トランスパレント・マシンガン

吉川敦

小説

2,609文字

透明のマシン・ガンをぶっ放す、そんな、お話です。

 陽射しが冷たくなってブタクサの花粉が眼球を突き刺す季節になった。棺桶サイズのベランダから鉄柵越しに首を伸ばして地面を見下ろすと自分が落ちていく映像が頭をよぎる。ここは六階だ。世界から飛び散るには充分な高さだろう。空には淡い雲が鈍足に流れていて、電線に止まる鳥たちがカラスに見えた。逆光のせいだ。影になっている。乾いた黒羽色の小さな鳥が群れている。一羽ずつの鳥たちが何を考えているのかは分からない。手始めにボクは透明の機関銃で全ての鳥を消した。
 
 夕暮れが近づいていた。逢魔が時だ。テレビのスイッチをオンにする。小さな画面に二次元が広がる。ニュースキャスターが原稿を読んでいた。ちっぽけな国のつまらない話題だ。隣に座る大学教授がゴミ箱に捨てられたような、ありきたりの解説をする。安寧な時間なのかもしれない。この太陽系第三惑星とやらには貧困や紛争があふれている。事実は分からない。真実や本物なんて、いったいどこにあるのだろう。ボクはマスメディアと呼ばれる固まりを透明の機関銃で抹消した。
 
 身体の中にある機関銃が重くなっていく。銃弾の数は減っているはずだ。誰かが新しい弾を補充しているかのように下半身の動きは鈍くなっていた。両足に重金属の欠片が埋め込まれたみたいだ。横断歩道が渡りきれない。自動ドアが速く閉まる。駅前の雑踏から抜けられない。自分の周辺にある空間だけが薄い膜に覆われていて、時計が狂っている。
 
 気のせいか?
 
 電車に乗っていた。お昼すぎだ。南中は超えている。車内は空いていた。普通列車だった。各駅に停車して面倒臭そうに扉が開く。太平洋高気圧が忘れ物を取りに帰ったかのような眩しい晴れだった。向かい側の座席には年老いた三人の女がお喋りをしていた。どうでもいい話だ。嫌でも聞こえてくる。現在をつくったのは過去だ。現在が退屈なのは過去をつくっていた奴等が想像の怠慢をしていたからだろう。それ以外の理由は有り得ない。ボクは狭い国の老人全員を透明の機関銃で葬った。
 
 街を歩いている。月齢十七の居待月が濁った夜空をゆっくりと動いていた。近眼の自分にはほとんど満月に見える。帰り道だった。アスファルトを空き缶が虫けらのように転がっていく。あちらこちらに明かりが付いていた。星はひとつも見えない。人間の文明とやらが生み出した街が邪魔だ。アスファルトの下には土があって多くの生物が蠢いている。ボクは世界にある全ての街を透明の機関銃で大地に還した。
 
 指先まで重力に耐えれなくなってきた。痺れよりも痛みに近い。痛点は敏感だ。身体が別の容れ物のように感じる。揺れていた。それが自分なのか、それとも自分以外なのかさえ判断できない。判断する脳も混線している。もしかすると両方なのかもしれない。身体の平衡感覚が微妙にズレている。自分にまとわり付く空間も歪んでいた。おそらく、それが正解だ。世界も自分も時間軸に対して流体のベクトルを描いている。
 
 気のせいか?
 
 部屋に戻った。まだ、世界は存在していた。鍵をかけて外に出た時と変わりない。捲られたままの薄い毛布がベッドに転がっている。テーブルには毎日3回飲んでいる常用薬と二つ折りにされたコンビニエンスストアのレシート。床に落ちたヘアブラシが足元に寝転がっていた。外出する前と空気まで同じだ。窓を閉めていたので、蒸せた二酸化炭素が充満している。自分の吐く息だ。部屋の中を眺める。見回す。何もかもを消去しなければいけないような強迫観念に囚われていた。
 
 何かが聞こえる。何かを感じる。
 気のせいか?
 いや、気のせいではない。
 
 ボクは反吐が出る小説と鼓膜が腐る音楽を透明の機関銃でデリートした。耐え難き紙の集合体と音の重なりは抹殺だ。先に手を付けるべきだったと後悔する。最初に消しても良かったはずだ。なぜ、唾棄リストの一番手に選ばなかった。たぶん、頭にも浮かばない程度の認識しかなかったせいだ。機関銃なんて無駄だったかもしれない。オモチャの水鉄砲で駆逐できるぐらいの薄っぺらい物体未満の屑。最低最悪の屑だ。
 
 静寂がやってきた。
 白い雑音が聞こえる。
 身体を振動させていた
 まだ、何かが残っている。
 
 全ては妄想だ。代わり映えのしない現実がある。ベランダの窓から黒い空が見える。部屋の隅っこにあるテレビには多くの放送局から電波が届いてるんだろう。粉々に跡形も無く砕け散った街の残骸なんてどこにもない。滲み出た体液が清流みたいに流れるような死した老人たちの台地もない。本屋では消費されるだけの書籍が眠っている。トイレットペーパーだ。いや、それより役に立たないだろう。理解しているよ、これが妄想に過ぎないことぐらいは。
 
 血液の流れる音がする。心臓が鼓動している。ボクの心臓だ。血液は脳に栄養分を送る。ケミカル臭がする血液かもしれないが、それでもボクの脳を助けていた。脳は考える。感性ではない。思考だ。ボクの思考が動いている。身体中の細胞が蠢いていた。ボクの思考によって動かされているんだ。ボクが考えなければ、世界は存在しない。この世界はボクの幻影だ。シナプスの勘違いと五感の誤解が渦巻いた映像に過ぎない。ボクがいなければ世界はなくなる。
 
 真性の屑はボクだ。
 
 ボクの肉体を切り刻めばいい。脳みそを踏み潰せば、そこでボクが認識できる極小な世界は消滅する。神経細胞の化学反応を止めれば、お話は終わる。周囲なんて関係なかったんだ。此岸に未練? もちろん、ある。未練はダダ漏れだ。だって、ボクも人間だからね。とっておきの方法を思いつく。成功とか失敗とかどうでもいい。選択肢はひとつだけだ。
 
 やっと気がついたよ。
 
 ボクは部屋に火を付けた。炎が少しずつ大きくなる。消火器なんてない。あるのは透明の機関銃。燃え広がっていく。遮光カーテンの焼ける匂いが鼻に付く。白い壁紙が亡霊のような跡形を付けて黒く焦げていた。あっけないものだ。ぶつかり合った炎が美しい旋律を奏でる。暖かい。この温もりは紛うことなき実在だ。酸素を使い過ぎている。ボクは迷うことなく、内側のボクに向けて引き金を引いた。
 
 そして、
 
 ボクはリセットするんだよ。
 
 
 
 BGM: Nouela -The Sound of Silence

2018年11月9日公開

© 2018 吉川敦

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