好きやねん大阪

南沢修哉

小説

4,672文字

金正恩朝鮮労働党委員長の死後、売れない漫才師が自爆テロを敢行する。北朝鮮の潜伏工作員による破壊活動が、笑いと人情の街を地獄に変える。

舞台中央のサンパチマイクの前で二人の男がしゃべっていた。

「大阪には北朝鮮の潜伏工作員スリーパー・セルがぎょうさんおりますわな」「せやな」「嘘やおもわれとんねん」「誰に?」「日本人に」「アホやな」「おるちゅうねん」「目の前におるちゅうねん」「大阪のお笑い芸人の半分以上が北朝鮮の潜伏工作員でっせ。いや、ほんまに」「そらきみ言いすぎやで。せいぜい二割か三割ちゅうとこやで」「お客さんの中にも潜伏工作員がおるかわかれへん」「隣の人の顔よお見てみいや」「怪しいやつおれへんか?」「おるおる」「あの客ちゃうか?」「やめろや。指さすなや」「絶対そうやて」「そんなわけ……ほんまや!」「しゃあけどやっぱり漫才師に化けとる潜伏工作員、これがほんまに多い」「多いな」「今日の前座にも一組おったな」「おったな」「わしら入れたら二組やけどな」「せやな」「きみ、潜伏工作員が何するか知っとるか?」「拉致に決まったるやんけ」「せや。将軍様死んだら何するか知っとるか?」「爆弾テロや」「せや。……ほなやろか」「何をいな」「爆弾テロやがな」「いまやんのかい」「せや」「あとにせえや」「なんでやねん。将軍様死んどんのにこんなしょうもない漫才やっとってもしゃあないやろ。どーせわしら死ぬまで売れへんねや。最後に一発どでかい花火打っちゃげたろやないけ」「アホ言いな。何を浪花節みたいなことぬかしとんねん。こないなとこで爆弾テロやってみい。わしらまで死んでまうやないけ」「あかんか?」「あかんに決まったるやろ。まだ死にたないちゅうねん」「しゃあけどもう爆発すんで」「何秒後や」「3秒後」

……ジジジジジジチーン、ドッカーン!

漫才と呼ぶにはあまりにも邪悪な立ち話を聞かされていた観客は、彼らの話が嘘ではなかったことを自分たちの死によって思い知るのであった。舞台下に仕掛けられた500トンのTNT火薬が爆発し、なんばグランド花月は一瞬にして木っ端微塵に吹き飛んだ。屋内にいた人は爆発の衝撃波によって全員死んだ。建物の近くにいた人も爆風の巻き添えを喰って大怪我をしていた。ガラスの破片や瓦礫が散弾銃の弾のように通行人を撃ち抜いていた。

「なんや! 何事や!」

千日前の商店街でたこ焼きを喰っていた男は爆発音におどろき、たこ焼きのタコを口からこぼした。「ゴジラや! ゴジラが出よったで!」阪神タイガースの野球帽をかぶった少年が叫んだ。「早よ逃げなゴジラに喰われんで!」「ちょお待たんかいわれ」たこ焼きを持った男が少年を呼びとめた。「ええかげんなことぬかしとったら承知せえへんど。何がゴジラや、ゴジラみたいなもんおるわけないやろ。あれは架空の生き物や。おどれ、なんか知っとるな。吐かんかい。さっきのごつい音はなんや。おどれの仕業とちゃうやろな」「ほんまや。ほんまにゴジラが出たんや」「まだゆうてけつかるかこの餓鬼は!」男は食べかけのたこ焼きのパックもろとも少年の顔に投げつけた。少年の顔はソースとマヨネーズでぐちゃぐちゃになった。「なにすんねん!」「やかましわ! ゴジラが出たやなんてしょうもないことぬかしくさってからに」「ほんまや、ぼく見たんや」「なんぬかしとんねんこのドキチガイ!」男は少年の脳天に拳を叩きつけた。少年は脳震盪を起こして死んだ。そのとき男の内臓が爆発した。たこ焼きに仕掛けられたバイオ兵器が胃の消化酵素に反応して爆発したのだ。男の腹はゾンビに襲われたかのようにぐちゃぐちゃにつぶれていた。それを見た通りすがりの阪神ファンが叫んだ。「ゾンビや! ゾンビが出よったで!」阪神ファンは袋叩きにされて死んだ。そうしているあいだにもたこ焼きを食べた人たちは次々と内臓を爆発させて死んでいった。法善寺横丁、宗右衛門町、心斎橋筋、御堂筋には見るも無残な姿となった死体が数えきれないほど転がっていた。胃の中身が飛び散り、ものすごい悪臭が漂っていた。忌々しい虫けらや蝿が死体のまわりをぶんぶん飛び交い、そのおぞましい死臭に耐えきれなくなった人々は戎橋の欄干から道頓堀に飛び込んだ。しかしその河川にもまた大量の細菌兵器が撒き散らされていたため、飛び込んでしばらくすると彼らは紫色の死体となってぷかぷかと浮いてくるのだった。くいだおれの人形が爆発し、ケンタッキーの白ずくめの老人の像が意味もなく道頓堀に投げ込まれた。グリコの巨大看板が剥落し、道頓堀の水面を叩いた衝撃で、汚染水がそこらじゅうに飛び散った。その水を一滴でも浴びた者は呪われ、目が真っ赤になり、脳性麻痺のような気味の悪い歩き方で見境なく通行人に噛みついた。噛まれた者は汚染水を浴びた者と同じように呪われ、また別の通行人に噛みついた。

御堂筋線は北朝鮮のゲリラ兵たちに爆破され、脱線した電車がトンネルの側壁をえぐるようにして停まっていた。その他の電車も全線運転見合わせ状態になっていた。いつまで経っても電車が動かないことに怒り狂った阪神ファンが梅田駅の改札のあたりに集結し、駅員に怒鳴り散らし、胸ぐらをつかみ、首を締めあげ、顔にたこ焼きをなすりつけていた。やがて彼らは六甲おろしを放歌高吟しはじめ、異様なムードが漂った。その共鳴現象によって梅田の地下街はがらがらと音をたてて落盤し、瓦礫に埋もれた。これから北新地や曾根崎に出勤しようという大勢の人が生き埋めになって死んだ。

近鉄、阪急、京阪、阪神、南海、その他の私鉄の駅のホームや通路や改札、電車内のいたるところにサリンが撒き散らされ、無邪気に運行再開を待つナニワの商人たちは、儲かりまっかぼちぼちでんなと言っているうちにわけもわからず死んでいった。JR京橋のホームで電車がくるのを待ちながらバイオたこ焼き爆弾を食べていた少年が爆死すると、レオパード柄の服を着た大阪のおばちゃんたちの悲鳴が上がり、混乱のあまり人々が押し合い、大量の圧死者が発生した。そこに潜り込んでいた北朝鮮のゲリラ兵も押しつぶされ、偉大なる同志金正恩将軍様万歳を叫びながら死んでいった。日本人を殺せば殺すほどその軍功は讃えられ国から報奨金がもらえるので、殺す方も命がけだった。

大阪市営地下鉄の多くは北朝鮮のゲリラ兵たちに乗っとられ、猛スピードで地下を走り抜ける有人在来線爆弾と化していた。何千人という乗客を積んだ地雷が猛スピードで地底を走り抜け、いきなり何の前触れもなく爆発し、地上の道路や建物の床などを陥没させた。水道管が破裂し、間欠泉のごとく水が吹き出し、街のいたるところに美しい虹がかかっていた。巨大な建築物が倒壊してゆき、大阪という垂直都市は少しずつ平面に近づいていった。

阪神高速の渋滞区域もテロの標的となっていた。東船場ジャンクションの高架橋脚に仕掛けられた超高性能爆弾が次々と爆発し、上を走っていたタンクローリーの行列がぼんぼんと落ちてきて大爆発した。高速道路という一種の巨大な運動彫刻が横倒しになり、下を走っていた車や通行人が下敷きになって死んでいった。

潜伏工作員たちは天王寺動物園を武力で制圧し、猛獣たちを檻から解き放っていた。いけーっ! 日本人を喰い殺せーっ! トラは観光客を襲い、屍肉を貪った。天王寺動物園は阪神タイガースの優勝を祝し、活きがよくて若いアムールトラをロシアから大量に輸入したばかりだった。アムールトラだけで100頭はいた。さらにはライオン、クマ、ラクダ、クジャク、マウンテンゴリラ、フラミンゴ、キツネザル、アフリカゾウなどが脱走し、あちこちで鳴き叫んでいた。猛獣から逃げ惑う人々がいっせいに通天閣によじ登ったため、老朽化した鉄の塔が傾いた。「ダーホ! 通天閣が倒れてまうやろ! 登ってくな!」「そないゆうたかて下にはトラがぎょうさんおるんや!」「ダーホ! 阪神ファンがトラにビビんなや!」「わしはバファローズのファンや! トラは嫌いなんや!」「知るかい! ええから早よ降りい!」

通天閣は金属の軋むすさまじい音を轟かせながらゆっくりと倒れた。そのとき、17時を告げるドボルザークの時報音楽が新世界の繁華街に響きわたった。それを合図に西成のあいりん地区で暴動の狼煙が上がった。暴徒と化した日雇い労働者たちが阿倍野区へといっせいになだれ込み、女たちの服を破いて犯し、金持ちどもから金品を略奪し、高級車の行く手を阻んで横転させ、あべのハルカスに火炎瓶や手榴弾を投げまくった。裏で北朝鮮の潜伏工作員らが日雇い労働者たちに兵器を提供し、彼らのケツをかき、暴動をけしかけていたのだ。日雇い労働者たちは81mm迫撃砲や305mm重迫撃砲をあべのハルカスに向けて撃ちまくった。大根のような徹甲榴弾が建物に突き刺さるたびに炎と黒煙が上がった。逃げ惑う買い物客や観光客を追いかけていって押し倒し、馬乗りになり、出刃包丁で滅多刺しにして殺した。

全身にダイナマイトを巻きつけた北朝鮮の人間爆弾ゲリラ兵たちが次々と大阪府庁舎に殴り込んできた。警備員は射殺され、逃げ惑う職員たちは柳刃包丁で首を切りつけられて死んだ。

「知事、たいへんです!」

上級秘書の耳島は知事室のドアをがんがん叩きながら叫んでいた。「なんや。何事や」大阪都構想再挑戦を掲げて当選した村滅知事は飛田新地で買った高級娼婦を知事室に招き入れ性交していた。女の喘ぎ声が外にまで漏れ聞こえていた。「武装した北鮮ゲリラが侵入してきました」「早よ殺さんかい。わしは忙しいんや」ドッカーン。「なんやいまの音は」「北鮮ゲリラが自爆した音です。ここも危険です。早くお逃げください」「逃がすかい」ヤクでラリった人間爆弾たちがドアを蹴破って入ってきた。刃物で切りつけられて負傷した耳島秘書は知事とゲリラのあいだにすべりこんだ。「偉大なる同志金正恩将軍様万歳!」柳刃包丁の柄と拳を手ぬぐいでぐるぐるに巻きつけた一人のゲリラ兵が突進してきた。耳島秘書は裸の売女の腕をつかみ、人間爆弾の前に突き飛ばした。刃が売女の白い谷間を貫いた。「いまの隙にお逃げください」と耳島秘書が叫んだ。村滅知事はマホガニーの机の抽斗から自動拳銃を取り出し、北朝鮮のゲリラ兵もろとも耳島秘書の背中を撃った。耳島はその場に倒れ伏した。無邪気にほほ笑んだ村滅知事の顔を床から見上げ、彼の裏切りに気づいた。「村滅……貴様ァ……」「耳島くん、きみのような優秀な秘書を失うのは惜しいよ。あとのことは私にまかせたまえ。きみの奥方については何の心配もいらないよ、きみの奥方についてはね」「な、なんやと」「わははは」耳島秘書はとどめを刺された。

村滅知事は知事室を出て屋上へ向かった。自衛隊の救援ヘリが屋上のすぐ上をホバリングしていた。二つの回転翼から繰り出される強風に吹かれ、知事のカツラが吹き飛んだ。彼は屋上の床を這って進んだ。ホイストケーブルを使って降りてきた自衛隊員が知事を抱きかかえ救出した。助けを求めて屋上に上がってきた府庁の職員は、チヌークに搭載された7.62mm機関銃で迎え撃たれた。ポップコーンの弾けるような音とともに丸腰の地方公務員たちは瞬く間に殺された。村滅は救援ヘリに宙吊りにされたまま、その殺戮を目のあたりにして極悪人のお手本のような笑い声を発した。そのときだった。米軍の核ミサイルが大阪城に落ちたのだ。大阪府庁舎は跡形もなく吹き飛んだ。爆心地から半径5km以内にいた人々は一瞬にして焼き尽くされ、骨の一本にいたるまでさらさらの灰となり、風に吹かれて消えていった。

2018年2月16日公開

© 2018 南沢修哉

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