9月3日のクリームソーダ

斗田翡翠

小説

3,961文字

ちょっと大袈裟かもしれませんが、クリームソーダは、タイムマシンのような役割を持っている「装置」なのではないでしょうか。その「装置」は、現在の貴方にどんな影響を与えるのでしょうか。

高いビルの間から覗く青空を見上げながら、私は今日が9月3日であったことを思い出す。ある年の9月3日の記憶が、私の脳裏に甦ってくる。

 

――高校生活最後の夏休みが終わった、2学期の始業式の後だった。私は、久しぶりに再会した親友と二人で、下校途中にファミリーレストランに立ち寄った。その日は小雨が降っていて、ひどく蒸し暑かった。「せっかくだから、ちょっといいファミレス行こうよ」と親友に連れられた店で、親友はチョコバナナホットケーキを頼んだ。私は幼い頃からクリームソーダが大好きだったので、その時もクリームソーダを頼んだ。運ばれてきたクリームソーダには、ソフトクリームの上にホイップクリームが乗っていた。

「クリームソーダにホイップクリームって、珍しくない?」

そう笑いながら、親友は私のクリームソーダにチョコバナナを乗せた。
「はい、チョコバナナクリームソーダ、完成!」

親友は無邪気に笑っていたが、私は内心、その行為に嫌悪感を激しく覚えたのだった。

その時に食べたチョコバナナクリームソーダの味は覚えていない。チョコバナナを乗せただけでは、そんなに味は変わらなかったのかもしれない。しかしなぜ、そんなことを未だに覚えているのだろう。

今思えば、クリームソーダの刹那的な美しさを破壊されたことに、当時の私は嫌悪感を抱いたのではないだろうか、という気がする。クリームソーダは澄んだエメラルドのように、完成された美しさをもっている。その美しさはひどく儚いもので、スプーンでアイスクリームをすくい、一口ソーダ水を味わうだけで、あっさりと壊れてしまう。私は本当ならいつまでもクリームソーダに手をつけず、うっとりと眺めていたいと思う。だがそれすらも叶わない。クリームソーダは少しずつ、だが確実に室温で変化してしまうからだ。クリームソーダを食べることは、刹那的な美しさを破壊する行為に他ならない。もうあれからずいぶん経ち、私はすっかり大人になってしまったが、あの時の気持ちを鮮明に思い出すことができる。

 

私はスマートフォンで、クリームソーダを食べることができる喫茶店を探す。どうやら駅の近くに、老舗の純喫茶があるらしい。スマートフォンに道案内をさせ、それに従って、往来の多い大通りを歩いていく。風のない、暑い一日である。首元に垂れる汗をハンカチで拭く。夏の終わりではあるが、電信柱に留まった蝉は、まだまだ騒がしく鳴いている。

私が人生で初めてクリームソーダを食べたのはいつだろう? 自宅で作ってもらった記憶はないから、初めて食べたのはおそらく家族で行ったファミリーレストランだろうか。そのレストランは家の近くにあったのか、それともどこかへ遠出をした時に立ち寄ったのか。そして最後にクリームソーダを食べたのはいつだろう? 記憶は定かではない。

強い陽射しから逃避するように狭い路地へ入り、しばらく進むと、目当ての純喫茶を見つけた。古い店だった。扉を開け、「禁煙席で」と店員に申し出ると、今ではすっかり珍しくなった全席喫煙席とのことだった。私はメニューを開き、アイスコーヒー、アイスカフェオーレ、ミックスサンド、オーブンサンド、ピザトースト、チーズドック、アイスココア、レモンスカッシュ、ミルクセーキ、いちごジュース、チョコレートケーキ、クリームチーズケーキの文字を眺め、一瞬心が揺れてしまったものの、店員を呼びクリームソーダを注文した。

 

薄暗い店内でクリームソーダを待ちながら、私は例の親友に久しく会っていないことを思い出す。今はもうその親友と会ってもクリームソーダを頼むことはまずないだろうし、親友も私のクリームソーダをチョコバナナクリームソーダに変えたりはしないだろう。

そして私は、クリームソーダが大好きだった幼少期の記憶を思い出す。部屋に飾ってあったぬいぐるみ。肘をついて食事をして怒られた時の親の表情。皿洗いの際に手を滑らせて割った、お気に入りの茶碗。必死に自転車をこいで、ずぶ濡れで帰ってきた日の雨。怖かった先生。ケンカをした友達。好きだった文房具。学校の廊下の流しにあった、石鹸を入れるネットの手触り。書道の授業中に読んだ夕刊の記事。カルメ焼きの色。間違えて持って帰ってしまった、土がついた友達の赤白帽。体育館の冷たい床。放課後の校庭に置いてあった、色の剥げた逆上がりの補助板。うさぎ小屋の土の香り。冷たい麦茶。今はもうない近所の駄菓子屋の、赤く小さな糸引き飴。大人の真似をして飲み、気分が悪くなったインスタントコーヒー。ランドセルを背負って帰宅する途中、近所の家の窓から漂ってきたカレーライスの香り。公園の壊れた遊具。猫じゃらしに留まっていたバッタ。箱に仕舞われたおはじきやビー玉。嘘だらけの絵日記。プール掃除の日の朝。家の前で屈んで見つめた、鮮やかな緑色の花火が、赤色に変わる瞬間。寝つくことができず、布団にくるまってじっと見つめていた、天井のオレンジの灯り。

……もしかしたらそれらはすべて、夢の中で見た景色なのかもしれない。

 

そんなことを考えていると、注文したクリームソーダが運ばれてくる。運ばれてきたものは、イメージしていた緑色のクリームソーダではなかった。アクアマリンのような澄んだ色のソーダ水に、ホワイトオパールのような艶のあるバニラアイスクリームが浮かんでいた。バニラアイスクリームは、この世の中に存在する最も完璧な球体であるように思えた。表面のしわすらも完璧だと思えた。その球体の下の氷は、水色の氷なのではないかと錯覚するほどに美しかった。細かい気泡が、夜空に浮かぶ天の川のように、グラスいっぱいに広がっていた。グラスは上品な汗をうっすらとかいていた。私は親指でグラスの汗をぬぐう。そのグラスの冷たさは、たとえようもなく心地よかった。

私は目を閉じて、もしゴッホがこのクリームソーダを見たら、どんなふうに描くのかを想像してみる。うねり、渦巻く強烈なタッチで、澄んだソーダ水が力強く描かれるはずだ。ゴッホであれば、これほどまでに美しいクリームソーダに対しても、激情を向けるのであろうか。ではもし、カラヴァッジョであれば? 暗闇の中で照らされ、光輝くクリームソーダが色鮮やかに描かれるのだろう。藤田ならどうだろうか? あの乳白色は、バニラアイスクリームを描くのに最もふさわしい色なのではないだろうか?

想像をひとしきり終えた私は、目の前のクリームソーダをもう一度、じっくりと眺める。そしてまず、ルビー色をしたチェリーを注意深く見つめる。汗で曇ったグラス越しに、鮮やかな赤の丸みが見える。ヘタの先を手でつまむ。チェリーの実を包む淡色のソーダ水が、グラスの中へ滴り落ちるのを待ってから、静かに口に含む。そっと、果肉を噛みしめる。ほのかにソーダ水の味と混じり合った、可愛らしい味がする。私は紙ナプキンをゆっくりと一枚手に取り、口に近づけ、そっと種を吐き出す。紙ナプキンを丁寧に丸めて、音を立てずにテーブルに置く。

指先に付着したソーダ水をお手拭きで綺麗に拭いてから、長いスプーンにねじって巻かれた紙ナプキンを外し、ゆっくりとスプーンの先でバニラアイスクリームをすくう。もちろん、その球体の完璧さをなるべく傷つけないように、細心の注意を払いながら。白い球体は1センチほど沈み、水色に染まる。水面にはバニラアイスクリームの薄い膜ができる。私は、アイスクリームの乗ったスプーンを口に運ぶ。まろやかな口当たりを感じ、程なくしてアイスクリームは舌先で消えてしまう。その時私は、クリームソーダのアイスクリームはかなりあっさりした、薄い味だったのだと気づく。濃厚なバニラアイスクリームを想像していたが、それではクリームソーダ全体の調和を壊してしまうのだろう。スプーンをグラスに入れると、気泡の天の川が動き出し、水面でかすかにサアッという音を立てる。

ストローでアクアマリン色のソーダ水を飲む。ひんやりとしたさわやかな味が喉を通過するのと同時に、ひりひりとした痛みを微かに感じる。それは心地のよい痛みである。生きるということは痛みを感じることなのではないか。だから夢か現実かを確認するときに、人は頬をつねるのではないだろうか。そんなことを思う。

グラスの縁にはアイスクリームの白い膜の跡が残り、ストローの口先にはブルートパーズの粒のような水滴が、店内の古いランプの光を受けて輝いている。美しい瞬間だと思う。

 

一度壊れてしまったグラスをもう眺めていたくはない。そんな気持ちから私は、残ったアイスクリームを口にし、ソーダ水を一気に飲み干す。たちまちグラスの中の小宇宙は消滅する。

わずかに残ったバニラアイスクリームの白色が、グラスの底で丸く小さくなってしまった氷にこびりついている。先程まであれだけ澄んでいた氷も、なんだか庭先の小石のようになってしまったように思う。たった今自らの手によって失わせてしまった美しさに名残惜しさを覚えながら、私は紙ナプキンで口を拭き、席を立つ。若く美しい店員が私から千円札と伝票を受け取り、古いレジスタがチンと音を立てる。

 

店を出て空を見上げると、青く美しい空に、白く丸みを帯びた雲がふわふわと漂っていた。そして私はスマートフォンとイヤフォンをポケットから取り出し、BUMP OF CHICKENの「ロストマン」を聴きながら、赤い夕陽が照らす駅への階段を下りて行った。

幸福な一日だった。

 

 

――この「小説」には、登場人物というものが存在しない。この作品に出てくる「私」とは、読者である貴方自身だ。自分自身の幼い記憶を思い浮かべながら、作品を一読していただければ幸いである。

2019年9月23日公開 (初出 「文芸川越」39号(2019年2月))

© 2019 斗田翡翠

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