおける順行(未来への時間進行)を符号[+]で、同じく逆行(過去への時間進行)を符号[-]で表すとする。

 

さて、地球からツインレーザーが照射されると、両ビームとも往路での時間の向きが[+]になることは言うまでもない。ブラックホールでUターンすると、両ビームとも、復路での時間の向きを[-]に変えなければならなくなる。レーザービームがシングルである場合は、先程の矛盾からそれに応じられないが、からみ合った光であるツインレーザーの場合は、打つべき手が残されている。両ビームとも復路での時間の向きを[-]へと変える瞬間に、Aビームの復路と、Bビームの往路との間の、時間の向きの交換弁を開くのである。Aビームの復路での[-]と、Bビームの往路での[+]が交換される。すると、Aビームは往・復とも[+]に、Bビームは往・復とも[-]になり、湾曲した時空間の要求を満たしたものとなる。AビームとBビームのからみ合いが、時間的な向きにおける順行と逆行を併存させたことになるが、この場合は、ツインレーザーが照射された時点よりも前の過去へと(Bビームは)遡ることになる。これは一般に、原因と結果が逆さまだとして白眼視されている違反行為であり、ゴディオも鬼胎を抱いたのだが、どこかで聞いた気もする言い分が彼を開き直らせた。時間的に逆行する世界の側から見れば、原因が先に、結果が後になっているのだから良い。我々は、時間の向きのどちらか一方(普通は大勢を占める側)から見て、出来事がどのような順序付けであるのかを、認識しているに過ぎない。と、考えると割り切れたのだ。

 

≫≫≫≫≫ちなみに二分の一の確率で、Aビームの往路とBビームの復路とが、時間の向きを交換する。また実際に、往路での時間の向きが[-]へと変わったのかどうかを、途中で観測して確かめることはできない。ブラックホールでのUターンを両ビームともに終えるまでは、時間の向きの交換がそもそも起こらないからだ。往路での[-]は、ブラックホールでのUターンがすでに(ビームが照射されるよりも前に)終わっていることを意味しそうだが、時間の向きの交換においては、両ビームの全行程を一挙に捉えるのが然るべきやり方である。からみ合った光(ツインレーザー)は、観測されて他者に干渉されると、その時点で位相が乱れて、普通の光(湾曲時空の要求に応じられないシングルのレーザー×2)に切り替わってしまう。よって、その途中の状態をピックアップして見ることに意味は無いのであり、どう転んでも我々には結果しか与えられないのだ。宇宙での長旅を経たツインレーザーが、からみ合ったまま地球へと回帰する可能性は、ほんのわずかである。わずかだが、往路を[-]だったと見做さないと辻褄を合わせられない、不思議な結果がもたらされるということだ。

 

ゴディオは、ノートに「時間の誘導反転回路」と記して、湾曲した時空間から吹っかけられた難題が、時間の向きの交換によって解決されるからくりを図式化してみる。すると、未来へと向かったAビームの鏡像(時間的に裏返したもの)として、過去へと向かったことになるBビームが、日常的感覚からかけ離れた運命をたどることに気付いて呆れる。AビームとBビームは、両者が互いの分身でいられる限り、未来および過去へとそれぞれ向かい続ける。しかしながら、両者の位相が乱れてしまうと、過去へと向かっていたはずのBビームは、おのれが時間反転しなかった場合に行き着いていたであろう、あらぬ宇宙空間へひょっこりと現れて飛び去る。我々の住む宇宙では、時間の向きに一定の縛りがかかっているようなので、大部分は分身の妙術をかけ続けられずに召し捕られることとなる。宇宙は、時間の一方通行化を推進して、目に余る混乱を招かないようにしているのかもしれない。

 

ゴディオは、普通に未来へと向かうAビームを「シンメトライザー(対称化を担ったもの、といった意味)」と呼ぶことにして、意識付けをする。Bビームは、Aビームが位相をぴたりと揃えたままに伴うからこそ、過去へと向かうのだと言える。彼の図式によると、時間のこのような対称化は、ゴール(過去の地球と未来の地球で観測される瞬間)に到るまで、その位相が乱されるような事態を回避し続けられないと、引き起こされることがない。時間の誘導反転回路は、Aビームの往路・復路と、Bビームの往路・復路を、パッケージにして考えなければ成立しない回路である。位相の乱れは、空間的かつ時間的にどれだけ離れているかを問わず、両ビームの過去と未来に影響(回路全体を破壊)して、時間の誘導反転が起きようとした痕跡などを中途半端に残さない。

 

≫≫≫≫≫未知への扉を、宇宙は思わぬところで開ける。もっとも、ブラックホールの卓上模型に過ぎないものから、ある一つのアイデアが得られたという段階だ。フォトン・ケージが実際に光を過去へと向かわせることはない。レーザービーム(シングル)の軌道が不安定化する理由を、天体物理学的に考察した例などもない。フォトン・ケージを未知への扉と呼んで良いかは、まだ不明だ。

 

ゴディオは、春(年度末)が間近に迫っていることもあって、博士論文の作成を急ぐ。テーマは、ヴィオラ仮説の検証なのだが、題名を「Symmetrization of time through theagency of curved matrix and down conversion of FEL(自由電子レーザーの低周波変換および湾曲時空の媒介による時間の対称化)」とし、ツインレーザーが起こす時間の誘導反転に焦点を合わせる。ヴィオラ探査のハードルは、パーセカル・レーザーに期待される到達距離が(ツインなので結果)倍加してしまうなど、格段に高くなった。それもさることながら、物理学の論文を記すにあたってとりわけ避けては通れないプロセスに、強敵が潜んでいる。ゴディオは、アイデアの定式化というものに、肝心な点で行き詰まってしまうのである。湾曲時空に晒されたからみ合った光が、時間の向きの交換弁をどうして開くのかについての、理論の構築(数学的な組み立て)が滞ってしまったのだ。それもそのはず、この場面では、量子論と相対論が同時に展開されており、水と油に例えられる二つの理論を、部分的に(論文としてそれなりに体を成すくらいは)結び付ける必要があったからだ。量子論と相対論の両立または統合は、世に名立たる物理学者らでも果たせなかった宿願である。ゴディオは、この統合を露ほども意識していなかったが、部分的であれそれに掛かり合っている以上は、覚悟しておいた方が良かったのかもしれない。

 

アイデアが愚にも付かないものであれば、定式化の段階でそれと分かる。発案者も気付いていない誤謬やペテンを嗅ぎ当てる数学的な探知機がしっかりと働くからだ。悪くすると、絵空事だの如何物だのと、すべてが小馬鹿にされてお仕舞いとなってしまう・・・・。ユリイカも空喜びとなり、またもや頭を抱えてしまったゴディオは、弱気になって、指導教官である佐倉井雅也教授の部屋を訪ねる。佐倉井は、太陽ニュートリノ(あらゆる物質をほぼ透過する太陽由来の幽霊素粒子)の観測に才腕を発揮した天文学者だった。ダイナモ研究所の副所長として奔走していた佐倉井には、院生を放任する嫌いがあって、優等生だったゴディオとは、論文の作成に関してこれまで一度も話をしたことがない。佐倉井は、ゴディオが持参した論文の走り書きに一驚して述べる。

「君は、大したラッパ吹きだな。腰を据えてやるといいよ」

 

2020年3月、ゴディオ浪漫は、九州工科大学院に論文を提出する。が、腰を据えて強敵と組み合ったとは言い難かった。根気が尽きて、春には門出の杯をと、功を焦ってしまったのだろうか。提出された論文には、脈所での定式化をおざなりにして、勘頼みの結論を一足飛びに導くというルール違反の書きっぷりが見られる。理学者としての精神を蔑ろにするようなこの姿勢から、まもなくゴディオは、あまり聞いたことのない筆禍に見舞われることとなる。

 

 

④心を未知へと駆り立てる魔性の「よいち」アクション

 

ゴディオ浪漫の論文は、学位審査委員会の評価を二分する。審査委員5名のうち、2名が可、2名が否で、議論をしても一向に意見がまとまらない。審査委員の一人として論文査読にあたったカン・ソンシ(康成市)教授は、どちらとも言えないとして表決を差し控えたが、やぶから棒にある提案をすると、右手を挙げて「高校生でもあるまいが、これに一票」と宣言する。ある提案とは、博士課程修了の条件として、ゴディオに特別補習を課すというもの。ゴディオの奔放な書きっぷりに腹の虫が収まらなかった審査委員2名は、破顔一笑して、これに賛成票を投じる。カン教授が、ゴディオの博士論文を査読して抱いた思いは「こういう若者は先が思いやられる・・・・」であった。

 

難解な数理学の問題集が、ほどなくゴディオに手渡される。それは、特別補習を提案したカン・ソンシ教授が、手ずから編集したものだった。カンは、高エネルギー物理学(莫大なエネルギーを一点に集めて宇宙が誕生した頃の状態を再現、すべての物質と力の起源を探るなどする分野)の専門家だったが、大学院生や研究者向けのテキストを複数冊執筆していたので、問題の採集は手際の良いものだった。修了間近の大学院生らしからぬ補習は、笑って応えられるような余裕をゴディオに与えない。カンは、正解率のみならず、答案から滲み出る問題と向き合う姿勢も評価の対象となること、目こぼしは一切しないことを明言する。ゴディオは、夜を日に継いで、答案の提出期限当日まで四苦八苦した結果、及第点に達したと甲斐あって評価される。数式にまみれた厳しいトレーニングの余韻が、その後もしばらく頭の中に漂い、夜な夜なうなされるというおまけ付きで。

 

自分探しにかまけてしまい、目先が利かなくなる若者は間々いる。就職活動なるものを、等閑に付していた世間見ずなゴディオ博士は、おのれが無職無収入の素浪人であることにはたと気付く。やりたい事(能動的観測)をやりたいと願うわりに、どんな所属先であればそれを叶えられるのかが気に懸からなかったのだ。不用意に過ぎ、勝手が分からなかったゴディオは、当座しのぎに通い慣れたダイナモ研究所への入所を志望するが、特別補習が枷となり、博士課程の修了が新年度にずれ込んだこともあって、新規採用者の枠はとうに埋まってしまっている。ところが前後に暮れる間もなく、夢想だにもしなかった通知が、佐倉井雅也教授から届く。ゴディオを臨時に副所長室付きのアシスタント(博士研究員だが、本年度の待遇は非正規)として雇用するというのである。佐倉井は、教え子が先のトレーニングに苦しめられていた間、自らも興味を抱いた件の定式化に独り取り組んでいたのだった。ゴディオの中で変貌を遂げた悪魔が、まずは身近にいた人間に取り憑く。アシスタントなどというのは、事務処理上の職掌(研究所のイレギュラーな人員増を役所に認めさせるための方便)であって、ゴディオは出勤すると早々、佐倉井からの質問攻めに共同研究者として応じていかなければならない。さしもの佐倉井も、時間の向きの交換弁が開く場面で定式化をこんがらがせていたのだが、老練な天文学者と若い発案者のコンビネーションが、日に日にそれを解きほぐすことになる。

 

共同研究開始から2ヵ月あまりが経って、定式化に目処がついたと判断した佐倉井は、ゴディオ論文の改訂版を専門誌へと投稿する。2020年8月、佐倉井-ゴディオ著「Does VIORA exist ? Try the survey through the agency of curved matrix(ヴィオラは存在するのであろうか?湾曲時空の媒介による探査を試みる)」が、米国の月刊誌「エクスペリメント(実験)」に掲載される。ヴィオラ仮説に関連した著述は、このときすでに複数の論文誌の埋め草となっていたが、ツインレーザーの試用(時間の誘導反転仮説に基づく)を提唱した論文は、中でも極北に独座した。反応はというと、パーセカル・レーザーによる宇宙探査の成功率は(ターゲットとなる天体までの距離が長大に過ぎ、一般に)高めるのが難しい・・・・といった、然もありなんと思われる意見がときおり寄せられた程度で、肝心のツインレーザーの試用について、異議を唱えるような評者は見受けられない。これを相手にされなかったと感じたゴディオは、意気消沈してうなだれる。その傍らで佐倉井は、二人がどういう行動を選択すれば道が開けそうなのか、今後を見据えて思案する。

 

≫≫≫≫≫「佐倉井-ゴディオ著」の名前順は、目上の人の名が前という論文執筆上の作法にならって単に決まった。教え子のアイデアが教授によって乗っ取られたのではない。

 

佐倉井は、大学院のエントランスホールの一角に、ゴディオを呼び出す。そこは、簡易テーブルや椅子、自動販売機が並んだティースペースで、佐倉井が書き仕事をするのに好んで用いた場所だった。ゴディオは教授に言われるまま、テーブルの上にあった茶封筒の中から書類を取り出す。書類は応募要項で、表紙には「学術振興調整費特別枠コンテスト/文部科学省」云々と記されている。特別枠コンテストは、日本国内の大学や企業などから先駆的な研究開発アイデアを公募して、入選したプランに力添えする助成金制度である。佐倉井は、ゴディオがコンテストのことを知って、俄然覇気満々になったのを見、顔を伏せて苦笑いをする。彼の様子に今の自分が重なって目に映り、ある事にはたと気付かされたのだ。研究所のスタッフがマンネリズムに陥るなどすると、副所長としてあえてチャレンジングな目標を掲げさせたりしたものだった。が、今回はその対象者が佐倉井本人だったのである。二人は、パーセカル・レーザーによるヴィオラ探査の実現へ向けて、詳細な研究事業計画書の作成に乗り出す。

 

時間はあまり無かった。コンテストへの正式なエントリーを、計画書に工程表、概算見積もりなどを引っ提げて東京に赴き、11月末日までに済ませなければならない。佐倉井は、研究所の副所長や教授としての務めを果たしながら、地球および太陽系とヴィオラの配置図(各々の位置や軌道、運動速度などを精査して集約した動的な宇宙地図)の描き起こしに心血を注ぐ。パーセカル・レーザーの照射実験をいつどのようにして行うと、地球への回帰に到る確率が高まるのかは、この念入りな配置図を基にして具体的に検討される。一方、ヴィオラ探査専任も同然であるゴディオ博士には、世界初のパーセカル・レーザー照射器を自力で設計するという難しい仕事が待ち受けている。パーセカル・レーザーに期待される到達距離は、ヴィオラを折り返し地点にして、往復で約7光年。ツインレーザーに変換すると、そのために費やされるエネルギーが倍加して(おそらく二倍を相当超えて)しまうのだが、前例がないだけに、計画実現の要となる数字がどの程度まで膨れ上がるか、はっきりとはまだ分からない。レーザービームのエネルギーは、出端にまず照射器そのものから奪い取られるので、その設計いかんによっては距離が望めず、計画段階でヴィオラ探査を断念することもあり得る。

 

≫≫≫≫≫地球は太陽の周りを回っているが、太陽系全体も、またヴィオラも、天の川銀河内を周回している。周回速度はともに秒速約240キロメートル。ただし円運動なので、3・5光年ほど銀河系の外方に位置するヴィオラは、若干だが遅れる。

 

ゴディオは、北半球に建設された線形加速器施設の性能を調べ上げる。すると、茨城県東海村で稼働している「ハイウェイ・マニア」が、パーセカル・レーザーの発振母体に最も適した施設として浮上する。線形加速器(リニアコライダー)には、直線形の空洞(電子の通り道)に繰り返し電圧をかけるなどして、数多の電子を加速し、亜光速(性能の良いものは光速の99・9999%以上)のビームへと収斂させる実験装置が収められている。本来は、亜光速の電子ビームを標的に衝突させることで、飛び散った破片(素粒子)のふるまいから、物質と宇宙の起源に迫ることをテーマとした施設である。ヴィオラ探査計画では、強力な電子ビームの供給源となる線形加速器にパーセカル・レーザー照射器を連結して、目的に添う周波数のレーザービームを発振させることとなる。

 

≫≫≫≫≫事の発端となった新星エルダーとヤンガーは、北天つまり北半球で観測された。よってヴィオラを捕らえやすいのも北半球となる。

 

ハイウェイ・マニアは、全長が1・5キロメートル(線形加速器としては中規模)ながら、新型の超伝導加速空洞を採用するなどして、世界有数の加速性能を獲得している。パーセカル・レーザー照射器をハイウェイ・マニアに連結すると、計算上は、到達距離が30光年にも及ぶレーザービームを発振できる。これは、地球の大気と宇宙に漂う星間ガスやちりなどから奪われるエネルギーを引き去った後の予測値で、ヴィオラ探査を行うのに十二分な距離である。ヴィオラ方面の宇宙空間は比較的澄み渡っており、到達距離の延伸を望めたのは幸いだったが、心懸かりは、佐倉井-ゴディオ論文を下敷きにしてヴィオラ探査計画を立てた場合、エネルギーの損失を過大に強いる内容となることである。

 

ゴディオは、パーセカル・レーザー照射器が備えるべき能力をユニット別に整理して、設計案を取りまとめる。まずは、ユニット1の「アンジュレータ」と呼ばれる装置で、加速器から供給された強力な電子ビームをレーザービームに変化させる。アンジュレータの中には、規則的な磁界(磁石のS極とN極を互い違いにいくつも並べた構造)があって、この中を通過する電子ビームが蛇行(進路変更)することで、強い光が発生する。この光をさらに向かい合った鏡などで反射往復させると、光のダイヤモンドと称えられるレーザービームが得られる。ゴディオは、ヴィオラ探査対応のアンジュレータを新造するにあたって、宝の山と呼べるものを見つける。ハイウェイ・マニアを使用した過去の研究事業の中に、軟ガンマ線アンジュレータの開発実験計画があった。軟ガンマ線アンジュレータとは、物質の極めて速い変化や細かな構造を捕らえるレーザー式顕微鏡の光源となるものだったが、その試作器をハイウェイ・マニアに接続して行われた実験は不首尾に終わった。ゴディオは、ハイウェイ・マニアの敷地内に今も眠っているこの試作器の一部再利用を前提として、見積もりを立てることにする。照射器の製作にかかる経費の大幅な削減が見込まれるとすれば、ユニット1をおいて他にないと考えたからだ。

 

主な問題は、続くユニット2にある。到達距離30光年は、ユニット1のアンジュレータが発振したシングルのレーザービームに、何も手を加えなかった場合の値だ。ユニット2が担うのは、その素のレーザービームに「符号化」を施した上で、それを(からみ合った状態の)ツインレーザーに変換するという手間仕事である。ゴディオは、この仕事によってレーザービームのエネルギーが集中的に熱として解放される(失われる)ことから、ユニット2を特に「ホットユニット」と名付ける。

 

符号化とは、平たく言うとレーザービームに「メイドイン地球」の印を付けることだ。地球への回帰を仮に果たした場合でも、衰えきったレーザービームは、自然界にあふれる電磁波の微かな瞬きと似たものとなる。よって、これを巧みに行わないと、たとえ観測されたとしても地球から照射されたものなのか見当がつかず、ヴィオラの存在を証明するものとはならない。ホットユニットでは、アンジュレータが発振したレーザービームをいわばカッティングして、符号化を施す。一筋のレーザービームに生じた空隙(光が切除された箇所)の配列から、符号を成り立たせる仕掛けが設置される予定だ。カッティングするのだから、その分だけエネルギーを奪うことは言うまでもない。試算すると、符号化によるレーザービームの損失率が2割を下回ることはない。

 

符号化されたレーザービームは、次にホットユニット後方へと向かい、ツインレーザーに変換される。先述の通り、ツインレーザーはシングルのレーザービームを高効率に等分割する結晶体から発振されるが、効率に差こそあれ、エネルギーを失わせない結晶体などはない。ゴディオは、発見されて間もなかった「グァナファタイト」という鉱物から、結晶体を作ることに決める。ツインレーザーへの変換効率がずば抜けて高いわりに、手の届かないような値段がまだ付いていないという、願っても無い代物だった。グァナファタイトは、メキシコ合衆国の旧鉱山町「グァナファト」のバレンシアーナ銀鉱山で最初に採取されたことから、その名が付けられた鉱物で、いずれは高嶺の花となるだろう。グァナファタイト結晶体を用いた場合、等分割によるレーザービームの損失率は4割を切る。

 

≫≫≫≫≫奪われたレーザービームの莫大なエネルギーは、大部分が熱となって、ホットユニットを文字通り温める。温度の上昇は、レーザービームの精度に悪影響を及ぼし、放っておけば装置全体をどろどろに溶かしてしまう。ゴディオは、マイナス約270℃の液体ヘリウムを高速で循環させて、ホットユニットが冷やされ続けるシステムを導入する。

 

等分割されたレーザービームは、最終的にユニット3の「ムーバブル・アンカー」で制御されて、宇宙へと照射される。ユニット3には、ターゲットとしてのヴィオラを長時間追尾しながら、レーザービームの照射位置を自在かつ繊細に変える能力が求められる。ヴィオラは、3・5光年も離れた宇宙に浮かんでいるので、アンカーを肉眼では見えないような高い精度で動かす必要がある。長い長い棒の先は、しなったりしなくとも、手元のちょっとした動きで大きく振れてしまう。これと同じ理屈から、レーザービームを極微の世界で制御しないと、目標域から外れた所にそれは到達してしまう。

 

以上が、パーセカル・レーザー照射器の青写真だ。果たしてそれは思惑通りに、ヴィオラ探査を為し得るものとなるのだろうか。ゴディオ博士は、胸を撫で下ろす。ツインレーザーの到達距離を掛け値なしでカウントしたところ、悲観的に見ても7・2光年を超えることが分かったからだ。特別枠コンテストに応募する研究事業計画書が、やがて完成する。エントリー予定日が間近に迫ってようやく、佐倉井は、計画書から大事なものが抜け落ちていることに気付く。それは、パーセカル・レーザー照射器の名前だ。名前を付け忘れていたことから、何を言うにも代名詞や一般名詞で間に合わせねばならず、提案する計画の印象がいくらか薄れたものとなっていたのだ。佐倉井とゴディオは、ネーミングに急いで頭を捻る。コンテストなのだから、印象的な相違という僅差で、惜しくも選から漏れることがあるやもしれない。ゴディオは「ケイローン」という名を提案する。ギリシア神話に登場するケンタウロス族の賢者だったケイローンは、音楽や医術、そして狩り(弓)を得意とした神の子で、死後は昇天して射手座になったと語られている。ヴィオラをレーザービームの矢で射止めるという意が込められたネーミングだが、人工物を高慢ちきにも神仏の名で呼ぶことに抵抗感のあった佐倉井は、代案として「よいち」という弓の名手がいたことを思い出す。よいち(那須与一)は、平家物語に登場する源氏軍の武将で、伝説上の人物とも言われている。よいちが、馬上から一矢で、海風で揺れる沖の小舟に掲げられた小さな扇の的を射止めた話は有名だ。ゴディオは、日本国発のアクションであることを印象づける響きも加わることから、これに納得する。二人は、文部科学省に研究事業計画書を提出する。

 

2021年3月、佐倉井とゴディオは、文部科学省から届いた通知に目を白黒させる。ヴィオラ探査計画、通称「よいちアクション(YOICHI active observation 略)」は見事に入選を果たしたのだが、審査結果が望外で、出来過ぎではないかとの思いを抱いたからだ。パーセカル・レーザー照射器「よいち」の製作と、照射実験・観測等の実施に対し、55億円(特別枠予算全体の5分の3を占める額)を上限とする助成金の交付が決定する。これは、佐倉井らが希望する金額と同等で、しかも交付の条件として、計画の一部変更を迫られることもない。佐倉井らは内心、仮に入選できたとしても、シングルのレーザービームを用いるべきとの見解が出されるに違いないと予期していたのだ。ヴィオラ探査の成功率が、単純に考えると高くて、よいちの製作費も抑えられるからだが、にも拘らず、シングルを用いた方が良いとの指摘はない。ツインレーザーを用いて良いということは、ヴィオラ仮説のみならず、時間の誘導反転仮説を検証する実験も認められたことになる。

 

なぜこのような満額回答を得ることができたのだろうか。佐倉井-ゴディオ論文が仮に正しかった場合、ブラックホールに接近したシングルのレーザービームは不確かな軌道を描いてあらぬ方へと飛び去ってしまうから、地球へは回帰せず、ヴィオラ仮説の検証にならない。となれば、大事を取った態勢(ツインレーザーの試用)で実験に臨むのが良いとも言えるが、これとは別の考え方が一緒になって、よいちアクションを後押ししていたのである。実際に成果が上がるかどうかは二の次で、パーセカル・レーザー探査を率先して試みること自体に意義があるとする考え方だ。1960年、地球外知的生命体との交信を目指して、米国で行われた天文実験「オズマ計画」が、これに似ている。オズマ計画では、電波望遠鏡が用いられたが、このときも異星の文明と実際に交信できるかどうかはあまり問題とならなかった。私たちの文明が、異星の文明と交信可能な技術水準に達したことを行動で示したという点で、それは評価されたのである。

 

よいちが魔性を現した。ヴィオラ仮説、パーセカル・レーザー、時間の誘導反転等々、これだけはて面妖な言葉が並ぶと、普段は冷静沈着なコンテスト審査員(学者や技官)諸氏も浮き足立ってしまい、未知なるものへの好奇心に突き動かされてしまったのだろうか。人間というものは、月日が経って振り返ると、我ながら呆れてしまうであろう事を、時折やってのける。

 

助成金の交付は、翌4月から開始される。佐倉井らは早速、ハイウェイ・マニアを取り仕切る東海村研究支援センターとの交渉に臨む。ハイウェイ・マニアによいちをつなぐ実験方式は、センター側からすんなりと承認を得られるが、それとは別に折り合いをつけねばならない懸案がある。よいちアクションの総予算は、軟ガンマ線アンジュレータの試作器に用いられた部品の再利用(無償提供)を前提として、組まざるを得なかった。虫のいい話だが、試作器の管理者であるセンター側にこれを突っぱねられたら、計画を実施するのは困難となる。センター側は、部品の無償提供に当初難色を示すが、交渉を重ねるうちに合意案が見つかって、佐倉井らは愁眉を開く。交換条件として、よいちの全ユニットを実験終了後にセンター側へ引き渡すとした契約が、文科省の了解のもと交わされる。

 

ヴィオラへのパーセカル・レーザー照射を目指して、工程表に列挙された作業が大車輪で進められる。よいちの製作から組立、設置までに5年もの歳月が費やされ、主に日本国内の大・中小企業30社余りがその部品製作などを受注する。また、ダイナモ研究所と九州工科大学院からは、若手の博士研究員や大学院生ら延べ100名以上が代わる代わる参加して、よいちアクションを支える。途中から、かつてILCP(延長30キロメートルに及ぶ国際線形加速器施設の建設・運用計画/International Linear Collider Plan)にも携わったカン・ソンシ教授が、ハイウェイ・マニアの運転監督者として助太刀となる。工程表は概ね順調に消化され、2025年4月、よいちとハイウェイ・マニアの連結テストが、予定より一週間ほど遅れて実施される。

 

その後、4回の連結テストと調整を経て、2026年2月、パーセカル・レーザー照射器よいちが、遂に宇宙へ乾坤一擲の矢を放つ。茨城県東海村の闇夜を裂いて、美しいレーザービームが天空へと解き放たれる図を想像したいところだが、実をいうと、見た目に派手なイベントではない。ヴィオラ探査を目的としたパーセカル・レーザーの周波数は、およそ7ギガヘルツで、電波領域だから、人間の目には見えない。なぜ電波領域かというと、地球大気や宇宙にあふれるノイズが比較的少なくて、受信しやすい帯域をその中に含んでいるからだ。いわば声のよく通るこの帯域(1~10ギガヘルツ辺り)を「地球の窓」と呼ぶが、これにブラックホール周縁でUターンすると起こる周波数の低下(レッドシフトという)などを考慮して、7ギガヘルツを選んだのである。ただし目に見えなくとも、パーセカル・レーザーはエネルギーが詰まりに詰まった強力な矢なので、万が一航空機(や人工衛星など)にでも当たれば大惨事となりかねない。スケジュール上、航空機などとの接触はないものと見込まれたが、照射中は管制塔などから常に情報を得て、上空に気を遣わなければならない。

 

≫≫≫≫≫光というと一般的に「可視光」を意味するが、可視光より波長の長い「赤外線・マイクロ波・電波」も、可視光より波長の短い「紫外線・X線・ガンマ線」も、すべて光=電磁波である。周波数の異なる光をそう区別して呼んでいるということ。一方、レーザーの頭文字Lは、光を意味するライトの頭文字から来ており、位相が揃った電磁波全般において、その名は使われている。例えばX線領域の位相が揃った電磁波は、目に見えなくとも「X線レーザー」と呼ぶ。電波領域のそれは、レーザーよりも先に発明されたからか「メーザー」と区別して呼ばれるが、ここでは、その発振源が人工物である場合、単純にレーザーまたは電波レーザーと呼ぶ。

 

よいちは、一日おきに三日稼働した後、さらに二日おいて、一日おきに三日稼働する。天候はなべて良好であるが、よいちのホットユニットが連続運転に耐えられないので、休止日(メンテナンス日)をこれだけ必要とする。パーセカル・レーザーを照射する時間帯は、夜間の20時から4時である。その間中、ムーバブル・アンカーが地球の自転と公転に即応して、ヴィオラを精確に追尾し続ける。

 

パーセカル・レーザーは、ヴィオラ周縁の湾曲した時空間(ブラックホールであれば伴う光の環状線の少し外側)を通過しないと、地球へと回帰しようがない。ヴィオラの直径は900キロメートルだが、等分割したレーザーの片方を右回りで、もう片方を左回りでUターンさせるとなると、その直径の1・5倍程度にあたる狭小な時空間を、遥か3・5光年も先で左右同時に通過させねばならないのである。そこでムーバブル・アンカーが、ヴィオラを追尾し続けながら、確率論的戦術に基づく極微細な動きをパーセカル・レーザーに与える。超絶技巧を凝らしても、ターゲットに狙って当てるのは不可能なので、一定の範囲内を幾度となく走査(カバー)する「数打ちゃ当たる」作戦が実行に移される。

 

≫≫≫≫≫等分割したパーセカル・レーザーのうち、右回りでUターンした片方は未来の地球で、左回りでUターンしたもう片方は過去の地球で、観測されるはずだというのが(評価しづらい内容なのでまともに批判もされなかった)佐倉井-ゴディオ論文の言わんとする所だった。天の川銀河の回転が時計回りとなる位置から見ると、ヴィオラが地球よりも銀河の外方に存在するなら、そうなると予想される。また、時間の向きは二分の一の確率で交換するから、Uターンを果たしたパーセカル・レーザーの半分(の消え残り)について、それが言える。

 

パーセカル・レーザーが、地球への回帰を果たしたと言えるのは、観測されて誰かにそれと識別された時のことだ。またゴディオら自身が、それを観測する側に必ず立てると言えるほど、規模の小さな(コントロール可能な)照射実験でもない。よって符号化の具体的なスタイルが、最後のポイントとなる。パーセカル・レーザーには、メイドイン地球だと誰でも察しのつくような、単純で同一のメッセージが繰り返されて、降るほどに刻み込まれた。7光年もの長旅を強いられたパーセカル・レーザーの成れの果ては、そのメッセージが著しく断片化した「トゥインカー」として観測される。トゥインクル(星の瞬きなどのこと)とウインカーの合成語(佐倉井が自製の宇宙地図上でパーセカル・レーザーの回帰率を試算していた際に思いついた造語)であるトゥインカーは、自然界にあふれる電磁波の瞬きと似てアトランダムに見えるので、符号化されたものとして観測者に読み取らせるのが難しい代物だ。しかしながら、繰り返されたメッセージの各々は、すべてが同じ内容だから、断片化を起こしても補い合って一つになれば、それで済む話かもしれなかった。ゴディオらは、断片化したその各々を相当数組み合わせれば、メッセージの内容が確率的に復元されて、ヴィオラ仮説の確かな証明に最もなりやすいと考えた。

 

≫≫≫≫≫メッセージは、等分割したレーザーの片方が過去の地球へ回帰した場合、逆さま(例えばジーセッメの順)になって伝わる。メッセージを受け取る側の時間が、過去へと向かったレーザーとは逆向きに進行しているからだ。この場合は、パーセカル・レーザーの符号化をあらかじめ逆さまに施しておくと、受け取る側には逆さまの逆さま(つまりメッセージの順)で伝わる。ゴディオらはこれを意識していたが、可能な処理を割愛して、メッセージをシンプルに発信した。どちらから伝わってもいいように、メッセージとジーセッメを抱き合わせにして発信することもできたが、送り届ける符号の数を最小化しておかないと、メッセージの復元率が低いものとなり、観測者に識別されにくくなる。ヴィオラ仮説そのものは、識別される段階に至ってしまえば、未来の地球へ回帰するレーザーのみで証明することができ、過去のそれを必要としない。よって、現実的な選択として、未来にいる観測者を優先させたと言える無策に、敢えて甘んじたのだ。

 

よいちは、与えられたミッションを無事に遂行する。ちょいちょい生じた不具合やスケジュールの狂いなどは善処可能で、申し分のない働きぶりと言って良かった。佐倉井、ゴディオ、カン、そして支援スタッフとして駆り出された研究員や院生らは、未曾有の照射実験に臨んだ緊張感からようやっと解放されて、安堵して帰途に就く。だが、その心と体は深いところで熱気を帯びてしまっている。ダイナモ研究所でもしばらくは、大仕事を終えた帰任者らの興奮が収まらないのだ。照射実験を総括する地道な点検作業が、現場で記録したデータに基づいて進められる。ゴディオ浪漫も、それをやり終えるまでは、やがて襲われることになる脱力感から逃れることができる。本人に自覚はないが、持てる精力のほとんどを、このとき彼は使い果たしていた。

 

≫≫≫≫≫パーセカル・レーザー照射器よいちは、東海村研究支援センターとの先の契約を履行して、ハイウェイ・マニアの敷地内に残していった。帰途に就く前日、ゴディオは「最高傑作だ」と呟き、よいちが横たわる場所から静かに立ち去った。

 

ヴィオラは、片道およそ3・5光年先の宇宙に浮かぶと見積もられる。トゥインカーの観測が地球上で可能になるのは、よって7年後の2033年だ。ヴィオラの存在証明としてそれが捕捉される可能性は、ひいき目に見て「無きにしも非ず」である。ヴィオラ仮説の検証は未だ道半ばだが、ゴディオにとっては、当面の研究者人生をどう過ごすのかが思案の種となる。研究者の卵だった頃、青年は前途に違和感を抱き、漠然とした欲求不満に悩まされていた。コールトン論文との出会いが幸い彼を救い、ヴィオラ探査計画に憂き身をやつす6年間となった。だが、実験を終えてしまうと心にぽっかり穴が開いて、関心事や意欲が消えて無くなり、ついさっきまで見ていたものが何だったのかも思い出せない状態に一時陥る。これでは、やるべきことをふらふら探し回っていたあやふやな以前の自分と等し並みか、否、それ以下だった。燃え尽きてしまったゴディオに、これぞと思える新たな研究テーマは見つけられない。社会人にして浪々の身となり、ダイナモ研究所での居場所が無くなるべくして無くなるのを、日々感じるのみだ。

 

半年ほどが経過する。ゴディオは、今後の身の振り方を独り決めしてしまう。出し抜けに、辞職願いを佐倉井へ提出すると、海洋底掘削船「まんとる」の乗組員として、来月にも横須賀へ赴くと言い出したのだ。まんとるでの役向きは、ラボ・マネージメント・デッキ常駐の海底探査およびサンプル分析に係わる技術支援スタッフだ。佐倉井は、見込みのあった教え子の素っ頓狂な申し出に憮然とする。遠からず助教となって、教える側にも立つと思われた男が、むざむざ道を踏み外す姿などは、見るに耐えなかった。教育者としての顔を兼ね備えてこそ、充実した研究者人生が送れると信じていた佐倉井は、再三翻意を促すのだが、ゴディオはまるで耳を貸さない。両者の仲は、急速に疎遠なものとなる。太平洋を漂浪してバヌアツ共和国へ到ったゴディオの祖父にこじつけて、隔世遺伝の業などという風評も立つ。横須賀へ旅立つ前日、ゴディオは挨拶をしに佐倉井の部屋を訪ねるが、机に向かっていた師は、黙りこくったまま一度も教え子と目を合わせない。両者は袂を分かつ。そして、これが長の別れになってしまおうとは、知る由もない。2026年11月、早朝、大学院のエントランスホールにある例のティースペースで、佐倉井雅也教授が息絶え、テーブルにうつぶせた姿で発見される。警備員が前夜に、自動販売機の陰で遅くまで仕事する佐倉井を垣間見ていたが、その後は朝まで誰の目にも留まらなかった。数日前から風邪に似た前駆症状を示していたようで、死因は、致死性が高いとされるウイルス性の劇症型心筋炎(心不全の一種)と伝えられている。恩師の訃報に接したゴディオ浪漫博士は、揺れを抑える姿勢制御機能付きの大型船で過ごしているが、精神的ショックが差し響いたせいか、夜がくるたび嘔吐をしばらく繰り返す。

 

 

⑤受信者に孤独を強いる不可解なモールスコード

 

結果は、過去においても生じると言える。但し、原因となる同じ出来事(ツインレーザーの照射)から、未来においても生じる結果が、シンメトライザーとしての役割を必ず演じていなければならない。時間の誘導反転回路(メヘンディ・サーキット)が成立すると、結果という影響が過去へと及ぶが、回路が成立したか否かを判定させる要件は、未来においてようやく満たされるのである。ゴディオ浪漫と佐倉井雅也は、そういう物の見方から、過去に何を及ぼしたのかが未だ確定していない・・・・と解釈せざるを得なくなり、結果についての踏み込んだ発言を控えたのだった。ここで、一旦、その過去へと遡る。物語の主な舞台は、米国およびチリ共和国へと転じる。

 

2016年9月、スペイン国北西部にある名門校、ラ・コルーニャ大学院で博士号を取得したパドマ・メヘンディは、同年12月、米国に転住する。メヘンディ博士は、欧米の天文台や大学で研究者として働くことを志望するが、就職活動は一向に実を結ばず、路線変更を迫られる。インド共和国北部、パンジャーブ地方の裕福な家庭で一人娘として育ち、留学までも許された身だ。郷里の両親に金の無心をして、時間稼ぎをすることなどは尚のこと憚られる。米塩の資に事欠き始めたメヘンディは、初志を翻して、民間企業に奮ってアプローチする。するとようやく、カリフォルニア州ロサンゼルス郡に本部と工場を置くアストロ・エレクトロニック社から、色好い返事をもらうことができる。アストロ・エレクトロニック社は、天文学関連機器の製造や調整などを専門に請け負う会社で、世界各地の天文台や大学に最先端の観測装置を納入している。

 

メヘンディは、本人の意向や学識内容に沿い、完成した天体観測装置の性能評価を担当するセクションに配属される。大学院では、観測装置の工学的な取り扱いまで詳しく学ばなかったので、自身にとっても新知識がいっぱいの有益な仕事だ。もっとも彼女は、天文学者になる夢を捨て去っていない。研究者の地歩を占めるには、能力の高さや将来性の豊かさのみならず、巡り合わせやコネクションが案外大事なのだと、職さがしの苦い経験から感じ取った。アストロ・エレクトロニック社の顧客はほとんどが天文学関係者なのだから、仕事に励んでいれば必ず然るべき出会いがあると、メヘンディは信じている。

 

心算は、狂わなかった。2018年5月、ドーム内への据え付けが完了した巨大な光学望遠鏡の性能テストを命じられて、アシスタントの一人としてチリ共和国に赴いている時のこと。メヘンディは、サンティアゴ南天研究所の所長であるマリア・カスタニエダ教授と、心置きなく語り合える機会を得る。院生時代から太陽活動の謎に興味のあったメヘンディは、自宅で起稿した論文の野心的な内容を開陳する。その論文には、コロナ加熱問題を解く鍵となるアイデアが記される予定だった。コロナ加熱問題とは、なぜ数百万℃にも及ぶ高温のコロナが、表面温度6000℃の太陽の上空を覆っているのかという未解決問題で、太陽最大の謎とも呼ばれている。カスタニエダは別れしな、来年3月、研究所が定員を割る見込みであることに言及する。それを聞き、奮い立ったメヘンディは、仕事のかたわら寸暇を惜しんで論文の作成に精出す。3ヵ月後、苦心の労作を受け取ったカスタニエダは、コロナ加熱問題を解き明かしたとはまだ言えないが、我が研究所のメンバーに求められる才幹の持ち主が現れたと判断して、メヘンディに連絡する。回り道をしたが、彼の地でまもなく夢が叶うことになった彼女は、晴れ晴れとした気持ちとなって、アストロ・エレクトロニック社での残る半年余りの仕事にいっそう身を入れる。

 

2019年1月、パドマ・メヘンディ博士は、最初で最後となる役回りを演じる。大規模な改修工事にめどのついた電波望遠鏡群「スパイダーズ・アイズ」の性能テストを預かることになったのだ。スパイダーズ・アイズは、サイズの異なる大型のパラボラアンテナ計22台からなる超長基線電波干渉計で、1999年、カリフォルニア州東部のイニョー山地の一角に建設された。超長基線電波干渉計とは、複数のパラボラアンテナが捕らえた電波を合成することで、高い解像力を得る天体観測施設のこと。奇妙な名前は、中央部8台のパラボラアンテナの標準的な配置が、無脊椎動物屈指の視力を備えたハエトリグモの八つ目の配置に似ていることから付けられた。アストロ・エレクトロニック社は、最新技術を導入した電波望遠鏡群として、スパイダーズ・アイズを蘇らせるための主要な工程に携わっている。稼働開始20年の節目にあたって実施された改修工事は、総仕上げの段階を迎えている。

 

観測装置の性能を評価する方法は、幾通りかあって、それぞれに一長一短がある。アストロ・エレクトロニック社では、天文学者らが関わる試験運用より先に「実測」を行い、総合的な診断に活かしている。望遠鏡を夜空に向けて、諸種の天体から実地にデータを採取するのだ。正式に観測例が残されている天体で、かつ暗い(または遠い)天体が、診断用のサンプルとして好まれる。これまでの観測例と比較すると、望遠鏡の感度をどれだけ向上させられたかが、端的にアピールできるからだ。メヘンディは、生まれ変わったスパイダーズ・アイズのターゲットにふさわしい天体をリストアップして、性能テスト専用のファイルを作成する。電波を発する天体は、宇宙に満ちあふれているが、観測(受信)可能な周波数が施設によって限られるなどするから、どれでも良いというのではない。専用ファイルに収められた天体は「1/楕円銀河(見かけ上、円形または楕円形の星の大集団)に近接した電波のジェット。2/超新星(太陽の8倍以上の質量を持つ星が最期に起こす大爆発のこと、新星とは異なる)の残骸。3/原始星や晩期星(輝き始めた生まれかけの星や、ガスを放出する老年期の星)の周縁」に、おおよそ分類される。メヘンディは、第3項に含まれる天体の一つとして、学界などで折しも話題となっていた「エルダーおよびヤンガー」をリストアップしている。あの、ブラックホール「ヴィオラ」の存在をコールトンにやがて示唆する、トリッキーな二個の新星(連星系)だ。

 

スパイダーズ・アイズが、実測のターゲットとして選抜された天体に、次々と狙いを定める。メヘンディは、諸天体から取得した観測データの集約を現場責任者として担っている。性能評価書類に掲げる良好なサンプルが、ほどなくして複数個見つかるものと思いきや、パラボラアンテナが受信した電波をいざ合成してみると、役立ちそうな観測データが案外少ないことに気付かされる。エルダーおよびヤンガー(以下E&Y)もまた、期待外れの結果を残したターゲットの一つである。

 

E&Yは、新星として肉眼でも見えるくらいに輝いていた時期、周波数が1・6ギガヘルツ(水酸基分子由来)と22ギガヘルツ(水分子由来)の宇宙メーザーをしばしば発振していた。メヘンディの目的は、これと同じ宇宙メーザーを再び捕らえることにある。時が経ち、新星としての活動をちょうどやめつつあった暗いE&Yは、望遠鏡の感度を試す格好のターゲットだと考えたのだ。しかしながら蓋を開けると、招かれざる宇宙メーザーを短時間キャッチして終わったことが分かる。スパイダーズ・アイズは、比較可能な観測例があいにく見当たらなかった5ギガヘルツ弱の微弱な宇宙メーザーを受信したのだ。複数のパラボラアンテナを相関させて取得した観測データとしては貧弱で、比較なしでアピールできる派手さも無いので、電波干渉計の性能評価を行う上で、それはほとんど役に立たない。

 

≫≫≫≫≫宇宙メーザーとは、天体が発振源となった電波レーザーのこと。目には見えないが、人間の用いているレーザーと同様の自然現象で、原始星や晩期星の周縁などに漂っている星間分子の雲が主なその発振源だ。E&Yという二個の新星爆発は、ともに晩期星を伴った白色矮星が引き起こしたと見られている。上記の分子に由来する宇宙メーザーは、その晩期星から流れ出したガスの一部が星間分子の雲として連星系内を漂い、白色矮星上で起きた爆発のエネルギーをその雲が受け取って、発振するに至ったものと考えられた。

 

良好なサンプルは、選抜された天体すべてを実測し終わる頃になって、ようやっと揃う。安堵したメヘンディは、観測データを整理して本部へと引き継ぐ。招かれざる宇宙メーザーは、当然ながら評価書類に収録されない。業務上、何ら寄与するところのないノイズは、観測データのがらくた倉庫に捨て置かれるはずだ。ところが、好奇心がそうさせたとしか言えない行動へと、メヘンディは駆り立てられる。招かれざる宇宙メーザーは、ぽつぽつとごく絶え絶えに瞬いているのだが、データ全体を俯瞰すると、まったくの出鱈目とは不思議と思えないリズムが窺われたのだ。メヘンディは、5ギガヘルツ弱という周波数の宇宙メーザーが、どのような星間分子に由来するかなどよりも、このリズムに興味を抱く。白色矮星には未だ不明な点が少なくないので、規則的な何らかの活動を人知れず起こしているかもしれないと、ふと思う。もっとも、太陽活動の専門家を目指していたメヘンディにとっては、子供がつい面白がって食ってしまう道草と同じで、長らくこれにかかずらうつもりなどない。

 

電磁波は、宇宙空間を伝播するうち大抵衰える。E&Yからやって来た宇宙メーザーが、微弱でごく絶え絶えだったのも、地球へ辿り着くまでにエネルギーを散逸させたからであろうと、まずは考えられる。当初は規則的だったものが、長旅の果てに原形を失って、アトランダムにも見える状態となった可能性はないだろうか。観測データを「判じ物」だと意識して見直すと、無味乾燥な宇宙メーザーの瞬きが、面目を一新するかもしれない。メヘンディは、本部の書庫にいったん納めた一枚のディスクをこっそりと持ち出す。ディスクは、スパイダーズ・アイズが捕らえた全ターゲットの観測データを現場で直接記録したオリジナル版で、会社の所有物だ。

 

メヘンディは退社後、ロサンゼルス市郊外の自宅で夕食を済ませる。コンピュータ・ディスプレイと向き合った彼女は、ワイングラスを手にしている。オリジナル版ディスクから空の作業用ディスクにコピーしたE&Yのデータは、漠々として正直退屈極まりない代物なのだが、粘り強く眺めていると、判じ物を解く糸口ともなりそうなパターンに感付かされる。メヘンディは、白色矮星が何らかの活動を小刻みに繰り返していて、その変動が宇宙メーザーに反映されていると仮定する。というのは、データ上に或る一定のタイミングで、メーザーの瞬きが見受けられない「沈黙の間」を、シグナルとして決まって刻んでいたからだ。メヘンディは、規則正しく訪れるこの沈黙が、天体の周期的活動を示すものだと解釈する。その活動が概ね同じ内容の繰り返しである場合は、沈黙から沈黙までのワンサイクルに発振された宇宙メーザーの原形を推し量ることができる。変わったジグソーパズルになるが、ワンサイクル分のピースが、全サイクルに散らばって幾らかでも残っているので、それを集めて一つにすれば、お目当ての原形に近付いていけるのである。メヘンディは、確認できた相当数のワンサイクル毎に、目積もりでデータを切り分けると、そのすべてを重ね合わせる作業に没頭する。データを重ね合わせる際に生じるサイクル同士のズレの補正は、至難の業とも思われたのだが、未明まで試行錯誤を続けていると、失われし宇宙メーザーの原形にいわばピントが段々と合ってくる・・・・。すると、どうしたことだろうか、気付けばそこに見えていたのは、ずらりと並んだ同じ沈黙の間であった。同じなのだが、全体を切り分けて一つに重ね合わせたものであるから、かなりスケールダウンしていて、ワンサイクルにかかる時間(間と間の隔たり)がぎゅっと短くなっている。メヘンディは、訳が分からなくなる。酔いが回ってきたこともあり、頭の中が混乱した彼女は、うつけのような顔をしてベッドに倒れ込む。

 

朝を迎える。腫れぼったい目で職場に向かい、長時間のミーティング(とある映画俳優が住む大邸宅の一角にドームを建て、特別仕様の屈折式望遠鏡を設置する、といった前例のない受注案件が議題)をさらぬ態度でやり過ごす。残るルーティンワークを終えたメヘンディは、足早に帰宅すると、ワイングラスを手にして、息んでコンピュータ・ディスプレイと向き合う。未明に訳が分からなくなり、やめてしまった作業の成果物が、画面に拡大表示される。沈黙の間は当初から、自分がそれと認めたものより数多く刻まれていた、ということなのか・・・・。メヘンディはそう解釈して気を取り直すと、昨夜と同様、その成果物に示された新たな(短い)ワンサイクルの「ジグソーパズル」をせっせと試みる。ところが、眉間に皺が段々と寄り、ストレスが溜まっていくのを、自覚しないではいられない。ワンサイクル同士のズレの補正に手間取らなくなり、勢いづいて作業を愚直に続けたのだが、様子が変であることに彼女は我慢がならなくなって、とうとう自分に待ったをかける。作業が終了したかと思うと、もう一段階スケールダウンした沈黙の間が、ずらりとまた現れたのだ。しかも、そんなスケールダウンが何度か繰り返されたので、性懲りもなく切り分けては重ね合わせたデータを見ると、結果、ワンサイクルにかかる時間が唖然とするほど短くなっているのである。ワンサイクルに発振された宇宙メーザーの復元結果はというと、途切れ途切れで不完全らしかったものの、元々は連続していたと見做して良い状態にまで達している。

 

太息ついたメヘンディは、極短周期で起きている未知なる天体活動に想像をたくましゅうして、ワイングラスを下唇に乗せる。彼女は心そこにあらずとなって、遠い目をしてコンピュータ・ディスプレイの中の復元結果を眺める。と、その瞬間に、思いも寄らない「配列」が改めて目に飛び込んでくる。考え事に気を取られていたせいで、視野角がぼんやりと広がって、部分々々に囚われると掴めないものが、ディスプレイに浮かび上がっていたのだ。復元精度の甘さから来たと見られた宇宙メーザーの切れ目切れ目が、比較的単純で見覚えのある並び方をして、視線の先に映し出されている。メヘンディは、すぐさまそれがモールスコードであることに気付く。モールスコードの「トン・ツー」に対応する規則性が、切れ目と切れ目のインターバルの「短いもの」と「長いもの」から感じ取られる。復元結果が不完全だから、途切れ途切れになっているのではなかったのだ。

 

大きな見込み違いであった。メヘンディ博士は、未知なる天体活動の反映などといった仮定がまるで的外れであることに、毒気を抜かれてしまう。察するところ、地球上の某所から、研究開発目的で(おそらく月や人工衛星などを介した、次代の通信回線が天空に架設されるのを夢見て)実験的に照射された電波レーザーを、スパイダーズ・アイズがものの弾みで拾ったに過ぎないようだ。沈黙の間は、劣化して読み取れなくなるモールスコードを復元させる合い印として、発信者が意図して残したものだろう。モールスコードを選択したのは、メッセージの受信者を実験上あらかじめ特定しきれなかったとすると、むべなるかなと思われる。1999年に国際通信規則としての歴史的役割を終えたとはいえ、世界中に最も知れ渡った符号なので、それと認めてもらえる率が他より高いに違いないから。メヘンディは、やおら腰をしゃんと伸ばすと、ワイングラスをデスクに置いて、モールスコードの解読に取り掛かる。ひょっとすると、この通信実験の結果次第で、研究開発の中止が宣言されるのかもしれず、電波レーザーの発信者らにとっては、誰とも知れない受信者からの一報が、頼みの綱であるかもしれない。開発途上ではあるが、このような(サテライトを介した程度で符号が劣化してしまい、苦し紛れに合い印を刻んだかのような)ややこしい通信技術に将来性があるとは言い難いので、メヘンディはそこまで気を回してしまった。

 

モールスコードであることに気付いたものの、熱心なアマチュア無線の愛好家や野戦通信兵のような、空読みの心得はない。メヘンディは、ディスプレイの一角に欧文のモールスコード一覧表(短点トンと長点ツーを組み合わせた符号のバリエーションに、アルファベットが一つずつ振り当てられた表)を呼び出して、電波レーザーの復元結果に見出したインターバルの配列と突き合わせてみる。するとその配列から、一覧表の符号によく似た短いものと長いものの組み合わせが次々と見つかるのだが、順次それらをアルファベットに置き換えて、デスクの上のメモ用紙に記してみると、スペリングがまるで出鱈目で、意味不明なものにしかならないことが分かる。置き換えるべき文字言語を取り違えているのだろうか。メヘンディもまずはそう思い、欧文以外の一覧表(ロシア語や日本語などのいくつか)にトライしてはみるものの、珍紛漢な文字の羅列にならないものは一つもない。そもそも、通信用の電波レーザーを受信するかもしれないエリアが全地球に及ぶというとき、世界中に流通している文字言語(英語)を敢えて選択しなかったとはあまり考えられない。逆説的だが、文字の羅列の珍紛漢ぶりは図ったかのごとく見事で、よほど基本的な点で読み間違いを犯していないと、こうはならないように感じる。パドマ・メヘンディ博士は、狐に摘まれたような顔で、欧文のモールスコード一覧表をしょうことなしに見返してみる。と、興奮した脳神経が「お遊戯」を急に始める。彼女は、ある他愛ない発想に囚われる。

 

読み間違えた理由としては、いささか無理のある発想とも思えた。メヘンディは、理学者らしい癖が出て、一覧表の中にかなりの数見受けられる、対称的な(鏡に映すと等しくなる)符号同士に、つい気を取られたのだ。例を挙げると「トン・トン・ツー」と「ツー・トン・トン」だ。両者に振り当てられたアルファベットは当然ながら異なるから、国際規則に従って前者をUに、後者をDに置き換えなければ意味不明なものとなる。メヘンディは、表の中の対称的な符号同士に振り当てられたアルファベットをそっくり、ひっくり返してしまう(先に挙げた例でいうと前者をDに、後者をUに置き換える)と、デスクの上のこのような珍紛漢語を偶成させるのでは、と感知したのだ。

 

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しかしながら、符号の向きの「順逆」という基本中の基本に取り違えがあって、モールスコードの解読作業を混乱させているというのは不自然な話で、あまり感心しない思いつきだ。東の空が白々と明るむ頃まで、とうとう煩わされてしまって、目の奥が熱い。メヘンディは、これといった策がもう何も思い浮かばないので、復元結果の鏡像を惰力でディスプレイに表示すると、アルファベットに置き換えてメモ用紙に記してみる。

 

好奇心という知的衝動が行き着いたゴールに、発見者は時として、端無くも頭を抱える。メヘンディは眉根を寄せて、メモ用紙に目を凝らすと、ゆっくりと首を振って頬杖をつく。珍紛漢語と化していた先の配列が、逆さまにして解読すると、正常な英単語をてきめんに形作ったのだ。スペリングに幾分か残った誤り(復元エラー)は、前後の文字から当てはまるアルファベットを推して正した。

 

contact details dynamo laboratory(問い合わせ先 ダイナモ研究所)

 

信号がどこから迷い込んできたかは分かった。メヘンディは、このぶっきら棒だと言えるメッセージに、むしろ好感を覚える。直截簡明で、差し当たっては用を果たすからだが、その一方で、ようやく星をあげたというのに釈然とせず、疲れた頭の中のどこかに引っ掛かるものを覚える。だが、朝明けとなり、思考力をみるみる喪失して、それが何であるのかに我ながら答えられない。瞬きをする回数が減り、意識が次第に遠退いて、とりとめのないイメージの断片が夢うつつに湧き出す。たまらずベッドに倒れ込んだメヘンディは、まぶたを閉じて太息を漏らすが早いか、すとんと眠りに落ちる。こんな睡魔に襲われたなら、人は時間を飛び越えられる。はっと目を覚まし、我に返って飛び起きると、太陽が空の真上に来てしまっている。

 

あたふたと身支度をして家を出、職場に着くと、頭がだいぶ軽くなって、寝入る間際のもやもやとしたものがどこから生じていたのかに自ずと気付かされる。メヘンディは、復元結果の鏡像化などといった荒っぽい思いつきが効を奏して、メッセージの内容が明かされたという点に不審を抱く。開発途上のまだ頼りない通信技術でメッセージを送るのだから、プロセスをできるかぎり簡素化して実験に臨むのがふつうで、研究者なら混乱しかねないような要素が紛れ込むのを好まないはずだ。関係者が信号をキャッチするとは限らないなら尚のこと、モールスコードを逆さまにして読み取らせるワンステップにいかなる意味があるのだろうか。細工をすると、実験の失敗率を不用意に高めてしまい、モールスコードがそれと認識されなかったり、解読作業を途中で諦めさせたりする羽目に陥ったかもしれない。

 

メヘンディは、友人になりすました魔物の尻尾をちらりと目撃してしまい、疑心暗鬼の異世界めいた日々にじわじわ心を蝕まれるといった、いつか観た映画を不意に思い出す。この連想作用のせいか警戒心が異様に高まり、素姓の知れない実験にかかずらうのが厭わしくなった彼女は、メッセージなど放置して妙に澄ました生活を一週間ほど送ってみる。だがその一方で、劣化しきった微弱な当の信号を複数の観測施設やそこで働く人間がキャッチしたとは考えづらく、受信者から寄せられる有るか無しかの一報を鶴首して待つ発信者らの姿が脳裏に浮かんで、他人事ながら焦慮にも駆られる。メヘンディは、解せない話も世にあることを受け入れられない子供っぽい自分が、仕舞いに腹立たしくなる。ワンステップの意味が知りたいのなら、直接なぜ発信者らに問い合わせてみないのかと、いつになく意固地で、気後れしている自分の精神状態に言い聞かせる。

 

メッセージは容易に調べがつく内容だ。ダイナモという語を名前に用いた理工学関連の研究施設が、日本国の南部、阿蘇と呼ばれるカルデラの広野に、一ヶ所だけ存在した。メヘンディは、ユニークな(正直言うと七面倒な)信号に遭遇した経緯をかくかくと記して、ダイナモ研究所の窓口係に通知する。発信者らが歓喜して、先方からはすぐにも返事が寄せられるかと思ったのだが、半月経っても反応がまるで無いので、独り小首を傾げる時間が徒らに過ぎる。四週間が経った頃、コーディネーター(共同研究などの仲立ちをする先方所属のスタッフ)から返事がようやく寄せられる。メヘンディはその文面に目を走らせると、突然の物音に反応する幼児のような、きょとんとした顔をする。

 

おかしな事が書かれている。礼儀にかなった回りくどい物言いだが、詮ずるところ、それはメヘンディが明らかにした解読結果を何かの間違いとして退けているのである。根岸と名乗る先方のスタッフが、骨惜しみせず事を取り運んだことは文面から窺える。要約すると『該当する通信実験にダイナモ研究所が関与した事実(それを裏付ける所員らの証言や関係書類)は見当たらない。母体の九州工科大学院にも、記録のキすら残っておらず、照会作業は行きなずんだ。耳慣れない実験なので、安全保障といった機密性の高い分野に絡むとも考えられるが』云々。根岸はそう遇うと、来月の末日付で退職予定、なにがしという後任のスタッフに今後は連絡されたしなどと記しており、如才なかった。

 

御門違いだったのだろうか。ダイナモ研究所とは少なくとも無関係な、誤報に振り回されただけの無益な照会作業だったと、書かれているも同然である。メヘンディは、根岸の返事に二の句が継げない。先方が試みた実験のやり方に不審を抱いたのは自分だった。ところが立場が逆転したのだ。解読結果そのものが、先方から訝しがられるとは露ほども思わなかった。観測データに見出した「沈黙の間」が、合い印として刻まれた人為的なものだと見抜けず、まんまとそれに好奇心を掻き立てられて、データの重畳作業を延々と「させられていた」としか、メヘンディには感じられない。モールスコードは、先の文言(contact details dynamo laboratory)へと導かんがため、誰かが意図して復元させたものに違いないのだ。それともどこかで錯覚を起こしたとでも言うのだろうか。あるいは、劣化した信号をこねくり回しているうちに、人騒がせな奇跡が起きて、メッセージと見紛うものが降って湧いたとでも・・・・。アルファベットを無作為にとっかえひっかえ組み合わせると、文言として偶然に意味を成したり、実在する何かを名指す瞬間が計算上は訪れるが、これがその確率を真顔で議論するような極めてまれな数学的事件だとは、おそらく誰も考えない。

 

根岸との見解の相違は、あまりにも画然としていて、議論をしても溝は埋まりそうにない。いつまで経っても頭の中の整理がつかず、うんざりして思考停止を断行したメヘンディは、その無意識的反映だろうか、うとうとすると同じようなシュールな夢をちょくちょく見るようになる。それは、ロサンゼルスのあっけらかんとした青空に浮遊する床の無い部屋の中で、独りロッキングチェアを揺らす自分らしき女学生の姿・・・・といった夢だった。

 

サンティアゴ南天研究所から、チリ共和国での身分(就労ビザ)に関して問い合わせがある。研究者として現段階で取得可能な在留資格の優遇措置について聞かれたのだが、即座に答えられるだけの知識を持ち合わせていない。目の前のやっておかねばならない事が良い気付け薬となって、メヘンディの顔つきがいくぶん引き締まる。新天地での現実の生活を見据えた渡航準備に取り掛かるべき時期なのだ。スパイダーズ・アイズの性能を改修後に評価するためのものだった例のディスクは、アストロ・エレクトロニック社の書庫に返却する。不可解なモールスコードは、業務中に記録したデータの一部から浮かび上がったものだったので、メヘンディは義務として改修工事のプロジェクトリーダーに事の経緯を報告する。リーダーは、ダイナモ研究所に体よく遇われたことを話すと、案の定、何のこっちゃと肩をすくめて、足早に傍らを通り過ぎる。リーダーがそのとき見せた冷やかな横顔は、孤独な日々の始まりをメヘンディに暗示するが、今のところはまだ気持ちを自分で切り替えるのに暇取らない。望みが叶い、天文学者の端くれとして太陽活動の不思議にこれから日々接することができる。時代の先端をいく天体観測の聖地として、変貌を遂げつつあった南米の一国が、しかもその舞台である。メヘンディは、説明のつかないことを放置して忘られる普通の大人に、いい加減なれる気がする。しかしながら、発信者不詳のまま虚空を漂うメッセージは、脳裏の、本人が自覚するより深いところに植え付けられてしまっている。

 

≫≫≫≫≫返却されたディスクのオリジナル版は、会社の規定に従って一定期間保管され、機械的に廃棄される。その一部をコピーした作業用ディスクが、メヘンディの手元に辛うじて残される。

 

 

つづく

 

2018年11月23日公開

© 2018 kurosejun

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