イナズマ

湯之元

小説

4,952文字

焼け跡で少女は銃を求める、誰を撃つかもわからずに。少年は復讐のため銃を握る、その因縁も知らずに。

 一

 国破れて、山河もなし。あたりいちめんの焼け野原です。

 けれども人はたくましいもので、もう道の両脇にガラクタでもって小屋を建て、その屋根の下でガラクタを売っています。

 私は銃が欲しいのでした。銃をさがしにここまで歩いてきたのです。ここならきっと売っているに違いありません。私は体にぼろ切れをまとって独り、市場をうろうろしていました。だれも私の方を振り返らないのは、みんな同じかっこうをしているからです。ずっと行きかう人を見ていると、なんだかみんな仮装をしているように思えてきます。ぜんぶ、冗談なんじゃないかしら。

「おい、きィつけろい。」

 後ろからドシンとぶつかってきたのは、ガタイのいい元兵隊さんでした。軍服のそでとズボンをやぶって短くして、腕毛すね毛むきだしで肩で風切り歩いていきます。市場の人みなお辞儀をしていきます。私はそのオジサンの姿かたちをしっかり覚えておくことにしました。

「あのおじちゃん、名前なんてェの。」

「サブ。」

 赤ん坊を背負ったタバコ売りのおばさんは、短くそういうとサッと私から顔をそむけました。

「もうちょっと訊きたいナ。」

 私は懐から米の入った袋を出して、おばさんに見せました。

「なにをだい。」

「ここら辺でいちばんは、サブさんなの。」

「ちがうよ。ヤスさ。」

「どんな人。」

「あんたねェ、そんなこと訊いてどうすんだい。」

 袋をおばさんに押し付けました。

「ヤスは、こわいよ。」

「どんな人。」

「なにをしてるんだか、得体が知れない。でもとにかく、いつも忙しそうにしてる。」

「どうすれば会えるの。」

「夜中、工場に行ってごらん。」

 私は軽くなった体で飯を売っている店に行きました。牛や豚や鳥や犬や猫をいっしょに煮た大きな鍋の周りには、早口でおしゃべりする中国人、歯の間の肉を爪でこそげている朝鮮人、空の椀に顔を突っこんだまま死んだようになっている日本人、ココハ、ヴェリイダーティーなんて言いながら笑ってすれ違う娘の尻を叩くアメリカ人。いろんな国の人が混ざっていました。

「一杯ちょうだい。」

「お嬢ちゃん、お代は。」

 私はさっきのタバコ屋でくすねてきた銭を鍋屋にわたしました。熱い、毛の浮いた臭い汁がなみなみ入った椀をもらって、それをふうふうしていると、アメリカ人が、

「ユーラブミー?」と訊ねてくるので、

「ノー。アイアムワイフ。」

「ユーストリップ、オーケー?」

「ノー。アイハブベビー。」と適当にあしらうと、今度は中国人が、

「どうですかね、いい仕事があるんですがね、どうでしょう」と上手な日本語で話しかけてきたところに、死んだようになっていた日本人が、

「話をきかせてくれ。」とすがりつき、二人はそのままどこかに消えていきました。

 朝鮮人がチッと舌打ちしてどこかへ去りました。

 お腹もふくれたので、とりあえず人気のない市場のはずれまで行くと案の定、浮浪児がたくさん集まってきました。

「なにさがしてんの。」

 私は銃、とはいわずに、

「寝れるところ。」

「ガイジンと?」

「スケベ。」

「宿ならあるよ。こっちに来な。」

 そこは焦げた木を組んでつくった粗末な寝床でした。浮浪児たちはより集まって鼠のように寝ていました。

「どこから来たの。」

「北のほう。」

「なにしに来たの。」

「おいしそうな匂いにつられてきたの。」

「嘘だね。腹が減ってる顔してない。」

「さっき食べたから。ネェ、ヤスって人知らない。」

 奥のほうで黙っていた大きな子が立ち上がって、

「おれがヤスだ。」

「あら、あなたヤスさん。こんにちは。」

「何の用だ。」

 私は思わず笑ってしまいました。

「なにがおかしい。」

「ヤスさん、ずいぶんお若いのね。それに暇そうだし。こんな娘の用件なんか訊くほど。」

「あんた、ヤスさんに何の用だ。」

「別に。直に話すわ。」

 浮浪児たちは小声で何か話し合ったあと、すばしこそうな一人がどこかへ走っていきました。

「ねむいわ。ねていい。」

「度胸娘め。ねろねろ。」

 あくびが出ます。うとうとしてるうちに、眠りにつきました。

 夢を見ました。寝ている私の顔をのぞき込む背の高い影があります。

「お前が噂の娘か。」

 影はそう言って、少し笑ったような気がしました。私は思わずふるえていました。

「起きろ。」

 もう真夜中でした。大きな子が、

「ヤスさんは工場にいる。」と言ったので、あわてて飛び起きて、

「案内してくださる。」

「いや、ひとりで行くんだ。この道まっすぐいくと烏の群れてる木があるから、そこを右に曲がって歩け。」

「はいはい、烏の木ね。りょうかい。」

 浮浪児たちへ盗んだ残りの銭をぜんぶくれてやると、私は工場へ向かいました。

 途中、鍋屋で見かけた朝鮮人とすれ違いました。こちらに気づかぬそぶりをして、すたすたと市場のほうへ歩いていきました。

 しばらくして烏の木を見つけました。死体がその木の根元に集めて置かれているので、烏がそれを啄みにくるのです。でも、カアカア鳴いているだけで怖くはありませんでした。そこを右に曲がってまたてくてくてくてく歩くと、やがて大きな建物が見えてきました。獣のうなり声のようなものも聞こえます。私はちょっと怖くなって、ぶるっと身ぶるいしました。いつからか、霧が月を隠して、ぼんやり工場の輪郭をおぼろげにしています。門の前で、

「ヤスさんはいますか。」

「誰だ。」

「宿をお借りした娘です。」

「入れ。」

 中は思ったより寒々しく、物があまりありませんでした。真ん中で、十人くらいの大人がうなる機械を操作してなにかしていました。ヤスはすぐにわかりました。ひときわ背が高くて、蒼白い肌をした男でした。ヤスは機械に触れずに、あちこち歩き回って男たちに檄を飛ばしていました。

「ヤスさん、客が。」門番役が呼ぶと、ヤスはこちらに振り向きました。

 鷹のような眼です。こんな眼はアメリカ兵にもいませんでした。私はその場で動けなくなりました。数瞬あと、ヤスは眼をそらして、あごで私についてくるよう指図しました。私はやっと自由になって後ろをついていきました。

 狭い、待合室のようなところに来ました。椅子と机のほかになにもありません。

「名前は。」

「アキノ。」

「アキノ。ほう。アキノ。」

「うん。」

「アキノ。アキノ。秋の田のかりほの庵の苫をあらみ。」

「我が衣手は露にぬれつつ。」

「百人一首、ぜんぶ言えるか。」

「まだ半分くらい。」

「ぜんぶ覚えろよ。ナ。」

「はあい。」

「で、なにしに来た。」

「銃が、欲しい。」

「銃か。」

「うん。銃。」

「それでどうする。」

「サア。殺すか、死ぬか。」

「そうか。銃はナ、高いぞ。」

「いっぱい働くから。」

「ここでか。」

「ここで。」

「おれたちがなにをやってるのか知ってるか。」

「知らない。」

「おれたちはな、本を刷ってるんだ。」

「エ、本。」

「そうだ。本。ちっちゃ本だけどな。」

「なにが書いてあるの。」

「世界中みんな、一致団結して、仲よくしようって話さね。言うなりゃ、世界平和さね。」

「あら、ステキ。ならなんで夜中にコソコソやっているの。」

「薬も飲むやつによっちゃ毒さね。この本が出回ったら死ぬやつもいる。」

「魔書ね。」

「働くか。」

「うん。」

 私はこうしてヤスのところで働くことになりました。どれくらい働いたら銃をくれるのか、ヤスははっきりとは言いませんでした。

2018年10月30日公開

© 2018 湯之元

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