作用 2

甘い毒。(第7話)

黒田 薔子

小説

9,480文字

著者の代表作『甘い毒。』の第七話です。

女性向けR18サイトへ投稿、完結と共に瞬く間に10万PVを突破したデビュー長編です。
※性描写を含みますが官能が主目的のものではございません。苦手な方は予めご注意ください。

 背後から抱きすくめられた状態で、頭が働かないのは何故なのだろう。
わかるのはただ、諒がひたすら私のうなじを、首筋を、耳を、舐めて、食んで、口づけていることだけ。また、心臓が暴れてる。
「んっ」
 されるがままになっていた無防備な左耳にしたが這う。水音とリップ音が混ざってガサガサと大きな音に聞こえる。それ以上にしびれる様な甘い疼きがおなかの底から上がってくる。
 顔が熱い。知ってか知らずか彼は私の前に回りやや強引に唇を奪う。触れる様なキスを何度か繰り返した後、恥ずかしさで目を閉じた私の頬に手を添えてホールドすると、唇を割って舌が入り込んできた。何度も、何度も、角度を変えて繰り返されるキスは、口の中を蹂躙されているようでいて優しく、彼の表情と同じように柔らかい。
「ベッド、いこ。」
 すっかり頭のとろけ切った私は腰も抜けていて、うまく力が入らない。急な浮遊感に慌てて目の前にある彼の首筋にしがみつく。横抱きにされて寝室まで連れていかれる最中も、何度もキスの雨が降ってきた。
 寝室は冷え切っているはずなのに、諒に抱かれているとそれを感じなかった。スウェットを脱がされて肌がシーツに触れると流石にひやりとして、少しだけ冷静さを取り戻す。けど、それもすぐに溶けていく。
私を組み敷いた彼はまた、しつこいほどにキスをしては体の隅々まで撫でまわす。触れられているだけなのに、私の女の部分はひどく熱を持ち、刺激を欲しがっては小さく震える。
 出窓から差し込む光はまだ夕暮れの色でこんな時間からなんてことしてるんだろう、という微かな背徳感を覚える。私一人が悪いんじゃない、と言いたげに腕は彼に抱きつくように自然と伸びて彼の首筋に絡みつく。
 キスを繰り返しながら私をショーツ一枚にしてから諒もスウェットを脱ぎ捨てた。茜色の光に照らされた体は引き締まっていて綺麗だった。男の癖に、きめの細かい、柔らかい肌をしている。
 再び私に覆いかぶさると今度は私の胸元に顔をうずめてくる。ちくり、と小さな痛みとともに肌の上に花が咲く。嗚呼、これがキスマークか、なんて人ごとのように思う。
「葉月さん、オレのこと、スキ?」
 切なそうな表情で問いかけてくる声は先ほどよりわずかに遠い。いつの間にか胸元から臍へ、内腿へと降りて行っていて、またもそこかしこに口づけている。甘い刺激がランダムにやってくる。
「あ、そんなと、こ…ぁっ」
 羞恥心で息が詰まる。脚の付け根をべろり、と大きく舐めてから諒は顔をあげた。
「ねぇ、葉月さん。聞かせてよ。」
 刺激は止んだもののそんな急には息も整うはずはなく、返答に困る。無言のままいると諒は指先だけを動かしてまた私を責め立てる。下着越しに一番敏感な個所を時折強く押しつぶすようにしてみたり、くるくると円を書くように動かしてみたり。私の顔色を伺いながら刺激しては、返答を促す。
「ちょっとでもオレの事、いいなーって思ったりしてくれてない?」
 笑顔ではあるものの、いつもの笑顔じゃなくて。多分、獲物を追いつめた時の笑顔なんだろう、少しだけ意地悪く見える。シーツを掴んで耐える私を一度見てから目を細め、指先を止めることなく起き上がっていた胸の先端をかぷ、と甘噛みしてきた。
「ひっ、ん!」
 我ながら色気のない声だ、なんて遠くで聴こえた。諒の肌が触れているところが全て熱くて、気持ちよくて、おかしくなる。思考がまとまらない。こんな事、今までになかったのに。
 甘噛みされた先端はじぃん、と小さく痺れたあと大きな快感を産む。自分でもはっきりとわかる程私は濡れていて、ショーツがじっとりと肌に張り付いていた。
「答えてくれないんだ。かなしーなー。」
 指が、ショーツから離れた。終わった?と思った、ら。素早く指がショーツの脇から侵入してきた。よだれを垂らして待ち構えていた私のはしたない其処はつぷり、と彼の指を飲み込む。咄嗟に出た少し大きな声は、重ねられた唇に吸い込まれて消えた。溺れそうな程深いキスと待ち望んでいた秘部への直接刺激に腰が浮く。
 私のナカをかき回す指は絶妙に角度を変えながら出入りを繰り返し、いつの間にかもう一本増えている。ある一定のポイントをこすった時、私が大きく腰をよじったのを見逃さず彼はキスを中断し、にやりと笑ってそこを執拗に刺激し始めた。
「ゃ、やだぁ、それ…っ」
 続ける彼の背中に手をやればじっとりと汗ばんで、熱い。彼の手を抑えようにも力が入らない。上体を起こして私の脇に座った諒はそのまま少しずつ速度を上げていく。私の抵抗などものともせず、自然と閉じる脚をこじ開けて刺激を続ける。あ、だめだ、これ
「イク、もぉやだっ、あ、」
「イけば?でも」
 諒が何かつぶやいているのに聞き取れない。上り詰めて私の意識は一瞬、白に飲み込まれて。一度大きく腰が跳ねた後きゅぅ、と彼の指を咥えこんだまま達してしまった。
「まだ終わらせてあげないから。」
 ほんの数秒のラグ。一度達した後の所謂『賢者タイム』なんだろうか、耳から脳へ伝わった囁きは彼の欲望がまだまだ納まりきらない事を示していた。
 どっと汗が噴き出す。息も絶え絶えの私からそろり、と指を引き抜くとショーツをはぎ取って投げ捨てた。彼も下半身全て脱ぎ捨てる。
「自分だけ気持ちよくなるの、ずるいよ。オレだって我慢できないって。」
 心地よいけだるさの中にいる私をそっと抱き起して額に口付けてから、私の右手に屹立した分身を握らせる。別に見たことがないわけじゃあないけれど、たぶん、ちょっと大きい?
 少しの抵抗はあれど別に構わない。強請られるままにおずおずとそれを口に含み、右手で同時にゆるゆると刺激を送る。
 根元まで、なるべく奥まで咥えてから引き抜く寸前までの深い往復を繰り返すと、喉の奥からしみだしてくるのか唾液とは違う感触のぬるつきを感じる。彼の先走りでもないこれはなんなのか、未だにわからない。けど、それが彼を刺激するにはちょうどいい。さっきのお返しとばかりに口に含んだまま舌でそのぬるつきを広げていく。
 壁に背中を預けた彼は時折小さく、熱い吐息を漏らす。私は脚の間で必死に思いつく限りの刺激を与えてみる。徐々に、彼の喜ぶ刺激がわかってきて、ピンポイントで鈴口を嘗め回しながら右手を上下させた。
 小さく喘ぐような吐息が漏れ出して、時折口の中で彼が跳ねる。可愛く思えてさらに責めようとするとぐい、と肩を押され顔を埋めていた彼の下腹部から引き離される。と、同時にぱたぱた、と彼の白濁液がシーツにこぼれ落ちた。勢いを殺してくれたようで被害は最小限ではあるけれど、量は多い。
「はーっ、あぶな…さすがに口の中はイヤでしょ?大丈夫?」
 なにこのひと。どこまで私に気を使ってるんだよ。ドSになり切れないこの半端な感じ。私も大概自分勝手ではあるけれど、なんだかイライラしてきた。
「…まだ終わらせてあげない、とか偉そうに言っといて…あっさりイっちゃったね?早いなー。」
「は?わざわざ自重したのに、そういうこというの?」
 素っ裸で二人、何をやっているんだろう。なんとも間抜けなこと。流石の諒も怒り出すか、と思った時また、押し倒されて。
「若さってものがあるんですよー。あと何Rで音を上げるかなぁ、葉月さん。」
 彼のものを咥えている間にまた潤っていた私の入口へ、一息に深く、一番奥まで自身を突き入れた。コツ、と子宮口に先端が押し当てられて息苦しく、少しだけ痛いのに…気持ちいい。
「あれ?そんなに気持ちいいの?吸い付いてくるんだけど。ドM?」
 幼子のイヤイヤのように首をぶんぶん、左右に振って見せるものの、自分でもSなのかMなのかなんてわからない。そんなに深い関係になった人多くないです。
 私の否定ポーズを尻目に彼は腰を大きくグラインドさせて抜ける寸前まで引き出してから、ぐぐぐっと肉壁をこすりあげながら奥まで入り込む。たちまち余裕はなくなった。気持ちよくて、体中溶けていくみたい。
 そういえば、セックスを指す言葉に『一つになる』ってあったけど、そんなことは今まで微塵も感じたことがなかった。合わせた肌は互いに汗と体液でべたべたで、ゴムもしていないから彼と私を阻むものは何もない。境目がどこかわからなくなって、私は初めてその意味を理解できた気がする。
 ストロークを少しずつ速めながらまたキスをした。舌を絡めあい、甘噛みしたり、吸ってみたり、思いつくまま、本能のまま。私の腰も自然と揺れていて、互いの息遣いとか喘ぎとか、些細な動きが快感を加速させる。私はまた勝手に上ずった声が零れ出るのを抑えきれずに自分の口に手を当てて耐える。
 そのまま私は昇りつめた。でも、諒はまだ余裕がありそうで、達した時の内壁の痙攣に少し声をあげたけれどまたピストン運動を開始した。
 体勢を変えて、角度を変えて、何度も口づけて、何度も達した。気絶するように眠りに落ちた時にはシーツも肌も挙句には髪も、べたべたドロドロで決して清潔とは言えなかったのに、そんなことお構いなしに私は夢も見ず、泥のように眠った。ただ、諒は事の後も私を抱きしめてくれていた。

 煙草の匂いで目を覚ました時には朝が来ていた。しばらく頭が回らず理解は追い付かなかった。
「おはよう、葉月さん。」
 煙草を咥えていたのは諒で、私は彼にしがみつくようにして眠っていた。ぺったりと張り付いた前髪を払ってくれて、とても優しい顔をしている彼は私の意識が覚醒し始めたのを見ると今しがた自分が咥えていた煙草を差し出してくれた。
 体中が痛い。どうにかうつ伏せになると煙草を受け取り、深く吸い込んだ。
「…今、何時……?」
「まだ六時前だよ。もうひと眠りする?」
「んーん。…お風呂…入りたい。」
 隣に寝転んだ彼は私の髪を梳きながらわかった、とだけ答えてそっと起き上がると風呂の準備をしに行ってくれた。いつの間にか下着を身に着けていて、シャワー済ませたのかな?とぼんやり思った。私自身はまだ、昨夜のまま。これを吸い終わったら着替えを出さなきゃ、嗚呼、脱ぎ捨てたものを洗濯しなきゃ…なんて、急激に現実が押し寄せてくる。
 有給消化七日目の朝は、甘ったるくて青臭いベッドから始まった。なんだかめっきりダメ人間になった気分で煙草を揉み消し、ついでに洗濯するつもりでシーツを体に巻き付け、落ちていた下着やルームウェアを集めて浴室へ向かった。
 至れり尽くせりとでもいうべきか、浴室へ向かった時には既に湯が張られていて、ご丁寧に私の好きな入浴剤まで脱衣カゴの傍に置いてあった。この流れだと風呂上りにはコーヒーでも出てきそうだ。男女逆だよなー、完全に。別にいいけど。
 体と髪を丁寧に洗い入浴剤を放り込んで湯船につかる。随分前に買って使う機会を逃していたキャニスター入りのバスドロップはキャンディみたいにカラフルで、私には可愛すぎる気がして店頭でうじうじと悩みラッピングしてプレゼント用に購入したという体をとったFrancfrancのもの。ハート形を買わなかっただけマシ。多分。
 体中の痛みはどうやら筋肉痛のようで、温めると少しだけ楽になった。行為の際におかしな力を入れていたりしたんだろう。記憶にはないけど。
 気持ちいいことは、反対に我慢しなきゃいけないことも多いのだとどこかで聞いたか読んだかした気がする。強ち間違いでもない。本当に気持ちよかったのだけど、ちょっとこのだるさや痛みは頂けない。
 狭い浴槽の中でどうにか伸ばせるふくらはぎ、二の腕を軽くマッサージしてから上がった。
 ルームワンピースを着てリビングへ戻れば、ついさっき『まさか』と想像した通りの事が起こっている。ダイニングテーブルの上には本当に、掃除された灰皿と煙草、コーヒーが鎮座していた。
「朝ごはん食べれる?コーヒーだけ?」
 キッチンから諒が顔をのぞかせる。私が風呂から出てくるタイミングでコーヒーを淹れてくれたらしい。今は冷蔵庫から卵を取り出して朝食を作ろうとしていた。
「ん、いいよ。コーヒーだけもらう。」
 定位置に座って煙草に火をつける。濡れた髪を乱雑にタオルで拭きながらため息交じりの紫煙を吐き出した。
 すぐにトーストと目玉焼きを持って諒も向かいの席に座る。『いただきます』の後パンをちぎり、半熟の黄身の部分を崩してソース代わりにしながら口に運ぶ彼はいつもよりも静かだ。
 食事中にする話題ではないのはわかっているのだけど、どうにもおさまりが悪い。さっさと話しておきたい、伝えておきたいことがある。手短に、簡潔に言おう!と決めて口を開く。
「あのさ…勘違いしないでほしいんだけど…」
「待った。あの、オレ、その「いいから聞いて。」
「私、流石に誰にでもヤラせてるわけじゃないから。だけど、恋人ごっこをするつもりはないよ。」
 以上。と、それだけ言い切ってからぬるくなったコーヒーを飲み干して煙草を揉み消した。
 諒は恋人でも何でもない。私がどぎまぎしたり、嫌われたくないと思ったりするのは恋愛感情じゃなくてただの勘違い。
 なんとなく目を合わせられなくて、頬杖をついたまま視線を逸らす。私の右側に見える掃き出し窓の向こう、薄曇りの空はひどく寒々しい。もうじき本格的な冬が来る。十二月に入って町行く人も次々と厚手のコートをまとうようになってきた。
 年明けからは完全に無職だ。できれば年内に次の仕事を決めておくべきか、と考えつつもハローワークだって盆暮れ正月は休みだし、年明けからの就職活動でもどうにかなる程度にはまだ貯金は残っているし、急ぐ理由もないし…とくるくる、思考は堂々巡り。
 私が雑多に考え込んでいる間、諒は無言だった。横目にちらりと見てみれば、パンをちぎる手も止まっていて口だけがモゴモゴと、咀嚼ではなく、何か言いたげに動いていた。
「……あの、さ。葉月さん。」
 名前を呼ばれては仕方がない。話しかけられて目をそらし続けるわけにもいかず、視線を戻す。
「オレ、葉月さんの事けっこースキだよ。」
「…何を言うか家出少年。性欲と愛情をはき違えちゃダメだって。」
「いや、そうじゃなくて。つーかその位は自分で判断できるし。」
「たまたま無防備なヒト科のメスがいて、手ごろな穴があったから欲求を発散しただけだよ。勘違いしないの。私は別に気にしてないから。」
 私は自分に言い聞かせるようにぴしゃり、諒の台詞を否定した。
 諒はたまたまココにいるだけで自分の家だって帰ろうと思えば帰れるだろうし、他に友人だっているだろう。十近く年の離れた女子力のかけらもない女と寄り添わなくても、お似合いのオシャレで今風な同世代の子と付き合える。今、私に少しでもときめいたり、触れあいたいという欲求があるとしたら間違いなくそれはただの性欲。そうとしか考えられない。
「メス…って、自分の事そんなに卑下しないでよ。」
 なんで、諒がそんな顔するの?と口をついて出そうになる。今にも泣きだしそうな、心底悲しそうな顔をして少しだけうつむく諒がわからない。
 私はもう一本煙草に火をつけながら言葉を続ける。
「するよ。アラサーババアにそんな価値あるわけないじゃん。考えてごらんよ。一昔前の言い方をすれば『売れ残りのクリスマスケーキ』だし、同年代ならまだしも諒まだハタチなんでしょ?現実的に考えてごらんよ…ただでさえ手入れも何もしてない劣化していく一方の私が釣り合う?やっていけると思う?」
 諒は黙りこくったまま。会話が途切れたまま煙草だけが短くなっていって時間の経過を教えてくれる。フィルターぎりぎりまで燃え尽きたそれを灰皿に放り込み、私は寝室へ戻るつもりで席を立った。
「葉月さん。」
 背中に声がかかる。私は振り向かない。
「オレは、やっぱり…気の迷いじゃないと思ってる。」
 聞こえなかったふりをして私は寝室に戻った。人に傷つけられることに敏感なくせに、他人には手酷い勝手な私を恨めばいい。でも、ざまあみろ、とまでは思えなかった。
 静かすぎる寝室にいると、埃をかぶった本を引っ張り出そうが煙草を吸おうが、リビングから何の音も聞こえないのが逆に気になって仕方がない。好きなミュージシャン作家のエッセイを斜め読みする事にも飽きて、久しぶりに近くの本屋へ出かけることにした。
 今は、一人でいたい。そう思って、諒には声をかけずに家を出た。
 今住んでいるマンションの徒歩圏内には結構色々な施設がある。小規模のショッピングモール、JRと私鉄の駅、大型スーパー、激安スーパー、ドラッグストア、ファーストフード店…生活するのにだけは困らない立地ではある。
 普段は行かないショッピングモールまで足を延ばし、まずは目当ての大型書店で物色。長らく本を読む時間も取れていなかったから売れ筋の本や新刊の山を見てぎょっとする。取り敢えずは割と好きな作家の本を二冊買い、無料の求人情報誌も一緒に袋に入れた。
 KALDIでミント菓子と切れかけていたペーパーフィルター、それからコーヒーシュガーを買ってふらふらと歩きまわる中、メンズアパレルのショップのシルバーアクセサリーが並ぶショーケースに目が行った。というのも、店のあちらこちらに赤背景に白抜きの文字で『閉店セール 全品半額以下』という文字が躍っていたからだ。
 メンズアパレルのアイテムは嫌いじゃない、寧ろ好物です。ついつい店内に足を踏み入れてしまうものの、好みの系統ではなく収穫はなさそうだったが、最初に目についたショーケースの中を覗いてみると意外とちゃんとしたシルバーアクセが並んでいた。決して有名ブランドのシルバーではないけれどいい値段はする。
「そのショーケースの中も対象なんで、プライスカードの表示価格から半額にさせてもらってますよー。どうですか、プレゼントとかにも…」
 暇そうにしていた店員が私に張り付いてきた。金髪パーマのチャラい男を軽く睨みながら、だからこういう店は嫌いなんだ、と心の中で悪態をつくものの…一つ気になるものを見つけた。
「あの、このキーリング…形はシンプルだけど、加工凝ってますよね?」
 私が指さしたのはリングの下にプレートがぶら下がっただけの割とありがちなキーリング。プレート自体はドッグタグのような形状をしているが、縁を除いて平面全体は梨地仕上げで右端に縦に鏡面仕上げの帯が走るシンプルデザインのもの。下手にクロスやドクロが付いてるよりは好印象だ。
「これですか?これ、自社ブランドなんですよ。なんで、ウチの系列店でしか買えないですよ。梨地加工でざらつく感触になるんですけど、それを嫌うお客様も多くて、縁だけは無加工なんです。で、鏡面仕上げのこの部分は、文字入れも承ってます。」
「で、隣に並んでるのが…」
「そうです、ペアになる逆パターンの分ですね。この、平面の部分が鏡面仕上げで、縦ラインが梨地っていう…よろしければお手に取ってごらんになりますか?」
 店員は一度レジカウンターに戻るとペラペラのリーフレットと鍵束を持って戻ってきた。私にリーフレットを渡してからショーケースのカギを開ける。リーフレットは取り敢えずポケットにしまい、肝心のキーリングを見せてもらった。
 目立たない縁に925の刻印、裏側には何の加工もされていなかった。まじまじと両面を眺めているとまた声がかかる。
「裏面にも刻印はできますんで、メッセージとか好きな言葉とか、結構自由度高めなんですよ。でも、加工代金はとってないんで、そこは今までも評判良かったです。」
「刻印頼んだら時間てどのくらいかかります?」
「今日はスタッフが僕だけなんで…まぁ、名前とか、短文ならこの場で。細かいメッセージとか手彫りにこだわるなら工房に依頼することも可能っすよ。」
「じゃあコレください。」
 なんでだろう。普段の私なら絶対にこんなもの買わないのに、今日はやけに財布の紐が軽い。
 刻印して貰ってる間に代金を支払い、希望の刻印をメモして渡し、近くのコーヒーショップで時間をつぶすことにした。そのままふらついても良かったけれど少し足が痛いし、小腹もすいた。ただ、もしかすると家で独りぼっちのままの同居人を想像して、食事を採ることはやめておいた。
 キーリングを受け取り、百円ショップで細々したものを物色したり、ATMへ寄ったりと煩雑な所用を済ませてから帰り道にあるファーストフード店で二人分の食事を調達して帰ると、件の同居人は寝室の戸を開け放ち、私のベッドで眠っていた。律儀に、今朝洗濯カゴに放り込んだシーツや部屋着を洗濯した後で眠ったらしく、ベランダには二人分の衣類が揺れていた。
「おーい、昼ごはんだぞ、家出少年。」
 ぱちり、と目が開く。寝相で圧迫していたのか目は少しだけ赤かった。もぞもぞと毛布にくるまった彼の顔の上に『あげる』とだけ言ってべちっ、と今日の土産を落とすと小さく唸り声が上がったが、無視して私はリビングへ向かった。
 先ほどのショッピングモールは喫煙所が遠く、更には薄暗くて狭い上、夏は暑く冬は寒い劣悪な環境なので我慢していたセブンスターに火をつけてから、上着を脱いで定位置に座る。一拍の間をおいて声にならない叫びが聞こえ、ドタドタと諒がリビングへやってくる。
「葉月さん!?えっと、これ…」
「うん、見ての通りだけど?要らないなら返して。」
「絶対ヤダ!」
 ガキかよ。と口に出そうになって止めた。でも、たぶん私は笑っていた。
 今朝の突き放した物言いを撤回するつもりはない。彼には、私を選ぶ必要性はない、というのは変わらない。ただ、きつく言い過ぎたかも、というのはやはりチクチクと罪悪感を覚えた。せめてものお詫び…というのも何か違うんだろうけど、こんなに喜んでくれるならそれでいい。
 刻印は出来得る限り小さく、目立たせないで!と念押ししたら縁に入れてくれるというので、文面を相談した上で入れてもらった。諒に渡した鏡面に梨地帯のものには『Sweet and addictive poison.(甘ったるい中毒性のある毒。)』、私の方には同じく極小の文字で『Although being poisoned day by day, I can’t resist.(日毎に毒されていくのに、私は抗えない。)』と彫った。なけなしの英語力とチャラ男店員の機転で仕上がったそれは、本当に小さな文字で、使っているうちに削れて読めなくなってしまうかもしれない。けど、それならそれでいいと納得して買った。
「再就職するのにさ、就活とかしだしたら私結構留守がちになるし、お使いとか頼みたい時もあるしさ。出ていく気になったら返して、ここ賃貸だから。キーリングはあげる。」
「ありがと…ほんと、葉月さんてカッコいいわ。」
「さっさと食べて、掃除しよ。私おなかすいたし。ポテトしなびちゃうし。」
 今日ばかりは『カッコイイ』という言葉が苛立ちを呼ぶことはなく、照れ臭かった。向かい側に座った諒が何度もそれを眺めながらポテトを摘まむものだから取り上げるぞ、と脅す一幕はあれど陰鬱とした空気はどこかへ消え去り、心底ほっとした。

2018年6月28日公開 (初出 ムーンライトノベルズ

作品集『甘い毒。』第7話 (全12話)

© 2018 黒田 薔子

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