その名は希望

応募作品

アサミ・ラムジフスキー

小説

3,133文字

見えないものを見ようとする自由を、僕たちは希望と呼んでいたのかもしれない。2016年10月合評会用作品。

夏休みが明けても、飯野佳菜の姿を見た者はいなかった。

さまざまな策を講じてはきた。登校時間を変えたり、手分けして校舎内を探索したり、最寄駅のすべての出入口で待ち伏せたりもした。保健室や視聴覚室など、訳ありの生徒が入り込みそうな場所にも見張りを置いた。もちろん女子トイレ前の監視も怠らなかった。しかし、半年間そんなことを続けたにもかかわらず、飯野佳菜はどこにも現れなかったし誰にも発見されなかった。

僕たちの通う学校はいわゆるマンモス校には程遠く、オフィス街の一角に無理やり押し込まれたような小さな私立高校だ。一学年あたりの生徒数はわずか八十人程度で、一部の選択教科では全学年合同で行うこともある。普通に学校生活を送るだけでも一度は生徒全員とすれ違いそうな環境だった。そんななか、積極的に探し回っているのに発見できない生徒が存在するというのは、不自然きわまりない。

見逃したという可能性はないだろう。なにせ飯野佳菜なのだ。この春以降、学校が外部向けに発行している広報誌やパンフレット等では目立つ場所に必ず飯野佳菜の写真があったし、他校の生徒に学校名を名乗れば誰もが「飯野佳菜がいるんでしょ?」と返してくる。今や飯野佳菜は文字通り学校の顔なのだ。嫌でも目に入ってくるのだから、飯野佳菜を知らない在校生などいるわけがない。それに、もし万が一飯野佳菜の顔を知らないやつがいたとしたって、気づかないとは考えられなかった。なぜなら飯野佳菜は、この高校で唯一の女子生徒なのだから。

 

創立以来六十年以上も男子高だった僕たちの高校が共学化されたのは、この春からのことだ。理由としては、「女性の社会進出がますます顕著な社会情勢を鑑みるに男女別学は時代にそぐわなくなっていること」「学校は社会の縮図なのだから男女がともに学ぶのは自然であること」「少子化の影響により門戸を拡げ底上げしなければ質の高い教育を維持するのが困難になっていること」などが挙げられていた。

なるほど、もっともらしい理屈ではある。加えて、生徒数が減ると経営的に厳しいという現実的な問題もあるのだろう。もはや一部の名門校以外では、志望者数が定員割れすることはめずらしくない。事実、全国的に共学化の流れは進んでいるようで、似たような話はそこかしこで見られた。

だがしかし、うちの学校にかぎっていえば少々事情は異なるようだ。というのも、今回の共学化は生徒や保護者にあらかじめ説明があったわけではなく、新学期開始直前に唐突に学校側から事後報告されたものだったからだ。直近の入試要項にも男子しか募集しない旨が明記されていたので、入学試験を受けた女子は一人も存在しない。少なくとも去年の秋ごろの時点では、まだ共学化は検討すらされていなかったはずだ。それが蓋を開けてみればこの状況なのだから、在校生の立場としては唖然とするほかなかった。

しかも飯野佳菜だ。ただ女子がいるというだけでも驚きなのに、あの飯野佳菜なのだ。まったくもって意味不明ではないか。飯野佳菜のもとには全国の名門校から数多くの誘いがあったに違いない。うちなんかより設備が充実し優秀な指導者も揃った高校がいくらでもあったことだろう。日本の宝とまで呼ばれる天才美少女の行く末を考えれば、相応の環境に身を投じて然るべきだった。それは義務とさえいえた。それなのに、どういうわけか飯野佳菜は、取り立てて誇るべきものもなく地元というわけでもないこの小さな高校に特待生として入ってきた。

噂によれば、理事長がかなり強引に飯野佳菜の両親を口説き落としたという話だった。なんでも理事長は飯野佳菜の父と古くからの知人らしく、例に漏れず経営が悪化しているこの学校の知名度を今一度高めたいという腹づもりだったようだ。よほどの好待遇で釣ったのだろうということは察しがついた。なにせ、そもそも僕たちの高校には昨年まで特待生制度など存在しなかったのだから。親から漏れ伝わってきた話によれば、特待生は授業料を全額免除されるうえに年間数十万もの支援金まで支給されるという。課外活動での成果も学業成績に反映され、そのために特待生専用の成績評価基準まで策定された。

この高校に特待生は飯野佳菜しか存在しないので、これらは事実上すべて飯野佳菜のためだけに整備された制度だといえる。もはや僕たちの高校は、飯野佳菜をバックアップするための後援組織に成り果てていた。僕たちの親が汗水垂らして払った学費や寄附金が飯野佳菜の肥やしになっているわけだ。あまりにあからさまな特別待遇に、PTAからは苦情が殺到しまくっていると聞く。

 

とはいえ、個人的にはそんなことはどうでもよかった。痛んでいるのは保護者の懐であって、僕たち在校生の懐ではない。お金の話は大人たちに任せておけばよい。僕たちはここぞとばかりに、臑齧りの未成年ならではの無責任さでこの状況を楽しんでいた。

なぜって、僕たちはこの高校に入学した時点で、女っ気のない暗黒の三年間を覚悟していたわけなのだ。色恋にまつわる一切の妄想を棄ててこの校門をくぐってきたわけだ。人生で最も多感な季節を、汗臭い野郎どもばかりの環境で過ごすという監獄。べつに僕は格別の女好きというわけでもないが、そうはいっても、「なにもしなくても日常的に同世代の女子と話せる環境」と「女子のいる場所までわざわざ行ってさらに勇気を出さなければ女子と話せない環境」とでは天国と地獄だ。なにやら世間では「男子校であることを言い訳にするのは甘え」などとほざく輩もいるらしいが、スタートラインが違うことは厳然たる事実だ。そして、出遅れればその後の戦況が不利になるのもまた当然のこと。以後の人格形成にも大きな影響が出るに違いない。なにせこの環境では、失恋すらできないのである。

そんな地獄に女子がまぎれ込んできて、おまけにその女子があろうことかあの飯野佳菜だというのだから、亡者たちが色めき立たないわけがない。僕たちにとってこの一報は、釈迦の手から垂らされた一条の蜘蛛の糸に等しかった。全員が一斉に群がるのも仕方のない話だ。僕たちにとって飯野佳菜とは、希望の言葉にほかならなかった。

とはいえ、僕たちはカンダタほど愚かではない。糸を独り占めしようなどとは誰も考えていなかった。飯野佳菜とお近づきになろうだなんて夢にも思わないし、会話を楽しむことさえおこがましい。飢餓状態のときに必要なのは、三つ星レストランの最高級コースよりも一杯の塩水だ。ただ単に、同じ空気を吸うことができさえすれば、それでよかった。希望さえあれば、人は生きていけるのだから。

 

夏休み明けに発行された学校だよりの一面には、「飯野佳菜さん(一年D組)がインターハイ優勝!」という華々しい見出しが踊っていた。そんな大会が開かれていたとはつゆも知らず、そもそもなんの競技なのかさえ僕たちは知らなかったが、そこに写る飯野佳菜はたしかに僕たちの学校の校庭に立って賞状を掲げながらにっこりと笑っている。数ページにわたってインタビューや戦績も掲載されている。飯野佳菜が僕たちの学校に在校していることは夢でも幻でも嘘でも冗談でもない。

それなのに、どういう絡繰りなのか、半年が過ぎても僕たちは希望をこの目で確認することができていなかった。僕たちのような一般生徒とは完全に隔離されているのかもしれないが、小さな校舎なのだから一度ぐらいは姿を確認できたっておかしくないではないか。あるいは、目に見えないからこそ希望と呼ばれるのだろうか。僕には今も、飯野佳菜がテレビのなかのトップアイドルより遠い存在に感じられている。

2016年10月16日公開

© 2016 アサミ・ラムジフスキー

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


3.7 (6件の評価)

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

学園モノ 部活動 青春

"その名は希望"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2016-10-23 06:22

    一人称複数の語りが効果的に用いられて、高嶺の花としての不在のヒロインが際立っているように感じます。個人的には「地獄」や「飢餓状態」という言葉で表された希望のない世界の地獄絵図がもっと見たかったです。男子生徒たちが同じ学校にいるはずの不在のヒロインを探す様子は責任の伴わない遊戯性のある行為のように描かれていますが、むしろ彼らには希望を求めずには生きていけない切実な窮地に追い込まれていてほしかった。また欲を言えば、希望というテーマをさらに発展させて、幻滅と紙一重になった希望のはかなさまで描いてほしかったです。ごめんなさい、ないものねだりばかりですね。

  • 投稿者 | 2016-10-23 08:33

     全体的にドライなのに切ない雰囲気が流れていると感じました。描写も適切で主人公がどういう学校に通っているのか目に浮かびます。
     ただ、僕はこういう話のラストは好きですが、飯野佳菜がいったいなんだったのか最後までには明かにされないと満足しない読者さんがいるかもしれません。

  • 投稿者 | 2016-10-23 14:54

    対象、ヒロインが直接見えないと言うのがゾッとする小説。「空気のような」「自然な」存在ではなく(文字通り透明人間と言う訳でもないだろうし)、間接的にしか捉えられない女子生徒。
    話のこれからがどう行き着くかわからない不気味さがある。

  • 投稿者 | 2016-10-26 13:50

     最初、飯野佳菜は幽霊なのか? 実在する? そもそも飯野佳菜は何者なんだ? と読者に想像させるそれを明らかにしていく構成は巧みである。さっすがーー。☆⌒d(*^ー゚)b グッ!! 相当書きなれておられるのが伝わってくる。
     けど、飯野佳菜と男子たちが会うシーンがないというのは、「男子校にひとりだけ女子」という課題に対する『逃げ』であるように思えたなあ。(1回目に全ての作品を読んだ後、この作品だけ内容を忘れてしまったのは内緒(´・ノω・`)コッソリ)
     星4つ!

  • 編集長 | 2016-10-27 14:04

    焦らされたまま終わるのもなかなか良いものだった。
    もっと飯野の「功績」についてヒントめいたものがあると、同様の構成でも深みが出るかもしれない。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る