犬と夜警

応募作品

長崎 朝

小説

4,716文字

合評会2018年5月「現代ノワール」応募作品です。

LCDの輝度が最大値を振り切り、世界が焼失した。

また、どこかで、抵抗勢力レジスタンスが交流回路をぶった切ったってわけだ。

発電機ジェネレータの錆びついたパネルを引き開け、非常用再稼働装置を起動させてから、信号の波形を「いい子」になるように宥めて調整してやる。

相変わらず、見事な正弦波だった。

モニターに映し出されたこの波の位相フェイズにいつも、エリック・ドルフィーの” You Don’t Know What Love Is” におけるフルート演奏――どこか禅的でもあると言えなくもないそのテイク(1964年『Last Date』に収録)を重ね合わせてしまうと言ったら、頭のおかしなヤツだと思われるだろうか。だが、フルートの音色が生み出す波長の整合性は、あらゆる楽器の中でも際立って優美で、淑やかであると評されているし、ジャズというボートの曳く航跡波は、この街を照らす常夜灯に供給されつづける電気信号のように、おしなべて優しい。

F-117ステルス機ナイトホークのバグダッド爆撃シーンが逆再生されているみたいに、LCDに緑色の閃光が散乱しはじめ、しばらく経つと灰色の平穏が、そこにぴたっと貼りついた。画面は元通りになった。

 

あの日以来、夜は夜らしくなった。

原発が行水し、冷却装置もろとも電気系統が完全にダウン、建屋が吹っ飛び一挙に3機が炉心溶融メルトダウンした。残りも破損や検査で停止しっぱなし、そう、全土でだ。国は半身不随に陥っていた。輪番停電は次第に一回一回の番が長くなり、自分が今、無電環境にいるのか、それとも送電の恩恵にあずかっているのか、その境界も曖昧になっていった。要するに、この〈電気街〉にも、もし流れる電気があるとするならば、じじいの小便みたいなちょろっちょろの細流せせらぎでしかなく、そのおかげかおれはおれで、人の消えた旧繁華街に訪れた原初的な夜を、かくも孤独に、かくも優先的に、生ぬるく、充たされた心情で、享受しているのだった。昔の騒がしさは、この街から消え失せていた。

ここには、犬しかいない。

一種類は電気を盗む犬たちで、もう一種類は、電気を売りつける犬たちだ。

一度、ヨークシャーテリアみたいなおつむのイカれた電泥女と狆みたいな電泥男を電気銃で破壊したことがある。交流回路がブチられて盗み出されたとき、すぐに横っちょの雑居ビルの中に犬どもウスノロがいるとわかった。

おれの監視するこの街の回路は、言うなればプラトニックである。その流れは特段に勤勉で、細いなりに滞りがなかった。実際、モニターされている波形も純度が高く、そこには何か、美しく偉大なものの可視化であるという風情がある。抵抗勢力レジスタンスは犬どもに盗電を推奨する。それは高く売れるし、闇が増えれば増えるほど、統治力は必然的に疲弊する。

むろん、おれにとっては統治など知ったことではない。おれ自身がただ、金のために動くもう一匹の犬ってだけだ。

踏み込んだとき、ヤツらは一生懸命電気をたくさんの充電池に小分けにしていた。懐中電灯を向けたとき、反射的に腕を上げて光をよけたのは定形的だなと思った。電気を盗むのに、高尚な電気工学的知識は不要だが、狆はいかにもエンジニア風だったから余計な知恵をつけ、そんな馬鹿げた真似をやったのだろう。

こうした現場においては、小分けにした電池はたいてい、電動按摩器、ミニローター、男性器型バイブ、撮影機材、そして、局部や顔を照らすための電灯に使われる。おれみたいにエリック・ドルフィーやチャールズ・ミンガスなんかに使えばいいものを。元々が闇ビジネスで、嬢の愛想も悪い儀礼的な数十分間が、一層暗転した中でおざなりに展開されると、気味の悪い宗教儀式じみたものになる。こっちの肉体が嬢に機械的に扱われるんじゃない。顔も肉体も暗闇に消え去って、性愛そのものが機械にされちまう感覚に我慢できないのだ。そこにいるのは、誰でもいいわけじゃない。〈おれ〉の自我と〈おまえ〉の自我が寝ることに意味があるのだから。

それをわかった上で、ウスノロたちにこう切り出してみた。
「視覚に頼りたい気持ちもわかるが、完璧な暗闇は、案外、別次元の境地に連れてってくれるかもしれないぜ」
「あんただって、どうせ同じ電気泥棒だろう。独占は良くないって言いますよ」と男のほうが言った。
「独占なんかしません。なんなら、電気の正しい使用法を教えてやりましょうかね? もし、その電池を置いて、お引き取り願えなければ、の話ですけれども」男につられ、咄嗟に丁寧語で応じていた。

いきなり男が立ち上がり、おれに向かって挑みかかってきた。右手で襟首を掴んだはいいが、どうしたらいいのかわからないらしい。下手糞と取っ組み合って屁も出ない。瞬間、おれはじれったくて腰から抜いた電気銃を男の左脇腹にぶっ放していた。身の危険からそうしたわけではない。そいつが、言うことを聞かなかったからだ。

電気を食らった人間は痙攣すらできない。筋肉が硬直して全身固まってしまうから、男の右手は弛緩もできずにおれを掴んだままその場で血管を浮き立たせている。無風流だ。プアーで散文的。

いったん引き金を戻して電気を止めると、男は落ちた。そいつの頭を踏み潰しながら女に目を向けた。ヨークシャーテリアな髪を乱れさせて命乞いをする。気に入った。よく見れば、狆にはもったいないくらいの美人だ。好きです。べつに命を奪おうなんてはじめから思っていない。なのに殺されると思っているのか。おれはイラッとして、まず男の顔面に電気をぶち込んだ。心臓ハートを狙えば死ぬのだろうか。
「ワンと言ってみろ」とおれは女に向かって言った。

女は怯えた目でおれを見ているが、そんなに怖ければわざわざ見なくていいのだ。どうして人間は怖いものをそんなに見たがる?
「ワンだ。犬の鳴き声だ。してみろ」

女は震えていた。歯がカチカチ鳴って耳障りだった。おれは女の目をレーザーで焼いた。女がワンと鳴いた。バカヤロウ、遅すぎだ。

何もかもが、今、おれを苛立たせている。おれはかがみ込むと、ポケットから電気銃の取扱説明書を取り出し、懐中電灯で照らしながら読んだ。レーザーの強さを調節したかったのだ。その間も女はワンワン喚き続け、その鳴き声は次第に遠吠えのようになってきた。

〈Menu〉から、〈電力の調節〉を選択し、▲ボタンを押しまくって強さを最大にした。

ちょっと試してみようと、女の喉に狙いを定めて引き金を引いた。遠吠えが急に静かになったと思ったとき、女の頭部が床に落ちて少し転がり、横たわる男の股間付近にまでやってきた。クソ。無意識に女の頭部と男の股間らへんに向かって「死ね!!」と罵声を浴びせかけ(もう死んていたのだが)、その無法地帯めがけて電気銃をぶっ放した。頭も、ヤツの睾丸たまも瞬時に蒸発した。スピノザ的に。永遠の相のもとに。

違法だった。倫理的にみて、正しい使用法でもなかった。いずれにせよ、これだけは言える。おれは任務に従って仕事を片付けるんじゃない。おれが遂行したことが、任務になるのだ。

 

あのときと同じやり口かもしれないが、こんどはちょっと手が込んでいる。遊び心があると言えば言えるのかもしれない。

復帰したLCD上に、何かの暗号だろうか、一瞬、オクタビオ・パス風の詩のようなものが映し出されたと思ったが、よく見ればどこからかのお粗末なメッセージに過ぎなかった。最初それは、上司からのものなのか、抵抗勢力からのものなのかも判別不能だった。しかしすぐに尻尾を振って擦り寄ってきた。

〈こんばんは、いつもお世話になっております。ゴーレットイットイン電力の穂坂です。おまえを、殺すよ、今すぐ、ピチピチの電気を、渡せ、ハァハァ〉

「慌てるなって。あなたがたに渡す電気なんかない。殺す必要もない」

続いて、ノエル・ギャラガーの詩を引用したヤツらのコールがスクロールした。

Go let it in!(挿入せよ!)

Go let it out!(外に射精せよ!)

Go let it in!(プラグをインしろ!)

Go let it out!(電気を運び出せ!)

 ですよ、ハァハァ

「そんなに電気が欲しけりゃ、てめぇんとこで発電すればいいじゃないですか(まぁわたしもそうなんですけどね)」

〈いいか、ドクタ、《電気街そこらへん》をうろつく野良犬どもと我々とは毛色が違う。我々はゴーレットイットイン電力だよ! 盗力発電が売りなんだからよ! ここの電気はどこよりも高く売れるからね〉

ドクタとかじゃないし、と思いながらもおれはその実力を理解していた。ここまで来るからには、よっぽどご入用らしい。おれの背後に、ウスノロではない、プロの電気屋マフィアが数名並んでいる。戦隊ヒーローみたいに。心拍数が最大値を振り切り、世界は凍結している。振り向くにはかなりの勇気がいる。画面には、メッセージが流れる。

Don’t look back in anger, Drおこしないでよ、ドクタGo let it inプラグをインせよ!! Go let it out!中出し禁物!それでだ。電気の画期的使用法をご存知かね? トマス・エジソンくん。あんたを殺して、電気をもらうよ。ハァハァ〉

「いや、悪いがおれはドクタでもエジソンなんかでもない。おれは直流を使わんのでね。交流電気の魔術師、ニコラ・テスラとでも呼んでくれたほうがまだマシですよ」

ヤツらは一つだけ誤解している。おれを殺せばここには何も残らない。そのときは、おまえらもこの世界に残ってはいないだろう。だから、殺すのはよくない。

背中に向けられている何丁かの電気銃の気配を感じる。たぶんだけど、頭ではなく、心臓に狙いを定めている気がした。

今いる自分の、心臓の位置から数センチ右側にズレて、その真っ直ぐ前方の壁面に、送電分岐ポイントのシークレットボタンが埋め込まれている。ヤツらは知らない。その場所に、自分の心臓を重ね合わせて銃撃を待ち受けることにより訪れるはずの帰結を想像する。

ヤツらが一斉に撃つ。おれを命中し、おれは蒸発するが、しばらくはまだ、間抜けどもはみんなで仲良く無分別に、いなくなったおれの心臓を焼こうとする。撃つのが楽しいからだ。LCDを破り、前方の送電分岐ボタンに到達した電気はそこから分電盤を攪拌スクランブルし、〈電気街〉すべての系統を瞬時にダウンさせる。運が良ければ電気はまるごとよその都市へ引っ越されるが、悪ければ放電し尽くした挙句、この街を支配者ゼウスいかづちが焼き払い、その後、夜は完全な闇に包まれる。何もかもが不可視になり、そもそものはじめからなかったことになるだろう。いともドゥルーズ=ガタリ的に。差異が尾を引き、波が優しく夜を浸して。

月は昇るだろうが、どちらにせよ、ここでは何者も生きてはいけない。本物の野良犬以外は。

焦慮もなく、今、フルートは曲の終盤、夜の散歩をしているようなソロパートを淡々と吹いている。それは、「おまえは愛の何たるかを知らない」と言っているわけではなさそうだ。むしろおれには、「最後の瞬間まで、わくわくしようぜ」って聴こえている。そう、エリック・ドルフィーのフルートだけは、すべてが消え失せた後も、いつまでも変わらず残り続けるだろう。この世界に。月と犬と、それだけが。

おれはこの世界を救うため、あと数センチだけ右に移動しようと思う。

2018年5月8日公開

© 2018 長崎 朝

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"犬と夜警"へのコメント 10

  • 投稿者 | 2018-05-18 16:22

    送電分岐のシークレットボタンの設定にしびれました。

  • 投稿者 | 2018-05-22 17:27

    お題は現代ノワールとのことですが、基準を愚直に見ますと、大猫さん、長崎朝さん、Juan.Bさんがかろうじて満たしているなと感じました。現代のノワールとするからには、現代特有の事象を扱うことが必要で、またその内容も男女の痴話喧嘩や単なる冷笑で終わってはならないでしょう。男女が喧嘩するなら1950年代のノワールでも出来るからです。多くの方が外してしまっているのは残念でした。
    大猫さんとJuan.Bさんは移民問題、行動する保守とヘイトスピーチ問題といった新しい型の差別問題、管理社会化といった問題を扱い昇華されている点で同率1位としました。Juan.Bさんは激、大猫さんは静という違いがありますがどちらも得がたい作風でした。長崎朝さんはフィリップ・K・ディック的世界観を独自の観点で構築した点で、現代よりやや未来に向いている感も考慮しましたが2位としました。

    最後に、破滅派は是非関西方面の文フリにも参加していただきたいです。

  • 投稿者 | 2018-05-23 19:59

    この長さの話の中で世界観を確立していることに感服いたしました。
    ですが、話の方は詰め込み過ぎに見えてさらなる事件に発展するための長編小説の序章のように感じてしまいました。

  • 投稿者 | 2018-05-23 23:11

    設定は近未来なのでしょうか。その割にはドルフィーとかナイトホークとか出て来るので、実は津波で壊滅的に破壊されて打ち捨てられた現代の原発でしょうか。
    ジャズのスタンダードナンバー、(しかもフルートバージョン!)を最初に持ちだす美学的こだわりと、金のためならなんでもやる人間のうじゃうじゃ出て来るあたりがすごくノワールっぽくてかっこいいなと思いました。
    主人公が最後までヒーローなんだか悪人なんだかよく分からないところも良いです。
    質問ですが、オクタビオ・パスの詩みたいなメッセージが出たとあり、「こんばんは、いつもお世話になっております。ゴーレットイットイン電力の穂坂です」と続いていますが、これがオクタビオ・パスの詩風なのですか?

  • 投稿者 | 2018-05-24 13:19

    世界観がかっこよかったがこれは近未来では……と思ってしまいました。でも閉塞感がビシバシ伝わってきたのでよかったです。

  • 投稿者 | 2018-05-25 00:02

    短文と長文の使い方が素敵で、倒置法がまたカッコよいと感じました。(倒置法って下手に使うと読みづらいラノベみたいになってしまうので、凄いなあ上手いなあと思い読みました。)サイバーパンク的な雰囲気と、時々あらわれる美しい描写が良かったです。
    最近ニューロマンサーを読んでいたので、雰囲気とか言葉の作り方とか、個人的に熱いものがありました。

  • 投稿者 | 2018-05-25 23:03

    SFを読み慣れていないため、私の読解のレベルは著しく低い。それにもかかわらずコメントをして評価をつけている点を許してほしい。

    読んでいる途中でいろいろ疑問がわいて頭が混乱した。レジスタンスはなぜレジストしているのか? ゴーレットイットイン電力はレジスタンスの差し金なのか? 主人公は上司をはじめ統治者側に共感を抱いていないにもかかわらず、なぜさっさと降伏しないのか? 私の錆びついた頭は過剰な固有名詞を処理できていない。もっと世界観を分かりやすく説明してもらえると、私もついて行けたかもしれない。

    「闇ビジネス」についても十分に説明されていないと感じた。「嬢」が言及されるくだりでは売春が行われていることが示唆されているが、レジスタンスと売春と主人公の関係がよく分からなかった。主人公は音楽に電力を使うにもかかわらず、客として嬢と関係し、レジスタンスに資金を提供しているということか?

    哲学者や作家への言及が多く見られるが、彼らの思想なり作品なりが扱うテーマと本作とのつながりがはっきり示されず、表層的なネーム・ドロッピングに留まっているのが残念。私はドゥルーズ以外は読んだことがないので100パーセントの確信を持って言えるわけではないが、ここでは名前や哲学用語、引用がただのお飾りに過ぎず、世界観を豊かにすることに貢献していないと感じた。違っていたらすまない。

  • 投稿者 | 2018-05-26 15:20

    わりと殺伐とした物語の中で、相手につられて敬語になってしまうところとか、ヨークシャーテリア女についての唐突な「好きです。」など長崎さんらしいチャーミングさが感じられて面白かったです。あと穂坂さんのメッセージもユーモアがあって良かったです。言うまでもなく、設定、世界観もさすが。

  • 編集者 | 2018-05-28 16:38

    画面から火花が散り目の前にホログラムが出て来そうなくらい激しい。描写は凄まじい物の、藤城さんのコメントと同じく、ストーリーについては素直に理解出来ない部分がある。映画「爆裂都市」やあるいは荻原恭次郎の踊る活字を思い浮かべ勢いを楽しむことはできる物の、状況を知るためのセリフがプツプツとしか出てこない状況、と言おうか。なかなか難しい。

  • 投稿者 | 2018-05-29 05:23

    インド人を右へ。壮絶なルビ芸の応酬の水面下で着実に進められるディストピア構築。これは理屈ではなくパッションでしか読めない。素敵。

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