童Q正伝

童Q正伝(第1話)

応募作品

佐川恭一

小説

22,482文字

平成が終わる前に、童Qについて語らねばならぬ。

早くも平成三十年の夏である。昭和に生まれた童貞の中には、平成が終わることに危機感を覚えている者も少なくないだろう。なぜなら、昭和に生まれて童貞のまま平成を飛び越える人間は、某ジャニーズグループ名を拝借し「平成ジャンプ」――正式には「Hey! Say! JUMP」であるがここではリーダビリティを考慮して「平成ジャンプ」と表記する――と呼ばれ、一般男性と区別されるようになるという予測がいよいよ現実味を帯びてきているからである。私は恐らく「平成ジャンプ」としっかり発音するのはすぐに面倒がられ「ジャンパー」等に変形された後、「ふなき」等の隠語で呼ばれるようになるのではないかと考えている。一年後には無数の「ふなき」が日本中に溢れかえり、K点超えどころか着地を知らぬ大飛行を継続しているに違いない。

さて、私が童Qのための正伝を書こうと思ったのは、つい先日のことである。有力な「ふなき」候補たちに思いを馳せているうちに、童Qの話だけは平成のうちに語り終えておかねばならない、と強く感じたのだ。そもそも、私が「ふなき」について考え始めたのは、ハアテュウとかいう慶応卒の女がうんこ食べる系AV男優と事実婚しました、みたいな話を聞いて、ハアテュウというのは昔童貞いじりをやっていたな、と思い出したのがきっかけである。もっとも、私はハアテュウの童貞いじりを一度も見たことがない。みんなが「あいつは童貞いじりしてた!」と言うから、ああ、ハアテュウというのは童貞をいじっていたんだな、と思っているだけである。それでたくさんの童貞が傷ついた、という言説も見かけたが、私はハアテュウの童貞いじりの内容に興味がないので、ひとつも調べていない。もう全然、検索ウインドウに文字を打ち込む気力すら湧いてこない。ハアテュウの夫であるうんこ食べる系男子が事実婚発表の直後に浮気をバラされた、とかいう話も耳に入ってきたが、それもどうでもよい。かわいそうとも思わなければ、「やーいやーい、おたんちん!」とも思わない。そういうこともあるだろう、と思うだけである。このハアテュウが私に与えたのは、ハアテュウという容姿の悪くない、テレビにもちょくちょく出ている少しばかり有名な女性が、可愛らしい顔からは考えられないような野太いうんこをしてパートナーに食らわす、そういう勃起的光景をありありと想像する力である。私はかつて大塚フロッピーといううんこAVばかり出している会社が病的に好きだった。女の子が尻の穴をむき出してうんこをするのだから、それはもう大塚フロッピーを好きにならない男はごく少数であろう、そう思っていた。大塚フロッピーに出会った当時、滋賀出身の私は関西を中心に展開している進学塾の個別指導講師としてアルバイトをしていた。講師をしていた男子大学生どもは、「かわゆい女子高生の担当になりたいのう〜」「かわゆいJCでも可! かわゆいJCでも可!」「うわあの子、ボッキンキンなり!」「ぬお! 我もボッキンキンで候〜!」などと言っていた。これは意訳であるが、その類のことを確かに言っていたわけである。しかし私は、「ぼくは女子は持ちたくありません」と教室長に断言していた。「緊張して、ちゃんと教えれないんで、持てません」。教室長はそれを冗談だと思い、当初は私にボッキンキン誘発系女子を当てたが、私が混乱のあまり数学の授業の途中で「解の公式」なる基本中の基本をド忘れした事件の後、極力女子を避けてくれるようになった。みなさん大体おわかりかとは思うが、もう解の公式を忘れるというのは、ピアノを弾いてるときに、楽譜の読み方忘れましたみたいなことなのである。講師たちは、「S川先生、俺らばっかりボッキンキン女子ゲッチュして悪いっすね〜」と言っていたが、私はもうどうぞどうぞという心境であった。そのうちに、「S川先生、ぼくこの日都合悪いんで、代打でボッキンキン女子、どうすか?」と言ってくる後輩などが現れた。みんな、ボッキンキン女子を持っていない私をかなり気にしていたのである。教室長は私が女子を嫌がっているということをオープンにせず、こっそり配慮してくれていたから、みんな私の運がひどく悪いのだと思っていたのだ。私はみんなの心遣いがうれしく、お礼代わりに大塚フロッピーの存在を教えた。大塚フロッピーはうんこのAVを撮っている、確かに女優の質に難ありとする向きもあろう、しかし中には「こんな子がうんこを!?」と思えるような子もいるし、いわゆるブスの範疇に入れざるを得ない女の子であっても、肛門丸出しで硬軟さまざまのうんこをひり出し、「私は、私はうんこ漏らしてよろこぶ変態です!」と叫んでくれる、そしてうんこのついた尻の穴まで舐めさせてくれる、その事実だけで顔の問題など三億光年の彼方へ消えさろうというものだ、うんこ見せる系女子の価値、それはキュートでコケティッシュな魅力を放つ長澤まさみ的新進若手女優にさえ匹敵するものなのじゃないか?――そう熱心に語った私だったが、気付けば講師陣はどん引きしていた。「あ、うんこはいいっす……」「うんこはちょっと……」「すんません、せっかくなのに……」「ほんま、申し訳ないっす……」

私はそれ以来議長と呼ばれるようになった。偉大なるカストロ議長の名がスカトロ議長へと変形され、その後スカトロが省略され、議長となったのである。教室長は、「なんであんた議長なの?」と聞いてきたものだ。実はこの教室長というのは大学出たてくらいの猫目で少しばかり気の強そうな元々はスクールカースト上位のギャルだったかという面影をうっすら残したD〜Eカップぐらいのやや浅黒い肌をしたスポーティ・タイプの女性であった。私はすっかり赤面して、「わかりません、なんか、勝手に呼ばれるようになって」とごまかした。あのとき私の性癖を正直に打ち明けたなら、教室長が「え、ほんと!? 私もスカトロ好きなんだよね、うんち出すときなんかゾクゾクして、それだけでイっちゃうくらいなの。ねえねえ、じゃあそこの自習ブースに隠れてうんちしたら、S川先生食べてくれる? あっ、でもうんち食べたらちゃんと責任取ってよね、今スカトロ好きが減ってきてて、彼氏もなかなかできないしさ……」と言ってくれた可能性だってあったはずなのだが、私にその勇気はなかった。そうして教室長のうんちは永遠に私の前から去った。

それからしばらく経った頃、坂田という同期の講師が「議長、議長」と声をかけてきた。「ちょっと前、大塚フロッピーとかいうメーカーの話してたやないですか。あれ、なんかおススメのやつ一枚だけ貸してくれません?」私は心を躍らせながら厳しいセレクションを行い、勝ち抜いた一枚のDVD――『素人専門肛門ご開腸アナルくちゅくちゅ』――を坂田に与えた。次に会ったとき、私は興奮を抑えきれないまま坂田に「どやった!?」と聞いた。坂田は青い顔をして、「やっぱ、無理っすわ……」と言い、力なくDVDを突き返してきた。だが、と今私は思う。あのとき、アナルくちゅくちゅメンバーの中に、ハアテュウがいたら? あのハアテュウのうんこが見られるのだとしたら? 坂田は興奮のあまり過勃起状態に陥り、一時間ぐらい気絶していたに決まっている。そして十年の時を経た今、私はうんこ食べる系AV男優のおかげで、ハアテュウがうんこしている姿を鮮明に想像することができる。ハアテュウがビデオに出演し、ベテランの手練手管に身悶えし、浣腸されてうんこを吹き出すとともに絶頂を迎え、汚物まみれで快感の残響にのたうち回り、「はは、すっげえ震えてんじゃん」と罵倒されるところを、二時間分ほどのストーリー付きではっきりと想像することができるのだ。こんなに幸せなことはない。今、私は気の向くままに筆を走らせた結果、童Qの正伝を書く気をさっぱり失っているが、はじめに宣言したことを守らないというのは信義に悖ることであるから、しぶしぶではあるが、童Qの話を始めるとしよう。

 

 

童Qは私の大学の同級生で、四国からやってきた男だった。決して見栄えが良いとは言えなかったが、わりとチャラい雰囲気を醸し出していたので、私ははじめから「こいつとは少し合わないかもしれない」と警戒していた。私の入った京都大学文学部二組のクラスコンパなる春の催しにおいて、私は塾講師時代と同じく女子から逃げまわり、男どもと偏差値の話をしていた。私は洛南高校三類A(※1)というコース――現在その名称は消滅している――の卒業生で、周りのやつらは洛星(※2)とか東大寺(※3)とか大阪星光(※4)とか堀川(※5)とか膳所(※6)とか言っていた。私は実は東大寺学園とラ・サール学園(※7)にも合格していたから、大抵の高校には落ち着いて対処することができた。見たところ灘(※8)や開成(※9)や筑駒(※10)はクラスにいなかったので、私は「マックスで東大寺やな」と胸を撫で下ろしたものだ。だが四国の童Qは、「俺は受けたら灘でも行けとったき!」と言い放って私たちの平穏を乱した。男は確かに土佐高校という高知県の進学校の出身だったが、二浪していた。灘に受かるような人間が京大文学部に二浪するなどということは考え難かった。いや、実際にそれはあり得るのだが、やはり受けてもいない灘に受かっていたはずだと豪語するからには、京大に現役合格するぐらいの証拠立ては必要であろう。しかし童Qは、「地理的問題にすぎんきね。土佐高しか通えんかったき、しゃーなしで行ったちや!」と言って譲らない。童Qはそのように「灘にも行けていた男」として自己を演出し、私たちとしても「まあそういうことにしとこか」と処理せざるをえなかった。この、まだ誰とも仲良くなりきっていないクラスコンパにおいて、「嘘つけェー! 土佐高と灘ってどんだけ差ァあると思ってんねん、しかもお前二浪やろが! そんな頭ええやつがなんで二浪しとんねん!! もう一年その高松高等予備校とやらで頭冷やしてこんかい!!」と指摘することはきわめて困難であった。童Qはさらに、「ゆうとくけど俺、童貞やないきね」と畳みかけた。「お前らどうせガリガリ勉強ばあしよったがろうけど、俺はずっと女おったきね。何人かおって、俺なしで生きてけんゆう女も二人ぐらいおって、それがややこしゅうなって受験てこずったき」私はその言葉に大きな衝撃を受けた。こいつ、童貞ではないのか!? 周りの東大寺や洛星、大阪星光も度肝を抜かれて目を見開いていた。私たちは知らず知らずのあいだに、「ここにいる男はみな童貞である」という前提で会話していた、そういう無根拠な連帯意識があったのだ。だが、近くにいた膳所や堀川は童Qの発言にビクともしていなかった。「そんな高らかに言うことかよ……」という、呆れ顔のような表情で童Qを見つめていた。そのとき、私は膳所や堀川も童貞ではなかったのだと、はじめて気付いたのである。

しかし翌日の中国語の時間、クラスコンパを欠席していたデザイン髭の男が童Qに詰め寄り、満面に朱をそそいで怒鳴りつけた。
「ふざけんなよ、てめえこの野郎! お前自分が童貞ちゃうとか言うてたらしいやんけ!」

童Qはうつむいたまま黙っていた。

すると男はさらに顔を童Qに近づけて怒鳴り続けた。
「デタラメ言うてたらいわすぞ! お前童貞やろ? 土佐の童Quanやろが! 誰もお前のこと知らん思てめちゃくちゃ言うてんちゃうぞ!」

男が彼のことを何と呼んだのか、それが童チュワンだったのか童チュワンだったのか、どう書き表すべきなのかわからない。それはこの怒鳴り男と連絡を取ることがもはやできない以上、いくら考えても答えの出る問題ではない。とにかく発音としては童Quanに間違いなかったために、私は彼を「童Q」と呼ぶことにしているのである。

童Qは男に何も言い返さなかった。男は苛立ちを募らせて童Qに平手打ちを食らわせた。
「お前ほんで、灘も受かるとか言うたらしいな? 無理に決まってるやろが! 土佐高受かったんもまぐれやんけ! 土佐高もギリギリで、受かったとき嬉しくて泣きました! お母さんも、泣いて喜んでおりました! ほれ、言うてみろ!!」

その時、中国語の王先生が入ってきた。みなが童Qに注目していたので、王先生も童Qを見つめた。すると童Qは、「土佐高もギリギリで、受かったとき嬉しくて泣きました!」とはっきり言ったのだった。「お母さんも、泣いて喜んでおりました!」私は腹を抱えて笑いたかったが、あまりそういう雰囲気ではなかったので必死で我慢した。怒鳴り男が後方の席に座ると、王先生は今の出来事への関心をまったく示さず、「私スパルタ系助教授アルよ〜! 覚悟するアル〜!」みたいなことを言っていた。童Qは何事もなかったかのように中国語のテキストを広げて後ろを振り返り、私に向けて「こりゃ、麻雀の勉強に良さそうやきね」と言った。

 

 

大学に入ってしばらくすると、私はほんの一部の女子とならば会話できるようになっていた。塾講師のアルバイト先ではなかなか難しかったが、大学で何度も何度も顔を合わせる中で、冗談を言い合える系女子というものがその存在をあらわにし始めたのである。なかでもサダさん(埼玉県・川越女子高校)という女子がピカイチで、めちゃめちゃかわいい上に私のモゴモゴした陰気な冗談にも「あっはははは! S川くん、もしかしてR―1出れる系男子じゃない?」などと最大級の賛辞を浴びせてくる。しかも酒を飲むとえろくなる習性があったから、私は酒席でいつも彼女の横に陣取ろうと必死になっていた。酒を飲むと、「おいS川! お前彼女いんのかよ」などと絡んできてくれて、私は「だからおらんて」と努めて迷惑そうにしつつ、自分の身体にわずかに触れるサダさんの腕や肩のやわらかな感触でいちいち勃起していた。そうして触れた瞬間、その部位から「しゅき〜!! だいしゅき〜!!」という念を全身全霊で送り込んでいた。「俺はサダさんが好きだ! サダさんが好き! 俺はサダさんを愛してる! サダさんのいない人生なんて考えられない! 俺と付き合ってくれ! 俺とキスしてくれ!! そしてどうか俺のちんぽを、俺のちんぽをその温かなおまんまんで包みこんでくれ!!」しかし私の念はいつもまったく届かず、サダさんは「お前、彼女はやく作れよ! そんなんでいいのか? それが洛南か? 洛南はお前みてーな陰キャ量産を旨とする陰キャファクトリーなのか? あ?」と言ってますます絡んでくるのだった。これは私に対する好意の裏返し……と捉えたいところだったが、残念ながらそうではなかった。サダさんの絡みは私に対してだけではなく全方位に発揮されており、東大寺も洛星も大阪星光も陰キャファクトリーなのだった。サダさんは明らかに元彼が数名いる系女子だったが、私たちの集団にいたもう一人の女子・ニシキさん(滋賀県・彦根東高校)はマンコに膜が張っている、いわゆる膜張系女子であった。少なくともそのように本人は言っていた。
「うち、男性経験がなくて、そやから、相手も経験ない人の方がええねん。慣れた感じの人とか、絶対いややわ〜」。

我々はこのサダさんとニシキさんのあいだで揺れていた。恐らく抽象的には、すべての洛南洛星東大寺がサダ―ニシキギャラクシーに内包されていたと言えるだろう。私はどちらのタイプに対してもちんこビンビンですよ神状態だったのだが、浪人時代に読み耽っていた「いちご100%」という漫画の北大路さつきちゃん――奥手男子に対してグイグイ来てくれる太陽のような女性――に憧れていたために、やはりサダさん派の急先鋒となるほかなかった。私はいつのまにか、洛星や東大寺に「はあ……サダさんしゅき……ちゅらい……」などと言い放つようになっていた。「告ったらええやん」「言わんと一生後悔するぞ」洛星や東大寺はニシキさん派に固まりつつあり、サダさん派の私を二人が応援するような構図ができあがっていた。「よし、嵐山でデートしよう! 誘ってみよう!」私はそう思い立ち、すぐさま一人で嵐山を旅して回った。嵐山を知り尽くした上でサダさんを誘い、はじめてのようなフリをしながら無駄のない動きを見せ、「ふうん、S川くんって意外としっかりしてんだね」と言ってもらうぞ……!

しかし、私がすっかりマスターオブ嵐山となった頃、あの童Qがあらわれた。童Qは、私の方に大股で寄ってくるなり「サダとかいう女は俺に夢中やきね〜」と言った。

「こないだ一緒に飲みに行っちゅうとき酔っ払ってチューしてきよったき、マンコ触ったらげに濡れとって、『と、いうわけで。』(京都祇園のラブホテル)直行でそのままやってしもたんぜよ! やっこさん、意外と淫乱ドMやったきね〜」

私はこれですっかり参ってしまい、以降しばらくは悶々とした日々を過ごした。まさか、童Qのちんぽがサダさんに挿入されたなんて、信じられない……しかしサダさんは貞操がしっかりしているタイプではないし、決してありえない話ではない……私はすっかり戦意を喪失し、マスターオブ嵐山として洛星や東大寺を案内した。そしてえちえちな格好をした女子の後ろ姿を発見しては足早に歩いて前に回り込み、顔を確認する作業を繰り返した。私の計画していた旅程はつねにえちえち系女子に書き換えられ、しまいにはどうでも良くなった。私はえちえち系女子を見るたびにサダさんを恋しく思い出し、「なんか、あの子サダさんにちょっと似てるわ」「うわっ! あ、ちゃうか……サダさんかと思った……」とか言っていた。途中、私は結構高いわらび餅を食べながら涙さえ流した。

「サダさん、ほんまに好きやったのに……もう立ち直れんかもしれん……マジで重症かも……」

しかし洛星と東大寺は「そらつらいなあ。ところでニシキさんがこないださ……」といった調子で、まともに取り合ってくれなかった。彼らの意識のほとんどはニシキさんに注がれており、もはや目の前の失恋童貞は眼中になかったのである。洛星と東大寺はそのように軽いジャブで互いの距離を計り合うことを繰り返しており、それは私にはまったくつまらない光景であった。もう高田延彦VSマイク・ベルナルドぐらいつまらなかった。お前らはそのまま牽制し合って、童Qのような男に横取りされてしまえ! 私は追い詰められるあまり、この二人の親友にさえ心ない呪詛を唱えるようになってしまっていたのである。

 

 

その翌週の中国語の時間、またあの時の怒鳴り男が時間ギリギリに走り込んできて、「童Q、お前サダさんとやったとか抜かしてるらしいやんけ! サダさんがお前みたいなん相手にするわけないやろが! ほんまにやったんやったら証拠みせてみい!!」と叫んだ。念のため申し添えておくと、サダさんはドイツ語選択である。サダさんはよく「グーテンモルゲン♪」と言っている。なお、夜でも「グーテンモルゲン♪」と言う。

童Qはじっとテキストに目を落としたまま黙っていた。
「しかもサダさんが淫乱ドMやったとか吹聴してるらしいやんけ! お前名誉毀損で訴えたろか? おれのオトン弁護士やぞ?」

私はその時、何ら反論せずうつむいている童Qを見て、心の中に希望が湧いてくるのを感じた。童Qは、サダさんとやっていない。サダさんは、まだ大学で誰ともやっていない可能性があるぞ! 私の頭には、サダさんと二人で歩むはずだった嵐山のデートコースがレースゲームのコース紹介のようにザーッと流れ始めた。よし、サダさんを嵐山に誘うぞ、サダさんと嵐山に行く、そして帰りに四条で飲んで、その勢いで告白するぞ……

サダさんは思いのほか簡単にデートをオーケーしてくれた。そして私はマスターオブ嵐山としての実力を見せつけ、主観的には見事にサダさんをエスコートしてみせた。サダさんはキャッキャ喜んでくれ、私は有名な渡月橋や竹林の道で、緊張に震える手を抑えながら無数の写真を撮った。私のイチオシ化野念仏寺はサダさんの「え? 超遠くない?」の一言で却下となったが、どこへ行くかはまったく問題ではなかった。サダさんと一緒にいられる時間、それこそが私の幸福であり、生そのものなのだから……

帰り道、私が恐る恐る四条で飲まないかと誘うと、サダさんは「マジで超ビール飲みてー」と快諾してくれた。私たちはビールをがぶがぶ飲み、サダさんにつられて私も陽気になった。もしかすると俺は今、陽キャなのじゃないか? オレンジレンジでも歌いたい気分だぜ! だが、サダさんは私を「サブカル男子と見せかけてサブカルまったく知らない上に何となく王道を馬鹿にしてるだけのネクラ」と言ってはばからなかった。私がオレンジレンジを歌いたくなったのは後にも先にもこの時だけだったが、それでもサダさんから見れば――いや、恐らくは他の誰が見ても――私は単なるクソネクラだったに違いない。クソネクラの一時的昂揚は、むしろクソネクラのクソネクラ性をより強調するのである。そうして居酒屋を出た後、私たちはコンビニで酒を買いこんで鴨川沿いに陣取り、延長戦を行った。私は前後不覚になっていた。サダさんもたぶん前後不覚になっていた。私はアルコール漬けの脳にバラバラに浮遊する無数の言葉から必要なものを何とか選び抜き、「好きです! 付き合ってください!!」と叫んだ。するとサダさんはにっこり笑い、何も言わず私にキスしてくれた。ファ、と私は思った。ファーストキス、しちゃった……私は天にも昇る心地であった。私はこの日のために生きてきたのだ。中学・高校・浪人という七年間に渡る精神修行は、サダさんに出会うための試練だったのだ。私はサダさんに出会うために、親に土下座して浪人してまで京都大学に入ったのだ……こうして私はやっと、自分の無味乾燥な受験生活に意味を見出すことができたのである。サダさんはキスの後私をぎゅっと抱きしめてから、なんとミニのえちえちフレアスカートをたくし上げパンティを脱ぎ始めた。私は「サ、サダさん!? 何やってんの!?」とは言わなかった。私は前後不覚だった。私はGAPで買ったベージュのチノパンを脱ぎ捨て、母親が高校時代にしまむらでまとめ買いしてきたトランクスを下ろした。「童貞、挿れていいぞ!」サダさんは両足を大きく広げ、もう全然エロティックな感じではなくなっていたが、私はかちかちのちんぽの先から大量の我慢汁を滴らせていた。その時の私を洛星や東大寺が見ていたとしたら、私は今でもカウパーS川と呼ばれていたに違いない、そういう並外れたカウパー度合いだった。私はそのままサダさんに覆いかぶさり、ちんぽでマンコを探した。サダさんのマンコ周辺はびっしょり濡れており、それにぬるぬるこすれるだけで射精寸前だった。しかし、ちんぽは「404 Not Found」と言っていた。私は曖昧な意識の中、右手でちんぽを操作して一生懸命マンコを探した。「そこじゃなーい」「そこじゃなーい」サダさんは仰向けに鴨川を眺めたまま何度もそう言った。私が手こずっているうちに、少し離れたところでよくわからない大道芸人が愉快なファイヤーダンスをはじめ、観衆が少しずつ集まってきた。ビュンビュン回転するファイヤーの灯りが私たちの下半身を断続的に照らした。

そのうちに観衆のひとりが私たちに気付き――いや、本当はみな気付きながら見て見ぬフリをしていただけで、声をかけてきたのが彼だけだった、ということなのかもしれないが――、「ちょ、お兄さんお兄さん、やばいって! ホテルあるから! ちょっと行ったらホテルあるし、それはやばいっすよ!」と言った。すると私のちんぽはしゅんと萎えてしまい、サダさんもするっとパンティをはいた。私がちんぽをしまいながら「ほ、ホテルってどこやろ」と言うと、サダさんは「今日はもういい」と言った。私たちはそれから無言で帰路についた。サダさんは一度も私と目を合わせてくれなかった。

 

2018年8月19日公開

作品集『童Q正伝』第1話 (全4話)

童Q正伝

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© 2018 佐川恭一

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