爆発の三つのチューブ

南沢修哉

小説

2,576文字

デジタル・ネイティヴ世代のユーチューバーが再生回数を稼ぐために大量の火薬を用いるようになってから、一部上場の大企業は安く抑えすぎた広告費のしっぺ返しを喰らって些か後悔している部分もあった。きっかけは聖誕祭近くに行われるコカ・コーラのTVCMだった。美しい花火の映像に魅せられた未成年のチューバーが、仕掛け花火数百発を分解しかきあつめた火薬に仏教徒のための和蝋燭で火をつけ、勢いあまって全身に大火傷を負った。「スカッと爽やかナオコーラ」のキャッチフレーズとともに顔を焼かれるナオコという名の女子高校生の焼身映像は、不名誉なことに【閲覧注意】を謳い文句にする現代の見世物小屋とも言うべきあのLiveLeakで、メキシコの麻薬カルテルによる斬首映像を見て性的興奮を覚える連中に向けた「おすすめ動画」として流出していた。無論それがTVでニュースになることは一切なかった。コカ・コーラという超巨大スポンサーにとって不都合なニュースを敢えて流すTVは一局もなかったというわけだ。撮影者であるナオコの友人は新橋の慈恵医大病院で全身を包帯に巻かれた張本人から許諾を得、その映像をYouTubeにアップロードしたのであったが、管理者によって削除されるまでのあいだに何者かがそれをキャプチャーし各動画サイトに再掲したのだった。過激なチューバーたちは世界中から花火を買いあつめ、コカ・コーラのTVCMに倣った爆発映像を撮影し、YouTubeにアップロードしていった。「スカッと爽やかナオコーラ」「誤爆」などとタグ付けされた動画のサムネイルがページの右側にずらりと並んでいた。中でも現役の花火師によってつくられた動画はクオリティの高さが評判で、再生回数も桁違いだった(彼はアドビ製品の割れユーザーでもあった)。幼稚な模倣競争の果てに逮捕者が出るのは時間の問題だった。コカ・コーラの優秀な顧問弁護士の活躍により、花火師は地裁から五千万の賠償を命じられ、瞬く間に商いを畳む破目になった。見せしめ的な処分のおかげもあって、コカ・コーラのTVCMに倣った煌びやかな爆発映像の数はめっきり減ったかに思われた。いや、実際にそれは減ったのだ。しかしその悪質さや過激さは一部の懲りないチューバーの自己顕示として、文字通り爆発していった。

箸にも棒にもかからない底辺界隈のチューバーが人の生命を粗末にするのは、スター・ウォーズのようなファンタジーに託けたチャンバラ映画を見て育った幼少期と少なからず関係しているのだろう、などと、チューバーである彼自身、二七年に満たぬ人生を渋谷のアオガエルに凭れながらしみじみと振り返っていた。五分後にこの雑踏のど真ん中でゲリラ自殺する己の晴れ姿を思い浮かべにんまり笑う若者の不審者ぶりに気づく者は一人もいなかった。彼の手にあるのは自撮り棒を装着したスマートフォン、及び百円ライターと見紛うサイズの起爆装置だった。相変わらず街頭ヴィジョンは法外なボリュームとともにくだらない映像を垂れ流し、釧路の祭りとは比べものにならぬ数の霊長類がその下を通りすぎていった。伊達アイパッチをつけた銀髪の女や、チロリアン・ジャケットに臙脂色の天鵞絨ボトムスという珍奇な出で立ちの男、好き勝手な格好をした渋谷の魑魅魍魎は枚挙に暇がなかった。

彼はアオガエルに凭れた身をゆっくりと起こし、ポケットから取り出した自家製の爆薬を口腔に含みながらスクランブル交差点のほうへ流されるように歩いていった。信号が赤に変わったとき、男は交差点の中心で自らにスマートフォンのカメラを向け立ち止まっていた。やがて走り出した車が警告するために次々とクラクションを鳴らしはじめた。それは必然的に人々の注意を彼に向けるためのファンファーレとなった。まるでスター・ウォーズのオープニングだった。人々が目に焼きつけたのは「スカッと爽やかナオコーラ」という投げやりな大絶叫とともに四方八方に弾け飛んだ彼の頭部だった。それはコカ・コーラの清涼感あふれるロゴ・カラーとは似ても似つかぬ邪悪な赤、赫、爀だった。ウェブ上に同時中継されている映像は【閲覧注意】【グロ注意】の謳い文句とともに同志のチューバーによって拡散された。皮肉なことに再生回数は伸び悩んだ。人の頭が吹き飛ぶ映像を見て興奮するのは一部の好事家だけだった。たとえTwitterで喧伝し焚きつけたところで、ありもしない性癖を掘り起こすことはできないのだろう。彼の同僚や大学の同級生や恩師にも何らかのかたちでその頭部爆発映像は送られたが反応らしい反応はゼロだった。映画やアニメでグロ映像を見慣れた現代人ともなると、知り合いの頭が爆発四散する光景を見たくらいでPTSDになる筈もなかった。コカ・コーラもマスコミもこの件を黙殺しつづけた。彼の死を取り扱うのは同志のチューバーやオカルト専門の雑誌社といった底辺界隈の連中ばかりだった。現代社会を分析し論じる人、説教を垂れる人、終末論に結びつける人、小説を書こうとする人、各々の自己顕示欲を是が非でも満たそうとするその様子は、衣料品店にありがちなネバーエンディング閉店セールと言うほかないものだった。

間もなくしてチューバーとチューバッカの区別さえ失った独身男性が二名、彼のあとにつづき頭部爆破によるゲリラ自殺を図った。一人は日曜日に歩行者天国となる銀座の中央通りだった。雲一つない青空と和光の時計台を背景にした頭部爆発映像は、どこか清々しい青春の光さえ感じさせた。もう一人は青山学院の向かいにあるコカ・コーラ本社の新社屋のロビーだった。ガラス張りの建物に飛び散った肉や血を片付け、砕け散った窓を修理するため、建物の一階部分はしばらくブルーシートで覆い隠されていた。どういうわけかこれらの事件は大きな騒ぎにはならなかった。世界的大企業に対する悪質なテロとも言える頭部爆破によるゲリラ自殺は、マスコミの黙殺も手伝い、巷ではほとんど都市伝説のように扱われていた。爆死した三人目のチューバーのカメラが不運にも正常にまわっていなかったのだから、そうなるのも無理からぬことだった。おかげでコカ・コーラの株価は一瞬で持ちなおしたし、未来人である私が空売りで得た数千万という微々たる利益を理由に金融庁から睨まれることも無論なかった。

2017年2月25日公開

© 2017 南沢修哉

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