理非道賛歌 リビドーサンカ 第2章

理非道賛歌 リビドーサンカ(第3話)

大和柚希

小説

9,281文字

【SECOND】セカンド 代替、二流、援助

第2章

 

  男性と寝て、金銭を貰わない。
  それは自分にとって、大変に不自然な事だ。けれどもリョウは、ホテルで目を覚ますと、隣でそれについて考える私を見て、ただ「起きていたの」と言った。
「うん」
  私の返答に、彼は寝台から立ち上がると、ハンガーに掛けてあったシャツを羽織る。リョウの色白の胸を、黒色の生地が対照的に、私の視覚へと訴えた。
  薄い布団の中で、昨晩の私は消えたい、とのたうち回らなかった。思い起こすその記憶は、救済にも、罪悪にも、自分には捉えられる。それをどう処理しようか惑っている私に反し、リョウは何か考える素振りすらも見せず、即座にジーンズを穿き終わった。私は考えを逸らす為に、訊ねる。
「そう言えばリョウくん、ご家族には良いの、昨晩は何か言っていたの」
  問いたいのは、彼が家に帰らず、外泊を行った事について、だった。
「別に、連絡はしたから。何かあったら、向こうから電話が来る」
「それならば、良いけれども」
「キカさんこそ、S区の家は良かったの」
  この人は何を言うのだろう。私は意外に思いつつ、答える。
「私、一人暮らしだから。アパートに」
「え、」
  リョウの顔面は、吃驚を表す。
「じゃあ、今は収入をどうしているの。就職浪人中、だったよね」
  返答に詰まる私。
「言いたく、ない。言えない」
「収入が無い状況で、俺と外泊とか、悪いよ」
「事情、言って、逃げたりしないよね」
  頷くリョウに、私は吐いた。
「身体を売って、稼いでいる。親からの仕送りには、手を付けたくないから」
  今度、リョウは表情を一切に変えず、応じる。
「ああ、やっぱり」
  呆気が無い位に受容され、当方が反応に迷う。
「昨夜、そうかな、とは思った。色々と」
「色々」
「そう、色々な部分で」
  リョウが何を指して曖昧な表現を遣うのかは、特定が出来ないままにでも、私へ通じた。
「でも、俺は嫌いでは無いよ。キカさんの事」
「私もリョウくんの事、嫌いとは、違う」
  彼は私に唇を付けると、鞄を持ち、部屋を出て行く。

  月曜日、私の携帯電話が鳴る。全く持って着信を受けなかった機械からの、この音声は何だろう。私は心から疑問を感じた。
「キカさん、マエガキです」
  私が電話を取ると、相手はそう告げる。
「マエガキ、」
  煙草の匂いを想起させる、焼け付いた低い声。私が回想していると、向こうは苛立たしそうに続けた。
「リョウだよ。携帯に俺の番号、登録をしただろう」
  私は数回に、頷きながら返す。
「ああ、ごめん。ライブの時に入れて貰っていたね。名前を登録し忘れていて」
「登録、してよ」
  リョウの呆れ声の背後から、雑踏や人混みのざわめきが聞き取られた。
「今、もしかして大学に居るの」
「そう。ゼミまでの待ち時間が長くて。あと、九十分もある」
  まさか、そう私は思う。自分が相手をするのか、と。しかし、悪い気がしない部分も、私の何処かに存在していた。
「会ってから早々なのだけれども、報告がある。言って良い」
「何、かな」
「卒業論文を、書き終わった。そして、教授に出している」
「早い、よね。まだ十一月だよ」
「俺は大学五年生ですから」
  彼の神経質な部分へと、またもや不用意に触ってしまった気がして、私は申し訳が立たなくなる。
「ごめん」
  少し黙って、リョウは言った。
「悪くないのに謝るのは、キカさんの悪いところだよ。別に俺は、理由も無くて留年したのとは、違うから」
「理由、って訊いても、大丈夫」
「休学。昨年の事だけれども、一年間」
「だから、論文も保留になったのかな」
「そう」
  私には把握していない事情が、何か彼にはあるのだろう。休学を行った人物が、自分の身辺に居なかった。その為に、更なる理由を訊ねたい気持ちが、少しだけ私に芽生える。けれども、事情は他者のものなのだ。私が踏み入れ入れるべき、場所では無い。
「ところでキカさん、少し知恵を貰いたい。著述、の志望だから、物を考えて書く事は得意だろう」
「そう、かもしれないけれども。どうしたの」
「いつも俺、自己アピールとか、志望動機とかを考えるのが苦手でさ。来週に会社へと履歴書を持って行くのだけれども」
「就職活動、の事」
「そう」
「助けて欲しい、の。私に」
「うん。キカさんには縁の無さそうな、システムエンジニア職だけれども、頼む」
  私は左右へと頭を一回ずつ傾けると、答えた。
「良いよ。会社名は、何て言うの。資料とかは、あるのかな」
「ホームページがある。B製作工業株式会社、T市B区、で分かると思う」
「分かった。この前は、私を助けてくれたからね、リョウくん」
「アイデアが浮かんだら、電話をくれるかな。また会おう」
  彼の会話なり、電話なりは、突然に切れる。通信の終わった携帯電話を左手に、私は紙片をもう片方の手で引き寄せた。情報を書き留めると、自分もハローワークに行かなければ、と思う。著述系の職は募集が少なく、何かのアドバイスを貰う為には、そこを活用するのが一番に直接的で、早い。そう私は考えていた。
  今は色々な就職の斡旋方法があるけれども、私は実際に自分が目にするものしか、信じられない。文字や電話だけの遣り取りは、人生を左右する活動の上で、嘘めいている。知らない内に、何かの料金を課せられる心配もあった。こう言った疑念も、自分が世界を知らないから生まれるのだろうか。
  私は、リョウがどうやってB社を知ったのだろう、と思った。そもそも、システムエンジニア職、が何を行うのかも、自分はよく知らない。やはり私は、本当につまらない人間だ。
  数時間後、私はハローワークから戻り、リョウの告げた情報を家で纏め、彼へと電話を掛けた。番号には、リョウの名前を上書きして。自分の事は俯瞰も忠告も指導も出来ないのに、それが他者を相手にすると、案が湧くのは何故なのか。待ち構えられていたかの様に、電話は繋がった。
「キカさん」
  向こうは私の情報を、律儀に携帯電話へ入れていたらしい。相手の第一声が自分の名前だと言う現実に、自分は大きな異物を心内へと投げ込まれた気分になった。
「今、大丈夫、ですか」
  違和の所為か、私の話し方は抑揚を失い、敬語に戻っている。
「うん」
「B社の件ですが、いえ、B社の件、だけれども」
「キカさん、大丈夫か。話し方がおかしい」
「ええと、」
  私の中では、これ以上にリョウと仲を深めるべきか、それとも逃げるべきかを葛藤している部分があった。他者と付き合う上で、これまでに前者を選択して、結果はいつも同じだったから。
「B社について、あと、システムエンジニア職、についても調べた」
「うん」
「けれども、私は、リョウくんでは無いから、アピールや、志望動機の事は、分からない」
「当然だな。情報が足りなかった。悪かったね。話すよ」
  私の婉曲された拒絶の表現は、事態を迷走させる効果を投じてしまったらしい。リョウは問わず語る。
「俺は、自分に向いている事よりも、自分に出来る事をして、何かへと役立ちたい。そこは、キカさんとは逆だろうな、きっと」
  私は黙った。確かに、クリエイティブ職、著述業は、「自分に出来る」と言う確信で成り立つものでは無い。リョウは、私の志向も、性質も、「自信」とは無縁の世界に見ているのだ、と伝わった。
「それは、正しいよ」
  私の言葉は余りに小さく、息を吹き掛けると、跡形も無いままに消え去りそうだ。何か、それへと少しでも反抗したくなった自分に、望みはあるのだろうか。
  リョウは雰囲気を察したらしく、話を続けた。
「俺はあくまで、現実主義者のつもりだから。断っておくけれども、キカさんを否定している訳では、無いよ」
「そう」
「変な空気になって、ごめん。俺は自分に可能な事を仕事にしたい、と思っているだけだ」
「それは、どうして。挑戦とか、しないの」
「潰れるよりも、安定してそこそこ、で生きたいから」
  この人は自分と正反対だ、と心内に私の叫びが反響した。だからあなたは、第二志望止まりで収まるのでは無いか、思わず私は、そう、口に出し掛ける。代替として、私は自分にも言い聞かせる様に言った。
「人間は、それぞれが違う存在だからね」
  リョウは返答する。
「俺は、そう言った考えを持っている。キカさんは、どうなの」
「どう、って、何が」
「長くなりそうだから、会って直接に話そう。明日、暇はあるかな」
  訊ねられなくとも、私は現在、仕事を持っていない。
「暇は、あるよ」
「じゃあ、T駅の北口、噴水前で午後五時。それでどう」
「分かった。明日ね」
  私が返すと、電話はまたも唐突に切られた。現実を主義とする人は、こう言った対人接触を取るのかと、私は思う。それからは何かに、追われている感覚が嫌でも伝わって来る。けれども、自分も同じ境遇にあるのだ。何か、とは、リョウが見ていると話した「現実」では無く、「自分自身」だと言うのが、私の場合だけれども。
  あの人間は悠長に生きている。傍目に、私はそう捉えられても仕方が無い考えを持っている、と自身で分かっていた。だからこそ著述を行いたい、関係する職に就きたいと発言するのが、嫌なのだ。現実に出来る事など、私は持たない。文章は書くけれども、それは投函されない手紙と同等の存在で終わっている。要は自己完結、他人の目に触れさせる勇気と危険を、冒せない。私は踏み出す事に、破滅的なエネルギーを使ってしまう。怖いのだ。
  しかし、リョウは違う。自分の置かれた実際を見て、現実を考えて、次の手を打つ。この人と関わったら、私の「何か」は変わるかも知れない。

  予感を試す価値は、あるだろうか。
  考えながら、私は言われた通りの時間と場所で、彼を待った。自分の頭と、手提げ鞄の中には、B社についての情報と、システムエンジニア職の概要が入っている。後はリョウの考えを知り、文章に起こせば良い。
  待ち合わせた場所の噴水は、水が枯れ切っていた。全体が退廃を表現した造物へと成り果てる縁へと、多くの人々が、腰を掛けては離れる。その噴水の光景は、とても皮肉なものに私へと映った。
  リョウは定刻の五分前に、姿を見せる。私が少し手を上げると、彼は一回だけ頷いた。
「大学は、終わったの」
  私の問いに、彼は答える。
「うん。俺はゼミに出るだけで良いから、大体のところは時間が自由、と言って良いのかな」
  気楽そうで良いね、反射的に浮かんだその言葉を、私は呑み込んで、訊ねた。
「何処で話そうか、B社の事」
「食事でもしないか。キカさんは店とか、詳しいかな」
「全然、知らない」
「じゃあ、俺が決めるか」
  言ってから、リョウは速足で私の脇をすり抜けて、歩いて行く。そして数分後、彼はあるビルディングの前で立ち止まった。
「ここで良いかな。ある程度は自由にさせてくれると思う」
「ここ、とは言われても、何階の事なの」
「六階」
  建物の横に取り付けられた案内には、「六階、バー・クラック」と記載がある。
「バー、なの」
  続けて訊ねる私に、リョウは黙って頷き、ビルの中へと入った。
  それは奇妙な造り、と言うよりもテナントが歪な入り方をしていて、現在のところ、四階と六階にしか店は無かった。何か問題のある物件なのか、と私は建物を訝しむ。立地は駅から徒歩で行けて、大きな道路から僅かに離れた先で、ビル自体も老朽が進んでいる風では無かった。コンクリートで打ち放しの壁が、無機質な印象を見せるから、人が入り辛いのかも知れない。
  内に取り付けられているエレベータは、四人が乗られてやっと、程度の大きさだった。リョウは私を促し、それに入って扉を閉める。
  抱き寄せられ、頭を押さえられて、唇を付けられた。
  この人は何もかもが唐突だと思っていたけれども、リョウが取ったこの行動に、私は吃驚するしか出来ない。
「あの、」
  私が問い掛けようとする内容は、像を結ばないままだ。顔を背けようとしても、向こうが力を籠めている為に、出来なかった。
「キカさん、マゾヒストでしょう」
「何、」
「俺はサディストだからね。ちょっと話して、直ぐに分かったよ」
「何を、言っているの」
「ついでに言うと、こう言った事は、経験が無いでしょう」
  経験、よりも、相手が話している事が分からない自分は、成人として欠格しているのか。理解が得意な筈の言葉、と言う方法で遣り取りを行っている筈なのに、その内容は私の理解を逸していた。
「身体を売る、と言う事は、相手に求められた事が無い。そうでしょう」
  リョウの指摘に、私は反応が出ない。肯定も出来なかったし、反論も出来なかった。それは結局、否定をしない事と同義だ。この男性は自分を求めているのか、と考えると、私は丸ごとに何かが抜けた様な、非現実感に苛まれた。少なくとも当方は、こう言った形でリョウを求めていなかったから。
  エレベータは六階に着き、彼は身を翻すと、開いた扉の前に現れた店へと向かう。私は呆気に取られながらも、「クラック」と掲げられたそこへと、リョウを追った。
  紺色のボタンダウンのシャツを着た、坊主頭の男性が一人きり、カウンターの前に立っている。
「リョウ、大学は大丈夫か」
「まあね。後は論文だけ」
「良かったな」
  カウンター前の席のみが用意されている、狭い店内。立ち呆ける私に目を留めると、男性は言った。
「あれ、リョウ、彼女が出来たのか。いらっしゃい」
  私は固く、会釈をした。
「違うよ。就職活動で相談に乗って貰う為に、連れて来た。ちょっと場所を借りて良いかな」
「何かは、必ず注文をする様に」
「分かっているよ」
  二人の話し方や年恰好を見ていると、彼等は同級だとしか私には捉えられない。それを受け、自分から言った。
「リョウくん、いえ、リョウさんのお友達の方ですか」
  男性は、リョウさんだって、と笑いながら、空気を肘で突いた。
「そう。N学園での、元同期生。僕が先に卒業したからね」
  私は返答する。
「そうなると、今年の春に、大学を出られたのですか」
  リョウが話に入った。
「こいつは、コヤマ。キカさんとも同い年だよ」
「バーのマスターさん、をされているのですよね」
  コヤマと呼ばれた彼は、嬉しそうに私を見る。
「そうだよ。あなたはキカさん、と言うのだね。同い年と言う事は、二十二か、二十三歳かな」
「二十二歳です」
  微笑しながら、コヤマが話す。
「変だろう。大学を出て直ぐに、こう言った店を持つとは」
「変、と言うより、初めてです。私は世界を、知らないから」
  カウンター席の隅に、座るリョウ。
「じゃあ、悪いけれども、場所を借りる。コヤマ、キカさんと話す時はコワレモノの扱いをする様にな」
「コワレモノ、か。厳重注意だな」
「キカさんは、色々を学んでいるけれども、無知だから」
「Nには居なかったタイプの子だね」
  交わされる二人の会話の中で、コワレモノ、と言う単語が私へと妙に引っ掛かった。自分は壊れ易いのか、それとも、既に壊れているのか。二人へと私は、どう映っているのだろう。
  黙って、私はリョウの隣に腰を下ろした。そして、鞄から資料とメモを取り出す。
「これ、調べて、書いて来た」
  私の文章へと、リョウが頬杖を突いて目を通した。
「俺の個人的な考えを加えたら、十分に通用しそうな中身だね」
「私は、職務や会社の表層しか掬っていない」
「じゃあ、昨日の電話の続き。俺の考えについて話そうか」
  コヤマが名の知らない水色の液体を、グラスで二杯、差し出す。乾杯もせず、リョウはそれを呑み、言う。
「どちらかと言うと、これはキカさんの話になるけれども。キカさんは、自分のやりたい事には、自分から意欲的に挑戦するでしょう」
  私が昨日、考えていた内容と同じ事を、指摘された。
「そう、ね」
「だから第一志望が叶うのかな。俺は自分の出来る事しか行いたくないから、落ちたのだと思った。昨日」
「大学の話、よね」
「いや、高校もそうだったし、あらゆる事についても、第二志望で止まっている」
「欲は、言い出せば切りが無いよ」
  リョウはそこで煙草を取り出すと、灰皿を引き寄せる。
「言っただろう。俺は哲学が嫌いだ。分からない。あくまでこれは、現実に即した話だ」
  彼が火を点け、煙を吸い、吐き出すと、私の方にも淀んだ空気が漂う。けれども、悪い気持ちは持たなかった。
「アンチテーゼ、かな。リョウくんと私は」
「それは何」
「反対の主張。対立する命題。要するには、考える方向が逆、と言う事」
「逆向きのベクトル、かな」
「そう言った感じ。でも、力一杯に努力をしても、必ず第一志望が叶う訳では無いよ。無理なものは無理だし、駄目なものは駄目」
「へえ。キカさんでも俺に似た考えは持っているのか」
「物事は普通、そう言った運命にあるよ。何でも完全に出来て、完璧な成果を出せる存在など、無いと思う」
「俺は初めから、それを求めない」
  求めていない、のでは無く、求めない。この表現に、私はリョウが生まれた時から、全てへと断念する道を辿っている感覚を受けた。彼からは、何かを自発的に行おう、と言った気力が欠落している気がしてならない。それに対しては、私の正直な気持ちとして、苛立たされた。
「じゃあ、その内容を私の記述に入れたら良いと思う」
  半ば投げ遣りに、自分の口は動く。
「私が御社のシステムエンジニア職へと志望を致しました理由は、余計な事を行いたくないからです、みたいになるのか」
「リョウくんの、今の話を聞く限りでは、そうだね」
「余計な事、か。これを業務の内容とか、作業効率に託けたら良いかな。無駄な労働のコストを省く為に、より効率的なプログラムを組んで行きたい、みたいな」
「それで良いなら、良いと思う」
  私が渡した、資料の余白へと何かを書き留めるリョウ。彼の様子を見ながら、自分の中で思ったのは、著述業がこの世で最も役に立たない、コストのみで構成された集合体だろう、と言う事だった。ここでも私と彼は、アンチテーゼ、または逆向きのベクトルと化している。
  走り書かれると、私には判断が付かない位に、リョウの文字は汚かった。身なりは小綺麗にしていて、世間慣れもしていそうなのに、そこだけが酷く、彼の存在の中で浮いている。
「助かったよ、キカさん。これを基にして面接に臨む」
「え、面接」
  今では書類選考の段階で不採用が決まり続ける自分にとって、寝耳に水の言葉だった。
「書類を、会社に提出するだけでは、無かったの」
  リョウは笑う。
「エントリーシートが既に通っているから。次は本社で人事と面接だよ」
「そう、なの」
  そう、としか私は言えない。自分の価値観や、物事に対峙する姿は、社会で通用しないのかと考えた。システムエンジニア職と著述業は違う業種だけれども、何もかもから、自己を否定された縮図を見せられた感が、存在する。
「キカさんは、面接を受けた事、あるよね」
  私の心内を汲み取った様に、リョウが問う。
「ある、けれども、大学に居た時だけの話」
「今は、ハローワークか何かを使っては、いるのかな」
「うん」
「何か、アドバイスとか、貰えないの」
  弱い光が交錯して反射する、手元のグラスを見詰めながら、自分は口を動かす。手に力は入らない。
「職員からは、アルバイトから始めたらどうかって、言われる。私は社会に適合しないみたい」
「アルバイトでも、立派に働いている人は、沢山に居る」
「そう言った意味では無いよ。努力は報われない現実が確かにあって、それに直面すると、とても心が虚しくなる、って言いたいの」
「虚しい、の定義を教えて」
  リョウの問いは、愚かで残酷だと私は感じた。
「心が空っぽになって、何も感じなくなる事、かな」
「Tを出て、バイトか。それを確かに、社会は良く見ないかも知れないな」
「訳あり商品。本当に私は、売れ残り」
  話すに連れ、自分の考えが醒めて来る。今、口に含んでいる液体は本当に酒で、ここは本当にバーなのだろうか。次第に俯いて行く私を横目で見ながら、カウンターに出て来たピザを手に取るリョウは、明らかに気を遣っていた。

  自分は泣かない。
  けれども、空白を埋める為に、また彼と寝た。

2017年8月6日公開

作品集『理非道賛歌 リビドーサンカ』第3話 (全4話)

© 2017 大和柚希

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