ある朝の毒虫-C

ある朝の毒虫(第12話)

斧田小夜

小説

8,480文字

長く続いた「ある朝の毒虫」連載ですがついに最終回です。

イェナの市街地は正円の上に立ち、そのちょうど中心点にイェナタワーが建っている。タワー前広場は地上四百階、雲を足下に望むこともできる、イェナで最も高い位置にある広場だ。

猫の額のように狭いその場所を広場と呼ぶのは少し違和感がある。だが隅に一本枯木が枝をひろげ、フェンス沿いにはぽつぽつとベンチが並んで天気が良い日は人で賑わうところをみれば、たしかにそこはいこいの場所なのだろうと察せられるのだった。

タォヤマはひび割れた地面に腰をおろし、イェナタワーの尖塔を仰いだ。

静かだ。

弱い風が絶え間なくふきつけているせいで体感温度は低い。ひび割れから顔を出した青い葉も身を縮め、風に煽られるたびに茎を震わせている。見上げる空の色は濃く、空の底が抜けて落ちてくるような錯覚をする。

「ターヤマぁ」

「ん」

「おっきいねぇ」

「大きいねぇ」

胸の奥がつかえたものの、タォヤマはどうにか相槌をうった。タォヤマの上着にくるまっているシーシはけらけらと声をあげて笑っているが、今日ばかりはそれにつられて笑うことはできそうにもない。

結局、シーシの中に寄生種がいるのかいないのかははっきりとしなかった。街のことに関してはきちんと反応するシーシだが、寄生種のこととなると首をかしげてにこにことしているだけだったからだ。

セブジが調べあげた結果、この星に生息する寄生種は生物に寄生しないタイプだということがわかった。

ニンゲンとの接触があったのは三百年くらい前だが、コミュニケーション手段がなかったので実態はなかなかつかめなかった。寄生種がニンゲンの言葉、つまりバツヴァク語を覚えて歩み寄ってくれなければ、未だに彼らは謎に包まれたままだっただろう。

バツヴァク語を習得できる程度には知能のあるこの寄生種は、有機体には寄生しないのだそうだ。寄生できる対象は主に鉱物、最も理想的な宿主は自然化で化学的変化が起こりにくい金属化合物である。ニンゲンが使う材料に一部理想的な寄生先が存在するのでまれに近くに来ることもあるが、ニンゲンの居住区息では酸素が薄すぎて長期間生存することができない。したがって彼らのコロニーはスポット的に酸素濃度が高い、ニンゲンが容易には到達しない場所にあるのだった。

タォヤマたちは、シーシについている寄生種はラブセドル固有種ではないと結論を出した。そもそもほんとうに寄生種であるかどうかもはっきりとしなかったからだ。検査は数十回行ったが常に結果が異なり、含まれる遺伝子情報のタイプも同一であった試しは一度もなかった。まるで彼女自身が生物であり、不完全な生物として生まれ変わっているかのようだ。

結局セブジとタォヤマはオガがそもそも不完全な生命体を生み出したのではないかという結論に至った。そうだったらいいとタォヤマも思っている。彼女はメリヴォという生き物で、だからこそ彼女をスプシュトしてやるのが彼女の幸せに繋がるのだと思っていたかった。

「あーあ、しよいケーキにすればよかったあ」

「ん? まだケーキ食べたい?」

「いやない」舌っ足らずな口調で即答したシーシは大きなあくびを一つした。「シーシ、いい子だから一個でいいもん」

「眠くなった?」

「ねむくない」

もにょもにょと口の中でなにかつぶやいてシーシはタォヤマの脇腹に収まった。

静かだ。人の声はまったく聞こえない。いつもなら間断なくきこえるシャトルの振動もなく、ただ風だけが吹いている。

それもそのはずだ。今のイェナは発電所もインフラも完全に停止している死の街だ。住民は数日前から空港に一時避難をしており、昨晩の零時きっかりに発電プラントも停止した。たぶん今頃、人々は空港で、あるいはホバーカーを持っている者なら小高い丘にのぼってイェナがどう変わるか、固唾を呑んで見守っているだろう。

「ターヤマぁ、今日のご飯なぁに?」

「んー……たしかガイがキャベツとひき肉のファルシにするとか言ってたかなぁ。オーブンがちゃんとあったまったらだけど」

「それおいしい?」

「さぁ。わかんないな。ガイはしょっちゅう失敗するから」

「おいしいといいなぁ」

中両腕を後ろについてタォヤマはかたわらのシーシを見下ろした。今朝、ガイのホバーカーで出発する前にチトが泣きべそをかきながらあんだ髪の毛はここに来るまでの間にすっかりほつれている。シーシがお姫さまみたいといってはすぐに手のひらで撫でるせいだ。

「シーシもたべたいの?」

「んーん、いやない。だってシーシおっきくなるから、もういやないもん」

ぷくん、といつものとおり頬をふくらませ、シーシは足を前に投げ出した。自分の境遇をわかっているのかいないのか時々タォヤマにはわからなくなるが、こういう発言を耳にすればやはり彼女はメリヴォなのだと納得するのだった。

シーシはまた大あくびをした。低いところを歩く太陽の光が彼女の斜め前から指している。緑色の目の淵に涙をはりつけて、シーシはぱちぱちとまばたきをした。少し口をとがらせて不機嫌そうだが、これは多分眠いせいだろう。みずみずしい頬にはえた産毛が金色に光っている。

「ターヤマは痛いよぉじゃなくていいんだよ」

「…………」

「シーシはぁ、おっきくなるだけだからぁ、だからターヤマは痛いよぉじゃなくていいんだよ」

ぐいぐいとタォヤマの脇に頭をおしつけ、シーシはまだ口をとがらせている。投げ出した足の膝小僧が少しすりむけているのは、昨日ベランダではしゃぎすぎたせいだ。盛大にひっくり返ったシーシをまず助け起こしに行ったのはチトで、そんな彼女の腕の中でシーシはわんわんと泣いた。時々どちらが姉かの言い合いをしてはいたものの、あの二人はどこから見ても仲の良い姉妹にしか見えなかった――

静かだ。

不意に喉の奥が痛んでタォヤマは息を止めた。脇にもたれかかるシーシの体は少し汗ばみ、重い。セブジのもとに戻ってきた時、チトはシーシが大きくなったように見えると言っていたが、実際彼女はほんの少しだけ大きくなった。身長がのび、足もおおきくなったから服と靴を何度か新調した。セブジは不思議だ不思議だと首をひねっていたが、結局原因はわからなかった。もしかするとやはり寄生種がついていて、彼女を大きくしているのかもしれない。あるいは彼女の大きくなりたいという気持ちが高まって、メリヴォの内圧が高くなっているのかもしれない。ここまできてしまったらもうなにも解明することはできないのだ。

「ターヤマぁ、あったかいねぇ」

「僕はちょっと寒いかな……」

「ねー、ご飯ないとガイがないちゃうよぉ」

「ん?」

「オーブン、あったまるの時間かかるんでしょ」

静かだ、とまたタォヤマは思った。目の際あたりが鋭く痛み、視界がぼやける。太陽の光はまぶしく、幾万もの小さな針で肌を突かれているようだ。息を吐くことも吸うこともできず、タォヤマは鼻の穴を開き、また閉じた。

「ターヤマとぉ、ガイはぁ、友達なんでしょぉ」

「うん」

「友達は泣かしちゃだめってチトが言ってたよ」

「うん」

タォヤマにもたれかかったままシーシはまたあくびをした。安心しきった表情で目をすこしとろんとさせている。日向にすわっているので眠くなったのだろう。
でも、とタォヤマはまた思った。

もう何度も思ったことだった。シーシはメリヴォで、メリヴォとして作られた以上、本人が望んでいる通りスプシュトしてやるべきだ。わかっている。でも、今もたれかかっている彼女が生き物でないと、どうしてもタォヤマには信じられなかった。

はじめに「友達」と言ってきたのはシーシだ、と性懲りもなく惨めったらしくタォヤマは恨み言を吐いた。友達を泣かしてはいけないというのなら、なぜシーシはタォヤマを苦しめるのか。多分彼女はタォヤマのいうことを理解してくれないだろう。だからなにも言えない。本当は問いただして、なじって、みっともなく泣きたかった。この四年半、タォヤマはずっと泣きたかった。

「だいじょうぶだよ、シーシちゃんとおっきくなるもん」

「うん……」

「ターヤマあ?」

右上腕の第二指をシーシは握りしめている。少し汗ばんだしっとりとした指は脂肪に包まれ、初めて見た時は気色が悪いと眉を潜めたものだ。でも今はその柔らかさが胸を苦しめる。タォヤマは息を止め、腹に力を入れた。力を入れていなければ気力を全部吐き出してしまいそうだ。しかし、タォヤマのわがままでことを延期させるわけにはいかない。たくさんの関係者が一つずつ段階を踏んで準備をし、正しく実行し、ひとつずつ古いイェナの街の命を吹き消していったことを誰よりも知っているのはタォヤマだ。新しいイェナの誕生を十二万人の住人が待ち焦がれていることも、痛いほど理解している。

目をつぶれば、彼の手をひいて、もっと細い道へ、細い道へと歩いて行こうとする彼女の後ろ姿が思い出される。彼女はなんだって知っていた。この街のことなら、葉っぱの一つだって、崩れかけた壁のかけらですら完璧に覚えていて、それをすべてタォヤマに見せようとした。約五十年、彼女は小さな体で一生懸命に街を歩いたのだ。小さなチトを連れて、あるいはチトに手をひかれて歩いたに違いないのだった。

タォヤマの胸におさまってシーシがモニタにふれれば、彼女の記憶が再生される。木漏れ日のうつくしい午後、蔦の葉に縁取られ、ペンキがすっかり剥げた窓枠に捕まって彼女はよく外を眺めていたらしかった。そのとなりにはいつもチトがいて、光をつかもうと小さな手を伸ばしている。並んだ二人の上にきらめく太陽の光が慈しむように降り注いでいる――

体の深いところからこみ上げてきた熱い息にタォヤマはあえいだ。背骨がきしみ、スプシュトに失敗した建造物のように崩れてしまいそうな錯覚をする。胸の奥を塞いでいる固いものの正体はわからない。彼はただ苦しかった。息を吸い込めば体がバラバラになってしまうような気がした。

「……ごめんね」

「なにがぁ?」

「……違った。ちょっとまちがえちゃったよ。ありがとうだった」

「シーシ、いいことした?」

「したよ」

にかりと白い歯をみせシーシは顎をそらした。その両脇にそっと中腕を差し入れ、立たせてやる。きょとんと目を丸くしたシーシだが、すぐに時が来たことを察知してぴょん、と両足ではねた。

足を組み直し、興奮して腕をふっているシーシの手を握ってやる。小さなシーシはそんなふうに立っていてもタォヤマの肩までも届かない。本当に小さな子供だ。小さな子供にしか見えない。

「シーシ、ちゃんとできるかなぁ!」

「たぶん大丈夫。もし失敗しちゃっても、ちゃんと支えてるからうまくいくよ」

にかりとまたもや白い歯をみせ、シーシは元気よく返事をした。しろいやわらかな頬にえくぼができている。潤んだ大きな目をしっかりとみひらき、シーシはまっすぐにタォヤマを見た。その表情をみれば彼女が心から喜んでいることがわかる。この瞬間を長く長く待ちわびていたことが察せられる。しかしそれでもやはり、タォヤマは泣き出したかった。

シーシに目をとじるように指示をして、そっと彼女の頭に右背腕を乗せる。小さな頭はタォヤマの三本の指だけでもつかめてしまう。胸の前で両拳をぎゅっとにぎり、シーシは口を開けて息を吸った。

弱い風が彼女のほつれた髪の毛をなびかせ、頬を引っ掻いている。タォヤマは目を細め、それから――

それから、思った。

楽園へはどうすれば帰れるのだろうか、と。

 

 

そういえばはじめてタォヤマの本気を目の当たりにしたときは、腰を抜かしかけたのだった、と風を切りながらセブジは思った。

隣でホバーカーを運転するガイはとんでもなくわがままな巨体を持て余しているくせに車から上半身を乗り出して、タォヤマがいないかと目を懲らしている。掴まれるところは全て掴んで、セブジは先程から柄にもなくびくびくしていた。

タォヤマとシーシ、そしてガイが家を出たのは夜が明けて数時間後だった。出発が遅れたのは、今日は特別だとシーシのトーストにたっぷりと蜂蜜をかけてやっていたからだ。味をしめたシーシは三枚もトーストをたいらげ、眠くなったと目をこすり始めた。中身はメリヴォでも言動は完全にニンゲンの子供、理性のかけらもない。

めそめそしていたチトが彼女の髪の毛を編んでやっている間に、今日のために取り寄せた一張羅に着替えさせ、その後ガイが二人をイェナタワーの足元まで運んだ。ヴェシュミ・ビセの最後を飾るスプシュトをするにあたって、もっとも地盤が安定していて、かつ巨大な都市をもっとも効率的に展開できる場所、そしてタォヤマが瓦礫の下敷きにならないような場所をえらんだらそうなったのである。

タォヤマがすこしシーシと歩きたいといったので、ガイは二人をイェナタワーの足元にあるイェナ歴史博物館前におろしたのだそうだ。それから小一時間――いや数時間あまり。戻ってきたガイの車に乗ってチトとセブジも市外へ脱出した。住民は数日前から順に空港周辺に避難しているので、イェナを最後に出たのは正真正銘彼らだった。

「すごい、まだ続いてる」

「結構慎重に建て替えてるから、時間がかかるんだろう。いつもなら数十秒で終わるんだけど」

もうもうとたちこめる土煙から逃げ、ガイは上昇気流に乗った。さすがに風は冷たいが、途中で車上部にシールドを張ったので、空気が足りずに死ぬというはめにはならなくて済むようだ。

「しっかし、結構高く飛べるんだなぁ」

「いやぁ、もうギリギリですよ……朝から飛び回ってるから燃料も残り少ないし……」

コツコツと爪の先で燃料計を叩き、ガイは苦い顔をした。

できるだけはやくタォヤマのところに行ってやりたいと言い出したのはセブジではなくガイだった。セブジとしてはイェナの街の入口までは空間を変形させて移動し、その先は周囲に気をつけつつ小規模な空間移動をして彼のもとにたどり着くつもりだったのだが、語気も荒くホバーカーがあると言われてしまえばそれまでだ。ありがたく乗って行くに限るのだった。

塞ぎこんでいるチトはいかないと言った。膝を抱えて、顔をあげもしなかった。なにか大変なことをしでかさないようにパトリシアに彼女を預け、そして二人は街まで飛んできた。

「イェナタワーのあたりはそんなに変えないんでしたっけ?」

「うん。変えてない」

「もともとそんなに連動もしてないから大きく揺れたりもしないですよねぇ……でもあいつだからなぁ……おっこちてないといいんだけど……」

「落っこちるならまだいいけど自分で飛び降りるかもしれないしなぁ。あいつは心配なんだよ、まったく……」

「それ、そんな呑気に言うことですか?」

下唇を突き出し、ガイは半分目を閉じた。抗議の表情である。鼻もひくひくと動いている。

「んー……でもまだおわってないだろ。だからたぶん今は動けないと思う。それに下手に近づくと暴走するかもしれないしなぁ。暴走に巻き込まれると大変だし……」

「暴走」

「こんだけ大きなスプシュトをしたら早々動けるようにはならないと思うけどね。でも今回はメリヴォがメリヴォだからなぁ……」

ああ、とため息をついてセブジはぐるりと辺りを見回した。ちょうど真下ではまだ摩天楼がぐいぐいと空気を引っ張って成長を続けている。白い、うつくしい壁が伸展し、その表面に鱗を貼り付けたようにガラスの窓が嵌めこまれ、さらにその上を鮮やかな緑の蔦が追いかけてくる。まさにタォヤマの十八番だ。大きな高い建物、そしてそこに巻き付く植物、植物は本物ではないが、まるで本物のように育ち、葉を茂らせ、やがて葉を落とし、そして枯れる。地球系植物のような厄介さはないが、彼がそうとイメージすれば数百年、数千年は同じ周期を繰り返すだろう。もともと地球系植物の存在したイェナでは、いずれそのタォヤマの作った植物は駆逐されていくかもしれないが、それが育つまではいいフェイクになる。

地面がうねり、外縁の建物が沈み込んだ。しかしすぐに土煙を押し上げて、新しい建物が伸び上がってくる。ゆっくりと展開をしたガイはホバーカーの頭を少し下に向け、滑るように滑空をはじめた。

彼が見ているのはイェナタワーの根本――タォヤマがいるはずの場所だ。

「正直さぁ」

「……あ、はい」

「今回の件、タォヤマはもう少し俺に感謝すべきじゃないかなぁと思うんだよねぇ」

「感謝? なんでまた」

「君はなかなか骨があるねぇ……いやぁさぁ、あいつ、友達いないんだよ。なんせ養育所じゃ問題児でしょっちゅう個室おくり、養育係からは叱られっぱなし、同年代には危険なやつだって遠巻きにされててさ、そんでもって俺が引き取ったのはええと、あいつが九十七歳のときで、それから学校とかにはまったく通ってないからな。外に出るのは怖いし、暴走するのも怖いし、叱られるのも嫌だし、好きなものも特にないし、俺に見捨てられたら終わりだと思ってるし……」

「いいやつなのになぁ」

心底意外だ、という響きを込めたガイのつぶやきに思わずセブジは息を漏らした。

なかなか素直に口をわらないが、タォヤマはガイが来ると必ずほっとした顔をする。それにふざけあっているような軽い喧嘩もしょっちゅうして、わけのわかっていないシーシが泣きながら仲介しようとするのを見て慌てるのだ。

そんなタォヤマは今まで見たことがなかった。腹をたてることが今までよりも少なくなり、情緒が安定しているおかげなのかうっかりスプシュトもめったにしない。時々セブジ相手に声を荒げることはあるが、それでも一度だって窓を破ったりしなかったのだから大したものだ。二百歳をこえて安定してきただけでなく、彼の精神面にもイェナでの経験が良い影響を与えたのだ。

「うん。だから俺は君みたいな友達ができてほんとに良かったと思っている」

「え? あいつ、俺のこと友達だって思ってますかね?」目をみひらいてすばやくガイは質問をした。ぱっと声が明るくなったのがわかった。「いつもきついじゃないですか。嫌われてるんじゃないかと……」

「大丈夫だよ! 少なくとも俺よりはましな扱い受けてるから」

「そっかぁ! よかったぁ――あ、あれだぁ!」

ぐう、と体を右側に寄せ、ガイは無理矢理にホバーカーを旋回させた。最高点に達したホバーカーはぐっと鼻面を振り、急転回する。青い空にちかり、と散発的な光が散って、セブジは思わず固く目をつぶった。

「ちょ、ちょっと待て、う、わ! あ――――!」

「大丈夫かなぁ、あいつ。タォヤマぁ! いきてるかぁ!」

「大丈夫じゃないのはこっちだっ!」

ふっと体が浮かび上がるような感触があり、思わずセブジは足を踏ん張った。腹をつく重力のせいで体がシートに押し付けられる。ガタガタと不穏な音を立てたホバーカーは空気を切り裂き、座席部に張ってあるシールドが波を打った。

「ガイ! ! !」

ウォン! と音をたて、車体が土煙をかすり、巻き上げる。と、同時に今度は頭の上から重力が降ってきて、ガイはうめき声をあげた。

「タォヤマぁ! 気絶してるのかな……」

「安全運、転してくれ……」

「タォヤマ――――あれ……?」

「死んだかと思った……」

誰かいる、と緊張感のみなぎる声でガイが囁いた。声のトーンが一段下がり、ハンドルに身をあずけるようにして身を乗り出している。くれぐれも安全運転をとセブジが釘をさしたのも、多分気づいていないだろう。

「誰かいる? 誰が。あいつ、シーシをスプシュトしなかったのか?」

「着地します! つかまって!」

「ちょっと……! きいて――――! ! !」

四方八方から重力が飛びかかってくる。セブジは悲鳴をあげた。舌を噛まなかったのは不幸中の幸いだが、頭がグラグラとする。立ち上がれない。立ち上がったら暴走しそうな気がする。こんな心地は初めてだ。

「タォヤマ!」

しかしそんなセブジとは対照的にガイは元気いっぱい、車体がとまるなりシートを乗り越え、あっという間に走って行ってしまった。

「ちくしょう……クソ、若いって……」

「タォヤマ!」

ぎくり、と首の後ろに緊張が走った。大規模なスプシュトを終えたばかりのタォヤマに刺激を与えるなと重々注意をしたはずなのに、ガイはもうすっかりそれを忘れ去っているらしい。彼はめまいも忘れ、夢中で振り返った。土煙が太陽を覆い隠し、静かに砂粒を振らせている。差し込む一条の影はイェナタワーだ。その影のちょうど下にうずくまる影がある。

色彩も消える砂埃をたくましい腕でかき分けながらガイは走っている。急に陰った太陽の下で、色を失った彼の影がひざまずき、地面にうずくまっているタォヤマへ手を伸ばした。

ごく無造作に、なにも恐れることなく、タォヤマに触れる。

 

2017年9月13日公開

作品集『ある朝の毒虫』最終話 (全12話)

© 2017 斧田小夜

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