自宅テロリスト

応募作品

瀧上ルーシー

小説

2,656文字

合評会2017年08月応募作。

OSのサポート期間がすでに切れている十年以上前のパソコンでネット掲示板を見る。今日もフランスのパリでテロがあったらしい。百名以上の人が亡くなったと先ほど見たニュース記事には書かれていた。

俺よりは遙かに頭がいい掲示板の連中はテロについて議論していた。だがここ数年家族以外とはまともに話もしていない自宅警備員の俺には書かれている内容の大半がよくわからなかった。テレビも観ていないし議論に参加できなかった。俺には関係ないやと思い、パソコンのブラウザを閉じて、違法ダウンロードしたアニメソングを聴きながら安煙草を吸った。エコーという銘柄だ。同じような値段のわかばやしんせいよりはかっこいいし吸いやすいと俺は思っている。何か買いたい物があるときは、煙草の吸う本数を半分に減らして小遣いを貯めるのが日常になっていた。

いい年こいた大人が自宅警備員、つまりはひきこもりがちな無職で、親から貰える小遣いを楽しみにして生きているなんてとてもかっこ悪い。

普通の煙草より短いエコーをゆっくり時間をかけて吸うと、俺は最新作と比べたら何年も前に発売した、格闘ゲームでネット対戦を始めた。ずっとやっているのに俺は格闘ゲームも別段強くなかった。世界中の大会で注目されるトッププレイヤーと比べたら俺の操作するキャラクターは筋肉がなくて紙細工のようなものだろう。

別の日の深夜。少し鬱っぽくなったので階下にある台所の床下収納から冷えていない第三のビールを何本か盗んで、部屋でゆっくりと楽しみながら飲み干した。夏にエアコンが利いた部屋で冷えていないビールをこの時間に飲んでいるのは、今現在、日本で俺一人しかいないかもしれない。酔っ払ってくるとアニソンを聴きながら無茶苦茶に踊って、鬱憤を晴らした。

次の日の夜。会社から帰ってきた親父がこの暑いのにスーツ姿で部屋に入ってきた。自分の部屋に人を入れるのは家族でも本来嫌だった。親父は会社員とはいえオールバックで目つきも悪い。ヤクザか、あんたは。

「お前、台所から酒盗んだだろ。無職に飲ませる酒はねえんだよ」

親父はセブンスターに火を点けて普段俺しか座らないパソコンが載っている机の前の椅子に座った。エコーよりは高級そうな匂いがした。俺もたまにはセブンスター吸いたい。それかラーク。いつかは、ジタンやゴロワーズも吸ってみたい。

「……別にいいだろ。俺だってストレス溜まってるんだよ」

「ストレス溜まってるだあ? 一日中、誰にも文句言われず部屋で遊んでてなんでストレスが溜まるんだあ?」

「いや、暇だし孤独とか将来の不安で……働いてないから欲しい物も買えないし」

「欲しい物のことは知らないが、暇だったら図書館で本借りてこい」

「近くの図書館にはラノベ置いてないんだよ」

「ラノベ? なんだそれ」

「オタク向け小説」

「……今度酒飲んだら百叩きだからな。あまり夜遅くまで起きてるんじゃないぞ。アルバイトでもいいからなるべく早く仕事みつけろよ、おやすみ」

そう言って親父は俺の部屋から出て行った。

親父の態度は優しい部類だったが、大人なのに酒を飲んだだけで文句を言われてむしゃくしゃした。

またネット掲示板を見た。まだこの間のパリで起きたテロについてユーザー達は話していた。よくわからない文字を目で追っていると俺は閃いた。

珍しく昼間に起きて外に出て炎天下の中、自転車をこいだ。俺は高校を卒業して以来、友達とも疎遠になっていたし理由がなければ外にも出ない。

太陽を呪った、人生を呪った、自然消滅のようなものだが俺から離れていった高校時代の友達を呪った。とくにやりたいこともなかったし親も基本的には放任主義なので高校卒業と同時に実家にひきこもる生き方を選んでしまったが、ちゃんと新卒のときに仕事を見つけるべきだった。今となってはおっかなくてアルバイトであっても仕事をしようとは思えない。他人が怖いのだ。擦れ違う他人が俺の悪口を言っているかもと少しは思ってしまう。そんな筈ないのにな。

田舎の潰れそうな玩具屋で目当ての物を買うと、俺は家へと直帰した。さすがに金属で出来た物は金銭的な意味でも道徳的な意味でも買えなかった。

家に帰ってきて、自分の部屋で煙草を吸って落ち着きを取り戻すと、買った物を握って、母親が家事をするとき以外は四六時中テレビを観ている居間まで行った。サザエさんを太らせてブサイクにしたようなもうすぐ還暦の母親は俺が引き戸を開けても振り返らなかった。

少し躊躇したが、玩具屋で買ったプラスチックのバットでお茶が入った湯飲みと煎餅が載っている菓子鉢を思いきり叩いた。何か言われる前に俺は叫んだ。「家庭内テロのはじまりはじまりじゃあ!」

座卓の上で倒れた湯飲みからお茶が零れて畳が濡れた。袋に包まれた煎餅もばりばりに割れている。

母親はしゃがれた声で言った。「何? ドッキリかい? サプライズ?」テロって言っただろうが、耳付いてるのかクソババア。

俺はバットを振りかぶる。

母親は目をつむる。

俺は力いっぱい母親の頭にバットを叩き……つけられなかった。プラスチックで出来ているとはいえ、大好きな母親を殴ることはできなかった。俺は無言で、台ぶきんで座卓を、取ってきた雑巾で畳を拭くと、母親に土下座した。

「お願いします……小遣いを倍の二万円にしてください……毎日ビールを一缶飲むのも許してください」

母親は豪快に笑い飛ばした。

「なら、わたしが、お願いします、料理作りたくありません、洗濯もしたくありません、って言ってお前は許してくれるのかい?」

「いや、それは困る」

「こっちも困るよ。これ以上家の居心地を良くしちゃったら、お前、一生自立しないだろ。お母さんもお父さんもお前より先に死ぬんだよ」

「それはそうだけど……」

「お金が必要なら煙草を辞めなさい。小遣いが二万円になるのと同じようなものだろ。禁煙外来に行くお金くらいは出してやるから。酒は外で飲んできなさい。そうしたらお父さんも文句言わないだろうから」

「わかったよママ。禁煙外来行くよ」

「ママって呼ばないでくれ。気持ち悪い」

冗談だっつの。

俺は居間から出て、またいつもの自分の部屋に戻った。要求は通らなかったが、家族との関係が壊れるまではいかなかったのでかなり安心した。あとどれくらいの間、煙草を吸っていられるかわからないが、俺は部屋でいつものエコーを吸った。

テロに失敗したからといって、今度は自爆テロをしようとは思わなかった。

2017年8月11日公開

© 2017 瀧上ルーシー

これはの応募作品です。
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"自宅テロリスト"へのコメント 6

  • 投稿者 | 2017-08-12 05:52

    合評会に参加した者です。
    私の実家もこう言った感じで荒れていました。
    私=主人公、の立場にて自爆テロを起こしたがっていたので、心情描写に共感出来ました。
    親を破滅させたくなる瞬間は、ありますね。

  • 投稿者 | 2017-08-14 22:16

    できれば一発ぶん殴ってみたバージョンも読んでみたいです

  • 投稿者 | 2017-08-16 22:10

    楽しく読ませていただきました。甘えて引き蘢って様子が自分とダブりすぎです。
    とにかく、母親を誉めたい。

  • 投稿者 | 2017-08-17 00:46

    成長がないところがリアルです。
    でも折角フィクションなので、ラストで少し未来への夢を見させて欲しかったです(笑)

  • 投稿者 | 2017-08-19 14:54

    テーマの扱い方や主人公の置かれた状況が他の合評会作品と類似しており、オリジナリティーに欠ける印象を受けた。多くの人が思いつきそうな設定なので、その中でも頭ひとつ抜ける工夫がほしい。

    「十年以上前のパソコン」「安煙草」「アニソン」「ラノベ」などの小道具が主人公の引きこもり気味の生活や経済的状況を説明するだけの紋切型になっていて、新鮮さがない。五感に働きかけてくるような生き生きした描写が必要だ。

    しかし母親のとぼけた反応は秀逸であり、本作の最大の強みだ。主人公と母親の関係を「大好き」の一言で簡単に片づけずにもっと掘り下げてほしかった。

  • 投稿者 | 2017-08-19 23:15

    ママ!愛しのママ!
    家庭を破壊しようとしても、そこまでは出来なかった、まだまだ俺様も捨てたもんじゃないな、と言うところか。テロで家族との関りを描いたのは中々だと思う。しかしこれからも「単に生存している(家族から煙たがられる)と言う」軽微なテロは続くのかもしれないが…

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