蜘蛛・ランプ・約束

村崎羯諦

小説

3,305文字

趣味で創作している三大噺。お題はタイトルにある通り、蜘蛛・ランプ・約束です。

こいつは飲み屋で知り合った、陰気な男が話したことで、本当なのか嘘なのか、正直私にはわかりません。そういうわけなもんだから、話半分、耳半分、そんな調子で聞いてくださると幸いです。これはなんでもちょいと昔のお話で、今ではなかなかお目にかかれない、たいそう大きな屋敷での、ちょいと不思議な実話だそうです。
その大きな屋敷には、それだけ多くのお手伝いが住んでいた。その中の一人、とりあえずは太郎としておきましょう、そいつが主人に用事を言いつけられて、母屋裏手の納屋へと、置かれた道具を取りに行った。太郎は鍵を開けてから、なんも考えずに中に入った。しかし、おや、なんだか様子がおかしいぞ、と太郎は小首を傾げた。なんでも、その納屋はいろんなものが入れられて、人の出入りが比較的頻繁だったそう。だけども、彼が引き戸を開けて見れば、前来た時よりもまあ随分荒れ果てていて、なんとも立派な蜘蛛の巣が、あっちらこちらにできていたんです。その上電気をつけようと太郎がスイッチをつけても、ひとつの明かりもつきやしない。この納屋は納屋といえども、たいそう大きく作られていて、明かりが点かなきゃ真っ暗で、探し物などできやしない。なんともまあ気味が悪い。だけども、主人の言いつけを無視するわけにもいきません。太郎はひとまず母屋へ戻り、小さなランプを持ってきて、えっちらおっちら中へと入る。
すると納屋の奥の方、暗くて何の判別もつかない所から、小さな小さな嗚咽が聞こえてきた。普通の人では、そこでおびえてぶるっちまうが、意外にも太郎はひるむことなく、蜘蛛の巣を片手で払いながら、声がする方へ歩み寄る。太郎がランプをかざしてみれば、そこにはくたびれた服装の男が、こちらに背を向け座ってた。
太郎は不気味に感じたが、奉公人として、主人の家に勝手にもぐりこんでるっていうなら放っておくわけにもいきません。太郎はえいやっと勇気を奮い、その男へと声かけた。

「おい、貴様。こんなところでなにしてる。泥棒ならば、容赦はせんぞ」

男は背中を向けたまま、悲しい声で返事を返す。

「盗人ではありません。お恥ずかしい話ではありますが、まんまとここに誘われて、おめおめここに閉じ込められてしまったんです」
「なんだい、いい年してながら、小僧か誰かにやられたってのかい?」

男はふるふると首を横に振った。

「いいえ、そんなんじゃありません。私は女に騙されたのです」

こんな不気味な場所ながら、太郎は少し興味が湧いた。なんてったって、今と違い、娯楽の少ない時代ですもの、他人の痴話話や失敗談ほど人を惹きつけるものはありません。太郎はそこで男に対し、ちょいと詳しく話しておくれと、にやにやしながら頼み込む。

「それほど気の利いた話じゃありません。ここいら近くを通りかかった時分、それはまあ、妖艶なお人が道端にちょこんと腰かけているのを見かけたんです。一瞥しただけでもわかるくらい、それはもうきれいな人でね。私は妻子持ちでもなければ、僧侶でもない。私を止める義理も道理もない。私はすかさず駆け寄って、にやにやしながらお声をかけたんです。するとまあ、そのお人は快く会話を交わしてくれて、よくできた鈴のようにころころ笑ってくれるんです。その時の私の浮かれっぷりったぁ、今振り返れば痛々しいほどでしたよ。そんわけで、まあ今となってはおかしいが、ちょいとしたらうまいことやれるかもしれん、そんな浅はかな考えが浮かんだんです。少しばかり自慢ですがね、私はちょいと遊び人の気質がありまして、女性の扱いには、ちょいとばかし自信があったんです。だからそれとなぁく、その方に探りを入れてみれば、まんざらでもなさそうな様子。よしきた、私はほくそ笑み、家へ来ませんと誘ったんです」
「それでそれで?」

太郎は話術に吸い込まれ、話しの続きを男に促す。

「しかし、意外にもその方は私の誘いを断った。私の勘も鈍ったもんだと、内心少し落ち込みました。けれども話を聞いてみりゃ、なんでもその日は都合が悪く、他の日ならばよろしいと、頬をぽうっと赤らめて言ってくれるじゃありませんか。もちろんですとも、お嬢さん。男なら、それ以外の言葉など思いつきませんよね。その方は私に日と時間を告げて、すぐそばにある納屋に来てください、これは秘密の約束ですよと言い残し、妖しく微笑み去っていったんです。私は女遊びを知らない少年のように、そわそわ、悶々、その日を待ち焦がれたものです。目を覚めてる間はずっとその約束のことばかり考えていた。まったく、我ながら呆れてしまいますよ。そして、ついにその日が来た。私は目いっぱいおめかしをして、ここの屋敷に忍び込みました。私はその時までに、この気品あるお嬢さんはこのお屋敷のお方だと確信していたんですな。そして、一目散にここに向かった。もちろん、鍵はかかっていなくて、早まる心臓を押さえながら、私はここに入っていったんです」

男の喋りがピークを迎える、太郎は興奮して身を乗り出す。しかし、なぜか男はそこでふっと話をやめた。太郎は焦らされることがたいそう嫌いで、苛立ちながら、男の肩をこちらへ引いた。それと同時に、男の顔がこちらへくるりと振り返り、ランプの明かりに照らされた。
その時の太郎の驚きようったら、筆舌尽くしがたいものですよ。なんてったって、その男の顔には、本来あるべき目ん玉が二つともなかったんですから。目玉の代わりにぽっかりと大きなくぼみがあり、そこの奥から暗い深淵がこちらを覗き込んでいるみたいだってことですから。太郎は足をガタガタ震わし、恐怖で逃げ出せないときた。しかし、その深いくぼみから、かさかさと数匹の小さな蜘蛛が出てきたもんだからもう大変。太郎は持ってたランプを男に投げつけて、叫び声をあげながら、走って納屋を飛び出してった。
太郎はすぐさま同輩を捕まえ、今の出来事一つ残らずまくしたてた。もちろん彼らは信じない。けれども太郎がしつこく頼み込むもんだから、渋々納屋へとみんなで行きました。しかし、納屋はいつものように、整理整頓されていて、蜘蛛の巣だってない。スイッチつければ明かりもついた。納屋の奥へ行って、男がいた場所調べてみても、そこにはなんの痕跡もない。それみたことか。同輩は太郎をからかうが、太郎はなおも青ざめたままで、うわごとのようにつぶやいた。

「ランプがない。俺があいつに投げつけた、ランプがどこにもありやしない」

同輩がそんな太郎を呆れ、皮肉の一つでも言おうとしたとき、突然地面が大きく揺れた。皆は地震に大慌て、下敷きになってたまるかい、と、一目散に外へ飛び出した。しかし、外に出てみれば、揺れが突然おさまって、まるで狐につつまれた気分。近くにいた庭師に尋ねても、そんな揺れなどないと言う。そこでそのうちの一人が周りを見渡して、ある変化に気が付いた。

「おいおい。一緒にいた太郎はどこに行ったんだ?」

その後、屋敷総出で探してみたが、結局太郎は行方知れず。太郎は根っからの真面目もので、仕事や仲間をほっぽりだして、どこかへ行ってしまうなんてのは考えられない。それでも結局太郎は見つからないまま、納屋も壊され、謎は最後まで明かされないままだったそうです。
これで話を終えてもいいんですがね、一つだけ、ちょっとした後日談がありまして。
その納屋をいよいよ壊そうとしたとき、不意に工事の人間が、夜中にそこへ行ってみたんです。調査のためかは知りませんが、中を見てみようと、引き戸を開けた時、中からそれはそれはでっぷりと太った、猫と同じくらいの大きさの蜘蛛がささっと外へと飛び出していったそうなんです。蜘蛛はそのまま屋敷裏の山へと姿を消し、それ以降そんな蜘蛛を見たという話もない。その時は月明かりもない闇夜であって、しかも、その蜘蛛を見たという男は町内位置の大ほら吹きだっていうもんだから、その話が本当だかわからない。そもそも猫ほどでかい蜘蛛など聞いたこともありませんからね。だけどもまあ、一々話の揚げ足を取るっていうのも、ちょいと無粋だと思いませんか?

2017年10月6日公開

© 2017 村崎羯諦

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