嗜好の始まり

応募作品

瀧上ルーシー

小説

2,040文字

破滅派十一号に寄稿して選ばれなかった方の縄文小説。

現代より遙か昔、縄文時代。その時代の海辺の小さな村に住むビビはまだ小さく子供のため、大人の男達のように海に出て囲い込み漁や船の上からの一本釣り、銛での魚の漁獲はさせてもらえないでいた。代わりといってはなんだが、女子供に混ざって海辺でアサリやヒジキを採ったり、昆布やその他の海草を採ってきたりしていた。食料の調達が始まってすぐにビビは母親のメヤリに愚痴をこぼした。

「母ちゃん、おれも魚獲りたい」

もう結婚済みで子供が四人もいるメヤリは女なのに上半身裸で下半身だけ現代でいうスカートのような腰巻きを履いていた。その腰巻きはわりと遠くにある村と物々交換で手に入れた品だった。もちろんこちらの村が差し出す物は魚や干し貝だ。

「あんたみたいな、チビガキが男達の漁に混ざるなんて五年早いよ。いいから食べられそうな海藻を探してきなさい」

「やだやだやだ、おれは魚が獲りたいんだ!」

海岸の浅瀬をじゃぶじゃぶと進んで、銛や釣り竿で魚を獲っている男達が乗る船に行こうとした。だが顔を怒気に顔を赤くさせたメヤリがビビの倍近いスピードで泳いできて、あっと言う間に捕まってしまった。

「これ以上言うこと聞かないなら、今晩のあんたの飯は抜きだよ」

「それもやだ!」

仕方がないのでビビは浅瀬を潜って食べられそうな海藻を探した。たまに水面から顔を上げるだけで日差しが肌を焼いた。夏であった。海辺の村の住民達は夏になると肌が茶色く焼けていた。毎年のことだ。しばらく探していると、もうこれ以上抱えていけないほどの海草を採ることができた。海辺の岩の上に置かれた土器の中に海草を突っ込む。海草はある程度水分があった方がおいしく食べられるため、海辺にはまだまだ壺のような縄文土器が並んでいた。女達は砂浜で火をおこして土器で貝殻が開くまで貝を煮て、殻と実に木の棒を使って別けていた。少し疲れたビビはその様子を遠くから眺めていた。

「ほらほら、もっと採ってきなさい。そんなんじゃいつまで経っても魚獲りは任せられないよ」

「はあい」

それから空が夕焼けるまで、ビビは海草を探して泳ぎ回った。もう海の近くの森の中に帰ろうとしていると、人が座れるような平たい岩石の上に海草が散らばっていった。誰がやったんだよ……と思いながらも岩に上り、海草を手に取るとそれはとても乾いていた。ビビは乾いていて食べづらいと思い、海に捨てようとしたのだが、その海草の深緑の表面にキラキラ光る結晶のような粒が見えた。指でこすって舐めると塩辛かった。ビビにとってそれは衝撃だった。これが沢山あれば、隣の村から貰ってくる鹿や猪の肉やここで獲れる魚も美味しく食べられるということは明白だった。

海辺の森の中にあるビビが家族と住んでいる竪穴住居に戻ると、メヤリが夕食の用意をしていた。ビビは怒鳴るように言った。

「おれ、すごい美味しい物を発明したんだ! 母ちゃんも明日はそれを作るのを手伝ってくれ」

「はあ? 本当だろうね。嘘だったら一週間ご飯の量を半分にするよ」

「本当だよ、本当!」

ビビの父親は魚獲りに疲れ果てたようで、藁で作ったござの上で夕食前なのに居眠りをしていた。

そうして翌日の正午を過ぎて、ビビとメヤリの作業は始まった。その日も灼熱の太陽が降り注ぐ暑い日だった。素早く海草を集めてくると平たい岩石の上に重ならないように海草を並べて、しばらく待った。だが中々塩の結晶は固まらなかった。待っている時間が勿体なかったので普段通り、貝を集めたりさらに海草を集めたりした。そうして空が夕焼けてくる。自分の考えが正しいのなら今頃敷き詰めた海草の上には塩の結晶が沢山できている筈だ。メヤリと一緒に岩石の上まで海草を見に行った。海草はところどころ塩の結晶でキラキラと光っていた。

「母ちゃんこれだよ、この白い砂のような物を舐めてみて」

メヤリは恐る恐る塩の結晶を舐めた。するととてもしょっぱそうな顔をした。次に母が自分に何を言うか少しだけビビは緊張した。

「これがあれば魚やお肉を美味しく食べられると思わない?」

メヤリは震えていた。

「すごいよビビ……あんたの言うとおりだ。量が少ししか採れないのが残念だけど、立派な発明だよ」

村の男達にも塩が作れたことを話して、どうしたら沢山採れるか試行錯誤を重ねた。その結果からからに海草を乾かして表面に浮き出た塩ごとそれを燃やして、その灰を土器に入れて海水を注ぎながら煮詰めれば大量の塩ができることがわかった。浜辺の村の住民達は塩を大量に作って切らせることがないように保管した。塩焼きにした魚や、塩で味付けした猪の肉はたいへん美味しかった。

塩を発明した功績が村の男達にも認められて、ビビは魚獲りにも参加させてもらえるようになった。それまでより毎日が充実した。釣るのも、銛で突くのも、囲いの中に魚を追い込むのも楽しかった。

本物の海の男になるまであともう少しだ。母が喜んでくれたのも嬉しかった。

 

2016年7月23日公開

© 2016 瀧上ルーシー

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