No.16

応募作品

アサミ・ラムジフスキー

小説

3,769文字

合評会8月「パリでテロがあった」応募作。穴を覗き見る悦びと、穴を食いつくす悲しみについて。

異変が最初に報じられたのは、六月中旬のことだった。「都内の小売店からうまい棒が姿を消している」というレポートが東スポに掲載されたのだ。

記事によると、発端は読者からのタレコミだったという。それを受け記者が実際に足を運んでみたところ、三十軒ほどのコンビニと駄菓子屋をまわったにもかかわらず、入手できたのはチーズ味二本とめんたい味一本とコーンポタージュ味一本だけだったそうだ。在庫はないかと訊ねても、店員の回答は「陳列されているものがすべて」とのことだった。さらに、「ここ数日のあいだで爆発的に売れている」との証言も残されていた。

たしかにうまい棒は人気の駄菓子だ。一九七九年の発売以来、ずっと日本の駄菓子界のエースとして君臨しつづけてきたといって過言ではない。現在四十代以下の日本人であれば、一度も口にしたことがないという者はまずいないのではないだろうか。「好きな味は?」と訊ねれば、きっと誰もが十秒以内に返答をくれるに違いない。もやはうまい棒は国民食といえた。

かくいう僕も大好きで、大学時代には所属していた放送研究会の活動の一環でうまい棒だけをフィーチャーしたラジオ番組も作ったほどだ。いや、大好きという言葉すら生ぬるいかもしれない。販売元である株式会社やおきんのお膝元で生まれ育った僕は、きっと平均的な日本人以上にうまい棒への思い入れが強い。僕の地元である東京都墨田区にはアサヒビール、東武鉄道、ライオンなど錚々たる大企業が数多く本拠を置いているが、それを差し置いてもやおきんはスペシャルなのだ。子供はビールを飲まないし利用する電車は地下鉄ばかりだったし、ライオンは小堺一機の舎弟だという認識しかなかった。そんななか、うまい棒だけが、物心ついたときから常に隣にあったのだ。幼少期から好んで食べつづけた食品は、望もうと望むまいと自分の一部になってしまう。その中央にある空洞さえもが愛おしかった。

人生でやおきん本社のまえを通った回数は数えきれない。図書館に本を借りにいくときも通るし、行きつけのビアバーに飲みにいくときも通る。洋服や靴を買いにいくときだって通ることが多い。日常のなかにやおきんが溶け込んでいる僕にとって、うまい棒はソウルフードなどという安直な言葉では表現しきれないほど血肉まで浸透しきっている食品だといえた。うまい棒同士をぶつけ合って、その音だけで何味かを聞き分けることさえ朝飯前だ。うまい棒の音のみをサンプリングして作った曲もある。うまい棒のない人生なんて、想像もできない。

しかし、安定した人気を誇っているからこそ、突発的なブームを起こすような商品だとも思えなかった。アイスクリームや焼き芋のように季節によって売上が変わるという性質のものではないし、天候に左右されるものでもないだろう。限定フレーヴァーを発売したという情報も聞かない。すると、どこかの物好きが急に思いついて買い占めたのだろうか? だが店員の話によれば購入者の特徴にはまるで一貫性がなく、購入本数もほとんどの客は二、三本程度だったという。同一人物による買い占めと考えるには無理があった。

そこで東スポの記者は、直近三週間のテレビ番組表をさらってみたそうだ。オワコン扱いされているこの時代にあっても、なんだかんだでテレビの影響力は絶大だ。なんの変哲もない定食屋であっても松重豊が「旨し」と言えば客が来る。僕の家の近所にあるでたらめに安くてべらぼうに旨い大衆酒場も、吉田類の番組で紹介されて以降なかなか入れない人気店になってしまった。テレビであらためてピックアップされたのであれば、品切れの理由にも納得がいくだろう。だが願い虚しく、BS・CSまで含めすべての番組をチェックしてみても、とくに特集を組んだ番組はなかったようだ。ジャスティン・ビーバーがツイッターで言及したという噂もないし、ヒカキンがうまい棒の動画をアップしたという話も聞かない。やおきんからも、出荷数を調整したという証言は得られなかった。

状況だけを見れば異常事態というほかない。うまい棒が突然こんなに売れるわけなどないではないか。しかし原因はまったくもって不明だった。記者もあきらめたのだろうか、あるいは〆切の問題だったのだろうか、記事は最終的に「なんからの組織が人海戦術で大量購入をしているのかもしれない」という陰謀論で締めくくられていた。

 

この記事は、発表されるなり大きな話題を呼んだ。さすがSNS時代である、あっというまに拡散されまくり、大手まとめサイトにもこぞって掲載された。四十年近く不動の人気を誇るうまい棒だけに、誰ものアンテナに引っかかってしまうのは必然だったかもしれない。やがて「うちの近所のコンビニにもなかった」「うちも」「うちも」とツイッターでその異変を報告することはちょっとしたブームにさえなった。愉快犯や模倣犯もいたのだろうか、うまい棒の品切れは都内だけにとどまらず、日本全国から報告されるようになった。「うまい棒の入荷は未定です」と書かれたPOPをインスタグラムにアップする者や、ちくわをうまい棒に模して調理する猛者も現れた。しまいにはメルカリで一本五百円で売られるまでになっていた。後追いでテレビ・ラジオが続々と報道するころには、すっかり国民的関心事だといえた。

しかし、だからといってこの件を深刻に捉えている者はほとんどいなかったように思う。実際、発端の東スポにしたって三面記事的な軽いノリだったのではないだろうか。なぜって、所詮はうまい棒なのだ。殺傷能力もなければ幻覚作用もない。香辛料や薬品の類ならともかく、うまい棒が大量購入されたからといってなにを憂慮することがあろうか。だいいちソースが東スポという時点でお察しである。うまい棒が深刻な事態を招く可能性など、誰も想像してはいなかったはずだ。そう、このときは。

 

状況が変わったのは、七月十四日のこと。

たった一夜のできごとだ。たった一夜のあいだに、うまい棒は世界的な知名度をもつスナックへと変貌してしまったのだ。それは東京から九七〇〇キロも離れた、パリの地でのできごとだった。

夜が明けると、パリ七区シャン・ド・マルス公園の北西部にうまい棒を積み上げた巨大な塔が鎮座しているではないか。まるで一三〇年まえからずっとそこにいたような顔をして、ログハウスよろしく巧みに組み合わされ築き上げられた高さ三二四メートルのうまい棒製の塔がそこにあるのだ。言うまでもないだろう、それは前夜までエッフェル塔があったはずの場所だった。近現代の芸術史を知っていれば誰もにおなじみの、一八八九年パリ万博のために作られたあの芸術の都のシンボルが、一夜にして突然駄菓子の塔へと姿を変えてしまったわけである。しかも、こともあろうに七月十四日にだ。

監視カメラを確認しても、これといった異変は認められなかった。午前四時五九分まではおなじみのエッフェル塔のシルエットを湛えているにもかかわらず、午前五時を迎えた瞬間にそっくり姿が入れ替わっている。映像がハックされていたのか、本当に一瞬でカッパーフィールドさながらのイリュージョンがおこなわれていたのかは誰にもわからない。推理すらできない。受け入れがたい現実を目の当たりにすると、賢い人間であればあるほど思考停止してまうものらしい。この件に関する納得のいく報告は今日まで一切上がってきていない。とにかく七月十四日午前五時にエッフェル塔は消滅し、うまい棒の塔に変身していた――それだけが事実だ。

パリ当局はすぐに非常事態宣言を発令した。これがフランスの歴史と文化と国民への挑発行為であることはあきらかだった。宣戦布告に等しいといっても過言ではあるまい。シャルル・ド・ゴール空港は要人以外の渡航を全面禁止し、ルーヴル美術館も閉館。ピエール・ガニェール以下すべての三つ星レストランに市警の警備がつき、市内ではしばらく夜間の無灯火がつづいた。暗闇のパリでは、ワインの肴はセーヌ川の水音だけだった。「これが真のヌーヴェル・キュイジーヌだ」などという軽口さえ叩かれた。

しかし、一日経っても二日経っても一週間が経っても、うまい棒の塔が建てられたこと以外の異変はもたらされなかった。ワイングラスの割れる音さえ響かなかった。二週間が過ぎるころには市民の緊張もほぐれ、めいめい自宅で宴会を催すようになった。クラブ・コンクリートではパリ屈指の人気DJたちによるシークレットパーティも決行され、またたく間に非常事態は有名無実となった。

やがて三週間が経過したころ、パリに国内有数の建築家と建設会社が集められ、うまい棒の塔は慎重に解体された。のちに公開された情報によると、塔の主材料となったうまい棒はたこやき味だったらしい。うまい棒ファンであれば常識だが、たこやき味だけは二度漬け加工を施されているため最も硬いのだ。実行犯もそれを知っていたのだろうか、と考えると不謹慎ながら親近感が湧いてしまう。

エッフェル塔があったはずの場所は、ものの二時間で更地となった。空から降り注ぐトウモロコシのパウダーが、七区を金色に染めた。今はもうなにもない塔で、うまい棒の穴だけがパリを見下ろしている。

2017年8月17日公開

© 2017 アサミ・ラムジフスキー

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"No.16"へのコメント 9

  • 投稿者 | 2017-08-17 23:40

    うまい棒をエッフェル塔の高さまで組み上がると自重で潰れてしまうと思うけど、この作品にそんなコトを言うのは野暮ですね。
    最後はスタッフの方に美味しくいただいたのでしょうか?

  • 投稿者 | 2017-08-18 20:17

    うまい棒+パリのテロ。
    斬新な発想でした!

  • 投稿者 | 2017-08-19 15:16

    事件のシュールさとうまい棒に対するノスタルジックな愛着の取り合わせがいい。しかし標的はエッフェル塔よりも、東京スカイツリーのほうがいいと思ってしまった。うまい棒が体現する一昔前の日本に甘美な思い入れを持つ思想犯の革命的犯行であるとすれば、東京の下町に異物として出現した新しいトーキョーを象徴するモニュメントこそターゲットにふさわしいのではないか?

    せっかくエッフェル塔を扱っているのだから、うまい棒をまったく知らないフランス人を語り手にしたほうが面白味が増すと思う。本作で奇妙な現象として扱われるべきは、エッフェル塔がうまい棒になったことではなく、ある世代の日本人がうまい棒に対して持つ熱狂的な執着であると私は思う。外側の視点を取り入れることで、ふだん意識されることすらない卑近な日常を異化し、まったく違った形で提示することができる。パリであることの必然性の薄い、単なるシュールな小咄として投げ出すのは本当にもったいない作品だ。

    合評会当日にはタイトルの意味を訊いてみたい。何かに言及しているのだろうとは思うが、最後まで分からなかった。

  • 投稿者 | 2017-08-19 17:54

    いつ「パリでテロがあった」というテーマに繋がるのだろう? と夢中で読み進めました。たこやき味が最も硬いと初めて知って驚きです。話のオチはマジックリアリズムが使われているように読めますが、ご都合主義には感じないで最後まで一気に楽しく読めました。

  • 投稿者 | 2017-08-21 02:44

    パリの華やかとかどうとかいう文化の象徴・ステレオタイプが日本の10円菓子に乗っ取られる、これはすごく残酷なテロだ。しかも「穴」はこれからも残り続けるのでテロは続いている。
    俺はうまい棒をあまり食べた事は無かったがもう少し意識してみよう。特に穴を。

  • 投稿者 | 2017-08-21 11:36

    読み終わったときにはおおうまい!と思ったんですが(うまい棒だけに)、よくよく考えてみると場所がパリである必然性やうまい棒を使う理由が見当たらないのが残念です。

  • 投稿者 | 2017-08-22 23:20

    うまい棒を片付けた後に残った塔や穴とは何かを表しているのでしょうか?
    長年親しまれているうまい棒ですが、これについてここまで掘り下げて考えたことのある人はいないだろうなと思いました。初めからうまい棒について博識だったのか、この作品を書くために調べたのかが気になりました。

  • 編集長 | 2017-08-24 18:02

    このうまい棒テロの動機が書いてあると良かったです。あと、人が死んで欲しかった!

  • 投稿者 | 2017-08-26 14:25

    「うまい棒が店から消える」という奇特な事態を、それによる具体的な事例をつぎつぎと挙げながら、うまい棒にまつわる「僕」のエピソードと絡めてかたる語り口は軽妙洒脱の一言で、冒頭から物語の世界にひきこまれてしまった。

    この小説は「うまい棒事件」を語るのに全体の多くが割かれており、主題たる「パリ」と「テロ」の登場は、起承転結における「転」まで待たねばならない。しかしこの引っ張りに引っ張った「消えたうまい棒」が、パリのエッフェル塔に取って代わろうとは誰が想像しようか。日本のうまい棒が時空を超えてパリの地へ。このファルスのような可笑しさは軽妙な文体の終着点であろう。

    また一方で、エッフェル塔がうまい棒に代わるという超現実のはらむアレゴリーは、すなわち近年のパリ(欧州)における人種や宗教にかかわる問題のすべてを、ナンセンスだと一笑に付すものであると私には思われてならなかった。

    なるほど、こういうテロもあるものか。うまい棒の穴から、不穏な空気につつまれるパリを、嘲笑って見られた気がする。

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