Xデー~破滅に向かって~

応募作品

谷田七重

小説

3,930文字

合評会・テーマ「明日世界が確実に滅びるとして」応募作。(※「破滅に向かって」というのはXのライブ公演の名前を拝借しました)

 せっかくだから遺書でもしたためてみようか、と思っていた。書いたところで誰も読むことはないとわかってはいても、そんなものを敢えて遺していくのもなんだかオツじゃないか? と僕はひとりで思っていたのだ。
 ――しかし今はもうそれどころじゃない。勝手に暗くされた部屋のテレビ画面にX、XJAPANのライブ映像、そこから噴き出す爆音、そしてその前で真由ちが髪を振り乱して飛びまくり、叫んでいるのだ。あれだ、Xジャンプというやつだ。Xポーズを掲げて何度も何度も「エッッッッッ!」と金切り声をあげては全力でジャンプしている。やばい。でもまあ、ノーブラであろうおっぱいはたぷたぷと揺れていて、汗ばんだ首すじに貼りついた髪もなんだかいい感じだ。それでも、世界が終わる間際、この期に及んでも、きっと僕らがひとつになることはないだろう。
「いやなんか明日あたり? マジで世界終わるらしいじゃん」
 と真由ちはいきなり僕の部屋を訪ねてきたのだった。まあほとんど襲来なのだが。
 どうやらそうらしいね、と言いながら僕はとりあえず迎え入れたものの、真由ちの体からあまりよろしくないスメルがするのに気づいた。僕がさりげなく指摘すると、真由ちはさも当然というふうに「だってもう世界終わるし。身綺麗にしてもあんま意味ないかなって」と言った。いやいや、終わりだからこそ綺麗にしとこう、シャワー貸すから、と僕が言うと真由ちはなんよあんた、どのツラ下げて私が臭い言うんよ、あんたの顔のほうが臭いわ、と出身の愛媛弁で怒鳴った。
「これフェロモンなんやけんね、私のフェロモンをええ匂いやと言えよ」
 まあ結局、真由ちはおとなしくシャワーを浴びてくれた。その水音を聞きながら、僕は今日こそ、今日こそは真由ちとセックスすることになるのかもしれない、と思っていた。何だかんだ、彼女は世界が滅亡するまでの時間を僕と過ごそうと思ったわけだ。これまでわりと強がってはいたものの、休みと思われる日には頻繁にツイッターでつぶやいていて、それも確実に引きこもって呑んだくれてるダメダメな感じだった。
 前に居酒屋で呑んでいたとき、真由ちはぽろりと言った。
「もう人生とかいうもんに期待せんくなった。あんま幻想を抱かんくなってしまったんよ。ほら、人生て基本ドンマイな感じやんか。ドンマイの連続やんか。そのうちマイマイ&マイマイよ。やっとれんの。私にはなんもないもん。もうすぐ三十一になるのに。なんもない。ほんとに」
 めずらしくさめざめと泣きだしそうな真由ちに思わず、僕がいるじゃん、と言うと、即座に「は? きしょ」と真顔で返された。店を出たあとベロベロに泥酔しきった真由ちから渾身のビンタをくらった。それ以来、うかつなことは言えなかった。が、今日のような状況だと話は別だ、と思っていた。間違いだった。
 
 シャワーから出た真由ちは髪から水滴をしたたらせながら、僕が用意していた男物の部屋着を身につけてペディキュアの剥がれかけた裸足でぺたぺたと歩き、勝手に冷蔵庫を開けた。僕が買いだめしていたビールを手に取り、立ったまま一口あおると、「でもさ、マジで、マジで終わるとか。なんなん。わけわからんけどなんかウケん?」と言った。いやウケるとか、と僕が言う前に、真由ちは続けた。
「なんか、一週間くらい前から? ツイッターのタイムラインがだんだん滅亡ツイートで埋め尽くされてって、なんやこれどうなっとん、てヤフーのニュース見てみたらマジっぽいやんか。あえーって感じよ」
 なんだ? 真由ちはスマホの中の情報だけですんなりとすべてを受け入れたってことか? 僕は半ば呆れたが、まあ真由ちらしいといえばらしい。
「まあな、しょうがないやんか。そんであんたはまあひとりで静かに終わりを迎えようとしとったかもしれんけど私来てしもうたもん、しょうがないやんか。さ、はじめよか」
 真由ちは僕の方にためらいもなくぺたぺたと歩いてきた。僕は息をのんだ。が、脇をすり抜けて真由ちはテレビの前でしゃがみ込んだ。
「借りるよ」
 それからはもうひたすらXだった。
 ユーチューブの動画をテレビに映して音量を上げまくり、真由ちはヘドバンし、拳を突き上げ、画面の向こうからの挑発的な煽りに奇声で応えたりいきなり感動して泣いたりしていた。何曲か続いたあと、はあ、はあ、と息切れしながら次の動画を選ぶ真由ちはいつのまにか安ウイスキーをラッパ呑みし、また爆音が弾けると体を痙攣させた。やばい。
 何度目かの狂騒が終わると、真由ちはへなへなと座り込み、また別の動画を選びにかかる。ちょっとまって、落ち着いて、水、とりあえず水飲んで、と僕がミネラルウォーターを差し出すと、真由ちは素直に受け取った。一口飲んで、フローリングの床に寝そべった。すこし休憩しなよ、と僕が言うと、
「じゃあ、じゃあエンドレスレイン。エンドレスレイン流して」
 そう言って、真由ちはぱたりと顔を伏せた。が、ピアノのイントロと観客の歓声に呼応するようにすぐ顔を上げ、テレビの画面を見つめ、バラードの高まりと同時に「ゥグッ」と嗚咽を洩らした。そして観客がサビを合唱する場面になると立ち上がり、ぼろぼろと涙を流しながら大合唱に加わった。
 まあバラードでよかった、と僕が思っていたのもつかの間、ボーカルのでかい煽りが耳をつんざいた。「紅だーーーーー!」
 やばい。と思う間もなく、やはりすでに真由ちは半狂乱で髪を振り乱していた。
 やむなし、と僕はあきらめて画面を見つめた。かなり昔の映像らしいが、どのメンバーもゴリゴリに派手だ。化粧もすごい。ふと、動物的だな、と思った。動物的で、原始的。そもそも動物の雄こそ、雌の気を惹いて交尾、繁殖するため派手に、装飾的に進化したらしいじゃないか、ということをふと思い出したのだ。それなのに、人間はどうして動物でありながら粧うということを女性のものにしたんだろう……まあ真由ちに関しては僕の前で無駄に粧うなんてしないけど。あと、前に読んだなんかの本であったな、大観衆が見つめる舞台に立つ男はグラディエイターみたいなものだって。命をかけて舞台に立つ男。そんな男に女はもちろん、見ている男どもだって熱狂する。
 このまさに世界が、文明が終ろうとしている時に、こういうものを見るというのはなかなかいいものかもしれない、と思った。が、真由ちにそのまま「動物的だねえ、原始的だねえ」と言うとビンタどころでは済まないような気がしたので、何度目かの休憩時間、ビブラートならぬオブラートに包んで好意的に伝えると、真由ちの表情が輝いた。
「おお! やっとわかったんか! わかってくれたんか! この人らはな、Xはな、XJAPANはな、受け手とガチセックスしようと思っとんよ。音楽で。本能にビンビン訴えかけてな。受け手をイカせようとしよんの。男女ともに。音楽とパフォーマンスで。もうすごいもん。もう私イキッぱなしよ。めっちゃイッとるけん」
 そう言って体を震わせた。こわい。でも、真由ちはいつの間にこんなにもXにはまったんだろう、僕が知らなかっただけでリアルタイムからずっと聴いていたのだろうか、と思って訊いてみると、
「いや、去年の紅白見てな、すごいなあ思てユーチューブ漁りよったらもうズブズブにはまってしまったん」
 くそニワカじゃねーか! とはもちろん口には出さず、そうなんだ、と僕は応えた。
 
 それからも真由ちの狂態は続いた。ふと時計を見ると、もう夜中の一時を過ぎていた。情報によれば、正確な時間などはわからないが、朝日が昇る前に世界が終わるだろう、とのことだった。それにしても、最後の夜がこんなことになるなんて思ってもなかった。
 僕は真由ちの何だったんだろう? 真由ちは僕の何だったんだろう? まあ、ありていに言えば友達だ。それ以上でも、それ以下でもなかった。それでも、ひとりの男とひとりの女ではあったわけだ。ひとりとひとりが合わさってふたりになること、世の中の人たちが当たり前にしている、ように思えることは僕らの関係性のなかにはついになかったんだな、とテレビの前でXジャンプを繰り返す真由ちを見ながら、僕はなんだかすこし感傷的になった。それにすこし眠たい。とりあえずあとは真由ちの好きなようにしてもらって、僕はもうすっかり眠ってしまおうと思った。
 曲の途中でボーカルが煽りのような熱いМCを繰り広げている時に、僕は真由ちに、もう眠たいから寝るよ、と言った。瞬間、真由ちの顔が歪んだ。そして、かつて見たことのない訴えるような眼差しで、「だめ」と僕の腕をつかんだ。
「私もほんとは眠たいけど、寝ようとして目を閉じとる時にドーンとか、そんなんイヤなん、あんたがひとりで寝てしまうのもイヤなん、私来た意味ないやんか、ひとりが寝ようがふたりで寝ようがそんなんそれぞれひとりぼっちやんか、そんなんイヤやもん、どうせならこのまま叫びつづけて、たぎっとるうちに終われたら一番しあわせなん、寝んといて、寝ようとせんで、一緒に飛んで叫んでよ」
 瞬間、テレビの中でドーンと火薬が爆発し、おそろしく速いビートの大サビが始まった。真由ちは「いくよ!」と叫んだ。「飛ぼうや! せーの」
「「エッッッッッ!」」
 何度もジャンプを繰り返しながら、ぼやけてくる頭の中で、僕はなんとなく真由ちとはじめてひとつになれたような気がした。真由ちがどう思っているのかはわからない。ただ僕を巻き込みたかっただけかもしれない。でもまあ、こんな最期もいいじゃないか、と思いながら、僕は真由ちと飛び続けた。

2018年7月16日公開

© 2018 谷田七重

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"Xデー~破滅に向かって~"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2018-07-27 00:56

    これが世に言う「キャラが立っている」状態なのかと理解した。においや服装といった細部、方言の語り口などは真由ちのバンカラな側面を演出している一方で、「これまでわりと強がってはいたものの、[…]確実に引きこもって呑んだくれてるダメダメな感じだった」と語り手は彼女の弱さに話を向ける。このような人物造形の巧みさにより、真由ちは厚みのある魅力的なキャラクターになっていると感じる。真由ちと語り手が出会った経緯や、彼女が彼のことをどう思っているかは明示的に説明されないものの、やりとりを通して彼らのあいだの親近感が伝わってくる。うまい。

    他の合評会作品のいくつかが「どうやって世界が終わるのか」という点に字数を割きすぎて過去のSF作品の焼き直しのようになってしまっているのに対し、本作は「明日終わると仮定して、何をするか?」という部分に焦点を絞っている。セックスや殺人、自殺のように安易に予想がつく行動を裏切っている点もひねりが利いていて楽しめた。星5つ!

    X JAPANについて私はよく知らないが、演奏者の外見に対する「動物的」という語り手の省察や「受け手をイカせようとしよんの」という真由ちのセリフは面白いと思った。ファンであれば十分納得できる考察だろう。

  • 投稿者 | 2018-07-28 20:05

    とても説得力があるといいますか、「こんな最期もいいじゃないか」というラストの「僕」の気持ちに、妙に納得させられる作品でした。愛媛弁も効いていますし、勝手な振る舞いをするけど憎めない存在である真由ちの魅力が、絶妙に描かれていると思います。最後はXのビデオを前に狂乱する二人の背中に、「人生て基本ドンマイな感じやんか」という真由ちのかつてのセリフがほろ苦く滲むようです。

  • 投稿者 | 2018-07-29 00:33

    私も死ぬならこんな感じでいきたいですね。
    今日こそは真由ちと、との期待が読者と一緒に裏切られて、あれ?って思いつつ、XJAPANの大狂乱。呆気にとられる主人公の顔まで見えるようです。
    真由ちはもう行きまくりだから言うことなしですね。大好きなウィスキーラッパ飲みして、大好きな音楽に狂乱して。爽快です。
    私見ですが、せめて最後に男とヤッてから死にたいって思う女はあんまりいないと思うんです。
    またこの主人公も真由ちが好きなのに行動に出られない気の弱さ。これも世界が滅びるからこその優しさなのだと受け取りましたが、現実ってけっこうそんなものかもしれません。

  • 投稿者 | 2018-07-29 10:51

    XJAPAN愛に溢れた話。「いやなんか明日あたり? マジで世界終わるらしいじゃん」という台詞が軽くて、世界の終わりがきても実感がわかないというリアリティを感じました。本当に終わりがきたら、こういうふうに過ごす人もいるんだろうなあと思いました。方言がいい感じでした。

  • 投稿者 | 2018-07-29 13:21

    面白かったです。話や文章の面白さが素敵で、しかしそれ以上に、主人公と真由ちの関係性がとても良く描かれていて、感動しました。「世界の滅亡」に対し、人が人との繋がりを求めるということを多くの方が描かれている中で、この小説はセックスに拠らない繋がり方を描いたのが魅力的に思えました。掌編小説という短さで、話を盛り上げる部分や、主人公の心理の変化が綺麗に構成されていると思いました。X聴いてみます。

  • 投稿者 | 2018-07-29 14:07

    大変テンポが良く面白く読めました。最後の最後にこんな優しい人といれたらいいなと、単純に思えます。真由ちのにわかファンと言われても仕方ないXJapanへの熱い語りも、狂態も、それでも一緒にいてくれる主人公。真由ちの立場であったらこんな幸せな事はないなと思います。真由ちが寝ないでと主人公に縋り、一緒に飛んでくれる。そして、主人公の心の中に「僕はなんとなく真由ちとはじめてひとつになれたような気がした。」という思いを抱いてくれる。
    なぜか、なぜか主人公目線でなく、真由ちの立場で読んでしまいました。
    真由ちの方言可愛いですね。

  • 投稿者 | 2018-07-31 01:59

    他社の願望に付き合って最期を迎えるという点で、構造的にはFujikiさんの作品に似ているのだろうか。ただ、侵食の下限がまったく対照的で、どこか冷めている語り手に対して、真由ちはグイグイと己の欲求を渦にして巻き込んでいく。というか、単にXについて書きたかっただけなのじゃないかとも思いつつ、素敵な読後感に浸る。

  • 編集者 | 2018-07-31 14:50

    エッッッッッ!

    エッッッッッ!については詳しくないが、やはり主人公らのエッッッッッ!愛描写はとても輝いている。やはり死や殺よりは最後までエッッッッッ!している人々の方が生き生きしている。これからもエッッッッッ!して輝いて下さい。
    (東京都千代田区 税金生活者生)

  • 編集長 | 2018-07-31 15:16

    完全にX JAPAN小説だった。さいきん活動を活発にしていることもあり、タイムリーな点も評価できる。JASRAC的にあれだが、歌詞などと絡めた展開があっても良かった。また、ヒデの自死などについてのエピソードも盛り上がっただろう。

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