ヤク中の俺が異世界転生したら最強の薬剤師になった件(転生前1

ヤク中の俺が異世界転生したら最強の薬剤師になった件(第1話)

諏訪靖彦

小説

6,208文字

エメーリャエンコ・モロゾフが晩年を過ごした西新宿のキチガイ病院で書いた異世界ファンタジーの翻訳です。

「レメロン十五mgと、同じNaSSA系抗うつ薬リフレックスを十五mg混ぜる。耐性が無ければ二十時間は眠り続ける。ゾルピデム系睡眠薬より即効性が有り、ゾピクロン系睡眠薬より持続する。アモバンのように舌から染み出る苦みもない。紗香がメンヘラでなければ、ばっちりキマる。常用してれば効果は薄いが、そんなことないだろ?」
 チェーン居酒屋の油のしみ込んだ木製テーブルに肘を付け、左指にタバコを挟みながら長身痩躯の男が、向かいに座る女に話しかけている。男の目は落ちくぼみ、頬骨の線がはっきりと出るほど痩せている。左耳には三連のシルバーピアスが嵌められ、その下の首筋にはピースシンボルのタトゥーが入っている。長髪は後頭部で結ばれているが、額から口元に掛けて幾つかの髪の束が簾のように垂れ下がっていた。
「紗香が精神科を受診してるとか聞いたことが無いから、その点は大丈夫だと思うけど……本当にそれで大丈夫なの?ねえ、エメーリャエンコ」
 エメーリャエンコと呼ばれた男は、頬に掛った長い黒髪を両手でつかむと、肘を上げ後ろに回しゴム紐で縛り直す。エメーリャエンコは十数秒に一度顔を左右に痙攣させる。薬剤性ジストニアだ。
「深い眠りにつくことは間違いない。俺が経験している。昔試した。いや、無理やり飲まされた。その時どうなったか聞きたいか?」
 エメーリャエンコはそう言いながら立ち上がり、足先がほつれたベルボトムジーンズのポケットに手を突っ込む。そして五センチ四方のビニールパケを取り出すと、油まみれのテーブルに投げた。
「無理矢理飲まされた時の話をするつもりなんかないでしょ?あんたが自分の事を話すとは思えない」
 女は目線に垂れた茶色の前髪を耳に掛けながら言った。
「正解」
 エメーリャエンコは椅子に座り直るとそう言って口角を上げた。そしてテーブルの上に置かれたビニールパケを女の方に差し出す。五指全てに付け根から指先にかけて緑色のタトゥーが入っている。一見すると十字架に見えるが、よく見ると先が矢印になっており、第二関節を指しているが、それが意味することは分からない。
「ほら、早くしないと紗香が戻ってくるぞ」
「え?、あんたがやってくれるんじゃないの?」
 女が輪郭の定まらぬ声で言う。所謂かすれ声だ。かすれ声だが声量はそれなりにある。ガヤガヤとうるさいチェーン居酒屋でも周囲五メートル範囲で聞き取れる声だ。声をかすれさせる意味がない。
「なんで俺がやるんだよ。それは俺の仕事じゃない。やるのはあくまでお前だよ」
女は肩を落とした後、エメーリャエンコから渡されたビニールパケに入った白い錠剤をテーブル備え付けの混ざりっ気のないナトリウムの入ったプラスチック製のミルで叩く。何度も叩く。そして粉状になったNaSSAを隣の席に置いてあるモスコミュールのグラスの中に入れた。エメーリャエンコのウィスキーグラスの脇からマドラーを掴み取り、NaSSA入りモスコミュールをかき混ぜた。グラスに僅かな泡が立ち、直ぐに消える。
「効いてくるまで十五分から三十分程だ。それまでに車に乗せろ。どこで目を覚ますか分からないが、目を覚ましたら気分の悪さを訴えるだろうから、酔い止めだと言ってこれを飲ませろ。飲んだらお前の言いなりになる。ドパミンやセロトニンなどのモノアミンが無尽蔵に増えセロトニン症候群を起こす。自分の置かれた状態を把握できなくなる。正常な判断が出来なくなり饒舌になる」
 エメーリャエンコはそう言うともう一つ、ビニールパケットを取り出した。
「レクサプロとアモキサンだ。白い方がレクサプロ二十mgだ。見た目がバファリンに似ているから二日酔いに効くからと言って飲ませろ。もう一つはアモキサンの二十五mg錠剤だ。錠剤が青いからそのままでは不審がられる。青い錠剤の市販鎮痛剤なんてないだろ?だからこれは水に混ぜて飲ませるんだ。水溶分解すれば色は無くなる。飲んだ後、一時間程度で膝がガクガクしはじめる。手が震える場合もある。それが合図だ。セロトニン受容体が許容限界を迎えるんだ。そこでお前のしたいことをすればいい」
「死んじゃわないよね?」
 女が不安そうな顔をエメーリャエンコに向けた。
「お前が言い出したんだろ。日和ったのか?」
「違うけど、死なれると面倒だから……」
「死なないよ。そんなんで死ぬわけがない。別にリタリンを使うわけじゃないし、アンフェタミンでもない。この国で認められた向精神薬は安全なんだ。使用量を守れば死ぬことなんてない。便利な薬だよ」
 そう言ってエメーリャエンコは笑った。声に出して笑った。
「効かなかったら?」
「モノアミン酵素阻害薬でも混ぜようか。死ぬことはないだろうが、効果は倍増する。セロトニン症候群で死んだ奴を知らないから大丈夫だろう。でも、俺を信じろ。今渡した分で十分だ。メタンフェタミンを出すこともできるが、後々面倒だからやめたほうがいい。俺も次の仕事へ繋げようなんて思っていない。それと、間違っても殺すなよ。正気に戻ってから暴行を加えるにしても、決して殺すな。もし殺してでもしてみろ、検死でアンフェタミンとコカインの陽性反応が出る。正確には擬陽性だが、一次検査で確実に引っかかる。詳しく調べれば抗うつ薬由来だと分かるが、入手経路を調べられる。抗うつ薬を使って殺すとその辺が面倒なんだ。メンヘラ女なら通院歴からそれ以上調べられないが、紗香はそうじゃないんだろ?だから殺すな」
 エメーリャエンコにマドラーを返しながら女が言う。
「だから殺そうなんて思ってないって」
「ならいい。俺の仕事がやりずらくならなきゃいい」
「さっきから仕事仕事ってウザいんだけど。あんたは桜子のヒモじゃない。どの口が偉そうに「俺の仕事」なんて言ってんのよ。桜子がソープで稼いだ金でシャブを買って、持て余した時間で生活保護受給者に入れ知恵して、精神科で処方された向精神薬を売買してるだけじゃん」
 女の後ろに紗香の姿が見えた。
「ほら、戻って来たぞ」
 エメーリャエンコは灰皿でタバコの火を消しながら女に言った。女は後ろを振り返る。目頭切開をして不自然に目が大きいシュートボブの女がキョロキョロと辺りを見渡している。トイレに席を立ったのは良いが、自分の席を見失ったようだ。それを見てエメーリャエンコの前に座る女が紗香の名前を呼ぶ。
「紗香、こっちだよ」
紗香は女に気がつくと、小走りで近づいてきた。
「ごめんね綾子ちゃん、トイレ込んでたのよ」
 女に声を掛けながら紗香は席に着いた。
「ううん、大丈夫。エメーリャエンコと二人の方が話盛り上がるし」
「え、なにそれえ?ひっどおおい。私がいない方が良いっていうの?何だか疎外感を感じるなあ」
 そう言って紗香は笑ったが、これからこの世界から疎外される事に気が付いた様子はない。紗香は綾子の隣に座るとモスコミュールが入ったグラス、もとい、意識がなくなるに充分なNaSSAの入ったモスコミュールに口を付けた。口を付けた程度じゃ効かない。飲み干さなければ効果はない。
「ところで、エメーリャエンコは何してる人なの?」
 紗香の問いにエメーリャエンコはテーブルに肘を立て、考え込む仕草を見せると、綾子が先に口を開いた。
「エメーリャエンコは薬剤師なんだよ。結構いい給料もらってるらしいよ」
 するとエメーリャエンコはテーブルの下でだらしなく伸びた綾子の右太ももを蹴り上げた。綾子が右手に持ったカシスオレンジがこぼれそうになる。
「いったあ……」
 思わず声を上げた綾子に紗香が声を掛けた。
「どうしたの綾子ちゃん?」
 綾子は傷みで左目を僅かに引きつかせた後、エメーリャエンコを一瞥し、エメーリャエンコのウィスキーグラスに入ったシングルモルトを自分のグラスに移しながら紗香に言った。
「ううん、何でもないの。それより、紗香は次何飲む?」
「そうだなあ、甘いのが飲みたいな。ここイースター・エッグあるかなぁ?」
 チェーン居酒屋にそんな洒落たものはないだろう。しかし、次に何を飲むと聞かれると、殆どの人間が次に飲むものを伝えると同時に今飲んでいるグラスを空ける。どんな人間でも同じだ。男でも女んでもそうする。エメーリャエンコはそれがおかしく、綾子は上手い事やったなとほくそ笑んだ。
「何笑ってんのよ」
 綾子がキッとエメーリャエンコを睨む。
「エメーリャエンコってホストじゃないの?」
 紗香はテーブルに肩肘を立ててウィスキーグラスを傾けているエメーリャエンコに向かって言った。
「こんな陰気なホストなんていない」
「でもさ、そんなに恵まれた容姿なをしてるならホストをやればいいのに。永久指名や色営も沢山とれるでしょ」
「俺は金に困ってないし、誰かに使われるのは好きじゃない。何が楽しくて、好きでもない女を喜ばせなきゃいけないんだ」
 エメーリャエンコの言葉にを聞いて綾子が言う。
「桜子にぶら下がってるくせに、よく言うわ」
 エメーリャエンコは顎を上げ、見下ろすように綾子を見据えると、口の動きだけで「だまれ」と綾子に伝える。
「じゃあ何をやってる人なの?」
「だから、エメーリャエンコは薬剤師だって」
「しつけーよ、だからそれどんな設定だよ。こんなにだらしなく髪を伸ばした薬剤師がいるはずねーだろ」
 エメーリャエンコはもう一度綾子の太ももを蹴り上げた。綾子はテーブルの下で蹴られた右足でエメーリャエンコの膝を蹴ろうとするが、距離が足りなく空を切る。
「だらしない髪なんかじゃないよ。髪を結んでるから分かりにくいけど、いい美容師さんに切ってもらってるよね。ほら」
 そう言うと紗香は腰を上げ、エメーリャエンコの髪に触れようと手を伸ばす。エメーリャエンコはその手をさっと払いのけた。
「おい、いきなり何すんだ。俺に触んな」
 紗香は腰を浮かせたままエメーリャエンコに謝った。
「ごめんなさい……」
「いいよ、紗香、謝んなくて。エメーリャエンコは知らない人に触られるのを極度に嫌がんだよ。女かっつーの」
 綾子はエメーリャエンコの足が届かない程度に椅子を引く。するとエメーリャエンコは足先を伸ばして綾子のつま先を踏みつけた。綾子は足先をずらしてエメーリャエンコのチェルシーブーツをヒールで踏み付けようとするが、エメーリャエンコはさっと足を戻す。テーブルの下でカツンと乾いた音がした。
「そう。でもごめんないさい。触られるのが嫌な人もいるもんね。私が軽率でした。それで綾子ちゃん」
 紗香は腰を下ろし綾子の方を向く。
「ん?」
「相談って何?」
 綾子は一瞬きょとんとした後、思う出したかのように言った。
「ああ、そう、そうだよね。紗香に相談したい事ってのは、ヴェルベッツのシフトをチェンジしてほしんだよね。私他にも掛け持ちしてて、来週いい具合にバッティングしちゃうの。実を言うとゴールドマインの方が時給が良いんだ。だからそっちメインにしようかと思ってるの」
 それぞれ綾子が働いているキャバクラの名前だ。ヴェルベッツとは二人の務めるキャバクラの店名で、ゴールドマインは綾子だけが勤務しているキャバクラ店だ。
「そんな事LINEで言ってくれればいいのに。でも、ありがとうね綾子ちゃん。直接言ってくれて嬉しいよ。いままで一緒にお酒を飲む機会なかったもんね。それで、具体的に何曜日変わってほしいの?」
 二人はスマホを取り出し相談し始めた。当然綾子が紗香を呼び出した理由がシフトチェンジのはずはなく、綾子は適当な話題を作って話しているのだろう。このまま行けば、来週紗香がキャバクラに出勤することは無い。真剣に話す二人を見てエメーリャエンコは笑いを堪えるのに必死だった。
「うん。じゃあこれでいいね。明日店長に連絡しとく。ありがとうね。お礼にここの会計私が持つから」
「いいよ、ここは割り勘で。シフトチェンジするだけで、数千円も掛かったら大変よ」
 そんな二人のやりとりを見てエメーリャエンコが言った。
「じゃあ俺はこのへんで……」
 エメーリャエンコがセブンスターを灰皿に押し付けてから、椅子を引き立ち上がろうとすると、綾子が声を掛けた。
「ちょっとまってよ。そんなに早く帰らないでよ」
「俺がいる必要ある?」
「ある。お金払ってるんだから、もう少し付き合いなさいよ」
「綾子ちゃんはエメーリャエンコの飲み代も払うつもりなの?」
 当然綾子はエメーリャエンコから受け取った向精神薬の代金について言ったつもりだったが、紗香はそれを飲み代として受け取った。
「ああ、そう言う事か。じゃあ、あと少しな」
 エメーリャエンコは綾子の言わんとしていることを理解し、乱暴に椅子を引き戻し座りなおした。綾子は紗香に飲ませた薬の効果が出るのか確認してから席を立てと言っているのだ。
「そうよ、もう少し飲みましょ」
 紗香がエメーリャエンコに笑いかけるが、エメーリャエンコは目が合うのを避け、カウンター方に目やり軽いため息をついた。エメーリャエンコが顔を合わせないと悟った紗香は、その笑顔を隣に座る綾子に向けた。
「そう言えば、綾子ちゃん。聞きたいことが有るんだけど、いいかな?」
「なに?」
 そう言ってから綾子はウィスキーで割ったカシスオレンジを口元へ運ぶ。
「綾子ちゃんて、歌舞伎町のミレニウムに出入りしてるよね?二丁目にあるホストクラブ」
 綾子はグラスに口を付けたままエメーリャエンコを見た。エメーリャエンコはわざとらしく口を開けた。紗香はそのホストクラブでの出来事が原因で薬を盛られたのだ。綾子は紗香に自白剤を飲ませた後、じっくりとその話を聞く予定だが、それは今ではない。紗香はグラスをテーブルに置き、エメーリャエンコを見つめたまま言った。
「うん……」
「やっぱり。何度か綾子ちゃんの事を見かけたんだよね。でも、正直あまり親しい間柄じゃなかったじゃない。だから声は掛けなかったんだ」
「へえ、そうなんだ」
 綾子はまだ紗香を見ない。エメーリャエンコに向けた顔は不機嫌そうに変わる。それでも紗香は一方的に綾子に話しかけた。
「それに楽しんでるところを邪魔したら悪いしね。綾子ちゃんの永久氏名は誰?」
 綾子は口をパクパク動かし、まだ薬は効いてこないのかエメーリャエンコに聞くが、エメーリャエンコの口は開かなかった。
「うんと……」
 綾子が言い終わる前に紗香が言葉を被せる。
「私はあっくん。あっくん知ってるよね?アツシ君だよ」
 じっと聞いていた綾子だったが、紗香の口から出たアツシの名前に我慢できなくなったのか、紗香の方を向くと、大きな声で言った。
「うぜえよお前、何でお前にそんな事話さなきゃいけねーんだよ。一回飲んだだけで友達ずらしてんじゃねーよ。ばーか」
 紗香は肩がピクリと動き、手に持ったグラスからカルアミルクが零れる。それを見てエメーリャエンコが声を上げて笑った。綾子は視線をエメーリャエンコに向け言う。
「なーに笑ってんだよ、このヤク中が」
 それを聞いてエメーリャエンコはさらに大きな声で笑った。そして立ち上がると、紗香を指さす。
「ほら、彼女お眠だって。しゃべり疲れて眠たいってさ」
 綾子が隣りに目を向けると、隣り眠そうな目を向ける紗香と目が合った。
「綾子ちゃんごめんね。怒らせちゃったね。私しゃべり過ぎちゃったみたい。綾子ちゃんと……綾子ちゃんと仲良くなりたかっただけなんだ……でも、なんでだろ、眠くなちゃって……」
 薬が効いてきた事を確認すると、エメーリャエンコ・モロゾフはテーブルを離れた。

2018年10月18日公開

作品集『ヤク中の俺が異世界転生したら最強の薬剤師になった件』第1話 (全4話)

© 2018 諏訪靖彦

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