代償

応募作品

瀧上ルーシー

小説

3,151文字

合評会2017年04月応募作品。

俺と彼女は制服ごと容赦なく残酷に身体を切り刻まれる。そこに愛情はあるかもしれないが慈悲はない。恐怖と痛みで俺も彼女も声にならない声を叫び続ける。ぬめっとした血がベッドを汚し、腹からはぬるっとした内蔵が飛び出ている。喚いていた彼女が先に静かになった。その場で生きているのは俺と安子だけらしい。

安子はベッドの上の先日付き合い始めたばかりの彼女の死体を退かすと俺の上に跨がった。俺はもう自由に身体を動かすこともできない。抵抗する力がないのだ。

「わたしは君のせいで旦那を裏切ることなったわ。償ってもらうからね」

「死にたく、」言い終わる前に俺の口の中に包丁がぶっ刺された。

こんなことなら可愛く見えないこともない三十歳の安子になんて手を出さなければ良かった。

 

 

俺には好きな女がいる。名前は川内梢と言う。クラスのやつらとグループデートしたり、二人きりではないが図書館で一緒に勉強しているうちに気づくと好きになっていた。梢は可愛い。くりくりっとした目や、美形の証明であるような飾り付けないびびり染めしただけのショートカットの髪。身長は俺より数センチ低いだけで、胸の大きさは全男の理性を無視して挑発してくるような凶悪さだ。飾らない男ウケのする性格だし、へんに女の子オーラを出さないから付き合いやすい。

今日、放課後に彼女を呼び出して告白することに決めていた。

通っている高校からすぐ近くのバーガー屋にLINEで呼び出している。断られると嫌だったので、セットメニューをおごると言ってある。

そうして俺達はバーガー屋で落ち合った。梢はあれやこれや楽しげに何かを喋りながらハンバーガーとポテトとドリンクを口の中に小動物のように詰め込んでいく。一方俺は目の前に置かれたホットコーヒーに一口しか口をつけていない。緊張しているのだ。

「なんで呼び出したの? 胸揉ませろとか頼みたいの? それはダメだよ、ダメよダメダメ。女の子は髪と胸には好きな男にしか触らせないのさ」

人が緊張しているときにこんな軽口を叩く梢の首を絞めてしまいたい。俺は歯ぎしりした。

「最近さ」

「ん?」

「変わったことある?」

「なにそれ。会話ネタがないやつのセリフみたい」

「……」言ってみてそれは自分でもわかっていた。

俺は深呼吸すると店内全域に聞えるような大声で怒鳴った。

「俺はお前が好きなんだ。付き合ってくれ、頼む」

言い終わると梢は口の端からポテトを一本こぼした。俺の顔を長い間見つめると、もごもごとしながら口を開いた。

「君のことは嫌いじゃないよ? むしろ好きかも。でも友達として大事にしたいから付き合えない。おごってくれてありがとう。それじゃっ」

梢は鞄を掴むとさっさと店の外に出て自転車に飛び乗り走って行ってしまった。俺はまた店内すべてに聞えるような大声で怒鳴った。「ファーック!」そして俺も店を出てチャリに乗って家に帰ることにした。

家に帰る途中に今日も安子の家庭教師があることを思い出した。安子は三十歳にもなって家庭教師をしている独身の女だ。胸も大きいし素朴な顔をしているが魅力が無いわけではない。俺は安子をからかってやることに決めた。コンビニで酒を大量に購入した。家の親は俺の不良行為にあまりうるさく言わない。

そして安子は家にやってきた。今日は数学を二時間教えてくれるらしい。はじめは言われるまま問題を解いていたのだが、俺は唐突に「好きな子に告白して断られた」と安子に言った。安子は眉を困ったような角度にして黙り込んだ。

「酒は用意してある。俺の自棄酒に付き合ってくれ」俺には飲酒の習慣があった。だから今も親に隠すことなく下の台所の冷蔵庫に買ってきた酒は入れてある。

「わたし、先生なんだけど」

「大丈夫大丈夫。家の親、実はヤクザなんだよ。それくらいでうるさく言わないよ」本当はヤクザではないが世間一般では同じような目で見られる職業に就いている。両親ともに元暴走族で中卒だ。だから俺の学歴には余計に固執する。

そして俺は勉強机の前の椅子に座って。安子はベッドに座って、酒を飲んでいった。俺はさっさと三缶ほどビールを飲んだのが、安子はちびちびと飲んでいるだけなのに顔を真っ赤にさせていた。俺は頃合いを見計らって安子の隣に移動した。胸に優しく手をやる。ブラジャーの硬い感触がした。

「今ならまだ冗談で許すけど」

「慰めて。辛い」安子の肩に頭を預けて俺は泣きそうになっているふりをした。

「親には絶対に内緒にしてね」

そうして俺達は身体を重ねた。処女かもと期待していたのだが、安子は処女じゃなかった。

生まれたままの姿で安子とシングルベッドで添い寝した。彼女は「灰皿ある?」と俺に聞いてきた。俺は吸わないが友達が吸うので俺の部屋には灰皿があった。それを寄越す。安子はメンソールの煙草をどこか辛そうに吸った。

「わたし、結婚してるんだよ」

「は? 独身だって最初会ったときに言ってたじゃん」

「あれは芸風」安子はこんなときにも無表情だった。「独身だって言うと男の子って態度が違うんだよ」

「ふうん、じゃあ不倫だ」

「そうだよ。すごい悪いことなんだからね」

「俺にどうしろと?」

「旦那と上手くいってないの。離婚するから、結婚を前提に付き合って」

とんでもないことになって俺は正直ドン引きだった。だが梢にもフラれたばかりだし、それも悪くないような気がした。

 

翌日高校で昼休みに梢に呼び出された。告白のメッカ体育館裏に行くと彼女はすでに俺を待っていた。

「やっぱり付き合ってあげる」

一瞬安子の垢抜けない顔が脳裏を過ぎったが俺は拳を握り、叫んだ。

「やったあ! やったぞ、これで梢は俺の女なんだからな!」

「そういうことになるね」

その日は学校が放課後になると梢とデートした。適当に田舎のショッピングモールでウィンドウショッピングをしてサーティワンのアイスを食べただけだが、そこで恋人同士の初めてのキスは済ませた。

家に帰ってきて夜、仲間達に梢と付き合うことになったとメールやLINEで報告していると安子からメールがきた。梢と付き合えた嬉しさで殆ど思い出さなかったが、昨日安子と俺はしてしまっていたのだ。

「近くのバーで飲んでるから来て」

メールにはグーグルマップのリンクも貼られていた。梢と付き合えた今となっては安子は邪魔だったが俺は行くことにした。自転車で十分の距離にそのバーはあった。ドアを開くとブラックライトの明かりで薄暗いバーで一人きりで安子は飲んでいた。泥酔しているようで、カウンターに頭突きするように何度も頭を打ち付けていた。灰皿の中は煙草の吸い殻でいっぱいだ。俺はこういうところで飲める酒のメニューに詳しくないのでビールを注文した。それに口をつけていると安子はぼそぼそと喋った。

「あなたが悪いのよあなたが悪いのよあなたが悪いのよ」それは旦那への呪詛のようだった。それは俺にとって都合がいい。

「安子、まだ旦那のこと好きなんじゃん。なら俺は付き合えないよ」

「だめだよ。もうしちゃったもん」

「誰にも言わないから」

「だめ、あなたが誰にも言わなくてもわたしが知っているから」

「いいじゃん、それくらい。一時の気の迷いだって」

「だめ。結婚を前提に付き合うの」

朝まで安子を説得しようとしたが、俺のことを許してくれないようだった。

次の日親に頼んで家庭教師を違う人に代えてもらうことにした。

 

 

薄れゆく意識の中、安子は俺の口の中から包丁を抜いた。

ずっと愛してあげるからね。

彼女は楽しそうに言ってもう息も吸えない俺に接吻をした。

 

2017年3月29日公開

© 2017 瀧上ルーシー

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"代償"へのコメント 1

  • 投稿者 | 2017-04-23 15:48

    読みやすい文章で、梢ちゃんとのバーガー屋でのやりとり、からの安子さんとの行為への流れが自然で違和感なく読めました。
    いきなり「ファーック!」て叫ぶとこがお気に入りです。
    ただ、僭越ながら「酒と不倫」というお題に対しての掘り下げ方が少し安易で、意外性に欠けると思いました。
    復讐スプラッタ等、ご自身が書いていて楽しいと思えているのなら良いのですが、お題のみならず破滅派というワードにとらわれすぎているのではないかな、と感じます。だとすればもったいないと思います。

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