煙突の中

村崎羯諦

小説

2,891文字

入れ墨をした罪びとが、ひょっこり煙突のある家へと迷い込んだ。

人を殺めたっていう罪で、ある男が警察から追われていたそうです。噂じゃ、殺した人数は一人や二人じゃ収まらないっていう話で、しかも、その男は奇妙なことに、顔を含めた体全体に、どす黒い入れ墨を彫っていたそうな。

 

そんだけ大きな罪を犯し、さらにはなかなかお目にかかれないご立派な入れ墨をしていたとあっては、それはもう警察に捕まえてくださいと遠まわしに言っているようなものなんですが、やはり、そいつも他の人間と同じように、町中で警察に肩をつかまれたときにゃあ、その手を振り払って、必死の形相で逃げようと試みたわけです。そんな目立つ相貌をしていたとあっては、どこへ逃げようといつかは必ず捕まるだろうに、そいつもその時はそこまで考える余裕がなかったんでありましょうな。しかしながら不思議なもので、なんと、結局その男がその後警察に捕まることはなかったんです。いやまあ、捕まるよりもっとひどい目に遭ったといった方が正しいんですけどもね。

 

 

どういうことかっていうと、こんなわけです。男は警察を撒こうと右へ曲がり、左へ曲がり、そんなこんなしているうちに、ある立派な煙突を持った大きな屋敷に迷い込んだわけです。中には誰かいるかもしれない、庭では警察に見つかるかもしれない、そう思ってふと上を見上げると、人が一人分ギリギリ入れそうな煙突がある。背に腹は代えられない。男はひょひょいと屋根にのぼり、警察から逃れようとその煙突の中に潜り込んでいったわけです。こういうわけで、男は警察を撒くことができたというわけです。警察だって、煙突の中に男が隠れてるなんて思いもしませんでしょうしね。

 

だけどもまあ、これでお終いというわけではありません。男が迷い込んだ家、これがまたまずかった。

 

その家の主人は裕福な実業家を親に持つ元軍人で、それも、お金持ちなのにわざわざ軍人になったっていうだけのことあって、相当の変わり者だったようです。お金を稼ごうとしたわけでもなく、武勲を立てようとしたわけでもなく、そいつは人を合法的に傷つけることができるってもんで、軍人を志望したんですって。一歩間違えれば犯罪者になってたであろうそいつは、ボンボンでありながらもまあ、立派に軍でも活躍しなさって、訓練中にケガして引退するまでにゃ、戦争でいくつもの功績をあげたそうですな。しかし、現役を退き、遺産として受け継いだ屋敷に住んでからも、彼の性癖は直らないもんで、人を殺したくて殺したくって、ただただ悶々と過ごしていたんだそうです。

 

そして、そこにやってきたのが、憐れむべき入れ墨男ってわけで、元軍人も有名なそいつの存在を知っていて、さらにそいつが我が家の煙突に入っていくのをばっちりと捉えていたわけです。普通の人間なら、そこで恐怖を感じるでしょうが、そいつは違った。入れ墨男が煙突に入っていくのを見届けると、すぐさま部屋に隠してあった銃を取り出し、鼻息を荒くしながら煙突と繋がる部屋へと走って行った。部屋の中には、その男はおらず、不思議がって下から煙突を除くと、その真ん中らへんに入れ墨男が突っかかっていたんだそうです。煙突は下に行くほど狭くなっていく構造だったから、煙突の中腹で男は身動きが取れなくなったんでしょうね。さて、その様子をしたから除いた軍人は少しだけ考えた後、動作なく安全装置を外し、その入れ墨男を下から撃っちまった。それも一発ではなく、何発も。拳銃にはサイレンサーがついていて、その発砲音を警察官が聞くことはなかったんです。しかし、その音を聞いた入れ墨男は最後にどんなことを考えたんでしょうね。男は逃げることもできず、ただただ元軍人にハチの巣にされちまったんだから。

煙突の内壁をつたって、どす黒い血が流れてくるのもおかまいなしに、元軍人は玉切れになるまでずーーっと打ち続けたんだそうですよ。そして、男が叫ぶことをやめ、ピクリとも動かなくなったのを見届けると、元軍人は満足げな表情を浮かべ、その場で自慰行為に耽ったそうです。そして、その後自室へ戻っていき、側用人を呼びつけ、事の顛末を離すとともに、もし煙突から死体か何かが落ちてきたら、片付けておけと命令したそうです。しかし、結局死体はうまい具合に煙突に突っかかっていたようで、何日経っても、結局落ちてくることはなく、煙突も今はもう全く使うこともありませんから、次第に元軍人を含む皆がその存在を徐々に忘れていったそうです。
 

さて、これからがお話の本筋です。入れ墨男が煙突に突っかかってから数か月後、元軍人が洗面所でふと自分の顔を見てみると、耳と頬の間に、昨日までにはなかった黒い一筋の線が入っていることに気が付いたんです。なんかの汚れだろうとごしごし洗っても、全く落ちない。その日はちょっと忙しかったこともあり、また、あんまり目立つような線でもなかったもんで、結局そのまま放置してしまったそうです。

 

しかし、いつか落ちるだろうと思っていても、いつまでたっても落ちることはない、いや待て、むしろ新しい線がすぐそばにできてはいやしないか。その後一か月、二ヶ月ごとに、元軍人の顔には多くの黒い線が現れ、しまいには、顔だけでなく身体にも同じような線が現れ始めたそうです。そして、一年もたたないうちに、顔を含めた体全体が真っ黒い線で覆われてしまいました。そして、その模様はまるで、入れ墨のようだったそうです。当然そんなことになってしまっては、いくら百戦錬磨の元軍人と言えども、気が変になっても不思議じゃありません。手元のお金を惜しみなく使い、考えるだけの治療を施してみても、男の模様は消えることがありません。ナイフで黒くなった部分をはぎ落そうとしても、肌のずっと奥の方まで着色されていたようで、薄くすることさえできなかったようです。

 

そして、最初の黒線が現れてからちょうど一年後、真っ黒になっが元軍人は朝突然ベッドから跳ね起きると、人間が発しているとは思えない叫び声をあげ、寝間着の恰好のまま家の外へ飛び出していき、そしてその後彼は行方知れずとなってしまいました。

 

 

こんな怪奇じみたことが起きたもんですから、残された家の者もひどく怯えたそうです。そして、その中の一人がふと、煙突の中に放っておかれたままの入れ墨男のことを思い出したんですな。きっとそいつの呪いに違いない、と彼らが思うことは当然でありましょう。そんなわけで、きちんと供養してあげようと、罪に問われることを覚悟で工事業者を呼び、煙突をぶった切って、中からつっかえたままの死体を取り出したんですな。その煙突の中には、確かに男の死体が突っかかったままだったんです。

 

しかし、不思議なことにそれは逃げ込んできた入れ墨男ではなかったんです。

 

代わりに煙突の中に入っていたのは、つい先日、発狂して家を飛び出た、真っ黒黒すけになった元軍人だったそうな。

2017年10月21日公開

© 2017 村崎羯諦

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