理非道賛歌 リビドーサンカ 第3章

理非道賛歌 リビドーサンカ(第4話)

大和柚希

小説

4,838文字

【HANDLE】ハンドル 取手、肩書、口実

第3章

 

  次にリョウが電話を掛けて来たのは、彼がB社の役員面接を終えた後だった。
  現実に向かう為、且つ、現実から逃避する目的にて、アパートで読書に耽っていた私。その本の内容は、反社会体制を貫く独裁政治者の攻防戦、と言ったもの。これが実現されたら私の生き方や、生き易さも多少は改革されるのは無いか、と感じていた。
  対し、電話の向こう、遠い向こう側にて、彼は平穏そのものの調子で話す。
「面接、終わったよ。まあまあの出来、かな」
  私は吉報に有難迷惑を感じつつ、その感情を言葉に滲ませつつ、返した。
「良かったみたいだね、その話し方からすると」
「多少は話に笑いも混じったし、次の選考の事も出たよ。キカさんのお陰だ、ありがとう」
  当方は、同じ場所で、足踏みを繰り返すばかりなのに。考えると、私は顔面が思わず歪んだ。
「ただ、少し気になる事があってさ」
「何」
  私は表情の無い、声を出す。
「B社の立地なのだけれども、隣に病院がある。B心療病院って言う、精神科病院」
「それが、どうしたの」
「そこから聞こえる叫び声で、B社の社員が何人か、ノイローゼを起こしているらしい」
  即座に電話を切ろう、私は考えた。自分は叫び声を上げる側に属している、そう思ったからだ。今でも本当は金切り声を上げ、何もかもを引き裂きたい。
  力尽くに感情を抑え、私は言う。
「嫌、なのかな、そう言うの」
「面接でその事を言われて、キカさんを思い出した」
「私、を」
「病院は、全部の窓に格子が掛かっていてさ。その向こうで人が叫んでいるのかと思うと、何かとても、耐えられない気分になった。キカさんの雰囲気に、よく似ていて」
  私は反応を返さない代わりに、別の事を言った。
「リョウくん、ノイローゼにならない様にね」
「キカさんを見知っていると、別の意味で自分が心配には、なる」
  今や私は、選考が進むどころか、求人すらも応募が出来ない状況だ。目指している小さな業界にて、自分が志望する姿にありつける実像が、どうしても結べなかった。今更に妥協を行いたくは無い。しかし、そう言っている間にも、自分は確実に腐敗して行く。
  毎日、単純作業の様に、生活を繰り返すだけの生活。複写が反復され、その結果が一点を中心に目の前へと堆積し続けられる集合、の様な。
  私は締切の近い文学賞に出す為に、執筆していた小説のデータを起こそうと思った。そして手直しを加え、印刷に漕ぎ着けなければ、と自己を奮い立たせる。これでどうにか、考えを振り切らなければならない。

  リョウは継続して、私へと電話を掛けて来た。年が明け、卒業論文が大学に受理され、B社の社長面接も終え、と。彼が報告を行う度に精神が軋み、傾いで行くのを、私は自分に見せつけられる。彼はこちらの心境なり、状況に気が付いていないのだろうか。当方から向こうに連絡を遣るのは、本当に用事がある時だけ。言い換えると、空白を紛らわしたい衝動に駆られる瞬間のみ、だった。けれども先方は、嬉々とした様子で、キカさん、キカさん、と彼の前進を伝えて来る。
  リョウから離れたい気持ちが、私の中で膨らむ。
  一方で、そうすると自分はまた、同じ目的を被らせる相手を探してしまう予感もした。
  既に、就職や金銭の問題よりも、精神が均衡を保てない事に、私は溺死し掛けている。誰かを信じようと試したから、こうした埋没が生まれてしまう。逆を言うと、自分の事だけを見ていれば、私は自由で居られたのだ。
  他者と付き合うのは何と苦しい、そう、心底から感じた。
  荒れ続ける自室と自己の中、生存を葬って死んでしまう。その映像が私の頭へと過る時は、リョウが図っていたかの様に、必ず連絡を寄越して来る。

  これは生き殺しだ。

  二月に入り、内定の報告が彼から入る。
  自分の中身は消えてしまった。

  私は、フィエスタのライブが行われたクラブハウスを目指し、歩く。リョウから、そこで待ち合わせる約束を取り付けられていた。
「キカさんの為になりそうな話、だからね」
  それを名目として呼び出されたのだけれども、こちらは全く持って気が無い。何せ、自分が大学を卒業して、もう直ぐ季節は一巡してしまう。つまり、就職浪人は無為なままで、一年間が経過する、と言う事だった。
  もう自分には、手の届かない世界だ。そう言った私を拾ってくれる当ても、無い。
  社会や勤労に対し、そう言った観念に駆られる毎日が続く。私は、もがく事も溺死も行わずに、表層に浮かび、ひたすらに目を閉ざしていた。
  両親は金銭を口座に振り込んだ連絡と共に、心配と言う名の圧力と諦念を、私へと押し遣る。流石に彼等も、娘がここまでに無力、そして無能だとは考えていなかったらしい。
「仕事は決まらないのか」
「応募は続けているのか」
「生活は出来ているのか」
  当方へと寄越される内容は、確実に見解の程度が下がって行く。このままだと「お前は生きているのか」とまで行き着いてしまう日が、恐らくはやって来るだろう。
  私は彼等へと、一切に連絡を返さなかった。今更に何を心配する、と言う、不信と疑念が拭えない。自分は成人しているし、学生でも無いのだ。振り込まれなくとも、口座にはある程度の預金が残っている。仮に金銭が底を尽いた場合は、また身体を売ったら良いだけの話。当方から両親へと、「援助が欲しい」と頼んだ憶えは、一切に無かった。
  やはり彼等は、何も気付いていない。
  そして、分かってもいないのだ。
  この状況へ陥った原因として、私が両親との接触や会話を閉ざしている事は、確実に挙げられるだろう。だからこそ彼等は、こちらへと金銭なり連絡なりを、投げ掛け続けるのかも知れない。
  今更に関係を構築しようと試みる両親は、娘にとって気持ちが悪いだけの存在なのに。
  私は漂流がしたかった。
  自己を縛り付けるあらゆる線を断ち切り、気の赴くままに生きる事が、自分の人生と生活を取り戻す為に必要だと思え、仕方が無い。両親も、学歴も、社会も、そして他者も、邪魔だ。要らないとすら感じる。私の中へと自尊を作り、同時にそれを破壊するのは、紛れも無い彼等なのだから。
  クラブハウスに着くと、そこには、通常営業中、と案内が入口の前に出ていた。知らされても、自分はどう言った営業が行われているのかを、知らないのだ。戸惑っていると、携帯電話が震え出した。リョウから着信が来ている。
「キカさん、ごめん。約束の時間に少し遅れる。先に店に入っていて」
「何か、あったの」
「後で話す」
  自分の持っている気が、更に重くなった。私は店の扉を押し開ける。フィエスタの記憶を辿り、奥の広間を見た。その前には、「クラブハウス・マウント」では無く、「クラブ・マウントハウス」と発光したネオンによる屋号が掲げられている。
  現在に於ける、未知の状況への対応へと困る私。ネオンの下にある、広間へと続いていた筈の扉を叩き、薄く開けた。自分の世界に対する、無知を呪いながら。
  演奏が行われていた壇上はカーテンで覆われ、客席があった場所には、椅子と大きなテーブルが均等に置かれている。客らしき数組の人間が、椅子に座り、何かを飲食しながら話す。その間で、スタンドカラーのシャツとスラックスの制服にて、店員が颯爽と給仕を行う。私に目を留めた一人の彼は、以前、当方を未成年と勘違いした男性だった。
「申し訳ございませんが、本日、未成年の方は入店をお断りして居ります」
  店員からそう言われ、私は無言で財布から運転免許証を出して、見せる。相手はそれと当方を見比べ、即座に頭を下げた。
「すみません。大変に失礼致しました。お一人様でしょうか」
「人と、待ち合わせをしています」
  ドリンクのコーナーが設けられていた場所は、カウンターへと変わっている。そこから声が掛かった。中年の男性だ。彼は店長か何か、だろうか。
「リョウくんが言っていた、子かな」
  私はその名前に、頷く。
「そう、だと思います。リョウさん、は少し遅れられるそう、ですが」
「予約席を準備してあるから、そこで待っていてね」
  どうして私は、この人物に敬語を遣って貰えないのだろう。それは自分の幼い顔立ち、又は、無知の加減が滲み出した結果なのか。
  近頃は専ら、こうして自己を掘り下げては嫌悪する行動に、私は嵌め込まれている。しかし今日に限って、それは時間を潰す考察と成り得たのだけれども。
  不意に、自分の左肩が叩かれる。振り向くと、スーツ姿にネクタイを締めた、リョウが居た。
「久しぶり、キカさん。元気だった」
「うん」
  その恰好に、私は困惑を隠せない。
「遅れて済まなかったね。入社説明会が長引いて」
「へえ」
「入社承諾書も出したし、初めて同期とも顔を合わせた。楽しかったよ」
「そう」
「キカさんも経験する道だと思ったから、その話をしようと思って、ここを予約した」
  私にとって、それは迷惑そのものなのだ。けれども、未来への希望や、将来への展望に満ちた彼へと水を差してはいけない、と判断を自分で下す。顰めそうになった顔面を無理に引き延ばす私は、それ以上に心内で無理を広げていた。
  当方にとっては、言われても、話されても、全く実感が持てない内容を、興奮した様子でリョウは述べる。私は何を返す訳でも無く、一言二言、相槌を打ってそれらを遣り過ごす。恐らく彼は、自分の話、成功体験を聞いて欲しいだけなのだろう。クラブハウスの一角にて、私はそれしか感想を持てない。
  ホテルでは、リョウが、全額の料金を払う、と言った。対して自分は、何も言わず、目礼だけを行う。
  背広を脱ぎ、ネクタイを緩め、私を抱くリョウは、完全に見も知らない他者へと化していた。容器は同じなのに、中身がそっくり入れ替わってしまった感覚。それは、私の空白も、空洞も、埋める対象とは違っていた。
  バスルームにて彼が浴びているだろうシャワーの水音を聞きながら、私は寝台の上に品を置き、黙って部屋を後にする。
  ホテルの料金と、レフトライトの盤の代金、そして、メモを一枚。
  部屋に備え付けられた紙片に、私はこう走り書いていた。
「ありがとう。社会人生活を、頑張って」

  建物を出ると、地面を見ながら私は自室へと急いだ。前を向いて歩く気力は、自分から完全に失われていた。

2017年8月12日公開

作品集『理非道賛歌 リビドーサンカ』最新話 (全4話)

© 2017 大和柚希

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

孤独 就職活動 愛情 純文学 違和

"理非道賛歌 リビドーサンカ 第3章"へのコメント 0

コメントは許可されてません。

このページのコメントはもう閉じられてしまいました。新たにコメントを書くことはできません。

作品に戻る