カタストログ

応募作品

大和柚希

小説

2,340文字

Catastrophe+Log=CATASTLOG/精神医療界最悪の治療を受けた話です。

「自分がどれだけ馬鹿かと言う事を分かっていない」
「二度と繰り返さないで頂戴」
 困る。見も知らない人々に指摘や命令を唐突に言われても、当方は困るのだ。この二者は私に向かい、何を伝えようとしているのか。言葉は意味だけが分かる。彼等の名は分からない。この実際が不思議だった。私の頭は呆けている。
「返す言葉も無いのか気狂い」
 二者の片割れの男が発する。そうか自分は気が狂っているから、何も憶えていないのか。眼球だけを動かし、自己の現状を俯瞰した。
 私は両手首と両足首のそれぞれを寝台へと縛り付けられ、空気を送り込んで音を立てる機械を口に宛がわれていた。そして見る限りで、他のものは室内に無い。
 持っている記憶は何の具体も持たず、その理由も分からないままで自分は頭痛に襲われる。これはあの二者から受けた発言に因る現象なのか。考える、それ以前に考えようとする行為を取ろうとするだけで、激痛と疼痛が交互に来た。身体も動かせず、会話も出来ず、他に自分が出来る事は何があると言うのだろう。
 再度に眼球を動かし、寝台の横で喚く人間を見る。私と目線が合うと、女が露骨に身体を引き攣らせた。男は自分の世界に没頭したままだ。
 こいつらは誰、私は痛みの中でそれだけを思った。
 自分の印象に残っているのは、眼前が瞬間に消滅した様相だ。それは閃光が破裂して残響を遺した、とも喩えられる。直後に頭部へと衝撃が来て、そして全身に走り、私は声を上げた。
 数回に渡って続いたその実際が何かを、自分は分からない。理解していない、と言っても良いし、認識していない、と言っても良かった。
 目が覚めても何がどうなっているのか、私は把握が出来ない。
 自分が全てと遮断された、と言うべき世界に現れたのが、あの男女だった。

「本当にご両親の事を憶えていないの」
 私の左腕へと針を刺しながら、白衣を着た中年の女が話す。彼女の胸元には、北原、と掲げられた札が提げられている。これが女の名前らしい。
 数週間が経過し、私は拘束の帯と酸素マスクを外され、流動食を口へ無理に突き込まれる措置が終了された。しかし用を足すには補助が必要だったし、入浴は論外だと言われている。何せ、私は自力で歩行も出来ない。寝台へと横になり続けて、脚が弱った為に。
 看護師に両肩を担がれて動く、十七歳の私。
 病棟に入っている他の患者は、揃ってそれを凝視した。

 両親、と自称する彼等を、私は実感を持って捉えられない。自分の中で、子供に対する親の概要はこう構築されていた。
 要らなくなったら、棄てる。
 その理由は、懸念でも諦観でも嫌悪でも、何でも良い。何かあれば、棄ててしまうのだ。
 私は電撃療法を受け、記憶を喪失していた。それは過去と現在、恐らくは未来すらも消された事と同義だろう。私が搬送された際に、両親と北原の三者がこの受療を取り決めたらしい。当方は何も知らないままだった。
 北原は自分からでは無く、看護師に経緯を私へと話させる。
 今更に言われても、本当に困るのだ。あなた方も自身に電気を流されてみては如何ですか、と言った、殺意を超える情動を私は抑え切られない。
 三者の姿を寝台で描いては、全員を嬲り殺す空想を行う。
 それしか自分には、出来る事が無かった。

 保護室、と呼ばれるこの部屋を両親が訪れる。以前に顔を見て数週間が経過した今に、何の理由で私の前へと彼等が姿を現すのかは、不明だ。
 暫定して父親と母親、そう呼んでいる人間の後から北原が付いて来た。そして部屋の扉を閉めて施錠すると、話し出す。
「お父さんと、お母さんの気持ちがあなたに分かるかしら」
 私の思考は作動する。けれども、片言でしか北原の質問に答えない。
「分からない」
「あなたを何とか助けたいから、藁にも縋る気持ちを持っていらっしゃったのよ」
「何の事」
 電撃療法についての話だと決まっている。分かっていながらも私は問うた。
 黙った北原に父親が言う。
「本当に記憶が無い様だが、これは余計に頭がおかしくなった結果だろう」
 毅然と返答する、北原。
「私共は医療として適切な処置を行いました」
「俺達は頼みたくて頼んだ訳では無い」
「説明を受けられて、ご両親も同意された事に間違いはありませんが」
 私は展開される口論を、頭痛と共に追い遣ろうと遠くを眺める。ガラスの向こう、青色に塗り潰された先には何も見付けられない。差し込む陽光が鬱陶しくて仕方が無かった。それは当方から見ると、金属の格子で覆われている。誰の話も、何の音も耳に入らない。自分はどうしたら良いのだろうか。
 但し、今は動くと、点滴の針が外れてしまう。

「あなたは本当に使えない」
「もうこの現場に来なくて良いですよ」
 呆れを通り越して苦笑を見せる同僚に、私は黙るしか無かった。
 歳月が流れ、あと半年と少しで私も三十歳になろうとしている。三十まで生きられる自分、と言う具現は想像が出来ていなかった。この観点から行くと本当の現実とは、喜ぶべき実際なのかも知れない。反面で、早く死ななければ頭痛も止まらず、記憶の喪失と言う名の実在にのたうち回り続ける、と言った思いもある。
 どちらの感情を持つべきか分からない。やっとの思いで拾われた交通整理のアルバイトでも、どうやら私は廃棄されるらしい。
 皆が遠くに行ってしまう。
 賃貸の保証人になるので家を出て行ってくれ、と似非の両親に言われ、独居している現在。このままだと収入が途絶える。
「何でも良いから、何かを寄越せ」
 呟いて、私は部屋の壁を思い切りに殴った。壁に大きな穴が開く。
 向こう側は虫に喰われていた。

2017年9月24日公開

© 2017 大和柚希

これはの応募作品です。
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リアリズム文学 私小説 純文学

"カタストログ"へのコメント 4

  • 投稿者 | 2017-10-02 23:09

    なんだかずっと憎悪がつづく後味の悪い作品だと感じました。
    作者の生きづらさを表現しているのであれば、これもひとつの表現方法だと思います。

    拘束されて、自分の考えで動く事ができない。意志を伝える事ができない。
    たくさんの子どもたちや、老人たちはそんなコトを感じて日々を送っているのではないだろうか?

    だとすればこんなコトは特別ではないのかもしれない。

    私は、思考のできる大人が経験して表現するからこそ価値がある気がしています。
    ジョークなのかもしれないし、比喩かもしれない。もしかしたら、スピリチュアルなファンタジーかもしれません。

    そんな工夫が欲しい気がしました。

    • 投稿者 | 2017-10-02 23:41

      よたかさん、コメントをありがとうございます。

      そうです、仰る通り、
      私の生きづらさ=憎悪が続く=後味が悪い人生、ですね。
      こう書くともう終わってしまった感じがしますが、私の人生はこんなものです。

      私の執筆した時の思考を明らかにしてしまいますと。

      電撃療法を受けたのは実際の話です。
      それで記憶が消えて、最後は不満の余りに
      壁=自分や周り
      を殴り壊したけれども、
      その向こう=自分の未来や探していた記憶
      も他者が既に虫食い状態にしていた、そう言った絶望の表現をしたかったのです。
      なので、比喩と言う表現が一番近いと思います。

      重いですがね・・・・

      著者
      • 投稿者 | 2017-10-03 00:21

        NHKの『バリバラ』ってあるじゃないですか。
        24時間テレビに対して『そんな同情いらない!』って感じで始まったと思います。

        それが正しいかどうかわかりませんが、登場する障害者たちからは〝足りなくても関係ない〟〝足りないのも個性〟といったスタンスが感じられました。

        柚希さんの気持ちに近いのかどうかわかりませんが、記憶が欠け落ちた怒りをぶつけるよりも、抜け落ちた記憶を補完する話に持っていった方が広がる気がしたんです。

        記憶が抜け落ちている事に気がつくなんて結構レアな体験だと思うので、私としてはそちらの方に興味が湧きました。

        • 投稿者 | 2017-10-03 00:53

          なるほど!
          抜け落ちた先を今度は書いてみましょう!

          僅かずつですが、記憶が戻って来る時は物凄く頭が痛くなります。
          けれども、新しい景色が見える気もします。
          その辺りでしょうかね…

          バリバラ、私は動画で観ました。
          怒りをポジティブに転換出来たら良いですね。
          あの番組の方々はそれが出来ている気がします。

          著者
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