ひきこもり女、海へ(2)

少年バタフライナイフ/繭Vol.2(第2話)

瀧上ルーシー

小説

2,373文字

海に辿り着いたひきこもり女。どのような海水浴が待っているのか……

午前十一時ともなると海の家は満席だった。他の海の家へ行っても良かったが、どちらにせよ人が多い中で独りで席に座るのは精神的にしんどいので、二百円もするごく普通のコーンのアイスを買って、海の家の前に立ちながらそれを食べた。甘くてなめらかで美味しかった。本来なら百円や百三十円で買えるアイスがこんなにも美味しいのだから、アイスクリーム屋なんて全部廃業してしまえばいい。すぐに溶けてくるアイスを急いで食べると私は調子に乗って缶ビールまで買ってしまった。ひきこもりとはいえ、家では優しいお父さんが帰ってくると一本だけゆっくりと飲ませてもらう。緊張感をとっぱらうという意味でお酒が好きだった。世間一般の人が考えるひきこもりは、親の言うことも全部無視して部屋から一歩も出ない人のことだと思うが、ネットなんかを見ていると、そうは言い切れないし、意外と親と仲良くやっているから快適で家から出ない人間の方が多いと思う。たぶん私は極端に外出が苦手なだけの、セイントで言えばブロンズセイント級のひきこもりだ。ゴールドセイントはきっと部屋の中でトイレも済ませている。

また海の家の前に突っ立って四百円もする三百五十CC入りの缶ビールを飲んだ。日差しが熱くて目がチカチカとする。ひきこもりの外出用アイテムとしても使えるサングラスを持ってくれば良かった。一個も持ってないけどね。

そうしてビールを飲み終わると、たぶん赤い顔をしている私はゴミを捨てて、見るからに更衣室といった男子と女子のマークの看板で別れているコンクリートブロックで作ったような更衣室へと入っていった。そこは衣類を置く籠が棚に置いてあるだけの身体を隠すところもない一つの部屋だった。肌が既に黒いギャル達は物怖じすることなく友達同士話しながら、服を脱いで全裸になって水着に着替えていた。初めて知ったのだが、肌を焼いている女性は乳首も黒かった。私はそこまで大胆になれないでトートバッグの中からラップタオルを取り出すと、それを服の上から巻いてタオルのボタンを止めた。小学生がよく使う物で、実際に小学生の頃に使っていた物だが、当時大きすぎると思ったそれは大人になった今でも充分に使える。これがあれば肌の露出を最低限にして水着に着替えることができる。着替え終わるとワンピースタイプの地味な水着姿で荷物を持って更衣室を出た。海の家の近くのコインロッカーにレジャーシートと小銭以外の荷物を詰め込んで私は浜辺に出た。砂浜は結構混んでいたが、空いている場所にシートを敷いて四隅に砂をかけて飛ばされないようにするとビーチサンダルを履いたまま、私は海へと駆けだした。ザーザー鳴る海の音が楽しかった。もしかしたら酔っ払っているから楽しいだけなのかもしれないけれど。髪が濡れるのも構わないで、私は冷たい海で波に押されて引かれて海水浴を楽しんだ。揺れる波が地球の鼓動のように思えた。

二人で鮫の浮き輪に捕まってキャーキャー言っているカップル達が目に痛い。私だって女なのだ。男に優しくされてロマンチックなキスをしたい。だが私は彼氏いない歴イコール年齢の女だった。インターネットではよくモテない女達が固まっているサイトで雑談している。海や浜辺にはカップルだと思われる人達が沢山いた。冷たい海の中で私は落ち込んだ。まさか現実世界に本当に男がいるなんて! 男と付き合っている女が実在するなんて! ……そんな言葉を頭の中でつぶやいて、私は少しだけ笑ってしまった。海の水の温度は全人類に平等だった。それから私は日差しを遮る物なんて何もないレジャーシートの上で身体を休ませた。

2016年7月2日公開

作品集『少年バタフライナイフ/繭Vol.2』第2話 (全3話)

少年バタフライナイフ/繭Vol.2

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© 2016 瀧上ルーシー

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