摂取 4

甘い毒。(第5話)

黒田 薔子

小説

4,858文字

著者の代表作『甘い毒。』の第五話です。

女性向けR18サイトへ投稿、完結と共に瞬く間に10万PVを突破したデビュー長編です。
※性描写を含みますが官能が主目的のものではございません。苦手な方は予めご注意ください。

 早々に布団にもぐりこんだというのに、いくら寝ても眠い。出窓から覗き見る太陽は、薄曇り。でも、かなり高い位置にあることだけはわかった。多分かれこれ十二時間近くはベッドの中にいるんだろうと思うけど、それでも動く気にはなれなかった。
 足元にいるはずの同居人は、きちんと朝起きて律儀に毛布とスウェットを畳んでからリビングへ行った。微かにテレビの音が聞こえる。でも、何を観ているのかまでは解らない。一度、コーヒーを飲まないか、と聞きに来たが寝たふりをした。未だに彼の顔は見れない。
 煙草を吸いたい。喉も乾いている。トイレにも行きたい。でも、布団から出たくない。
 下らない葛藤の末、もう一度眠りに落ちた。
 夢の中で私は、最初は夢と気が付かずやっぱり仕事をしていた。
 真新しいベビードレスが目の前に山と積まれていて、私は手を洗い、検品作業を行っている。解れはないか、針やゴミが残っていないか、汚れやシミ、色むらがないかチェックしては畳んで、埃を取り除くために粘着ローラーを当て、レース部分に解れのあった一枚だけ残して透明な袋に詰めていく。
 それが終わると次は商品の数に合わせてバーコードを発行する。シールで出てくるバーコードはさっきの新商品に張り付けるもの。値段がわかるとかそういう意味合いのものではなくて、あくまでピッキング用。これを各所に振り分けて収納していく。
 自社ブランドの商品だったから、残しておいた一着を作業台へ持っていって撮影する。撮影用に何枚かある敷き布を引っ張り出して台の上に広げ、その上にドレスを広げる。男の子の赤ちゃんでも着られそうなシンプルなデザインだったから、敷き布の色は淡いブルーを選んだ。Web上で見たときに見栄えがするよう、花飾りやリボンで周囲をデコレーションしながら何枚かデジタル一眼レフで撮影してみる。
 満足がいけば次は細部。布の質感がわかるアップの画像も何枚か撮影して、今度はパソコンに取り込む。それを本社に送り、これでいいか、という確認を神山さんにお願いする。
 その間に私は画像編集ソフトで実物に近い色味に編集していく。
 慣れた作業だ。今よりももっと、アルバイトの人数も少なくて何もかもを私と神山さんで行っていた頃。商品ページを作るのは神山さんやWEB事業部の仕事だけど、できる範囲の仕事は私も手伝っていた。仕入れに東奔西走し、ECショッピングモールとのセールやイベントの打ち合わせに外回りが多かった神山さんに代わって次々とスキルアップすることに必死だった。
 本当に、仕事が楽しかった。出世欲だとか、褒められたいだとかそんなことではなくて、自分が何か人の役に立ったりできることが増えていくのが楽しくて仕方がなかった。
 座り心地の良いパソコンチェアからシュレッダーの前に申し訳程度に置かれた古いオフィスチェアに移動し、溜まりに溜まったピッキングリストの束を膝に乗せる。と。チェアがバキン!と断末魔の叫びを上げて崩れた。布張りの背もたれと座面が粉々になって私は床に叩きつけられる。
 ベッドから転げ落ちたらしく、床の上で目が覚めた。顔を打たなかったのは諒の毛布とスウェットの上に顔面が着地したから。
 当たり前といえば当たり前なのだけど、諒の匂いがした。私と同じシャンプーやボディソープを使っているのに匂いは全然違う。夢の中では忘れていられた諒の顔を、昨日の一連のことを思い出してあっという間に頬は熱くなり、気持ちは落ち込んだ。
 布団から出たついで、とトイレにだけは行くことにしてのろのろと起き上がる。完全にニコチンが不足している。あと水分も。寝すぎたとき特有の体の変なだるさに伸びを一つだけしてから目的地へ向かう。
 トイレに入って服を下したときにふと、思う。
 そもそも私、こんなことを恥ずかしがるよりももっと恥ずかしい事をしたんだぞ、と。脚の間、ショーツのクロッチを見て思い出した。
 今、彼を飼っている事の発端を振り返ればヤることヤっちゃってるわけで。理性など投げ捨てて縺れ合い、その翌日に逆流してきた彼の欲望を見たときのヴィジョンと重なった。
 今更純情ぶったところで、みっともないところも、恥ずかしいところも見せた。見られた。なら、今更どぎまぎしているのもおかしな話だ。恥じらう心を持っているのなら、そもそももう少し自分の手入れというものにも気を使うべきで。私には、そんなもの縁はないし、今更取り繕ったところでどうにかなるものでもない。
 用を足しながら考えた結果、今更純情ぶるのもどぎまぎするのも、いずれも必要がない!というのが結論として出てきた。納得した私は少しだけ、気持ちが楽になって二度寝ならぬ三度寝をするためにベッドへ戻る。私と一緒に落下したらしい掛け布団を戻し、マットレスと布団の間に滑り込んでもう一度目を閉じる。
 次は夢はみなかった。すぐに諒に叩き起こされたからだ。
「全然起きてこないから、疲れてるのかなーって思ってさ。早く起きたし、朝飯作るのにコンビニ行って調達してきたんだよね。で、帰ってきても全然起きないじゃん?待ってたんだけど、声かけるのもどうかと思うし、そんなにしんどかったのかなーって考えてさ。」
 どうやらかなりご立腹の様子だが、ぶっちゃけ放っておいて欲しかった。何せ今しがたトイレの中でやっと方針を固めたところで漸く開き直る覚悟が決まったところで、いきなり顔を見るのは難しい。
「聞いてるの?」
 目をそらし、燻る煙草の煙を追いかけていたら怒られた。
「…精神的にしんどかったんだよ。煙草よりコーヒーより寝たかった。寝ても寝ても眠いし…」
「誰だっけ?昨日早起きは有意義な云々って語りながらオレの布団剥いだ人。」
 嗚呼、そういえばそうだった。自分で昨日ご高説を垂れたじゃないか、と口の中でひとりごち、素直に『ごめん』と呟いた。諒の顔を見る。心底心配していたのか、そういう演技なのか、見抜くだけの材料はまだ私の中に無いけれど、ちょっとほっとした表情に見えたのは気のせいだったのだろうか。
 いたたまれず何の気なしに視線を移したテレビに映るクリスマスディナーの特集を見て、今夜はシチューにしよう。と思った。何故か諒が喜んでくれる気がして。

 玉ねぎを薄く刻む。櫛切りよりこの方が好き。にんじんはやや小さめの乱切り、ジャガイモは大きめに。あのジューシーさがどうしても好きになれないから、鶏肉は胸肉を使うのがいい。牛乳はケチらずに、少しだけグレードの高い物を使って、ルゥはレトルトでいい。
 『ジャガイモ、玉ねぎ、にんじんがあれば何でも作れる。』とは、まだ私なりに自炊していた時に覚えた事で厳密なカロリー計算や栄養バランスを考えなくていいのならここにウインナーやベーコンがあれば何かしらは作れる万能食材だと学んだ。シチュー、ポトフ、カレー、肉じゃが、ジャーマンポテト…料理に興味のない私でもさっと浮かぶ料理名が複数あるというのは素晴らしい。
 考え事をしながら肉と野菜を炒め、水を入れて…ふと、背後に諒がいることに気が付いた。
「な、なに?まだできないよ?おなかすいたの?」
 あの後少しだけ他愛ない話をして、私は寝室へ、諒はリビングでテレビを見ていた。本を読んでいたらいつの間にか日が落ちていて、夕飯用のシチューを作っている。私が寝室にいる間諒は一度だけコーヒーを差し入れてくれたものの『煙い!』とだけ言って早々に立ち去ったはず。嗚呼、心臓が跳ねる。ただ近づいただけなのに。
「うん。マジやばい。腹減って死にそう…」
「ご飯までもたない?」
「無理、限界、今すぐ食べたい。」
 足元にへたり込む。シンク下収納扉のフラットな部分を選んで背中を預けて膝を抱える諒ははっきり言えば邪魔だ。でも、何故かくすぐったいようなむず痒いような気持にもなる。身動きがとりづらい。それなのに無下にはできない。何度も私のエプロンの裾を引き何かよこせとくだを巻く諒はまるで子供だ。それを可愛く思う気持ちは何故なのか、答えは目の前にぶら下がっているのに私は見ないふりをした。
 ため息一つ。気持ちを切り替え、冷蔵庫からウインナーを出して湯引きにし、マスタードを添えて皿に出してやると上機嫌でリビングへ戻っていった。足元の彼がいたスペースはほんのりと温かかった。ダイニングテーブルに目をやれば、ただ湯がいただけのウインナー如きをニコニコと美味しそうに頬張る諒が見えた。くすぐったいような気持ちを胸にしまい、ほんの少しの名残惜しさを感じつつも夕飯の支度を再開した。
 夕飯も滞りなく、テレビの感想だとか季節の話だとか他愛ない話をしつつ終わる。私にとってそれはとても居心地が良かった。話を振ればレスポンスが返ってくる、料理をおいしいと言ってくれる人がいる。承認欲求の強い弱虫なのか、と不安にもなったけどきっとこれは家族とかパートナーがいれば感じる当たり前の感情なのだろう。久しく誰かと食事をすることなどなかったし気を遣わずとも会話が出来るのはなんだかそわそわして、心地よいはずなのにどこか違和感を覚える。相反する感情が私の中で複雑に絡んでどうすればいいのか未だに少し迷うけれど諒がこれを許すのなら、このままでいい。昼間、そのままでいい、と結論付けた感情と同じくなるように任せればいい。
 夜は変わらず同じ部屋で眠った。その夜も、次の夜も、その次の夜も。話し相手がいる、煙を吹きかければ煙い!と怒り出し、献立に一喜一憂してくれる相手がいる、この優しいひと時を、私はずっと忘れないと思う。
「おはようございます!十二月五日月曜日です。今日は全国的に晴れ間が広がり――」
 朝のテレビではお天気情報が流れるのを脇目に顔を洗いに洗面所にこもる。洗顔後のスキンケアだとかメイクにもこだわらない分手早く済ませて戻ると、今度は出勤する大多数へ向けていってらっしゃい!とりゅうこう話題の俳優が番組宣伝のついでに手を振っている。ぼーっと眺めながら煙草に火をつけた。CMを挟んでエンタメ情報のシーズンものとして、クリスマスの特集が始まる。子供に人気のおもちゃのランキングやホテルクリスマスディナーを女子アナが笑顔で解説している。
 嗚呼、クリスマスシーズンには、おもちゃのオーダーと年配の方からの問い合わせが増えるんだよなぁ。と頭をよぎる。有給消化は六日目でもやはり癖は抜けない。
 子供を対象にした商材を扱う店なら実店舗だろうがECサイトだろうが事情は似通っている。クリスマスプレゼント探しで親は大変なのだ。物心ついていればリクエストに応えねばならず、もっと小さいうちは祖父母が張り切る。倉庫勤務になってからというもの、何度もベビードレスやぬいぐるみの素材や質感について問い合わせを受けたしラッピングの希望も増えて梱包に時間がかかった。
 豪奢なクリスマスケーキの食レポが終わるとまた『いってらっしゃい!』と女子アナが笑う。そろそろ諦めがついたと自分では思っていたのに、嗤われた気がして落ち込む。煙草をもみ消し、テレビを消した。
 朝七時のリビングでなんで私は泣いているんだろう。
 部屋着のパーカーを着て、品がないけどソファに座ったまま膝を抱える。冬の朝なのを差し引いてもひどく寒かった。どこか、自分の体がひび割れて隙間風でも入ってきてるのではないかと錯覚するし、体が軋むような気さえする。
 私はもう、出ていく職場などないのだ。それは自由である反面、社会人失格なのだと烙印を押された気もする。私を支えていたのは『一人前に仕事をして自分で稼ぎ、人並みに暮らしている』という自負しかなかったのだ。この数日、諒といるとそれを忘れられた。
 結局自分は何にもなれなかったし、何かを手に入れることはできなかった。気持ちが深く沈み、目を伏せれば逃げ出した故郷の風景が映し出された。

2018年6月28日公開 (初出 ムーンライトノベルズ

作品集『甘い毒。』第5話 (全12話)

© 2018 黒田 薔子

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